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メタンダイバー  作者: 山彦八里
最終章:方舟
32/37

4話:Bite The Fight

『来たなオッサン!!』

「誰がオッサンだコラ」


 接近する“ヴィオラ”が戦闘態勢を取る。

 いつかの悪態を繰り返しつつ、トマスは機体を速度に乗せ天底部へと急下降、木星重力圏から離脱する。

 間をおかず、“ヴィオラ”から無数の無線誘導兵装“尖脚”(スティレッグ)が放たれた。その数12、機体後部に攻撃ユニットを増設していたのだ。


『そっちはまだ宇宙初心者だよなぁ!!』

「チィッ」


 上下左右すべての方向から、軽量級MDに匹敵する速度で尖脚が迫る。

 トマスは舌打ちに続いて重力子を使いきった予備機関ごと装甲をパージ。

 勢いよく弾け飛んだ装甲板をバリケード代わりに攻撃を防ぐと、一気に加速して相対距離を離した。


「随分なご挨拶じゃねえか、ヴィオラ!!」

『言っただろう。次会った時はまっさきに串刺しにしてやるってな!』

「そいつは威勢がいいな。けど、ひとりじゃ分が悪くねえか?」

『ハンッ!!』


 ヴィオラは嘲るように鼻で笑った。

 その反応にトマスはわずかに訝った。声越しに受けるヴィオラのパーソナリティならここで激昂するだろうと読んでいたのからだ。

 そのとき、ぞくりとうなじの毛が粟立った。

 脳髄に刻みこまれた操作技術が半ば自動的に回避行動を取る。


 そして、一瞬前まで機体の存在していた場所を不可視の砲撃が通り過ぎた。

 数瞬してばちりと紫電が散って、射線上にあったデブリが消滅した(・ ・ ・ ・)


『誰がひとりなんて言ったよ?』


 ヴィオラのその声こそが答えだった。


『――トマス・マツァグ、レグナム様の敵』


 次いで聞こえてきたのは、ヴィオラやセシル、デルフィと似た、落ち着いた女性の声。

 だが、そこに込められた憎悪はトマスをして怖気を感じるほど深い。


 そして、彼女は現われた。

 闇に溶けこむような暗色の装甲、背部に接続された無数のバインダー、不釣り合いなほど巨大な右腕の砲。

 “デルフィ”と同型の、しかし、ひと回り大きな漆黒のメタンダイバーが“ヴィオラ”に並び立つ。


『はじめまして。私はアリス、一番目のALICE。この子は“ジャバウォック”。どうぞお見知りおきを』


 声に続いて、“ジャバウォック”の右腕の砲がぴたりとこちらを照準する。


『――そして、おさらばです』


 間髪いれず、二撃目が放たれた。


「お、おおおおおおッ!?」


 トマスは咄嗟に機体を傾け、真下に跳ねるようにして射線を外した。

 重力の頚木から解き放たれたレコードブレイカーはよりダイレクトに操縦者の意思を反映する。

 その即応能力が発揮されていなければ不可視の砲撃は避けられなかっただろう。


「デルフィは分離して散開、アリスを頼む!!」

『了解』

「マリーは離脱しろ。あいつら相手じゃおまえはキツい」


 その判断はほとんど迷わずなされた。

 “デルフィ”と同等かそれ以上の性能を持っているであろうメタンダイバー二機が相手だ。

 カスタマイズしてあるとはいえ、今の状態の(・ ・ ・ ・ ・)マリー機は足手纏いになる。


『わかった。先に行ってるわ』

「……できるんだな?」

『任せて』

「死ぬなよ」


 トマスは重装型の後部装甲と共にマリー機をパージ。マリーはそのまま戦闘領域を離脱していく。

 ヴィオラとアリスは気付いているのか、いないのか、反応する様子はない。

 そのうちに、接続を解除した“デルフィ”も“ジャバウォック”を誘うようにして離れていく。


(マリーを追う必要がないってことは“セシル”は温存してるのか)


