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自称『床上手』な僕がジャージ姿の怪物になって身長差20cmの彼を押し倒そうとした話

掲載日:2026/09/06

 好きな人がいる。彼は清潔感があり、どこか浮世離れした朗らかさがある。要するに押し倒したいタイプなのだが、問題は体格差だ。彼の身長は約180cm、対する僕の身長は160cm。そして彼は決して筋肉質ではなかったが、僕はそれ以上に胸板が薄かった。

 約20cmの身長差に加えて、腰の高さだけを比較するとその差は20cm以上の開きがあった。なぜだかは分からない。とにかく、僕が彼を押し倒すのには物理的な無理がある。

 僕がもっと大柄だったら…。そんなことを考えていた矢先、転機は突然訪れた。

 それはある雨の日の夕方のこと。人気の少ない道を歩いていた僕は、大型トラックの前を横切る小動物を見つけた瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。徒競走ではいつも「しんがり」の辱めを受けていた僕。その僕が生まれて初めて経験する速度は、一般人の速度の0.8倍ぐらいの速さだったに違いない。けれどもこの場面で最も重要なことは、僕が無事に小動物を助け出すことに成功したことだ。


 子猫だろうか?それとも子犬?いや、ネズミ?


 ハクビシン?イグアナ??


 よく見ると小動物はさほど可愛くはない。というか、もはや哺乳類なのかどうかも分からない。

 謎の小動物は別にクリッともしていない瞳で僕を見ると

 「助けてくれてありがとう」

 と流暢な日本語を喋った。


 僕が腰を抜かしたのは言うまでも無い。すると小動物は草を食むように口元をモグモグと動かして

 「私は魔法界のものです。お礼に今から私が選択肢を3つ出すので、その中のどれか一つだけを叶えてあげましょう。」

 と命の恩人の僕に向かって、謝礼の出し惜しみともとれるようなことを言ってきた。


 「1つ目は『いつでも好きなときに子供になれる魔法』です。」

 なんだそれ?

 僕が思わず渋面を作ると、小動物は涼しい顔で

 「これならいつでも子供料金でアミューズメントを楽しめます。」

 と補足する。

 なるほど。この物価高の時代にあって、遊興費をおさえられるのはそれなりにメリットだ。

 けれどもその代償として、遊びの最中はずっと子供の姿で過ごさないといけない。

 「で、2つ目は?」

 僕が促すと、小動物はまた口をモグモグさせて

 「2つ目は『いつでも好きなときに老人になれる魔法』です。」

 と答えた。


 「これなら疲れているときに、電車で席を譲ってもらえる確率が増えます。」

 小動物が解くメリットはこれだ。

 確かに、なまじ若い僕はどんなに疲れていても誰かが席を譲ってくれることなどない。逆に座りたくてわざわざ始発を選んだのに、目の前に老人が立ったときの倫理と私欲のせめぎあいは、およそ3駅分ほど僕を苛むものだった。

 「じゃあ、最後の3つ目は?」

 あまり期待を込めずにそう尋ねると

 「3つ目は『いつでも好きなときに怪物になれる魔法』です。」

 と、小動物は少しばかり臭い息で答える。


 話にならない。


 子供と老人まではまだ分かる。

 しかし怪物になることには、いったいどんなメリットがあるというのだろう?

 僕があからさまにしかめ面をすると、小動物は淡々とした口調で

 「この怪物は全長2メートルほどあり、筋骨隆々です。」

 と重大情報を追加した。


 え?

 

 一瞬、思考が止まる。

 要するに『怪物』は体格に恵まれているということなのか。

 そう思った瞬間、僕の脳裏をかけめぐったのは、怪物と化した自分が『彼』を征服している光景だった。

 「あっ…いやっ…やめてっ…」

 僕の腹の下にすっぽりとおさまった『彼』が頬を染めて乱れる。

 なんてかわいいんだ…。控えめサイズの息子が精いっぱい腫れ上がるのを感じた僕は、あわてていけない妄想を遮断した。


 「時間が無いので、あと5秒以内に決めてもらえますか?」

 小動物が突然、短かすぎるタイムリミットを告げてくる。

 「じゃあ、3番で。」

 僕が迷うことなくそう答えると、小動物は『3番でよろしいですか?』などの反復確認もなしに

 「わかりました。」

 といきなり魔法を発動させた。

 小動物の全身の毛が逆立ち、増量して金色に輝く様子はどこかで見たような覚えもある。

 ともかくもひとしきり魔法を発動させたらしい小動物は、ふいに元の可愛くない謎の生物に戻ると

 「じゃあ、急いでいるのでこれで。」

 と足早に去って行った。


 その夜、僕は途方に暮れていた。

 いつでも好きなときに怪物になれると言うが、怪物への変身方法が分からない。

 試みにchatGPTに尋ねても答えが出るはずもなく、僕は何から試したらよいのか迷っていた。

 某少年漫画の主人公よろしく「征服王に、俺はなる!!」とでも明るく宣言すれば良いのだろうか?しかしながら、いざ実行に移そうとすると、意外なほどに羞恥心が邪魔をする。そこでひとまず蚊のなくような声で

 「怪物になりたい…」

 と呟くと、次の瞬間、僕の身体は焼け付くように熱くなった。


 身体が膨張する。肩甲骨がめきめきと音を立てて変形し、ガーゴイルのような2対の羽が現れる。口は裂けて乱ぐい歯が飛び出し、手足の先には鉤爪が生えた。

 けれどもそれ以上に僕を驚かせたのは、僕の衣服も僕の身体に合わせてサイズを変えたことだった。

 入浴後の僕はいつも中学時代のジャージを着ている。

 つまり何が起きたかというと、僕は青に近い明るい紺色のジャージを着た怪物に変身していた。


 いや。これじゃダメだろ?


