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メタンダイバー  作者: 山彦八里
第二章:銀海のフィルム
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6話:Assault Combat

 一ヵ月後、トマスはデルフィとマリーを連れてナイアスへの帰路についていた。

 “セシル”によって都市外縁部と多数のMDを破壊されたアルビオのことは気がかりだったが、それ以上に敵が明確にマリー個人を狙ってきたことへの危惧が勝った。

 そう、敵だ。敵は想定以上に此方のことを知悉している。最低でも、トマス達の来歴については把握している。あるいは過日の“デルフィ”とレコードブレイカーの飛行についても察知しているかもしれない。


「……あいつらの修復を急がねえとな」


 トマスは昼食のスープを携帯コンロで温めながらひとりごちた。

 ナイアスとアルビオを繋ぐルートのおよそ中間地点にあるこのオアシス型ビオトープには、現在トマスしかいない。

 マリーはデルフィを乗せて換えの機体を探しに行っている。アルビオへ向かう時もそうだったが、敵性機械に執拗に狙われる粉砕姫(クラッシャー)の性質は些かも衰えていない。

 あるいは、話に聞くセシルとマリーの出会いも芝居じゃなかったのかもしれない、と思わないでもなかった。

 相手は記憶を封印していたようだったし、なにより、そう思っていた方がいくらか救いがあるだろう。

 トマスはスープが適度に温まっているのを確認して火を弱めると、残りのメニューを用意しようと立ちあがり、振り返った所でソレを見た。


 ほんの数秒前まで何もなかった人工の大地に、精緻な彫刻の彫り込まれたテーブルと椅子が二脚鎮座していた。

 そして、どこからともなく現れた椅子には、同じくどこからともなく現れた男が腰かけていた。


「やあ」

「よお」


 和やかに告げられた挨拶に片手を挙げて応じる。

 椅子に腰かけた男は一見して年齢のわからない風体だ。見た目は白衣に片眼鏡(モノクル)型のスコープをつけた20代前後の優男ではある。

 だが、声には抑揚が欠け、色褪せた金髪には白髪が混じり、淀んだ青い瞳は男を60代にも70代にも見せている。

 総じて、胡散臭い男だ、とトマスの目は判じた。


「とりあえず殴らせろ」

「お断りだよ、野蛮人」


 トマスは舌打ちし、乱暴に椅子を引いて同じテーブルについた。

 男は実験動物を見るような目で浅く腰かけるトマスを観察しながら、口を開いた。


「自己紹介でもしようか、トマス・マツァグ君。

 僕はレグナム・ディ・ラブレス。デルフィ達の作成者だ。彼女が世話になっている」

「そうか」

「銃を抜くのはよしてくれよ? 僕とて何の対策もせずに此処にいる訳じゃない」

「チッ」


 トマスは渋々抜きかけた拳銃を腰裏のホルスターに戻した。

 同時にマリー宛ての短波通信機の電源を入れておく。目の前の男は“デルフィ”や“セシル”クラスの遺失技術に届いた男だ。できる限りの手を打っておくに越したことはない。


「リラックスしてくれ、トマス君。今日は勧誘に来たんだ」

「なに?」


 警戒するトマスに対し、レグナムと名乗った男ははっきりと告げた。


「僕と君の目的は一致している。どうだい、一緒に宇宙に行く気はないか?」


 ――あの宇宙(ソラ)を飛びたいのだろう?


 単刀直入、その言葉はトマスの核心に無遠慮なまでに土足で踏み込んだ。

 男は不快さを隠さずにレグナムを睨み返した。


「アンタはデルフィを犠牲にしようとした」

「その点についてはすまないと思っている。彼女に会う前に君に会ったのは僕なりの誠意だ」

「……続けろ」

「ありがとう」


 レグナムは笑顔で一礼した。

 どうにも胡散臭い笑みだ。トマスにはそれがプログラムされた機械的な笑みにみえた。


「機人戦争に際して彼女が起動したのは事故だ。“デルフィ”を製造中に彼女を犠牲にせずとも目的を達成する目処がついたんだ。

 だから、彼女の特攻計画は中止したんだ。資源の浪費は避けるべきだからね」

「お優しいこって」

「だろう?」


 皮肉はまったくもって通じる様子がない。

 レグナムの中では純然たる事実なのだろう。


「まあ、途中で計画を変更しようとしたから誤作動が起きた可能性もあるんだけどね。

 でも、そのおかげで君をみつけることができたのは不幸中の幸いだ」

「……嘘じゃねえみたいだな」

「当然だ。こう見えて益のない嘘は吐かないよ、僕は。

 それで、肝心の宇宙(ソラ)についてだけど……方法は明かせないが、君がいれば成功率は確実に上がる。必要な装備は此方で用意しよう。どうだろうか?」

「…………」


 トマスは即答せず、目を閉じて暫し黙考した。

 目蓋越しに感じるレグナムの観察するような視線は不快だが、もう暫く我慢する。


 一通りの材料は提示され、両手の天秤に載せられた。

 右手にはとびきりの技術者と彼の研究の成果。“デルフィ”クラスの機体を得られる可能性もある。利益は大きい。

 左手には遺恨ひとつ。計画を変更しなかったら、この男はデルフィを犠牲にしていただろう。直に会ってわかった。この男はそういう奴だ。10年前の戦争もこの男が発端のようだ。

