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落第魔女の死に場所探し ~自己評価が低すぎる最強魔女、今日もまたうっかり世界を救ってしまいました~  作者: ぶらっくそーど


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第5話 終われない人たち


 三日間歩いて、次の街に着いた。


 エルデという名前の、レムノスよりもう少し大きな街。街道沿いの商業都市らしく、通りに露店が並んでいて賑やかだ。


 三日間の旅路では特に何も起きなかった。起きなかったというか、起きたけどわたしは気づかなかった。フレイアさんによると、夜の間にわたしたちの野営地に近づこうとした魔物が何匹かいたらしいのだけれど、全部途中で引き返したそうだ。



「わたしの疫病神体質が役に立ちましたね」


「……」


 たぶんフレイアさんが追い払ってくれたのだろう。頼もしい人だ。


 リーゼは三日間でノートを六頁も埋めていた。わたしの行動を逐一記録している。「師匠の歩き方は左足から」とか「師匠は水を飲む時に少し首を傾ける」とか、記録する意味がまったくわからないことまで書いてある。観察日記というよりストーカーの記録に近い。ありがたいんだか怖いんだか。



 ***



 エルデの冒険者ギルドは、レムノスの三倍くらいの規模だった。


 中に入った瞬間、またあの感覚。場違い。全員わたしより強そうで、わたしより身だしなみが整っていて、わたしよりコミュ力がある。はあ、廊下の壁になりたい。


 受付に登録証を見せる。



「レーテさん、『Gランク』。……ええと」


 受付のお兄さんがわたしの登録証をまじまじと見ている。


「魔女(自称)……?」


 この括弧書き、見るたびにじわじわくる。


「はい……自称です……」


「ああ、はい……。Gランクで受けられる依頼は、えーと……」


 お兄さんが掲示板を確認して、微妙な顔をした。


「薬草採取が一件だけですね」


 薬草、わたしの天敵。採りに行くと周囲が枯れて帰ってくる、あの薬草。


「あとは……本来Bランク指定なんですが、人手が足りなくて報酬を引き上げても応募がない依頼がひとつ。内容は、街の東側にある旧鉱山付近の調査です。最近、あの辺りに奇妙な生き物が徘徊していて」


「奇妙な生き物?」


「ええ、動物なんですが……死なないんです」



 ***



 ギルドの説明員から詳しい話を聞いた。


 エルデの東にある廃鉱山の周辺に、三週間ほど前から不気味な動物が出没しているらしい。鹿や狼や鳥——森にいる普通の動物たちなのだけれど、様子がおかしい。


 動いているが、生きていない。


 目に光がなく、傷を負っても血が出ず、倒しても何度でも立ち上がる。切断しても、焼いても、動き続ける。攻撃性はほとんどないが、ふらふらと徘徊して農地を荒らしたり、街道を塞いだりしている。


