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メタンダイバー  作者: 山彦八里
最終章:方舟
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1話:Patch&Clock Works

 木星にひと組の親子がいる。


 マツァグという一風変わった姓を持つ親子で、筋金入りの空の探究者たちだ。

 親子の名はシモンとトマスという。

 シモンは同時代において傑出した技術者だった。

 複数の重力子機関の連結、宙間飛行用メタンダイバーの設計等々によってシモンは己の天才性を世に示した。

 空ばかり見上げていたために妻には出ていかれてしまったが、それでも男は夢を諦めきれなかった。


 トマスはこれまた紙一重のパイロットだった。

 学習装置によって脳に操縦技術をインプットすることでパイロット間の差異が限りなく克服された木星において尚、5秒先を読みとる空間認識能力で他のパイロットとは隔絶していることを詳らかにした。

 こちらも妻に出ていかれたが、最近ヨリを戻した。情熱と一緒に甲斐性も多少は蘇ったようだった。


 二人は血の繋がり以上に、同じ夢を共有していることで親子たらんとしていた。

 どちらか一方が欠けていれば、諦めていれば、おそらくは歴史は違う道を辿っただろう。

 それが善かったのか、悪かったのかはまだ誰にもわからない。



 ◇



「レグナムという名はワシも覚えはない」


 かつての木星の中心都市であり、今は最大の残骸となった“中央遺跡(セントラル)”。

 半年前、“デルフィ”の安置されていた地下区画を一ヶ月と経たずにスクラップの山で満載にした張本人は、自己の記憶を掘り起こすようにこめかみを指でノックし、語る。


「だが、一人それらしいのに心当たりがある。サイファーと名乗っていた男だ。都市連合軍の別部署で四大衛星対策を主宰していた」

「根拠は? アンタを知ってるからって軍にいたってわけじゃないだろ? いや、俺も初めて会った気はしなかったんだが……」


 肩を並べ、お互いに作業の手を止めず、トマスはシモンに尋ねる。

 既に大幅に出遅れている現状、時間は貴重だったが、同じくらいにレグナムという男の素性も気にかかっていた。


「知識だ。奴の知識は底が知れなかった。他の者達の理解を吟味して、発言のレベルを合わせているように感じた。

 なにより――“デルフィ”に用いられている重力子機関の並列制御システムはワシが作った物が流用されている。これは当時の最高機密だ。ワシらのチーム外では軍に所属していなければ手に入れることはできん」

「ちょ、待て待て痛ッ!?」


 驚愕の新事実に頭を上げた拍子にスクラップの角に頭をぶつけたトマスは、涙目になりながらシモンに向き直った。


「じゃあなんだ、レコードブレイカーと“デルフィ”は姉妹機なのか?」

「根幹部分はな。尤も、七重連結なぞ理論上のものでしかなかったが……そうか。ワシは奴に先を越されたのか……」


 シモンは嫉妬と称賛のない交ぜになった吐息を漏らした。

 振り返ってみれば、サイファーには宇宙に出られるという確信があった。そういう目をしていたようにも思える。

 それは先の見えない暗黒に手を伸ばしたシモンたちとは異なる発想を起点とする。

 アトラ=ハーシスの実在を知っていたことといい、何かしらの根拠を基に活動していることがわかる。

 それにしても、10年前の時点で衛星をひとつ攻略していたというのは驚くべきことだが。


「いやいや、奴はワシより20は上で多くの分野で常に先を行っていた。だから、ワシが追いつけなかったというべきか。うむ、悔しくないぞ」

「変なところで張り合うなよ。ってか、コールドスリープでいくらか誤魔化していたにしろ随分と長生きだな」


 サイボーグ、いわゆる肉体を機械に置換する処置を受けても80歳を超えることはできない。完全には機械に置き換えられない脳髄や中枢神経系がそれ以上の年齢を刻むことに耐えられないからだ。

