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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第32話 リリアーナは忙しい

 その日の空は、不自然なほどに青かった。

 雲ひとつない、抜けるような蒼穹。

 風は穏やかで、日差しは柔らかい。


(……管理人さん、張り切りすぎです)


 私は大聖堂の控室で、窓の外を見上げながら苦笑した。

 あのひねくれ者の精霊が、「祝儀代わりだ」と言って気象操作をしたに違いない。

 おかげで、絶好の結婚式日和だ。


 私は姿見に向き直った。

 映っているのは、純白のシルクに包まれた自分。

 レースと真珠をふんだんに使ったウエディングドレスは、王国の職人たちが徹夜で仕上げた最高傑作だ。

 いつもの地味な執務服とは、別人のように見える。


「……動きにくい」


 率直な感想が漏れた。

 この長いトレーン(裾)では、緊急時に走れない。

 コルセットが少しきつい。


 私はサイドテーブルに置いてあった愛用の手帳を手に取った。

 これがないと落ち着かない。


「現在の時刻、十時五十分。入場まであと十分。聖歌隊の配置完了。警備体制、異常なし……」


 パラパラとページをめくり、最終チェックを行う。

 これは私の癖だ。

 どんな時でも、状況を把握し、管理していないと不安になる。

 たとえ自分が主役の式であっても。


 ガチャリ。

 控室の扉が開いた。


「リリアーナ。……入ってもいいか?」


 サイラス様の声。

 本来、式直前に新郎が新婦の控室に来るのはマナー違反だが、彼に常識は通用しない。

 私が返事をする前に、彼は入ってきた。


 そして、固まった。


 彼は純白の礼服に身を包んでいた。

 金糸の刺繍が施されたタキシード。

 長い黒髪を後ろで束ね、その美貌が際立っている。

 破壊的な格好良さだ。


「……」

「……閣下? 何か変でしょうか?」


 私が尋ねると、彼はハッとしたように瞬きをし、ゆっくりと近づいてきた。


「変なものか。……美しい。言葉にならないほどに」


 彼の瞳が熱く潤んでいる。

 その視線だけで、体温が二度ほど上がりそうだ。


「君を誰にも見せたくない。このまま二人でどこかへ転移してしまいたい」

「却下です。招待客が二千人待っています」

「チッ。……だが、君の手にあるそれは何だ?」


 彼の視線が、私の手元に落ちた。

 革表紙の手帳。


「進行表の確認を。一分でも遅れると、午後のパレードに影響が……」

「リリアーナ」


 サイラス様は優しく、しかし強引に、私の手から手帳を取り上げた。


「あ」

「没収だ」


 彼は手帳をサイドテーブルの引き出しにしまい、私の両手を包み込んだ。


「今日は仕事なしだ。君は補佐官ではない。私の妻として、ただ幸せに笑っていればいい」

「……ですが、トラブルが起きたら」

「私が対処する。あるいは、部下にやらせる。……君は今日、世界で一番『暇な』花嫁になれ」


 暇な花嫁。

 その言葉がおかしくて、私は吹き出した。


「無理な注文ですね。……でも、努力します」

「よろしい」


 鐘が鳴り響いた。

 開演の合図だ。


「行こう、リリアーナ」


 差し出された腕。

 私はその腕に自分の手を絡ませた。

 温かくて、頼もしい腕。


 私たちは控室を出て、長い廊下を歩いた。

 重厚な大扉の前。

 その向こうには、私たちを待つ人々がいる。


 ギィィィ……。

 扉がゆっくりと開く。


 ワァァァァァッ!!


