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メタンダイバー  作者: 山彦八里
飛翔編
16/37

15話:Call My Name

『全機能正常、出撃準備へ移行』


 数日かけた調整が終わり、デルフィはのろのろとポッドから外に出た。

 無意識にタオルを探して、ここにそんなものはないことを思い出してひとり項垂れた。


「――――」


 バックアップされていた記憶から10年前を思い出す。

 凍りついていた記憶だ。

 あの時、必死に飛んでいた“あの機体”を助けたのはなぜだったのか、自分でもよくわからなかった。10年間わからずじまいだった。

 だが、トマスやマリーと出会い、共に過ごした今ならわかる。


 ――誰かと一緒にこの空を飛びたかった。


 それは、ちっぽけな少女の夢であり、同時に、自身が製造された理由に反して動くほどに強烈な衝動だった。

 今はその夢を砕かれ、一人きりになった。

 これを孤独というのだろう。デルフィは思う。

 はじめからひとりだった10年前も、あるいはナイアスで生活していた時にも理解できなかった感情だ。

 今になって理解できたことが、少女はたまらなくさびしかった。


「……」


 嘲笑ってなどいない。一緒に飛べることがただ嬉しかった。二人もそうだろうと思っていた。

 だが、嘘は言えなかった。“デルフィ”の製造計画は何十年も前からあったものなのだ。

 それ自体が、自分たちが造られたこと自体が男の夢を穢すモノであるなら、一体何を言えば良かったのか。


 それでも、銃を向けられたのは悲しかった。思い出すと胸がずきりと痛んだ。

 やはり面と向かって喋ろうとすると硬い口調になってしまうのがいけなかったのだろうか。

 あるいは、常識知らずなのが、すぐMDを壊すところが、子供体型なのが悪いのだろうか。


 ――自分は彼らの家族にはなれなかったのか。


 銃を向けられたということはそういうことなのだろう。

 少女はもう何も分からなかった。それでいいのだろうと自分を無理矢理納得させる。


 もうひとりの自分の中にいれば、何も感じないで済むのだから。

 この命は、今日、あの空に浮かぶ衛星と共に消え去るのだから。


 少女は白亜の機体(デルフィ)に乗り込み、“機械的”に機体を起こしていく。

 手順は脳に正しく記録されている。間違えようがない。


「結局……」


 淀みなく、自動的に動く己の指先を見ながら少女はぽつりと呟いた。


「一緒に飛ぼうって言えなかった……」


 ただ、それだけが心残りだった。


 少女の操作に従い、頭上の何重にも閉鎖されていたハッチが開く。

 かつての質量弾(コフィン)の連射すら防ぎきったそれを開けば、遠からず衛星はマスドライバー射撃を加えてくるだろう。

 ここにはもう戻れない。元より、少女が戻ることは計画に入っていないが。


「――発進」


 次の瞬間、“デルフィ”に搭載された7つの重力子機関が重力方向を捻じ曲げ、空へと機体を『落とした』。

 時速3000km、機体のポテンシャルを考えれば慣らし運転に等しい速度でデルフィは空へと舞い上がる。

 そのまま加速を続けつつ、永遠に曇った空に真っ向から突っ込んでいく。



 ――思い出す。何年かぶりに誰かを認識した日。


 眼下の遺跡で眠っていたデルフィはふと施設に接近するMDを感知して何度目かの覚醒を促された。

 万が一地下施設を発見された場合は“デルフィ”に搭乗して危険因子を排除する為だ。

 そして、カメラに映ったMDの動きを見て驚いた。

 機体は違えど、そのMDの動きは、空を飛んでいた“あの機体”によく似ていたのだ。

 思わず、生身のまま飛び出してしまい捕獲、もとい保護されてしまった。

 しかも、施設から離れた時点で自動的に記憶は封じられ、何で出てきたのかも思い出せなくなっていた。



 四大衛星のマスドライバーから射出された質量弾(コフィン)が無数に降り注ぐ。


「そんなもの“デルフィ”には効かない」


 3秒先の予測に軽口を叩く余裕すらある中で、背の両翼を展開。

 重力子を固着させたブレード状の翼がすれ違う質量弾を熱したバターのように切り裂いていく。

 空中で軌道を修正し真っ向から突っ込んで来た質量弾も“デルフィ”の掌から放たれた収束重力杭に貫かれると、内向きに捩じ切れ、消滅していく。

 かすり傷ひとつ機体に負わせず、デルフィは質量弾の雨を抜けた。

 だが、“機械的”な操縦とは裏腹に、心はいくつもの想いが溢れてぐちゃぐちゃになっていた。



 ――思い出す。はじめて一緒に狩りに行った日。


 記憶を封じられても、MDに関することだけは万が一の為に残されていた。