 つまりこの場は2対2。勝ちの目がないとはいえない。それだけでもだいぶマシだ。

 加えて、むこうは連携を取る気もないようだ。

 こちらに付き合うようにヴィオラが相対し、アリスは真っ直ぐにデルフィを追いかけ、戦場を分けている。

 元より亜光速戦闘で援護など望みようがない。個対個の戦闘になるのは望むところだ。


「おまえも死ぬんじゃねえぞ、デルフィ」

『がんばる』

「いい返事だ!!」


 言って、トマスはレコードブレイカーを“ヴィオラ”に向けて加速させた。



 ◇



 後部装甲をパージし、より挙動を鋭くしたトマス機は初めての宙間戦闘とは思えない鮮やかな挙動で黒天の宇宙に軌跡を刻む。

 そのまま、前面の衝角を構えて“ヴィオラ”に迫り、激突。

 互いの機体が発する反重力フィールドが空間を捻じ曲げ、巻き込まれたデブリが砕かれながら弾き飛ばされていく。

 咄嗟に回避軌道を取った“ヴィオラ”の側面装甲を逸れた衝角が削りとる。

 トマス機は構わずそのまま駆け抜け、宙空に円弧を描きつつ再度の衝突軌道に入る。


「ひとつ覚えの攻撃なんか!!」


 ヴィオラは素早く機体を操作、前面に分離した尖脚を展開、各脚を頂点に五角形の重力の“網”を形成する。

 そこにトマス機は真っ向から突っ込む。が、“網”に絡みとられてがくんと速度を落としてしまった。

 互いの出力差に大きな隔たりがあるのだ。殊、出力においては計13基の重力子機関を具える“ヴィオラ”がレコードブレイカーよりも圧倒的に有利だ。

 そうして動きの止まったトマス機に対し、ヴィオラは残る7本の尖脚を全周囲からぶち込む。

 だが、トマスは絡まった“網”の反発力すら利用して一瞬の内に距離を離すと、速度を落とさぬまま大きく旋回を始めた。



 速い、とトマスを注視しつつヴィオラは感じた。

 次いで、うまい、と感じ、慌ててその感想を打ち消そうとした。

 しかし、ヴィオラの主観からしても、トマスの操縦はうまいとしか言いようがなかった。

 出力、反応、対応力といった主要な機体スペックで大きく劣りながら、トマスは確実に致命打を回避している。受け止めて、刺すという“ヴィオラ”の基本戦術では当たる様子すらない。

 加えて、その操縦は時を追うごとに洗練されている。宇宙戦闘に慣れてきているのだ。

 しかるに、時間をかけるのは愚策。出し惜しみは無益。

 ゆえに、ヴィオラは自身のすべてを曝け出す。


『面白いものみせてやるよ、オッサン』


 中量多脚型MD“ヴィオラ”は尖脚の無線誘導兵装による全距離攻撃オールレンジ・アタックが持ち味――ではない。

 それはあくまで自機が単独であった場合の次善策でしかない。


 “ヴィオラ”は12の尖脚すべてを分離、周囲空間に漂う撃ち損じの12個の質量弾(コフィン)に突き立てる。

 質量弾とは四大衛星にて生産されるコンテナを弾丸としてマスドライバーで地上に打ち込むためのものだ。内蔵物を変えることのできない衛星の製造装置はかつてのままのコンテナを弾丸にしている。