「Bランクの冒険者パーティが三組入りましたが、全て対処に失敗しています。殺せないんです。何をしても」


「殺せない……」


「不死とでも言うんでしょうか。正直、ギルドでも対処方法が見つかっていません」



 死なない動物。


 何度倒されても立ち上がる。終われない。


 ——わたしみたいだな、と思った。



「あの、その依頼、わたしが受けてもいいですか」


 説明員のお姉さんが困った顔をした。


「レーテさん、Gランクでは本来受けられない依頼ですが……」


「師匠が行くなら、わたしも行きます!」


 リーゼが隣で手を挙げた。


 フレイアさんは腕を組んでいる。


「……わたしも同行する。調査だけなら、危険は少ないだろう」


「騎士団長殿が同行されるなら……特例として受理しましょうか」


 結局フレイアさんの肩書きで通った。わたしの実力ではなく、同行者の権威で依頼を受けている。わたしの人生はいつもこうだ。



 ***



 東の廃鉱山へ向かう道中、リーゼが聞いてきた。


「師匠、不死の動物ってなんだと思います?」


「うーん……。自然にそうなるのは考えにくいから、たぶん誰かが何かしたんだと思う」


「誰かが?」


「魔法で不死にしたとか。実験とか……」


「実験って、動物を?」


「昔——覚えてないけど、そういう研究をする人がいた気がする。不死を追究する人。死にたくないから、死なない方法を探す人」


 不思議な話だ。わたしは死ねなくて困っているのに、世の中には死にたくない人もいる。需要と供給が合えばいいのだけれど、たぶん合わない。


「師匠は、不死ですよね」


「……うん。たぶん」


「嫌ですか」


「嫌っていうか……疲れるかな。何万年もやってると」


 リーゼが少し黙って、それから言った。


「わたしは、師匠が不死でよかったです」


「え?」


「だって、不死じゃなかったら、わたしの師匠になってくれてなかったかもしれないですし」


「……」


 返す言葉が見つからなかった。


 フレイアさんが後ろで小さく咳払いをした。何か言いたげだったけど、言わなかった。



 ***



 廃鉱山の周辺に着いた。


 森に入った瞬間、空気が変わった。重たい。じっとりしている。魔力の質がよどんでいるのがわかる。


 そして——いた。


 森の中を、一頭の鹿がふらふらと歩いている。


 毛並みは灰色に褪せて、目に光がない。体の一部が欠けている。右の前脚がない。ないのに歩いている。三本の脚で、がくん、がくんと、不規則なリズムで。


「……」


 胸が締めつけられた。


 あの鹿は、死んでいる。体はとっくに終わっているのに、何かが終わらせてくれないから、動き続けている。終わりたいのに終われない。


 わたしと、同じだ。


「師匠……?」


「リーゼ、ここにいて」


 わたしは鹿に近づいた。


 フレイアさんが剣に手をかけたけれど、わたしは首を振った。


「大丈夫です。この子は、たぶん——襲ってこないです」


 三歩。五歩。鹿の前に立った。


 ——ああ。


 この目を知っている。


 鏡で見たことのある目だ。終わりたいのに終われない、そういう目。


「……つらかったね」


 鹿の頭に手を置いた。


 何かが、すっと抜けた。


 鹿の体から力が消えていく。灰色だった毛が、もっと淡い色になっていく。三本の脚がゆっくりと折りたたまれて、地面に伏せた。


 目が閉じた。


 今度は——ちゃんと閉じた。


「……」


 終われたのかな。


 終われたなら、よかった。


 手のひらに、まだ鹿の体温が残っていた。



 ***



 わたしが何をしたのか、自分でもわからない。


 ただ頭に触って、「終わっていいよ」と思っただけ。そうしたら、鹿が止まった。


 たぶん、わたしの体質だ。わたしの近くにいると魔法が消える。あの鹿を不死にしていた魔法も、わたしが触ったことで効力を失ったのだろう。わたしの迷惑体質が、今回はたまたまいい方向に働いた。


 それだけのことだ。


 ——だけど。


 あの鹿が目を閉じた瞬間、少しだけうらやましかった。


 この感情を誰かに言ったら引かれるだろうか。動物の死をうらやましいなんて、普通の人は思わない。やっぱり、わたしはどこかおかしいのだ。


 森の奥に進むと、同じような動物がたくさんいた。


 脚のない狼。翼の折れた鳥。半分崩れかけた猪。全部、光のない目で徘徊している。全部、終われずにいる。


 一匹ずつ、触れた。


 一匹ずつ、止まった。


 触れるたびに、体から何かが抜けていく感覚がある。力を使っている、というのとは違う。むしろ——吸い取っている? いや、わたしには吸い取るような力はない。たぶん、わたしの弱い魔力が相手の不死の魔法と干渉して、打ち消し合っているのだと思う。弱い魔力の唯一の使い道。弱いからこそ、相手の魔法を不安定にさせるのだ。


 わたしにできることが、ひとつだけあった。


 終われない人たちを、終わらせてあげること。


 ……皮肉な話だ。自分は終われないくせに。



 ***



 三十匹ほどの動物を安らかにしたところで、リーゼが泣いていた。


「し、師匠……」


「え、どうしたの?」


「師匠が一匹ずつ触れて……みんな、安心した顔で目を閉じて……」


「あの、それって泣くようなことじゃ——」


「泣きます! これは、泣きますよ!」


 大きな帽子で顔を隠しながら、しゃくりあげている。


 フレイアさんは何も言わなかった。ただ、わたしを見る目が少し変わった気がした。


「……レーテ。これは、自然現象ではないな」


「たぶん、誰かが不死の実験をしてるんだと思います」


「心当たりは?」


「ないです。でも……ここにまだいるかもしれません」


 森の奥を見た。よどんだ魔力の気配が、まだ続いている。奥に行くほど濃くなっている。


「今日はここまでにしましょう。暗くなる前に街に——」


 声が聞こえた。


 森の奥から。


「——素晴らしい」


 低い、しゃがれた声。


 木々の影から、一人の男が歩いてきた。


 痩せている。病的に痩せている。灰色のローブを纏っていて、フードの下から覗く目だけが異様にぎらぎらしている。体の所々に、縫い跡のような傷がある。手首。首筋。胸。自分の体に何度もメスを入れたような痕跡。


