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彼と彼女の有限時間

作者: 立花詩歌

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「君は彼女かい?」


 夜の森の大樹の上で、彼はリスを優しく抱き上げふと思いついて問いかける。

 リスの澄んだ黒い瞳を見つめながら、彼は“彼女”のことを思い出していた。


 ずっとはるか昔の、“一瞬”に。

 共に過ごした“彼女”のことを。


 悠久を生きる彼にとってはとても短い“一瞬”だった。

 しかし、今でも彼の心はあの“一瞬”に囚われていた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 彼は永遠を生きる時の旅人だった。

 彼女は一瞬に生を思う人間だった。


 彼は何故自分だけが時の流れに縛られないのかがわからなかった。

 彼女は自分がいずれ死んでしまうことを当然のように知っていた。

 

 彼は自分という存在がわからなかった。

 彼女は誰より自分自身を理解していた。


 彼は自分にできないことを探していた。

 彼女は自分にできることを数えていた。


 彼は世界はとても狭いと思っていた。

 彼女は世界が広いことを知っていた。


 彼にとっては無限の内の一瞬に――

 彼女にとっては生きている間に――


 ――――彼と彼女の出会いは存在した。


 彼は彼女に興味を抱いた。

 彼女は彼を不思議がった。


 彼は彼女に何度も会った。

 彼女は彼に興味を抱いた。


 彼はそれまで無限の自分に知らないものはないと思っていた。

 彼女は有限の身でしか知り得ないことを彼にたくさん教えた。


 彼女はその時々を楽しむことを教えた。

 彼は初めて“一瞬”の大切さを知った。


 そして同じ時を共に過ごす内、自然に彼と彼女は惹かれ合った。


 二人はあらゆる感情を共有した。

 二人はいつも支え合って生きた。


 彼は無限の存在。

 彼女は有限の命。


 それ故にすれ違いもあった。

 それも全て乗り越えてきた。


 彼は彼女を守って傷つくこともあった。

 彼女は彼に守られより強く愛を深めた。


 彼女は彼を謗られ泥を被ることもあった。

 彼はそれを見て彼女をより愛しく思った。


 彼は彼女と過ごす“一瞬”を何よりも誰よりも大切にしていた。

 彼女は彼と過ごす時間を、まるで“無限”のように感じていた。


 しかし――無限と有限の二人の間には、確実に終わりが迫っていた。



「ひとつだけ……聞いてもいいかな?」



 彼は彼女に問いかけた。

 彼女はゆっくり頷いた。



「どうして僕を選んでくれたんだ?」



 彼は純粋で残酷な質問だと思った。

 彼女は少し困ったように微笑んだ。



「わからないわ」



 彼は答えを聞いて次の言葉を待った。

 彼女は綺麗な声で次の言葉を紡いだ。



「ひとつだけわかっているのは、私にも無限のものがあったということ」



 ――無限の愛――


 彼は彼女の言葉を聞いて、恥ずかしそうにはにかんだ。

 彼女はそんな彼の表情を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。



「ひとつだけ悔しい」



 彼女は幸せそうな笑顔を浮かべ、震える彼の手を取って強く握った。

 彼は泣きそうな表情を誤魔化すように笑い、彼女の手を握り返した。



「初めてなの、悲しむ貴方の傍にいてあげられないのは」



 彼には、彼女と共に時を終えることができない。

 彼女はもう彼と同じ時を過ごすことはできない。



「貴方の無限時間のほんの一握りでも一緒にいられてよかった」



 彼は、少しずつ彼女の握り返す力が弱くなるのを感じて涙を流した。

 彼女は、最後に優しすぎる言葉を残して、静かに有限時間を閉じた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 彼は腕の中で眠るリスを撫でながら、虚空に向けてぽつりと彼女の名を囁く。

 しかしその声はすぐに木々の音にかき消され、囁きが呟きでしかないと知る。



『私は貴方といられて幸せだったから……貴方もこれからもっと幸せになってね』



 彼の脳裏に、彼女の最後の言葉が驚くほど鮮明に蘇ってくる。

 最後まで、彼女は自分を押し殺すほどに彼を愛していたのだ。



「僕には、君なしで幸せになれる自信がないよ……」



 彼女と出会うまでは何とも思わなかった孤独すら今の彼には痛かった。

 昇ってくる朝日を見つめ、彼はいつのまにか泣いていたことに気付く。



「もしかしたら僕は……君に近づきすぎたのかもしれないね……」



 そして、彼女も僕に近づきすぎたのかもしれない、と彼はふと思った。

 それが彼女に対して残酷なことだとわかっていてもつい考えてしまう。


 そんな時初めて、彼は自分を見つめる小さな視線に気がついた。

 腕の中で眠っていたはずのリスがいつのまにか起きていたのだ。



「……」



 リスは彼女と同じ黒い瞳で何かを訴えるようにじっと彼を見上げた。

 彼は少し驚いたような表情をしたが、すぐにフッと微笑んで見せる。



「彼女のおかげで僕は幸せだったよ。今夜も、君のおかげでいい夢を見ることができた。ありがとう――」



 彼はリスを優しく撫でながら、静かに彼女の名前を呼ぶ。

 すると、応えるように尻尾を振ったリスはぱっと彼の腕から飛び出し、木の枝を伝って何処かに消えた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  切ない。まさにその言葉が似合います。危うく涙ぽろりしてしまうところでしたよ。  無限と有限。この二つを意識しながら紡がれた言葉に私は詩をイメージしてしまいました。  切なく、もうその温も…
[一言] 最後にリスが去って行った場面ではっとしました。 永遠に取り戻せないものがかいま見せた夢なのでしょうか。 無限を生きる彼は、有限のひとときを永遠に大事に抱きしめて生きるのでしょうか。 だとした…
[一言] お疲れ様でした。 ちょっと難しい文章の中にシリアスな純愛があってとても好みでした。
2012/12/01 14:48 退会済み
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