 そして、間をおかず、コンテナを突き破ってその中身(・ ・)が姿を現す。

 コクピットに尖脚が突き刺さり、制御を奪われたメタンダイバーが姿を現す。

 その数12、その全てがアイカメラを真紅に染めて各々の火器を構える。


 尖脚を介した複数の機体の遠隔操作、通信の中継、つまりは特殊電子戦。

 “ヴィオラ”はアトラ=ハーシスの“汚染”機能を検証する機体だったのだ。


「ぶっぱなせ!!」


 ヴィオラが吼える。間をおかず、トマス機を狙うアサルトライフルの火線がそれに続く。

 暗黒の宇宙に無数の曳光弾の輝きが刻まれていく。

 ここに至って戦況は激変した。

 1対13、数の大半が量産型とはいえ、その数の差は圧倒的だ。

 女王(ヴィオラ)の意思の下に完全な連携を繋いだ攻撃は的確にトマスを追い詰めていく。

 トマス機は“ヴィオラ”から徐々に距離を離されていく。機体をぶつける以外に攻撃方法のないトマスにとって状況は最悪に近い。

 どうだ、とヴィオラは吼える。四姉妹の中で最も戦闘用に調整された彼女にとって、戦い勝つことだけが存在理由。その意を果たす。


『……なるほどな』

「あん?」


 そうして、あと少しで詰め切れるという段になって、ぼそりとトマスが呟いた。

 その声に焦りはない。むしろ、その声は――


『だいたい感覚は掴めた。悪かったな、ヴィオラ。ここからは本気だ』


 瞬間、ヴィオラの視界からレコードブレイカーが消えた。


 呆然としたのも束の間、ヴィオラの思考に痛痒のようなエラーが走る。

 見れば、支配した量産機の一機が爆散していた。

 当然、それはトマス機によって為されたものに他ならない。


『ハ、ハハ――――』


 無数の銃火が交差する死地から笑声が聞こえる。心地よいと笑うトマスの声だ。

 どうにか視界に捉えたレコードブレイカーの灰色の機影は先ほどの数倍まで加速している。気を抜けば一瞬で見失ってしまいそうだ。

 彼方で光が瞬いた次の瞬間には、左右に侍らせていた量産機が衝角に貫かれている。


 宇宙という無限大のフィールドを駆け抜けることこそトマスの真骨頂。

 ともすれば方舟の存在を忘れたのではないかと思うほど、その飛翔は解放感に溢れていた。


 ヴィオラは微かに息を呑んだ。混乱が脳裡を占める。

 その間にも宙に幾何学的な鋭角の軌跡が刻まれ、さらに3機の量産機が破壊されている。


「テメエ……なにがおかしい!?」

『おかしい? 違うな。楽しいんだよ。俺は今、飛んでいる。あいつらが願ったこの宇宙ソラを!!』


 叫び返すその言葉には万感の想いが込められていた。

 喪った仲間たちの顔。いつか宇宙へ。そう信じて死んでいった仲間たち。

 トマスの夢は果たされたのだ。


『――それが楽しくないわけねえだろうがッ!!』

「意味わかんねーよ!!」

『なんだヴィオラ? おまえも楽しめよ。空を飛ぶ作法すら知らねえのか?』

「そんなもの知るか!!」


 回収した尖脚を自機の加速に回しつつ、トマス機の軌跡を追い掛け、ヴィオラは吼える。


「オレは“オレ”を動かすために造られた。ただそれだけだ。そこに楽しいもクソもあるか!!」

『……同じだな』

「なに?」

『俺もこいつを降りたらただのクズだ。この宇宙ソラだけが俺を本物にしてくれる』


 マリーも、デルフィも、父の想いも、全てはこの宇宙にある。

 それがトマス・マツァグの全てだ。

 だから――


『俺はここにいる!! やっぱ笑えよ、ヴィオラ。俺たちは夢のてっぺんにいるんだぜ』

「だから!! ワケ、わかんねえよ!!」


 わからない。ヴィオラにはわからない。だが、その言葉がなぜか胸に響く。

 楽しいとはなんだ。ただそうする為に造られた自分がそんな感情を抱く筈がない。

 表層の獰猛さに反し、四姉妹で誰よりも製造目的に忠実な次女はその意味を知らない。

 だが、今、必死に追いかけてるこの瞬間。感じているのは何だ。

 闘争心、敵愾心、恐怖、不安、だが、この胸に宿る感覚は刺々しいものではない。

 胸の奥から湧いてくる、この燃えるようなこの感覚は――


『ようやくノッてきたか』

