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メタンダイバー  作者: 山彦八里
第二章:銀海のフィルム
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7話:Learned Your Lesson

 オアシスに突入してきたのは“セシル”に輪をかけて異形な白銀色のMDだった。

 上半身こそリノス級に似たそれだが、両腕は呆れるほど巨大な杭状で、下半身は腰の辺りで後部に伸長し、地に四本の突起じみた脚を人工の大地に突き刺している。

 中量多脚型。おそらくは“虫”を模したものだろう。だが、昔話に聞いた地球の伝説にも果たしてこんな異形はいただろうか。

 それこそが“BIOERA(ヴィオラ)”、四姉妹の次女にあたる存在だ。


『だから言っただろう、とーさま。こんな奴放っておけばいいってさ』


 不気味な外見とは裏腹に、異形のMDから響いた声は驚くほど子供じみている。

 声音はデルフィに似ているが、台詞の端々に滲む快活で荒っぽい雰囲気はトマスの知る色々と平坦な少女と大きく異なっている。


「いいや、接触して正解だったよ、ヴィオラ。やはり(・ ・ ・)彼は優秀だ。ここで僕が接触せずとも、いずれ答えに辿り着いただろう」

『そーかい。で、殺るんだよな?』

「ああ、できるとこまでやってみなさい」

『りょーかい!!』

「チッ、好き勝手ぬかすな!!」


 トマスはテーブルを蹴倒して盾にすると同時に腰裏から銃を引き抜いてレグナムを撃った。

 放たれた銃弾は高速で飛翔し、過たずレグナムの肩を抉る。

 が、撒き散らされたのは血肉ではなく、火花と白濁した潤滑液だった。


「サイボーグ!? いや、この感じは遠隔操作か。また随分とけったいなモンを……」


 人間を機械に置き換えるサイボーグ技術とは対照的に、機械を人間に近づけるロボット製作技術は、この星では枯れた技術だ。

 発達した演算機能――AIや自動操縦系のシステムは敵性機械に汚染される危険性があるからだ。

 つまり、この男は対面に座るトマスに気付かれないほどの演技をほぼ手動で入力していた事になる。


「芸達者な野郎だな、テメエ」

「対策は、している……と言った、だろう?」

「そうかい。そいつはよかった」


 次の瞬間、どこからか飛来した重力弾がレグナムを模したロボットの下半身を吹き飛ばした。

 残った上半身が地面に落ちると同時、オアシスに突入したフレイムパターンのツァハ級のコックピットが開き、マリーが手を伸ばす。


『乗って、トマス』

「ナイスタイミングだ、マリー!!」

『当然』


 ヴィオラがレグナムロボットに気を取られた一瞬の早業だった。

 トマスは勝手知ったるとばかりにマリーとシートとの間に素早く体を滑り込ませて、姿勢を安定させた。


「……二人乗り、慣れてる?」

「アルビオに着くまでにデルフィが何回機体をクラッシュさせたか、聞きたいか?」

「後にする。それより今はアイツ」


 コックピットに大写しされた四足双腕のMDは此方を敵と定めたのか、がしがしと四足を駆動させて距離を削っている。

 飛行性能を意識した“セシル”や“デルフィ”とは大きく異なり、近接戦闘能力を前面に押し出したフォルムだ。

 とはいえ、同系列だと云うならば、あの機体も複数の重力子機関を搭載している筈。ならば、“セシル”程度に空を飛ぶことも可能だろう。


「時間をかけても不利になるだけだな。一気に決める。デルフィは?」

「準備してる」

「よし、じゃあ手筈通りに頼む」

「了解」


 マリーは即座に機体を後退させた。