 だから、覚えていた。自分以外に空を飛ぶ存在がいたことが心臓が止まるほど嬉しかったことを覚えていた。

 いつ、どこで、その光景を見たのかは思い出せなかったが、思い出が全て封じられても、その想いと目蓋に焼き付いた動きだけは自分の中に残っていた。

 だから、その人の繰るMDを見た時は本当に驚いた。何故、自分が驚いたのかもわからないまま驚いていた。



 遂に、数百キロと続いた木星の雲を越えた。

 途端に、視界一杯に黒々とした宇宙とその中で燦然と煌めく星々が広がる。

 その胸を打つ雄大な美しさに思わず目を細めた。

 だが、きれい、と思う感情も徐々に虚ろになっていく意識の中に溶けていく。

 大気は既に無いに等しい。水素とメタンの空も終わりが近い。



 ――思い出す。一緒に生活した日々。


 食事がおいしかった。服を買って貰った。頭を撫でられた。色々な本を読んだ。マリーに出会った。三人で眠った。あたたかかった。

 ポッドの中で眠っていた時間と比べれば、瞬きのような一瞬の時間だったが、記憶の中の何もかもが新鮮で色づいていた。


「――なんで」


 気付けば少女の視界は何かで滲んでいた。


 たった一人で空を飛ぶ少女にとって、ただひたすらに空を飛ぼうとする存在はただしく救いだった。

 孤独が癒されていくのを感じた。この広い空でひとりきりではないことを知った。


 衛星に突っ込んで諸共に吹き飛ばす為だけに作られた少女にとって、ナイアスでの日々はただしく救いだった。

 MDの部品であった自分を“人間”にしてくれた日々だった。人間はあたたかいことを知った。


 どちらも既に喪われたものだ。


「――機体を特攻形態に移行。最大加速、開始」


 命令と同時に、操縦形式を脳内に刻まれた自動操縦に切り替える。

 時速数十万kmの世界では認識してから反応したのでは遅すぎる。

 故に、3秒先を予測し、擬似神経に直結した脳髄が3秒前に機体を駆動させる。

 7つの重力子機関を並列制御する“デルフィ”の機動力ならば3秒あれば避けられないものはない。

 そして、最大加速した“デルフィ”の持つ衝突エネルギーは衛星一つを貫いて余りある。

 完全な重力制御システムを有する“デルフィ”は質量弾のように減速することなく、加速によって得た衝突エネルギーを一点に収束することができるのだ。


「――――」


 徐々に心に靄がかかっていく。

 デルフィは“デルフィ”を飛ばす為の部品。

 機械を狂わせる何かに犯されない生きた部品。

 それでいい。他はもう知らない。そう決めた。

 あとは木星の重力を振り切って飛ぶだけ。それだけで全てが終わる。




『――待ちやがれエエエエッ!!』




 ふと、声が聞こえた。

 幻聴ではない。たしかに聞こえた。音速超過のこの世界に、声が。

 虚ろに沈んでいた少女の意識が途端にクリアになる。


「ま、まって、“デルフィ”!!」


 だが、命令に反して機体は止まらない。自動操縦を止めることが出来ない。

 白亜の機体は既に特攻形態に移っている。機体が求めているのは少女の脳髄に記憶された“汚染”されない重力制御システムのみ。少女自身の意識は既に必要としていない。


『追いついたぞ、デルフィ!!』

「あ――」


 力強い声と共に、眼下の空を真紅の機体が一直線に切り裂いていく。


 降り注ぐ質量弾をぎりぎりに掠らせるようにして躱し、ただひたすらに、真っ直ぐに飛んでいる。

 全てが超高速で流れていく中で、時が止まったかのように、鮮烈なフレイムパターンで塗装されたその機体だけがはっきりと目に映る。


「ああ――」


 少女の視界が先とは違う理由で滲んでいく。

 10年前はボロボロになっていた“あの機体”が今、完全な形で“デルフィ”(じぶん)を追いかけている。

 少女は今ほど、この機体の通信機に発声装置がついてないことを恨んだことはなかった。

 “デルフィ”が飛び、あの人が追いかけてきている。

 望んだ形とは違うけれど、たしかに夢が叶った瞬間だった。


 だが、“デルフィ”は止まらない。


 白亜の機体は追いかけてくるレコードブレイカーを振り切る為に軌道を変更し、大気圏最高度を飛翔する。

 その全身に具わった7基の重力子機関による大出力の重力制御により、メタンの空を慣性を無視した直角軌道で駆け抜ける。


『征かせるかッ!!』


 その背後をレコードブレイカーが不器用なまでに真っ直ぐに追いかけていく。

 減速なしに直角に『落ちる』“デルフィ”に対し、必要最小限度の旋回だけで“空”にひたすら真っ直ぐな赤い軌跡を描いていく。


 奇跡的な光景だった。

 遺失技術の集合体である“デルフィ”に対し、レコードブレイカーはある程度まで解析済みの既存技術の寄せ集めでしかない。性能にして100年の違いがあると言っても過言ではない。

