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メタンダイバー  作者: 山彦八里
嫁襲来編
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7話:Before Storm

 かつて木星の周囲には数限りない衛星が周回していたという。

 現在ではイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストの四大衛星を除いては全て採掘しつくされ、跡形もない。

 おそらくは人工地殻プレートの材料にされたのだろう。

 殆どロスなく必要な物資に変換できる原子変換機(アトムコンバータ)がある以上、適当な形で――液体金属の海のように――変換機に流し込めるようにしておけば各都市は資源不足に陥ることはないからだ。


 いずれは四大衛星もそうなる筈だったのだろうが、採掘し尽される前に機械に乗っ取られてしまった。

 今ではマスドライバーによるMD(メタンダイバー)の供給兼、大気圏外からの能動的衝突事故以外に木星と衛星の間に連絡は無い。

 狂った機械たちがMDを入れた質量弾(コフィン)を降下させる理由も人類は知らない。

 たしかにMDは機械に乗っ取られることもあるが、明らかに人間が操縦できるようにもなっている。

 人間を滅ぼしたいのなら機械にしか操縦できないようにしてしまえばいい筈だ。

 その点は、機械の行動でありながらどうにも不合理である。


(あるいは、奴らも打ち出すものを選べないのかもしれないな)


 ホログラム投影されたデータを眺めながらトマスはぼんやりと考えた。

 原子変換機は登録されている物しか作れない。

 登録されていないなら、単純構造の鉄塊さえ作れないのだ。

 変換機は物資の生成という面では殆ど万能であっても、あくまでそういう機構をした“機械”でしかないのだ。


「……ああ、くそ、わかんねえな」


 ストレスからか、最近は抜け毛も気になる頭を掻きながらトマスは呻いた。

 その抜け毛の原因筆頭たるデルフィは視線の先で相変わらず読書にいそしんでいる。記号がだらだらと羅列されている遺跡からの発掘品だ。

 トマスにはまったく理解できなかった代物だが、宙に投影されたホログラムを前に時折ふんふんと頷いている少女には何か意味のある物なのだろう。

 頷く拍子にさらさらと揺れる透き通った青の髪は以前よりも色艶を増してきている。

 よくよく見れば血色もよくなっているらしく、頬にも微かに赤みが差している。

 半ばデルフィ専属の料理人と化しているトマスにとって、健康的な少女の姿は己の手柄でもある。


「……」


 一瞬、少女の向こう側に撃ち殺した戦友の姿を幻視したが、手を振ってお帰り願う。

 数少ないツテを頼って――つまり、全面的にシモンに頼ったのだが――ジェイクの足跡を辿ったが、彼が凶行に及んだ理由は結局分からず仕舞いだった。

 今手元にある、最後に届いたジェイクの犯罪歴にしても、彼が多少後ろ暗いことをしていた疑惑はあるが、そこからデルフィに繋がる何かをみつけることはできなかった。

 ただ、ジェイクはひとつ前に立ち寄った都市で発掘品のチップを装備してから急に行き先をナイアスに変更して出発したらしい、という情報がトマスを悩ませていた。

 サイボーグは機械ではない。人間の骨格や筋肉等々を機械的な部品に変えているだけであり、その意志統率は脳髄によって行われている人間なのだ。

 だが、機械が狂うのならば、何故、人間が狂わないと、“汚染”されないと言えるのか。

 “敵対色”たる赤色の光を放っていたジェイクの目をトマスは確かに見たのだ。


(つっても、そもそもデルフィについての情報が少なすぎんだよな)


 拾ってきた責任を感じてか、シモンもデルフィの出自については調べていたが、これというものはみつからなかったらしい。


(たしか、デルフィは“中央遺跡”にいたんだよな)


 戦前の最先端設備が残ると言われている中央遺跡ならば、現在は喪われているコールドスリープ装置くらいはあってもおかしくはない。が、それにしても都市を廃棄される際にデルフィも逃がされるか、あるいは“処分”されている筈だ。わざわざ残しておく理由はトマスには思いつかなかった。


(そういえば、中央遺跡に近付いた時にデルフィは頭痛がするとか言ってたな……)