 此処はまだオアシスの中、メタンダイバーの機動力を十分に発揮するには圏外にでることが必須だ。


『なんだぁ? 追いかけっこでもするのかよ?』


 揶揄するような無邪気な声と共に、“ヴィオラ”が力場を展開し、ふわりと浮き上がる。

 瞬間、トマスのうなじが死の危険に粟立った。


『――そぉら!!』

「ッ!? 避けろ、マリー!!」

「!!」


 外海に抜けて、マリーが機体を傾けると同時、一瞬前までいた場所を二条の銀閃が通り過ぎた。

 空間ごと抉るように走るそれは“ヴィオラ”が射出した両の前脚だった。

 質量弾と化して飛翔する前脚は、パイロットの重力制御に操られて宙に弧を描いて戻り、関節部を再接続した。


「まじかよ。アイツ、手足が全部“デルフィ”と同じ重力杭なのか」

「しかも、射出したのを制御できる」

「無茶苦茶だな」


 トマスは垣間見える“ヴィオラ”の設計思想に思わず顔を顰めた。

 通常のMDが人型なのは、擬似神経回路を通じてパイロットの平衡感覚や反射反応をフィードバックさせ、誰でも簡易に機体を操縦できるようにする為だ。

 しかし、逆に言えば、パイロットの脳味噌を(・ ・ ・ ・)弄れる(・ ・ ・)のなら、MDが人型である必要はないのだ。


「上から順番に造られたのなら、アレは非人型と遠隔操作兵器の試作機、“セシル”が飛空艇型への適応試験機……“デルフィ”はさしずめ量産型の試験機ってとこか」

「トマス」

「わかってる。今はアイツをどうにかするのが先だ」


 視線の先、宙空に浮かぶ“ヴィオラ”は両手を含めた六脚の内、四つの先端を向けてこちらを付け狙っている。

 接近して出力差で押し切れば一瞬でカタがつくだろうが、どうもそうする気はないらしい。声から感じる獰猛性とは裏腹の慎重さだ。


「突っ込んでくればカウンター当てて痛み分けに持ち込めるんだが……」

「来る気はないみたいね。それに……」


 マリーは機体の砲塔を展開、“ヴィオラ”に砲撃を撃ち込む。

 並のMDなら一撃で吹き飛ばす威力の砲撃が宙に黒い線を曳いて飛ぶ。

 だが、


『なんだそりゃ。ナメてんのか?』


 着弾の瞬間、“ヴィオラ”の周囲空間が捩れ、迫る砲弾を虚空に縫いとめた。

 ギチギチと空間が悲鳴をあげているのが離れていてもわかる。

 歪みの音。機体の纏う高重力フィールドで空間が歪んでいるのだ。


「マリー、あれを貫けるか? こいつには高重力機関砲(ハイドラ)載せてるんだろ」

「……難しいわ」


 マリーは表情を崩さず、淡々と私見を述べた。

 圧縮した重力子を断続的に撃ち込むハイドラは装甲の強度や弾性を貫いてダメージを与えられるが、その反面、反重力フィールドとは相性が悪い。

 重力弾の内向きに捩じ切る力とフィールドの押し返す力が干渉し合い弾道が逸らされるからだ。

 しかも、“ヴィオラ”は見る限り各手足にも重力子機関を搭載している。胴体のと合わせて七基。フィールドの強度は通常のMDの数倍に届くだろう。


「単純出力で7倍。“デルフィ”の加速性能と同等の出力をフィールドに注いでるのか」

「貫くには追加コンデンサ分じゃ足りない。この子の出力をフルに使う」

「つまり、コイツを超過駆動させる必要があるとなると――」


『――チャンスは一回だけ』


 二人の声が狭いコックピットの中で唱和した。


「……よし、駆動操作をこっちに寄越してくれ」

「ツァハ級は久しぶりじゃないの? 大丈夫?」


 マリーは火器管制を除く駆動操作をトマスに移譲しながら尋ねた。

 声音には僅かに懐かしさが滲んでいる。

 かつて、この男にとってメタンダイバーは空を飛ぶ為だけのものだった。それ故に、鈍重な機体に乗ることは極力避けていた。そのことで同僚からからかわれることも多々あった。