 地球(アース)では数百歳まで生きたという伝説もあるが、この星では――機人戦争以前の最も技術的に発展していた時期ですら――60歳を超えていれば長寿の部類だった。

 過酷な環境に適応する為に、寿命を犠牲に頑強さや真空への耐性、賦活能力を強化した結果だろうと言われている。

 シモンは今年で70、サイファーなる者がレグナムその人であったなら90に届く計算だ。尋常な方法では生きてはいないだろう。

 その事実にトマスの脳髄は不穏当な熱を知覚した。


「もしかして、レグナムは焦ってるのか?」

「あるいは準備が整ったかだな。機人戦争からこちら、影も踏ませなかった男が都市を襲うなどという派手な行動にでたのだ。何かしらの変化があったとみるべきだろう」


 器用に片手で作業を続けながら、シモンは機械油で汚れた顎ひげを撫でる。

 先月の“セシル”による襲撃はアルビオの製水装置を強奪すること、そのついでマリーに接触することを企図して行われたものだ。

 デルフィというイレギュラーを除けば、ひたすらに歴史の裏側に潜んでいたレグナム一党らしい行動ではないだろう。


「話を聞くに、奴の狙いはアトラ=ハーシスで間違いないだろう」

「その準備が整ったってなると、下手すれば勝ち逃げされるな」


 トマスが苦々しげに顔を顰める。

 アトラ=ハーシスがどれほどの機能を残しているのかは不明だが、最悪、方舟の掌握と同時に地球に旅立たれかねない。

 勝負の場に立つことすら許されず景品を掻っ攫われるのは、親子にとって耐えがたいことだ。


「さてな――これでこちらは仕舞いだ。そっちはどうだ、トマス?」

「こっちも済んだ。デルフィを呼んでくる」


 言って、立ち上がるトマスの頭上にスクラップの向こうから伸びた影が覆いかぶさった。

 見上げれば、ちょうどコックピットが開き、デルフィが飛び下りてくる。

 トマスは苦笑と共に、両手を広げて小柄な体躯を抱きとめた。


「――よんだ?」

「ああ、直ったぞ」


 何が、と問うまでもなくデルフィの目の前にその答えがあった。

 振り向き、見上げて、少女は小さく息を呑む。


 片膝をついた、白亜のメタンダイバーがそこにいた。


 ガレキの山の中で、その機体の周りだけは不可侵であるかのように片付けられている。

 その機体こそ、この星のハイエンドにして、少女の半身。

 一度はもがれた片翼も修復され、昔話に聞く、鳥や天使のようなフォルムは完全な姿を取り戻している。


「――おかえり、“デルフィ(わたし)”」


 物言わぬ半身を見上げ、万感の思いを込めてデルフィは告げた。





「“デルフィ”についてだが、基本的には手を加えておらん」


 コホンと咳払いして少女を現実に引き戻す。

 慌ててこちらに向き直り、興味津々とばかりに見上げてくる少女――と息子の視線を感じながら、シモンは続ける。


「彼奴を褒めるのは業腹だが、こいつは完成度が高い。正直、手を入れる余地がなかった」

「まあ、亜光速戦闘で使える武装も限られるしな」


 その点はトマスも愛機に乗って散々思い知っている部分だ。

 “デルフィ”は完全にその点を割り切っている。

 亜光速領域においては、7つの重力子機関による大出力をウイングブレードによる移動攻撃と両手のグラビティパイルによる突破攻撃に絞っている。

 接近しなければ攻撃できないという点も、通常のMD7機分に相当する出力で叩き出される速度の前では欠点になりえない。

 だが、シモンは“デルフィ”を見上げながら、「ただ――」とわずかに言葉を濁した。


「ただ、頭部から背部マウントにかけて装甲に遊びがある。何らかの展開機能があるようなのだが、解析する時間がなかった。わかるか?」

「――――」


 デルフィは無言で小首を傾げた。

 さもありなん、とトマスとシモンは揃って頷いた。レグナムによれば、デルフィは誤作動によって出撃したのだという。計画の中止を知らなかった点も考慮すれば、学習装置によるインプットが途中で中断された可能性は高いだろう。

 そして、機体側に隠された機能の使い方は外部には記録されていない。アトラ=ハーシスからの汚染を避けるため、主要な操縦システムはすべてパイロットであるデルフィの脳に記録されているのだ。