「うるせえ!! オマエなんか、オマエなんか串刺しにしてやる!!」


 数秒と経たず12機の量産機が撃墜された。

 ヴィオラは全ての尖脚を機体に戻す。この段に至っては、遠隔操作で量産機を操作してもトマスにはかすりもしないだろう。

 ゆえに、ひたすら自機を加速させ、トマスを追いかける。

 全力の1対1、その刹那に勝機がある。


『そうこなくっちゃな!! お人形と競っても楽しくないんだよ!!』


 そして、レコードブレイカーの背後に“ヴィオラ”が食らいついた。

 両者の速度は秒速15000km、光速の1%、およそ30秒で木星を一周する速度に届き、尚も加速していく。

 互いの現行速度はほぼ同じ、しかし、加速力は出力差の分だけ“ヴィオラ”が上回っている。

 だが――


「なんで、なんで追いつけない!?」


 必死に機体を操りながら、ヴィオラが困惑の叫びをあげた。

 通常、機動格闘戦(ドッグファイト)は追う側は有利だ。一方的に攻撃できるだけでなく、追われる側が牽制に大きく動かなければならない分を、よりシャープな軌道を取って削れるからだ。

 しかし、旋回、上昇、降下とマニューバをひとつこなす度に、徐々に現実の距離は開いていく。

 それは速度の差、その身に宿した熱量の差、空を飛ぶことにどこまで己を注ぎ込めるかの差だった。


「クソ、クソオオオオオッ!!」


 恥もプライドも投げ捨て、ヴィオラが自壊覚悟で機体をぶつけようとした、その刹那。

 レコードブレイカーが更なる加速を果たし、ヴィオラの視界から消えた。

 予備の重力子機関を犠牲にした2度目の超過駆動。コンマ秒の間、光速の50%にまで届く超加速。


 その瞬間、ヴィオラは予測を捨てた。おのれを信じて機体を飛ばす。


 あるいは、彼女が部品パーツとしての役割に終始していても、トマスを削ることはできただろう。

 だが、決して勝つことはできなかった。

 武装を持たないレコードブレイカーは至近の一撃に賭けなければならない。そして、その一撃は必ずヴィオラの性能では予測できない速度で打ち込まれる。

 だが、予測のその先――想像力だけが行くことを許される最高速度の領域ならば、ヴィオラはトマスを捉えることができる。


「――上か!!」


 果たして、振り仰いだその先にレコードブレイカーはいた。

 ただ速度のままに、宇宙を縦一文字に切り裂くかのように、ひたすら真っ直ぐに“ヴィオラ”に迫る。

 天頂からの逆落とし。宇宙という自由な空間が彼に与えた必殺の一撃。

 回避する時間はない。ヴィオラは相討ち覚悟で腕部のグラビティパイルを振り抜く。


 衝撃、そして、なにかが砕ける音が振動としてヴィオラの体に伝わった。


 レコードブレイカー重装型の前面に具えられた衝角は“ヴィオラ”の中枢部を貫いていた。

 衝角は完全には突撃のエネルギーを受け止めきれず、突き刺さったままその半ばで折れている。

 そうしてエネルギーが分散していなければ、あるいはヴィオラ自身も宇宙に塵に還っていたかもしれない。

 勝敗は決した。

 ほんの僅かに遅れた。ヴィオラはそれを自覚する。

 ほんの僅かに己の性能を超えることを恐れたのだ。


「テメッ、この、クソオヤジ!! 覚えてろよ!!」


 正確に動力を貫かれた“ヴィオラ”はもはや動くことはない。早く脱出しなければならない。

 なのに、ついヴィオラは通信機に向かって口を開いていた。

 負けたことは悔しい。父や姉に顔向けできない。

 だが、何故か心は軽かった。負け惜しみを放つ口元が笑みに歪んでいる。


 楽しかったのだ。


『ああ、覚えておくさ、ヴィオラ。だから、ちゃんと追いかけて来いよ。先に行ってるぜ』

「!! ――いいさ。絶対追いついてやるからな、トマス(・ ・ ・)!!」


 それきり、“ヴィオラ”は完全に機能を停止し、通信機も沈黙した。

 コックピットを這い出れば、虚空に遠ざかっていくレコードブレイカーの軌跡だけが少女の目に映っていた。




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