学生街の喫茶店
かつて僕が住んでいた田舎町では、高校生ぐらいまでは喫茶店に
行くってことは、とても勇気のいることで、それこそ先生に
見つかったら停学ぐらいの覚悟が必要なわけで喫茶店=不良みたいな
感覚が染みついている。もっとも、東京とか都会に住んでいる人に
とっては、喫茶店に行くってことはそれほど、たいした問題では
なかったのかもしれない。
高校の友人Uの家が喫茶店をやっていて、Uも毎日のように手伝いで
店に出ていたものだから、その関係で自然、喫茶店に気分を高揚させ
ながら通うようになって、そして少し大人びた雰囲気に浸るのが
気持ちよくて、煙草を吸ったりして何となく格好が付いているような
気になって満足していた。
でも、力むこともなく喫茶店に通うことが出来るようになったのは
それこそ、大学に入学してからだった。よく利用したのが早大北門を
出て、通りの向こう側にあった「ウイッシュボン」という喫茶店だった。
お姉さんがとてもチャーミング(死語かな?)な方で、とても素敵な
時間が流れていくお店だった。友人との待ち合わせや、女の子との
ちょっとしたデート。時間潰しに当時流行の村上春樹さんの小説なんか
読んだり。たくさんの学生が思い思いの時間を、ゆったりとした
流れの中で楽しんでいた。
今は立派な図書館になっている所に安部球場というのがあって
早稲田の野球部はそこで練習をしていた。野球好きの学生や老若男女
早大野球部ファンが三塁側スタンドに詰めかけ、打球音鳴り響く
グランドを見守っていた。
徹夜麻雀明けに天気がいいと、足は自然と安部球場に向かい、同世代で
ありながら自分とは違って何か目標を持ってストイックな日々を送る
野球部の学生を羨望にも似た気持ちでもって眺めていた。眠っていない
せいか、日射しの強さに軽い目眩を覚えながら、何時間かそこで過ごすと、
「ウイッシュボン」にいって少し濃いめのブラックコーヒーを飲んだ。
何十本と吸った煙草が肺の奥で沈殿しているかのような不快感を持ち
ながらも、また煙草に火をつけ、コーヒーを口にする。
現代思想についてか何やら難しい話をしているグループ。
これからどこへ行こうか額を合わせるようにして小声で話すカップル。
一人、目を瞑りながら寝ているようで時折、目を開いて手に持った本に
視線を落とす髭面の男・・・・
学生街の喫茶店。人は変われど、そこだけ時間が止まった空間のような
気がする。