 ともあれ、たとえ機能の全てを使えなくとも、“デルフィ”が木星で最高峰のMDであることに変わりはない。

 少女が汚染された機械に執拗に狙われたとしても、その全てを薙ぎ払うことができる。

 ……トマスがおらずとも、ひとりで生きていける。

 そこに込められた意図はシモンも理解できた。この差し迫った時間の中でこの機体の修復を優先したことも。


「行く気なのだな、トマス」

「ああ、俺は“方舟”を獲る」


 迷うことなく、トマスは断言した。

 アトラ=ハーシス、“最初の人々”の遺産にして人類を木星へと運んだ方舟。

 現在の木星の技術水準では同等のものを作ることのできない、たったひとつ。

 その艦橋に立つことができるのはただひとり。

 ゆえに、トマスとレグナムは同じ天を戴くことはできない。


「――トマスがいくなら、わたしもいく」


 そして、この少女がそう言うであろうことも承知していた。

 トマスは苦薬を噛み潰したような表情をした。


 正直に言えば、戦力的にみて、デルフィの協力は必須といっていい。

 ヴィオラ、セシル、そしてまだ見ぬ長女A。レグナムはそれぞれに専用の機体を用意している。

 そして、出遅れている現状、場合によってはアトラ=ハーシス自体も戦線に加わってくるかもしれないのだ。トマスひとりでは確実に手に負えない。

 だが、それでも――


「お前に親父や姉と殺し合って欲しくはねえ」


 トマスは膝をついてデルフィと目を合わせると、はっきりとそう告げた。

 たとえそれが同じ遺伝子(データ)を基に造られただけの関係であっても、

 あるいは、道具として使い潰す為に造られただけの関係であっても、

 まだ子供に等しい時間しか生きていないデルフィに戦いを強いる理由にはならない。


「トマス」


 男の気遣いを否定はせず、デルフィはただいつものように名前を呼んだ。

 なんだ、とぶっきらぼうに応える男を見つめて、少女はパイロットスーツに包まれた己の胸に手を当てる。


「わたしの“空を飛びたい”って気持ちは学習装置でインプットされたものかもしれない」

「……」


 思わずトマスは口を噤んだ。否定することは、できなかった。

 十分に考えられることだ。現にデルフィの脳内には重力制御システムや衛星への特攻計画の情報がインプットされていた。

 外界での活動経験のない少女が何故そのような気持ちを抱いていたのか、と問われれば、他に答えはなかった。

 だが、少女の夢までが作り物だというのはあまりに救いがない。

 同じ夢を見るトマスだからこそ、一度は折れたから身だからこそ、この木星でその夢を見続けることの辛さも理解しているのだ。


 しかし、少女の金瞳に宿っているのは、決して絶望の色ではなかった。

 だから、と少女は続けて、真っ直ぐにトマスの目を見返した。


「だから、わたしは証明しないといけない。あの人たちに逆らってでも空を飛んでみせる」



 ――わたしは、わたしの夢をほんものにする。



「……そうか」


 しばし間をおいて、遂にトマスは観念した。

 幼くとも、知らないことが多くとも、その決意だけは本物だ。それを覆す言葉をトマスは持たない。

 トマスはデルフィの透き通る青髪をやや乱暴な手つきで撫でた。

 触れられる感触に微かに細まった金瞳を見返しながら、男は言う。


「デルフィ、この騒ぎが終わったらきっと衛星からの質量弾も止まる。方舟が機械を“汚染”してる大本みたいだからな」

「……じゃあ」

「ああ、約束だ。全部終わったら一緒に飛ぼう。今度は何にも邪魔されずに」

「約束」


 デルフィは微かに目を見開き、束の間、雲の向こうに想いを馳せた。

 雲の上、遮るもののない自由な空。

 そんな空を一緒に飛べるのなら、それは何にも代えがたい。

 約束、とその言葉をもう一度舌の上で転がし、少女は大事な宝物を箱に納めるように、その言葉を小さな胸の内にしまい込んだ。


「うん。楽しみにしてる」

「だから、絶対に死ぬな」

「――はい」


 少女の言葉はまだどこか拙く、笑みは輪をかけてぎこちない。

 それでも、ふたりが交わした約束は本物だった。

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