「何か問題?」


 トマスの視線を感じてか、件のデルフィがとてとてと近寄ってきた。

 無防備なその姿にトマスは知らず顔を顰めた。

 この少女はどこか『命令を待っている』節がある。

 それがトマスには堪らなく不快だった。

 子供はやんちゃで偶に叱られるくらいが丁度いい、というのがマツァグ家の教育方針なのだ。

 尤も、トマスに子供は出来なかったのだが。


 現状、相変わらず狩りの度に機体をクラッシュしたデルフィの為にMDの搬入待ちでやることがない。家事も午前中で終わらせてしまった。

 否、ニートを自称する身としては現状は歓迎すべきなのだが、デルフィに生活とはそういうものと思われるのはどうにも座りが悪い。

 外見よりも二回りほど低いデルフィの精神年齢に、トマスは教育の必要性をひしひしと感じているのだ。

 他人よりもまず自分をどうにかしろよ、というのはさておき。


「あー。そうだな、服でも買いに行くか」


 元から二人暮らしを想定している家だ。生活資材はどうにでもなるが、服だけはサイズが違いすぎる。

 トマスの妻とデルフィは身長も体型も大きく違う。

 パイロットスーツには防塵抗菌機能も付いているが、着たきり雀というのも外聞が悪い。

 ご近所でのトマスの社会的評価は長年のニート生活で既に地に落ちているが、それはそれ、世の中にはゼロの下にマイナスというのもあるのだ。


「服――装備? これではダメなの?」

「いや、性能は足りてるが……あー、人間様は色んな服を着るんだよ」

「デルフィの記憶では、みんないつも同じ服をきてる」

「色んな服を着るんだよ!!」


 これ以上の言い合いは不利とみて、トマスは財布を持ってさっさと外に出た。

 その後を影のようについて来たデルフィは、ふと何かに気付いたように大気防護フィルターで歪む曇り空を見上げた。


「……流れ星」


 ぽつりと少女が呟いた直後、曇天を貫いて落ちた質量弾が遠くの地表に着弾した。

 数秒して、腹の底を揺らす鈍音がトマス達の許に届く。


(コフィンの落下を予測した? どんな“眼”してんだよ)

「……あれは質量弾だ。流れ星じゃねえよ」

「流れ星、ではない」

「そうだ。本物の流れ星は雲の上にいかないと――」


 ――脳裡をよぎる白亜の影


「……いや、なんでもない。忘れてくれ」


 いい加減にしてほしいと、トマスは自分で自分に唾を吐いた。

 未だ、時計は凍ったままだった。



 ◇



 都市型生息圏(ビオトープ)において、服屋というのは存外に多い。

 “古着”の再利用が数少ない原子変換機の供給に依存しない産業であり、酒と並んでどの都市でも盛んに研究されている分野だからだ。材料さえあればあとは工夫次第という訳だ。

 面白いもので、服飾文化は都市によって流行も異なり、また短いスパンで流行廃りが入れ替わるという。

 都市間を旅するキャラバンにしてみれば保存の手間はかからないが、やや当たり外れのある交易品と云う位置づけである。


 トマスはそれなりに清潔感があり、それでいて値段の抑えめな店を選んだ。

 MD関係でドック屋『シー・ガリラヤ』に行くために下層区を通る関係上、あまり高級な服を常用するのはいらぬ危険を呼びこむからだ。

 下層区の治安が特筆するほど悪いという訳ではないが、犯罪件数はゼロではない。数少ない1件が自分たちにあたる可能性は低くするに限る。

 特にデルフィは見た目が見た目だ。トマスの贔屓目もあるが、都市を追放される覚悟で手を出そうとする特殊性癖の者もいないとはいえない。無論、トマスはそんなことはしない。


