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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第38話 ベビー用品開発プロジェクト

 宰相公邸のリビングルームは、物流倉庫と化していた。


 床を埋め尽くすのは、王都中のベビー用品店から取り寄せたカタログと、実物のサンプルたち。

 最高級の木製ベビーベッド、オーガニックコットンの肌着、銀製のガラガラ。

 どれも庶民が見れば羨むような逸品ばかりだ。


 しかし。


「……強度不足ですね」


 私は眉間に深い皺を寄せ、目の前のベビーベッドを指先で弾いた。

 最高級のマホガニー材で作られた柵が、私の魔力を微量流しただけで、ミシミシと悲鳴を上げたのだ。


「構造計算が甘すぎます。接合部が釘打ちだなんて。もし子供が『身体強化魔法』を無自覚に使って暴れたら、一撃で分解しますよ」


 私は手帳を開き、バツ印を書き込んだ。


「次、こちらの肌着。縫い目が粗い。防御力が皆無です。もし魔虫(蚊みたいなやつ)が止まったらどうするのですか? 自動迎撃結界くらい織り込んでおくべきでしょう」


 次々と不合格の烙印を押していく。

 隣に立つサイラス様も、真剣な顔で頷いた。


「同感だ。我が子を迎えるには、あまりに心もとない。……この国の安全基準はどうなっているんだ?」

「想定されているのが『普通の赤ん坊』ですから」


 私たちの子は普通ではない。

 魔力強化済みのスーパーベビーだ。

 既存の製品では脆すぎる。


 私は眼鏡の位置を直し、決断した。


「ないのなら、作るしかありません」

「ああ。予算は無制限だ」

「職人と魔導師を呼びましょう。プロジェクト発足です」


 こうして、『次世代型高機能育児支援システム』の開発が始まった。


 *


 三日後。

 公邸の客間に、その「試作品第一号」が搬入された。


 招集された王宮魔導具師と、国一番の家具職人が、目の下にクマを作りながら誇らしげに立っている。


「宰相閣下、奥様。ご要望の機能、すべて実装いたしました」


 目の前にあるのは、もはや「ゆりかご」とは呼べない代物だった。

 素材は魔力を通しやすい白銀のミスリル合金。

 全体が淡い青色の結界に覆われている。

 形状は卵型で、コックピットのようだ。


「素晴らしい」


 サイラス様が感嘆の声を漏らす。


「スペック説明を」

「はっ! まず、素材はドラゴンの一撃にも耐える複合装甲。内部クッションは衝撃吸収率99パーセントのスライム素材を使用」


 職人が熱弁を振るう。


「機能面では、風魔法による『完全静音自動スイング』、温度・湿度を常に一定に保つ『環境維持機能』。さらに、赤子の排泄物を感知して即座に光で知らせる『オムツ・アラート』を搭載しております!」


 ウィィィン……。

 低い駆動音と共に、ゆりかごが滑らかに揺れ始めた。

 完璧な正弦波を描く揺れ。

 数学的に最も効率の良いリズムだ。


「これです」


 私は満足げに頷いた。


「これなら、快適に過ごせますし、私たちが目を離した隙に魔虫が近づいても安心です」

「ああ。まさに要塞だ。これこそ我が子に相応しい」


 サイラス様も目を輝かせている。

 私たちは顔を見合わせ、勝利を確信した。

 これで育児の不安要素は排除された。

 完璧な環境が整ったのだ。


 バンッ!!


 その時、客間の扉が乱暴に開かれた。

 現れたのは、週一回の検診に来た助産師のマーサさんだった。

 彼女は部屋に入ってくるなり、ミスリル製の「それ」を見て、口を半開きにして固まった。


「……なんだい、それは」


 彼女が低い声で問う。

 私は胸を張って答えた。


「見ての通り、ベビーベッドです。安全性と機能性を追求した結果、こうなりました」

「ベッド?」


 マーサさんは杖で床をドンと突いた。


「小型の装甲車かと思ったよ! あんたら、正気かい!?」


 彼女は大股で近づき、ゆりかごを杖で叩いた。

 カーン、と硬質な音が響く。


「こんな冷たい金属の箱に、産まれたばかりの赤ん坊を入れる気か?」

「冷たくありません。温度調節機能が……」

「そういうことじゃないんだよ!」


 マーサさんの一喝が飛んだ。

 私とサイラス様は、ビクリと直立不動になる。


「いいかい、よくお聞き。赤ん坊ってのはね、機械みたいな揺れなんか求めてないんだ」


 彼女は呆れたように言った。


「親の鼓動、体温、不規則な揺れ。……『抱っこ』だよ。それが一番安心するんだ」

「で、ですが、ずっと抱っこしていたら、家事が……仕事が……」

「そのための手抜きだろう? 便利なのは結構だがね、全部機械任せにしてどうするんだい」


 マーサさんは、ミスリルの壁を指差した。


「こんな結界で囲っちまったら、赤ん坊が泣いてもすぐに触れられないだろう? 手を握ってやれないだろう? ……あんたらは、子供を守りたいのか、それとも『育児の手間』から自分を守りたいだけなのかい?」


 ハッとした。

 心臓を射抜かれたような衝撃。


 手間から、自分を守る。

 図星だった。


 私は怖かったのだ。

 未知の「育児」というプロジェクト。

 予測不能な赤ん坊の反応。

 自分がうまく母親役をこなせるか分からない不安。


 だから、得意分野である「技術」と「効率」に逃げた。

 完璧な道具さえあれば、失敗しないと信じ込んで。


「……マーサさんの言う通りです」


 私は肩を落とした。

 目の前のミスリルの塊が、急に冷たい異物に見えてきた。


「私は……不安を、道具で埋めようとしていました。この子が求めているのは、要塞ではなく、私たちの腕かもしれないのに」


 サイラス様も、気まずそうに視線を逸らした。


「……私もだ。最強の盾を用意すればいいと思っていた。だが、これでは牢獄だな」


 私たちは顔を見合わせた。

 新米両親の暴走。

 技術過信の悪い癖だ。


「職人のみなさん、申し訳ありません」


 私は深々と頭を下げた。


「このプロジェクトは凍結……いえ、仕様変更です。ミスリルと結界は撤去してください」

「えっ、全部ですか?」

「はい。素材は最初のマホガニー材に戻します。ただし、接合部の補強だけはお願いします。……あと、スライムクッションは採用で」


 職人たちが「ほっ」とした顔をした。

 彼らも内心、この兵器のようなベッドには引いていたのだろう。


 マーサさんが、やれやれと息を吐いた。


「分かればいいんだよ。……まったく、あんたらは頭が良いのに、肝心なところで馬鹿になるねぇ」

「面目ありません」

「ま、親になるってのはそういうことさ。道具じゃなくて、腹を括りな」


 彼女の言葉は厳しく、でも温かかった。


 改装されたベビーベッドは、木製の温かみのある、ごく普通の(ただし強度は異常に高い)ものになった。

 ハイテク機能は消えたけれど、柵の間からすぐに手を伸ばせる、開放的なデザインだ。


 私はお腹を撫でた。

 ポコッ、と子供が動く。

 「それでいいよ」と言ってくれている気がした。


 不安は消えない。

 でも、要塞に頼るよりも、自分達を信じてみよう。

 そう思えるようになったのは、間違いなくマーサさんのおかげだった。

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― 新着の感想 ―
「あんたらは、子供を守りたいのか、それとも『育児の手間』から自分を守りたいだけなのかい?」…グサっとキマシタ。まさにそのとおりだと昨今思っていて。
マーサたん頼もしい♡♡♡
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