 せっかく驚異的な存在になろうとしているのに、これでは親しみが勝ってしまう。

 あわててジャージを脱ごうとした僕は、鉤爪がジッパーをつまめないという事実にぶちあたるや否や発狂しそうになった。

 たまに見かける爪の長いお姉さんはいったいどうやって日常生活を営んでいるんだろう?そんなことに思いを馳せつつ悪戦苦闘した僕は、どうにかジッパーを降ろすことに成功する。

 ところが一難去ってまた一難とはこのことだ。なんと、羽がジャージから飛び出ている!

 つまるところ僕はジャージを破かない限り、ジャージを脱ぐことは適わない。中学時代のジャージにはそれなりに思い入れがある。そう思って逡巡していた僕は、はだけた腹部に憧れのシックスパッドを見つけた瞬間、目を見開いた。


 シックスパッドは正義だ。


 それに羽も牙も鉤爪もあったら迫力は十分だろう。気を取り直した僕はジャージを脱ぐという些末なミッションを放棄すると、いよいよ『彼』のもとへ羽を伸ばす覚悟を定めた。


 羽は信じられないぐらい便利だった。あっという間にウ○コだらけの路地の上空を横切った僕は、彼の住まう二階建ての一軒家に直行する。彼の部屋は2階にあり、不用心にも窓は開いていた。パジャマ姿の彼はベッドに行儀良く腰掛け、読書にふけっている。ドライヤーで乾かしたと思われる髪はいつも以上にサラサラと揺れ、今にもシャンプーの香りが漂ってきそうだった。


 ゴクリと唾を嚥下した僕は、そっと窓枠に取りつく。

 「?!!!!」

 彼が声も出せずに驚愕する。そりゃあそうだ。誰かが窓から入ってくるだけでも驚きなのに、それが怪物ときたら驚かないほうが怖い。しかもその怪物はジャージ着用ときている。情報量が多すぎて彼の頭は混乱を極めているに違いなかった。


 けれども僕は彼を怖がらせるのが本意ではない。そう思ってひとまず会釈をすると、育ちの良い彼もつられて軽く頭を下げた。

 「ガウガウガウ」

 声を出して初めて分かった。僕はガウガウしか言えないらしい。これではコミュニケーションのとりようがない。そう思って部屋の中を見渡した僕は、デスクの上のメモ用紙とペンを拝借すると、彼にメッセージをしたためた。

 「こんばんは」

 またしても鉤爪が邪魔をする。しかしながら書道五段の僕としては、ここは意地の見せどころだ。我ながら達筆で書いたメモを示すと、彼はわずかに緊張を解いて

 「あ…字が、上手なんだね…。」

 と僕を褒めた。


 「(とこ)も上手だよ。」

 続けて僕がそう書いたメモを見せると、彼は顔色を変える。


 「えっ?そんな言葉遊びもできるの?」


 知性豊かな彼は、差し迫る脅威よりも、未知の生物の知能レベルのほうが気になるらしい。

 なんてかわいいんだ。彼に対する想いをさらに強めた僕は

 「だから抱かせて欲しい」

 と書いたメモを見せると、ジャージのズボンを下着ごと勢いよく脱ぎ捨てた。

 

 珍事はここで起きた。


 でかすぎるだろ…


 体長に比例して巨大化したそこは規格外のサイズと言っても過言ではない。

 僕が目を点にすると、彼が澄んだ声で

 「無理じゃないかな?」

 と、とどめを刺した。


 確かに無理だ。

 まず入らない。仮に入ったとしても彼を傷つけるし、自分も激痛だろう。

 説得されるまでもなく実現不可能を悟った僕は、無用の長物を見ながら途方に暮れた。

 彼の上品な口元は、やはり僕を受け止められないだろう。ではせめてキスだけ?けれども乱ぐい歯が飛び出ている以上、彼に刺さってしまう。

 要するにお手上げだ。こうなったら最後、僕に残された選択肢は退散するより他ない。そう考えて僕がそそくさと窓から出ようとすると

 「忘れ物だよ」

 と彼が、おっとりとした口調で僕を呼び止めた。


 彼が手にしているのは、僕の脱ぎたてほやほやの下着が重なったジャージのズボンだ。

 腰のあたりには、ちょっと珍しい僕の苗字がはっきりと刺繍されている。

 彼がその名前に気づいているのかいないのか。


 おそらく前者だろうと予測した僕は、体中の血液がゆっくりと凍り付くのを感じていた。

初投稿です。最後まで読んでいただきありがとうございました!

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