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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第39話 名前という名の最難関クエスト

 日曜日。

 宰相公邸のリビングルームは、作戦司令室のような空気に包まれていた。


 部屋の中央には、大型の黒板(魔法で文字を消せる魔導具)。

 テーブルの上には、分厚い革表紙の歴史書、神話体系図、そして大陸全土の植物図鑑が山積みにされている。


 私とサイラス様は、テーブルを挟んで対峙していた。

 議題は一つ。

 我が子に与える、「名前」の決定についてだ。


「……閣下。確認ですが、これは本気ですか?」


 私は黒板を指し棒で叩いた。

 そこには、サイラス様の流麗な筆跡で、候補名がびっしりと書き連ねられている。


『ギルガメスフリード(初代国王)』

『ヴァルカス(始祖竜)』

『ジークアクス(勇者)』


 ……歴史の教科書の目次だろうか。


「大真面目だ、リリアーナ」


 サイラス様は腕を組み、真剣な眼差しで答えた。


「我が子は、規格外の魔力を持って生まれてくる。その器に見合うだけの、重厚で、歴史ある名前が必要だ。名前負けしないよう、言霊ことだまの力を借りるのだ」

「重すぎます」


 私は即座に切り捨てた。


「ギルガメスフリード? 綴りが長すぎます。学校の試験で名前を書いている間に、他の子は一問目を解き終わっていますよ」

「む……確かに、筆記速度のロスは盲点だった」


 私は黒板消しを手に取り、候補を次々と消していった。

 事務処理能力の無駄遣いだ。


「もっと、呼びやすくて、親しみやすい名前にすべきです。日常的に使用するのですよ?」

「だが、あまりに平凡な名前では、舐められるかもしれん」

「誰にですか」

「近所の悪ガキとか、帝国の皇子とかに」


 サイラス様はまだ、ルーカス皇子のことを警戒しているらしい。

 過保護パパの思考回路は複雑だ。


「では、女の子の場合はどうだ?」


 彼は気を取り直し、別のリストを指差した。


『シルフィード(風の精霊王)』

『イグニス(炎の精霊王)』

『アクエラ(水の精霊王)』


「……精霊界に行きましたね」


 私はため息をついた。

 彼の中では、子供は精霊王になる予定らしい。


「閣下。名前は、親から子供への最初のプレゼントです。願望を押し付けるのではなく、その子がどう生きてほしいか、願いを込めるべきです」

「願い、か……」


 サイラス様は顎に手を当て、考え込んだ。


「私は、あの子に……幸せになってほしい。誰からも愛され、健やかに育ってほしい。……それだけだ」


 憑き物が落ちたように、彼は素直な言葉を吐いた。

 それが本心だろう。

 英雄になってほしいわけでも、精霊王になってほしいわけでもない。

 ただ、幸せであればいい。


「ならば、シンプルにいきましょう」


 私は新しいチョークを手に取った。

 黒板の余白に、二つの名前を書く。


Cyrusサイラス

Lilianaリリアーナ


「私たちの名前です。ここから、音をもらいませんか? 二人の子供であるという証として」

「……なるほど。二人の結合か」


 サイラス様の目が輝く。

 彼は立ち上がり、黒板の前に並んだ。


「私の『サイ』と、君の『リ』で……『サイリ』? 少し古風だな」

「では、君の『ラス』と、私の『リア』で……」


 私たちは、パズルのように文字を組み合わせた。

 古代語の意味も考慮しつつ、いくつもの候補が出ては、消えていく。


 そして。

 ある一つの組み合わせが、ふと目に留まった。


「……男の子なら、『リアス(Lias)』はどうでしょう」


 私は書いた。

 私の『Li』と、彼の『as』。


「リアス。……古代語で『絆』という意味もある。悪くない」

「女の子なら……『サーラ(Sala)』」


 彼の『Sa』と、私の『la』。


「サーラ。……南方の言葉で『優しい風』だ。君の属性とも相性がいい」


 二つの候補が並んだ。

 『リアス』と『サーラ』。

 英雄の名前のような派手さはない。

 でも、呼んでみると、口の中に温かい余韻が残る。


「……どう思う? お前は」


 サイラス様が、私のお腹に顔を近づけた。

 私も、お腹を優しく撫でる。


「聞いていますか? パパとママが考えた名前ですよ」


 呼びかけてみる。


「リアス?」


 ……シーン。

 反応はない。

 お気に召さないのだろうか。それとも寝ているのか。


「サーラ?」


 ……シーン。

 やはり動かない。


「……駄目か。センスが悪いと言われているのかもしれん」


 サイラス様が肩を落とす。

 しょんぼりする姿が、大型犬のようだ。

 私は苦笑し、テーブルの上の植物図鑑を何気なくめくった。


 その時。

 あるページの花が目に留まった。

 北の山岳地帯――あの聖地周辺にも咲いていた、白く可憐な花。


「……『レン(Ren)』」


 私の呟きに、サイラス様が顔を上げた。


「レン? ……ああ、『レン花』か」

「はい。雪の中でも枯れず、泥の中でも美しく咲く花。……花言葉は『清らかな心』と『困難に打ち勝つ強さ』」


 強さと、清らかさ。

 どんな環境でも、自分らしく生きてほしい。

 そんな願い。

 音の響きも、私たちの名前の中にある『R(流れるような音)』と『N(終わりの音)』を含んでいて、しっくりくる。


「レン、か。……中性的だが、いい響きだ」


 サイラス様が、お腹に向かって呼びかけた。


「おい。……レン」


 ドコッ!!


 その瞬間。

 お腹の中から、強烈なキックが返ってきた。

 今までで一番強い、明確な反応。

 私の体が揺れるほどの衝撃だ。


「うっ……! い、痛いくらいです」

「は、反応した! 今、反応したぞ!」


 サイラス様が子供のようにはしゃぐ。


「気に入ったのか? レンがいいのか?」


 ポコ、ポコポコッ!

 まるで肯定するように、リズミカルな連打が返ってくる。

 お腹の中で、子供が踊っているようだ。


「……決定ですね」


 私はお腹をさすりながら、微笑んだ。

 性別はまだ分からない。

 でも、『レン』なら、男の子でも女の子でも通用する。

 シンプルで、呼びやすくて、そしてこの子が選んだ名前。


「レン・フォン・アイゼンガルド。……素晴らしい名だ」


 サイラス様が、黒板の真ん中に、大きくその名を書き込んだ。

 英雄の名前よりも、ずっと輝いて見える。


「よろしくな、レン。……パパとママは、お前に会える日を楽しみにしているぞ」


 彼は愛おしそうに、黒板の文字を指でなぞった。

 その背中を見て、私は確信した。

 この子はきっと、幸せになる。

 こんなにも愛され、待ち望まれているのだから。


 私は手帳を開き、新しいページに書き込んだ。

 『決定事項:子供の名前=レン』。

 それは、どんな公文書よりも、私にとって重要な記録となった。


 窓の外では、夕焼けが王都の空を茜色に染めていた。

 忙しい一日は終わる。

 でも、私たちの準備は、まだ始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
命名【レン】たん♡ 3人?で名前を考えてるシーンゎ幸福感駄々漏れで♪ ほわほわ(*^^*)です♡♡♡
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