 決して、追いすがれるものではない。同じ空を飛べるものではない。


 それを補っているのは偏にパイロットの技量だ。


 “機械的”な回避運動では5秒先を予測して飛ぶ男の速度を振りきれない。

 三重に展開した重力子が大気を切り裂き、人間の限界に挑む反応速度で追随し、そして、一切の減速を切り捨てて飛ぶ。

 生まれるのは無骨なまでの超加速。人間が機械に追いつこうとする強引なまでの速度の具現。


 質量弾の降るメタンの空を、白亜の機体と赤炎の機体は超音速で泳いでいく。

 宙に二条の軌跡を残し、交わるように、ぶつかるように、ただひたすらに飛翔していく。


「すごい……」


 “デルフィ”のコントロールを取り戻そうと足掻く中、少女は追いかけてくる赤炎のMDに驚愕していた。

 徐々にだが彼我の距離が縮まっている。追いつかれている。有り得ない光景だ。

 重力子機関を7基具えた“デルフィ”と3基しかないレコードブレイカーでは機動力、加速力、旋回速度すべてにおいて“デルフィ”の方が圧倒的に有利だ。

 如何にパイロットの技量が超人的であっても最高速度だけは誤魔化せない。


 その差をどうやって埋めているのか。

 通信機越しに微かに聞こえる男の呻き声が少女に正解を悟らせた。


「――ッ!?」


 その事実に気付いた少女の顔が蒼白に染まる。

 男は、内部にかかる耐G用の出力を削って加速に回しているのだ。

 コックピットの中が今、どんな惨状になっているのか、想像に難くない。


「とまって、とまってよ、“デルフィ”!!」


 両手をコンソールに叩きつけて少女が叫ぶ。

 頭の中は混乱でいっぱいになっていた。

 拒絶されたと思った。家族になれなかったと思った。一緒に飛ぶことなんて出来ないと思った。

 夢は叶った。

 だが、それは決してこのような形を望んだものではなかった筈なのだ。


「とまって……お願いだから、あの人が死んじゃう!!」


 叫ぶ。両機の速度は超音速を超え、徐々に光速の数%の領域へと加速し続けている。

 大気圏に突入した質量弾では最早、追いかけることすら出来ない速度だ。

 木星の空でただ二人、たった二人だけに許された空だ。


 だが、それも長くはもたない。男の命は今も削られ続けているのだ。

 少女は覚悟を決めて口を開いた。

 機械の汚染を避けるため、“デルフィ”の重力制御システムは少女の脳髄に記憶されている。

 自分が死ねばそれを利用することは出来なくなる。それを少女は知っている。

 だから、今、ここで舌を噛んで死ねば――


『……止まれないんだな、デルフィ?』


 その時、掠れた声が少女に届いた。

 ギリギリまで耐G制御を削った影響だろう。血に咽いでいるのが通信機越しにも伝わった。

 内臓にも甚大なダメージが蓄積している筈だ。既に限界は超えている筈だ。


『わかった。――ちと荒っぽくいく。死ぬんじゃねえぞ』


 なのに、何故、その声はこんなにも頼もしいのか。

 定めた筈の覚悟が溶かされていくのを感じて、少女は嗚咽を漏らした。


 そして、遂にレコードブレイカーが“デルフィ”を捉えた。

 互いの間を遮るものは既に無い。メタンの大気すら二機が放出する重力子に吹き散らされている。