 3秒で決断する。考えるに、迷う要素がなかった。


 故に、次に目を開けた時、決意がトマスの黒瞳に宿っていた。


「断る。アンタは信用できない」


 それは、端的な決別だった。


「……理由を聞かせてくれ」

「じゃあ訊くが、アンタ、“デルフィ”や“セシル”はどこで造ったんだ?」

「――――」


 今度はレグナムが沈黙する番だった。

 やはり、とトマスは確信した。それがずっと疑問だったのだ。

 その答えが今、明かされる。


「この星の残骸掻き集めたって“デルフィ”はもちろん“セシル”みたいな飛空艇もどきを新造するのは無理だ。そんな高度な生産設備は地上に残っちゃいねえ」



 ――察するにアンタ、既に衛星を(・ ・ ・ ・ ・)手に入れ(・ ・ ・ ・)ているな(・ ・ ・ ・)?」



「…………驚きだよ、トマス君」


 硬質な拍手の音がオアシスに響く。

 トマスは本日三度目の舌打ちをした。出遅れた、と嫉妬に似た思いが胸中で疼く。

 イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。空に浮かぶ四大衛星。

 高度1kmを超えた者に2分以内に質量弾を撃ち込んで来る“監視者”(マスドライバー)にして、現存する唯一のメタンダイバーの供給源。

 だが、まともな観測設備を喪った今の人類では、4つの内の1つがその役目から外れていたとしても気付かないだろう。


「いやはや空を飛ぶ以外は能がないと思いきや、これは認識を改めねばならないね。

 察しの通り、最初の一機を除いて四姉妹のメタンダイバーは衛星カリストで製造したものだ」


 成程、嘘は吐いていない。が、全部を話した訳でもなかったということだ。

 同時に、“デルフィ”が地上にあった理由にも察しがついた。


「パイロットを製造、保全する設備は地上にしかなかったのか」

「その通り。クローン製造施設が衛星にもあればこんなに苦労しなかったんだけどね。あそこには機械の製造施設とマスドライバーしかなかったんだ。

 お世辞抜きに素晴らしい洞察力だよ、トマス君。一念天に通ずとは君のような男のことだね」

「そいつはどーも。けどな――」


 この男は間違いなく天才だ。トマスは抑えきれない嫉妬を覚えつつもそれを認識した。

 かつてのトマス達ですら大気圏突破までしか計画できなかった時に、この男はその先へ、衛星の確保まで手を届かせていたのだ。

 だが、だからこそ此処で退いてはならない。此処で退けば先を行くこの男にはもう追いつけない。それもまた認識していた。


「――セシルから聞いてないのか? 言った筈だぜ、アンタに吠え面かかせてやると」


 故に、切り札をひとつ叩きつけることを決意する。

 ここにきて尚ふてぶてしい態度を貫くトマスをみて、対面のレグナムは興味深げに目を細めた。


「ふむ、聞こう」

「アンタが言ったように、俺は飛ぶしか能がない。宇宙を飛びたい、それだけの男だ。アンタ程の男が気にかける存在じゃない。なのに、アンタは俺を見極めようとした、邪魔になるかもしれないと考えた」


 デルフィを連れ戻しに来たのかとも思ったが、そんな風でもないことは実際に対面して分かった。

 この男にとってデルフィは駒の一つに過ぎない。可能ならば回収したいが、此方と敵対してまでそうする気はないのだろう。

 だから、理由は別で、トマスが思いあたるのはひとつしかない。


「自意識過剰じゃないかな?」

「いいや、違うね。デルフィ達を見ればわかる。アンタは底抜けの天才で、とびっきりの合理主義者だ。

 無駄なことはしねえ。リスクを負ってでもアンタには俺を見極めないといけない理由があった」

「……」


 ふと対面のレグナムの表情から笑みが消えた。

 その態度こそがトマスに確信を抱かせる。


「既に衛星を掌握したアンタがこれ以上必要とする物なんてそうはない。

 いいや、断言してもいい。俺はひとつしか思い浮かばねえ。だから――」

「――――」


 失敗だった。レグナムはその時悟った。

 接触すべきではなかった。見極める必要などなかった。放置しておけば無害だった。

 この男の宇宙(ソラ)への執念を軽視していた。不確定要素を潰しておこうなどという安易な考えで近付くべきでなかった。

 だが、もう遅い。トマスは気付いた。気付いてしまった。



「――“地球(アース)”への帰還方法。アンタが欲しいのはそれだ」



 確信する。たった今、この瞬間、トマス・マツァグは己にとって最大の障害になった。


「来い、“BIOERA(ヴィオラ)“!!」

「アンタはまだソレを手に入れてない!! そして、この星で俺達だけが関係する場所はたったひとつ――」


 トマスは伸ばした人差し指で天をさす。曇天に覆われたその先――


「――宇宙(そら)だ!! “ソレ”は宇宙にある!! ああ、俺も聞いたことがある!!」


 トマスは隠しきれない興奮に喉を震わせた。

 軍でも実在は証明できず、しかし、絶対に残っている筈だと実しやかに囁かれていたひとつの伝説。

 今は喪われた数多の超技術を載せ、空の果てよりやって来た最初の“飛空艇”(アウトリガー)


「“最初の人々”が乗ってきた最古の飛空艇――方舟“アトラ=ハーシス”!!

 感謝するぜ、アンタのおかげで実在を確信した!!」


 瞬間、外縁部の反重力の膜を突き破って一機のメタンダイバーがビオトープに侵入した。



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