 まるで嫌いな物を残す子供のようだと、まだ子供だった頃の自分でも思ったものだ。


「なんとかする。俺が隙を作る。そこにありったけ撃ち込め」


 あれから10年が経った。10年、待った。

 変わったものもあれば、変わらないものもきっとある。

 マリーは数瞬目を閉じて、零れだしそうな気持ちに蓋をした。今はまだ戦闘中だからだ。


「……久しぶりの共同作業ね」

「ああ、気張れよ」

「了解」


 そして、即席の複座となったマリー機は脚部ブ―ストを全開にして、“ヴィオラ”の真正面から突っ込んだ。


『!! ヤケになったか、今さら手遅れだ!!』


 “ヴィオラ”の前脚が勢いよく射出される、直前、トマスは強引に機体を左斜め前方に跳ばした。

 腕を引かれるようにヘッドダイビングする機体のすぐ傍を鋭脚が通過していく。

 初動なしに地面すれすれを跳ぶその動きは、正面のヴィオラからはまるで機体が斜めに延びたように見えただろう。


『避けた!?』


 幼い声に驚愕が混じる。先の偶然のような回避とは違う。

 数倍近い速度差と数十倍近い出力の壁を超えて、確実にギリギリを狙って回避されたのだ。


『そうか、パイロットが変わったな!!』

「……なんか答えてやれよ」

「今忙しい」


 言葉通り、マリーは忙しなくコンソールを操作している。トマスが全力で機体を振り回す中、どうにか捻出した出力をハイドラに供給しているのだ。メインモニタを見る余裕すらないだろう。