 振りきれないと判断した“デルフィ”は空中で反転し、後ろ向きに飛行しつつ、両手に重力の杭を発生させて迎撃の構えをとる。

 白亜の機体は判断する。追いすがる機体に武装はない。自分のような重力格闘武装も見えない。

 故に、追いついたその瞬間に圧縮した重力で捩じ切ると決める。


 その“機械的”な予測は正しい。

 レコードブレイカーに許された攻撃方法はただひとつだけ。

 だが、そのたったひとつで男は――トマス・マツァグは機人戦争を生き抜いてきた。

 その意味を機械天使は最後まで理解できなかった。


『――重力子、全解放』


 すなわち、自機を質量弾とする肉弾特攻。


 限界を超えた最大加速に時間すら凍りつく。

 今こそ“凍れる時計”(フリーズクロック)の名は取り戻された。


 1000分の1秒間に叩き出された速度は秒速15万km。

 光速の50%という、機体の限界を遥かに置き去りにした超高速度の特攻は、反応することすら許さず“デルフィ”の片翼を貫通した。




「ッ!!」


 消しきれない衝撃に少女はコックピットの中で大きく揺さぶられ、慌てて目を覚ました。

 接触してから数秒、意識を失っていた。

 “デルフィ”は中破、重力子機関は2つが消滅、3つが機能停止し、徐々に高度を落としている。


「そうだ。トマ――」


 高度を落とし続ける機体が曇天を抜ける。眼下に無数の質量弾の突き刺さった液体金属の海が広がる。

 その中を限界を超えて大破したレコードブレイカーが墜落していくのが見えた。


「あ、ああああああ――」


 少女が絶望的な叫びをあげる。

 その一方、“デルフィ”は未だ継続している自動操縦に従い、残る重力子機関を駆使して“機械的”に銀色の海へと滞空着地した。


 白亜の機体は現在の損傷度では任務の継続は不可能と判断。

 近傍の施設にて修復、及び制御パーツに再教育を施すことを決定し――



『なんて声だしてんだ、デルフィ』



 背後に忍び寄っていた軽量(エアル)級に僅かに一瞬、その動きを止めた。


 いつの間に、否、コフィンのある位置を狙って墜落してみせたのか。

 デルフィと“デルフィ”が同時に結論する中、自動操縦は交戦継続を決定、全速で振り向くと共に勢いよく左掌を突き出す。

 そうして、掌から全てを砕く収束重力杭が放たれ――潜り抜けられた。


「外し……!?」


 “デルフィ”は未だ二基の重力子機関が完全稼働している。通常のMDとは10倍近い速度差がある。

 それをこうも容易く回避し、懐に飛び込まれるとは自動操縦ですら予想していなかった。

 けれど、普通のMDの打撃力では、エアル級の攻撃力では“デルフィ”の纏う反重力フィールドは――


 その予想は“デルフィ”のコックピットのすぐ目の前が切り裂かれたことで覆された。


 見れば、エアル級は先に引き千切った“デルフィ”の片翼を、半ばで折れたブレード状の翼を腕部パーツに突き刺して固定し、振り抜いていた。


 そして、少女はハッチから這い出て、手を伸ばす男の姿を確と見た。


「――来い、デルフィ!!」


 力強い言葉が少女の胸の奥を真っ直ぐに貫く。