 光と共に、轟くような歓声が押し寄せてきた。

 大聖堂を埋め尽くす人々。

 貴族たち、各国の要人、そして一般開放されたエリアに詰めかけた市民たち。

 無数の花びらが舞う中、私たちはバージンロードを歩き出した。


 最前列に、見知った顔が見える。


 ルーカス皇子が、不敵な笑みで手を振っている。

 その隣で、エリーゼ様が感動のあまりハンカチで顔を覆って泣いている。

 祭壇の脇では、セオドア神官が緊張した面持ちで聖書(中身は私が作った進行マニュアル)を握りしめている。

 

 かつて私を遠巻きにしていた人々も、今は惜しみない拍手を送ってくれている。

 「鉄の女」「可愛げがない」。

 そう呼ばれていた私が、今、こんなにも多くの祝福に包まれている。


(……悪くない景色ですね)


 私は隣を歩くサイラス様を見上げた。

 彼は前を見据え、誇らしげに胸を張っている。

 でも、繋いだ手は小刻みに震えていた。

 やっぱり、緊張しているのだ。


 私は彼の手を、きゅっと握り返した。

 大丈夫。

 私たちは二人で一つだ。


 祭壇の前。

 セオドア神官の進行で、儀式は滞りなく進んだ。

 誓いの言葉は、遺跡の時と同じ。

 でも、今度は何千人もの証人の前で。


「誓います」


 その言葉と共に、私たちは口づけを交わした。

 ステンドグラスから差し込む光が、私たちを祝福するように降り注ぐ。

 万雷の拍手。

 誰かが「おめでとう!」と叫び、それが波紋のように広がっていく。


 退場。

 大聖堂の外へ出ると、そこにはさらに多くの市民が集まっていた。

 青空の下、広場は人で埋め尽くされている。


「ブーケトスをお願いします!」


 進行役の声。

 私は振り返った。

 階段の下には、未婚の女性たちが待ち構えている。

 貴族の令嬢も、帝国の女騎士も、街の娘も。


「行きますよ!」


 私は深呼吸をし、白いブーケを高く放り投げた。

 青空に白い軌跡が描かれる。

 ブーケは放物線を描き、人混みの中へ吸い込まれていった。


 キャアアッ! という歓声。

 そして、見事にそれをキャッチしたのは――。


「えっ? わ、私!?」


 エリーゼ様だった。

 彼女はブーケを胸に抱き、真っ赤になって立ち尽くしている。

 隣でルーカス皇子が「ほう、次はエリーゼの番か?」とからかい、彼女が「で、殿下ぁ!」と慌てふためく。

 

 平和だ。

 なんて騒がしくて、愛おしい平和だろう。


 私は階段の上から、その光景を眺めた。

 ふと、隣のサイラス様が私の腰を引き寄せた。


「……終わってしまったな」

「いいえ。これからが始まりです」


 私は彼を見上げた。


「明日は溜まった書類の山が待っています。帝国との共同プロジェクトも本格始動しますし、遺跡の定期メンテナンスもあります」

「……新婚旅行の続きもな」

「ええ。忙しくなりますよ、閣下……いいえ、あなた」


 かつて、婚約破棄をされたあの日。

 私は自分の人生を「事務処理」として淡々と生きていくものだと思っていた。

 感情を殺し、効率だけを求めて。


 でも今は違う。

 この忙しさの中には、色が溢れている。

 彼の淹れる紅茶の香り。

 触れ合う手の温もり。

 共に難題をクリアする喜び。


 リリアーナは忙しい。

 噂対応に、魔法開発に、国政運営に。

 そして、最愛の夫を愛することに。


 私は満面の笑みを浮かべた。

 今日一番の、とびきりの笑顔を。


「さあ、行きましょう。私たちの、忙しくて幸せな日常へ!」


 サイラス様が私を抱き上げる。

 驚く私をよそに、彼はパレード用の馬車へと歩き出した。

 青空に響く歓声の中、私たちの新しい物語が、ここからまた走り出す。


 手帳の最後のページ。

 そこにはきっと、こう書かれることになるだろう。

 『本日の予定:世界で一番幸せになること。……完了!』

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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とても楽しく面白く読ませていただきました ありがとうございました!
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