「三週間かけて完成させた不死の術式が、ただ触れるだけで崩壊するとは。実に興味深い。実に——実に素晴らしい」


「……あなたが、この動物たちを」


「我が研究の実験体だ。不死の追究——永遠の命を手にするための、ささやかな実験」


 フレイアさんが剣を抜いた。


「――名乗れ」


 男が薄く笑った。


「【魔王七将】が『第七席』、ヴェルグ。不死の理を探究する者だ」


 魔王七将。


 魔王直属の七体の最高幹部——と、商人さんに教えてもらった。席次が上がるほど強いらしい。第七席は一番下だけど、それでも各国の最高戦力に匹敵する。


 フレイアさんの構えが変わった。本気の構えだ。


「星剣騎士団団長、フレイア・エーデルワイスだ。魔王七将と認識した。――ここで仕留める」


「やめておけ、人間の女。今日は戦いに来たのではない」


 ヴェルグの目が、わたしを見た。


 ぎらぎらした目。飢えた目。何かを求めてやまない目。


「お前だ。お前に興味がある。我の不死術式を、どうやって崩壊させた?」


「えっと……触っただけ、なんですけど」


「触っただけ、だと?」


「たぶん、わたしの体質が……この子たちの魔法と相性が悪くて、それで」


「体質……? 馬鹿な。あの術式は【第七位級】の魔法結合だぞ。触れるだけで崩壊させるなど、大魔法士でも——」


 ヴェルグが言葉を切った。


 わたしの目を見ている。


 何秒くらいだったかわからない。ヴェルグの目から、ぎらぎらした光が一瞬消えて、別の何かに変わった。


「……お前、不死か」


「え?」


「目を見ればわかる。何万回も死んだ目だ。……我と同じだ」


 この人……わかるのか、見ただけで。


「……何万回かは覚えてないですけど。たぶん、そうです」


「そうか。——では、また来る。次はお前の不死の仕組みを、じっくり調べさせてもらう」


 ヴェルグの体がぶれた。次の瞬間には、木々の向こうに消えていた。


 フレイアさんが舌打ちした。


「逃げられた。——追うか」


「あの、フレイアさん」


「何だ」


「あの人——なんか、わたしと同じ目をしてました」


「……」


「わたしは終わりたくて、あの人は終わりたくない。正反対なのに。おかしいですよね」


 フレイアさんが答えるより先に、リーゼが言った。


「おかしくないですよ、師匠」


「え?」


「だって二人とも——不死が、つらいんでしょう?」


 そうかもしれない。


 だけどなんて言って良いのか、わたしは黙り込むことしかできなかった。



 ***



 街に戻って、ギルドに報告した。


 不死の動物は全て鎮まったこと。原因は魔王七将の一人・ヴェルグによる実験であったこと。ヴェルグは現在もこの地域にいる可能性が高いこと。


 ギルドは大騒ぎになった。魔王七将がこんな辺境にいるとは誰も思っていなかったのだ。



「不死の実験体を全て鎮静化したのは、レーテさんですか……?」


「はい、あの……触ったら止まっただけで、大したことは……」


「Bランクのパーティが三組失敗した依頼を、単独で……」


「いえ、本当にただ触っただけなんです。わたしの体質が変なだけで——!」


 説明員のお姉さんが上司と相談して戻ってきた。


「レーテさん。本件の報酬はBランク相当でお支払いします!! 金貨二枚です!!」


「き、金貨二枚!?」



 銅貨じゃなくて金貨。Gランクの薬草採取の報酬が銅貨三枚だから——えっと——何倍? 計算できない。とにかく、ものすごい大金だ。



「あの、受け取れないです。触っただけですし——」


「結果に対する報酬です。お受け取りください」


「でも——」


「レーテ」


 フレイアさんが横から言った。


「受け取っておけ。これで借金も返せるだろう」


「あ……」


 そうだ。銅貨十二枚の借金。金貨二枚があれば余裕で返せる。


「……いただきます」


 金貨二枚を受け取った。ずしりと重い。


 わたしの人生で初めての、まともな報酬だった。



 ***



◆ リーゼのノート 第8頁


 弟子生活5日目。今日は泣きました。


 森の中に、終われない動物がたくさんいた。脚がなくても歩いてて、翼が折れても飛ぼうとしてて。見てるだけでつらかった。


  師匠が一匹ずつ触った。「つらかったね」って言いながら。そしたらみんな、安心した顔で目を閉じた。やっと眠れた、みたいに。


 わたし学校で、不死化魔法は第七位級以上でないと構築不可能って習った。それを「触るだけ」で解除した師匠は……何位なんだろう。測定は落第だけど。落第って、一番下なんだっけ。一番上じゃなくて?



 ***



◆ 星剣騎士団団長フレイア・エーデルワイス 報告書(第五報)


 宛先:エステリア王国軍務省 第一局長殿


 件名:魔王七将第七席ヴェルグの確認及び接触について【至急】


 エルデ東方の廃鉱山付近にて、魔王七将第七席を名乗る魔族ヴェルグと接触。外見は痩身の男性型。全身に自傷と見られる縫合痕あり。不死の追究を自称。


 同地域で三週間にわたり発生していた不死化動物の出没は、ヴェルグによる実験であったことが判明。不死化された動物は推定三十体以上。【第七位級】相当の【不死化術式】が使用されていた。


 本件について、監視対象レーテは当該動物に直接触れることで【不死化術式】を全て解除した。要した魔法は皆無。対象は文字通り「触っただけ」であり、術式の解析も詠唱も行っていない。


 本官が理解できる範囲で説明を試みるならば、対象の存在そのものが【不死化術式】と相容れないため、接触した時点で術式が維持できなくなった、ということになる。もはや魔法の運用ではなく、体質と呼ぶほかない。


 ヴェルグは対象に強い関心を示し「次はお前の不死の仕組みを調べる」と宣言して撤退。再接触の可能性は高い。


 本官の判断として、ヴェルグとの再戦に備えた戦力増強を王国に要請する。ただし、正直なところ、本官よりも対象レーテの方がヴェルグに対する有効打を持っている可能性が高い。この報告書を書いていてつらい。


 星剣騎士団団長 フレイア・エーデルワイス



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