『おい、ビビって声も出ないのか!?』

「……」


 トマスは無言で回された外部スピーカーの制御に僅かに苦笑を浮かべつつ、口を開いた。


「どうした、もっと撃って来い。デルフィの姉って割には大したことねえぞ、腰ぬけ」

『こ、腰ぬけだと!? 言ったな、クソヤロー!!』

「ハッ!! 威勢がいいのは口先だけかい、仔猫(キティ)?」

『コロスッ!! ――いけ、スティレッグ!!』


 次の瞬間、“ヴィオラ”は4脚全てを射出した。

 高速で射出された4つの刺突脚は、“ヴィオラ”を軸にゆるやかに旋回するマリー機を囲むように前後左右から同時に襲いかかる。

 如何なトマスの技量でも重量(ツァハ)級の鈍重な機動では避けきれるものではない。

 故に、トマスは直進を選択した。

 機体の水素燃料エンジンが甲高い音を立てて回転数を上げ、ホバーブーストが焼けきれんばかりに銀海を吹き散らして加速する。

 追いすがる刺突脚が機体各所に突き刺さる。が、ツァハ級の重装甲ならば貫通するまでにあと1秒余裕がある。

 その1秒で機体は“ヴィオラ”の正面に到達した。


『このっ!!』


 “ヴィオラ”が両腕のグラビティパイルを打ち出す。だが、その時には既にマリー機はその懐に跳び込んでいた。

 機体側面が重力の捩れで削り取られる。フレイムパターンの装甲が火の粉の如く散っていく。

 それでも、零距離、互いのフィールドが干渉し、効力を減衰させる決死の距離に機体は滑り込む。


「マリー!!」

「重力子開放――」


 刹那、機体の両腕に鈍く光る2連ガトリングが展開。

 2門×2門ダブル・ダブルガトリング『ハイドラ』は過剰なまでに重力子を供給され、狂ったように回転する。


「――射撃、開始」

『っ!!』


 そして、高重力機関砲は放たれる。

 瞬間、“ヴィオラ”は四脚を戻し、再接続、身を撓めるようにして4つの先端を前面に展開。

 五重の高重力場が断続的に放たれる重力弾を押し留める。

 互いに相殺し合うふたつの重力、あとは純粋な出力勝負となる。


『グ、ガ、雑魚機体なんかに、負けてたまるかああああああっ!!』


 だが、元より“ヴィオラ”の出力は単純計算でツァハ級の7倍。全力射撃を受け止めたままでも余力は残る。

 “ヴィオラ”は4脚で重力弾を防ぎつつ、再度、両腕のグラビティパイルを振りかぶる。


『殺った!!』

「ああ、そうだ」


 迫る杭を恐れもせず、トマスは静かに声をあげた。


「そうだ、その位置だ。やれ――デルフィ」



『――重力子、解放』



 瞬間、限界高度ギリギリから真っ直ぐに雲を曳いて墜ちる一機のリノス級が“ヴィオラ”の直上を急襲した。

 その左腕に装備されたブーストパイルは過剰供給された重力子で自壊前提の速度を破壊力に変換し、白銀色の蜘蛛に叩き込む。


 そして、爆発じみた衝突音が外海に響き渡った。


 重力制御を解放し、『物の落ちる方向』を捻じ曲げ任意の方向に機体を『落とす』技術。

 かつて軍に於いてもトマスにしか制御できなかった自壊必至の最高速度。

 だが、同じ速度で生きる少女ならばできて不思議はない。

 それが今、証明された。


 衝撃が“ヴィオラ”を貫通し、液体金属の海を吹き散らす。

 突き飛ばされるようにトマスは距離を取った。


「デルフィ!!」

『……大丈夫』


 感情を感じさせない声と共に隣にデルフィ機が着地する。

 満身創痍だ。左腕は肩から先がなく、全身から火花を上げている。酸素(エア)も漏出している。長くは保たない。

 マリー機も今ので出力をほぼ使い切った。蓄積したダメージもある。行動不能は時間の問題だ。


 だが、成果はあった。

 見れば、着弾地点に押し込まれた“ヴィオラ”は半身を抉られ、四脚も折れ曲がっている。

 この星のハイエンドの機体に対して、量産型二機を使い潰して、与えられる最大の損傷を与えたといえるだろう。


『やりやがったな、デルフィ!! 後追いの、できそこないのクセに!!』


 それでも、相手はまだ動ける。

 防ぎきれない衝撃を四脚に肩代わりさせたのだろう。代わりに、本体はまだ動ける。


「……チィ」


 あと一撃、いけるか。殆ど動かない機体を省みながらトマスは考える。

 どの道このままで逃げ切ることはできない。

 そうして、男が覚悟を決めようとしたその時、


「潮時だ。そろそろ退こう、ヴィオラ」


 下半身を吹き飛ばされたレグナムのロボットが視界を点滅させながら告げた。


『と、とーさま!? なんでだよ、オレはまだやれる!! コイツラなんかに負けない!!』

「そうだね。君は99%勝つだろう。でも、1%の確率で負ける、かもしれない。僕はまだお前を失いたくないんだ」

『ぐ……』


 押し黙ったまま停止していた“ヴィオラ”は、数瞬して振り切るように背を向けた。


『この勝負預けておくからな、オッサン』

「誰がオッサンだコラ」

『アンタ以外に誰がいるんだよ。じゃあな、次会った時はまっさきに串刺しにしてやる』


 言い捨てて、“ヴィオラ”は無事な重力子機関に喝を入れて加速する。

 後に残されたレグナムロボットは痙攣している眼球をトマスに向けて、僅かに微笑んだ。

 その笑みはやはり機械的なものだった。


「では、さよならだ、トマス君。できれば、もう会うことがないといいのだけど」

「……なあ、テメエが俺に会ったのは今日が初めてじゃないだろ?」


 沈黙は長くは続かなかった。


「お父上にもよろしく伝えておいてくれ」

「ッ!? テメエ、やっぱり軍に――」


 その時には既にロボットの目から光は消えていた。


 銀色の海には名残のように波紋が漂っていた。



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