「――トマス(・ ・ ・)!!」


 最早、何も恐れることはなかった。

 デルフィはコックピットを抜け出し、トマスの胸の中に飛び込んだ。

 受け止めた拍子に男は痛みに顔を顰めたが、気合いでそれを我慢し、しっかりと少女を抱きしめた。


「へへ、初めて名前呼んだな」

「あっ……その……」

「いいんだ。さ、帰るぞ」


 いつかのように膝に載せ、トマスは機体のハッチを閉じた。


「あとは……」


 デルフィを失ったことで、“デルフィ”は機能を停止し、沈黙している。

 これを自律機械に乗っ取られたら面倒になる。破壊しとくべきか、とトマスは僅かに逡巡した。

 だが、ちらりと膝上の少女を見遣ると、何とも言えず苦笑し、肩を貸すようにして“デルフィ”を担ぐとナイアスへと針路をとった。



 ◇



 いつかのようにデルフィを膝上に載せたまま、トマスはじくじくと痛む内臓の痛みを我慢して機体を進ませていた。

 幸い――というより、トマスが誘導した結果なのだが――墜落場所はナイアスからそう遠く離れた位置ではない。10日もあれば帰還できるだろう。

 それまで自分の体がもつかはやや怪しい所であるが、とりあえず行けるところまで行こうと男は決めた。


 それはさておき、今現在の問題は先程からちらちらと視線を寄越す膝上のデルフィだった。

 男に負けず劣らず会話能力に欠ける天使は何と言って話を切り出せばいいのかわからないようだ。

 だから、トマスは少女の金の瞳をしっかりと見据えて頭を下げた。


「すまなかった」

「え……」

「銃向けたことだ。許せとは言わねえ。俺は家族に銃を向けた馬鹿野郎だ」

「……デルフィは、家族?」


 微かに震える声音で問い返す少女に、トマスは力強く頷きを返した。


「ああ、そうだ。お前はもう立派なマツァグ家の一員だよ」

「で、でも!!」


 少女は焦ったように全身で振り向くと男の胸に縋りつくようにして身を傾けた。

 至近距離で二人の視線が交わる。


「でも、マリーが、人のものはとってはダメって……」


 お似合いの夫婦だとデルフィも思うのだ。そこに自分の居場所はないと。

 だから――


「あー、それなんだけどな……」


 トマスは困ったように頬を掻き、口もとに微かな苦笑を刻んで言葉を続けた。


「昔々、地球にアースマンってすげえ偉いおっさんがいたらしい。

 その人が言ったんだとさ。“右の頬を叩かれたら左の頬を差し出しなさい”ってな」

「えっと、どういうこと?」

「その、なんだ……もう一発くらい叩かれてもいいんじゃないかと俺は思ってるんだ」


 言葉と共に、少女の青く澄んだ髪に男の手が載せられた。

 掌からあたたかいぬくもりが伝わる。その温度は人間の証だ。


「お前はどうだ、デルフィ?」

「あ――」


 少女を人間にした熱だ。


「――わ、わたし(・ ・ ・)も一緒にいたい!!」


 それ以上、少女は言葉を続けられなかった。

 男に抱きつき、次々と溢れていく涙を堪えることも出来ず、声をあげて泣き続けた。


 少女が生まれて初めて流した涙だった。




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