 とはいえ、男手ひとつで育てられたトマスに女性の、しかも子供用の服を見る目などない。

 この数年も妻が購入したものを着るか、パイロットスーツを着ているのだ。物持ちはいい方ということもあり、前に服を買ったのがいつかも思い出せない。

 したがって、専門家たる店員の意見を聞くことにしたのだが――


「こちらなどどうでしょう? お子様の成長に応じて伸長する特殊化学製品の一品でございます」

「モロ液体金属にみえるんだが、毒性はないのか?」


 この店は外れだったかもしれない。

 都市の外で嫌というほど見ているメタリックシルバー色のスーツを前に、トマスは早くも後悔していた。

 ひとまず興味深げに手を伸ばすデルフィの首根っこを掴んでおく。


「では、こちらはどうでしょう? 非常時には食すことも出来る画期的な有機衣服でございます」

「食ったら裸になるじゃねえか。却下だ。普通のでいいんだ。普通ので」

「チッ。仕方ありませんね。では、こちらの衣服コーナーへどうぞ」

「おい、今、舌打ちしただろう。というか、衣服コーナーって、ここは何コーナーなんだよ?」


 有機衣服を前に目を輝かせているデルフィを肩に担いで確保し、トマスは店員の後について衣服コーナーへと足を運んだ。

 それなりに繁盛しているのか、ざっと並んだ服の数々を前にちらほらと他の客が吟味しているのが見える。さっきまで居たコーナーには客などいなかったのだが。

 そんな中、客のひとりがトマス達に気付いて顔を上げた。


「なにしてるの?」

「げ」


 トマスは思わず呻き声をあげた。

 そこに居たのは管理局の受付嬢であり、古い知り合いでもあるネルだった。

 本日はオフなのか、落ち着いた色合いの私服を着ていてキツめな印象もいくらか和らいでいる。

 今でも気にしているのか、と昔を知るトマスは心中で呟いた。


「やっぱりロリコンだったのね」


 もっとも、発言の辛辣さはいくらも和らいでいなかったが。


「違う、違うからな? ジジイがこいつに服の一着も買ってねえからこうして出張って来たんだよ」


 顎で指し示された肩の上のデルフィはネルの顔を見つめて小首を傾げている。

 狩りの清算で何度も会っている筈だが、いつもと服装の違うネルを同一人物だと認識できていないらしい。


「ああ、シモンさんはね……下着とかもないの?」

「ない。というかスーツ一着だけだ。風呂入ってる間にクリーニングしてる」

「洗濯装置に頭突っ込んで禿げてしまえばいいのに、この駄目人間」

「なんでだよ!!」

「当たり前でしょう!! ちょっと外で待ってなさい。こっちで選んであげるから」

「お、おう。頼むわ」


 眼鏡の奥でやる気に燃える目をしたネルはトマスからデルフィを引きとると、そのまま衣服コーナーの一角へと足を向けた。

 もはや店員のフォローも必要ないらしい。ちらりとトマスに向けた顔には余裕すら窺える。


「聞くまでもないけど、日用でいいのよね? 夜用とか言ったら張っ倒すわよ」

「あるわけねえだろ!!」

「夜用?」

「ネル、任せた。俺は外で待つ」


 トマスはほうほうの体で店を出て一息つくと、妙な感慨を覚えてなんとはなしに曇る空を見上げた。

 この都市にトマス達が流れ着いた時はまだ、ネルは友人が出来ないことに悩む10代前半の子供だったのだ。

 (マリー)と仲良くなったり、「トマス兄さん」などと言ってメタンダイバーの話をせがんできたりしたのも懐かしい思い出だ。


(それが何時の間にやらこんな逞しくなって……)


 10年、その長さをネルの背後に感じてトマスは深々と息を吐いた。

 10年の間、変わってないのは己の性根ばかりだった。



 ◇



 その後、トマスは2時間待たされた。

 男は己の成長を感じた。10年前ならさっさと帰っていた。


 ようやく出てきたネルは両手に無数の紙袋を吊るしたまま、背後に隠れている小柄な影をそっと押し出した。


「ほう……」


 おずおずと歩み出た小さな天使をみて、トマスは感嘆の声をあげた。

 ネルが選んだのは丈の長い落ち着いた色合いのワンピースだった。

 全体的に幼い造形をしているデルフィにはやや大人びた衣装だが、それが逆に清楚な上品さを醸し出していた。


「どう?」

「いいんじゃねえか。よく似合ってるぜ、デルフィ」

「……うん」


 トマスのお墨付きに、デルフィは氷が解けるように表情の強張りを解いた。

 相変わらず表情には乏しいが、それでもトマスには少女が喜んでいるのがわかった。


「元が良いからこの位は余裕よ」

「ネルもありがとな。食える服なんて出された時はどうしようかと思ったが、お前に任せて正解だった」


 満足げに鼻を鳴らすネルから紙袋を受け取りながら、トマスは礼を告げた。

 そして、自分が服の代金を払っていない事を思い出した。


「あ、金払ってねえ」

「私が出しといたわよ。勝手に選んだものだしね」

「いや、払うぞ……払えるぞ?」

「いいってば。でも、今回だけよ」


 そう言って、ネルはデルフィに目を向けた。

 視線の先、少女は興味深げにスカートの裾を掴んでくるくると回っている。可愛いらしい姿だ。


「服の選び方とかはあの娘に教えといたから。次からは自分で選ばせてあげて」

「あー、時間かかったのはそのせいか」

「そんなこと言わないの。元から女の子の買い物っていうのは時間のかかるものよ」

「女の……子?」

「張っ倒すわよ!!」


 叫びと共にトマスの胸を拳で叩きながらも、ネルの顔には小さな笑みがあった。

 女の子だったときには見上げていた男と真っ直ぐな視線で目を合わせる。


「……まあ、今日は何年かぶりに見た貴方の甲斐性に免じて許してあげるわ」

「そいつはどうも」

「あと、自分の服もちゃんと買うのよ。あの娘、そういう常識も知らないみたいだし」

「わかってるって。ちゃんと、気をつける」

「それならいいけど。しっかりしてね、トマス兄さん」

「……あいよ」


 そうして、片手をあげて帰路に就こうとするネルの足がぴたりと止まった。

 振り向いた顔はどこか心配げなそれだった。



「昨日連絡あったけど、もうすぐマリーのキャラバン戻ってくるらしいわよ」



「…………え?」


 衝撃の発言に、思わずトマスは紙袋を取り落としていた。

 だらだらと冷や汗を流すトマスを、デルフィが不思議そうな顔で見上げていた。


 マリー・マツァグ。

 言うまでもなく、トマス・マツァグの妻の名前である。

 3年前に出ていった、妻の名前である。



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