表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/40

第30話 リリアーナの説得術

 ピンク色の光の霧が、完全に晴れた。

 祭壇の間は、本来の静寂と、冷ややかな石の質感を取り戻していた。


 その中央。

 磨き上げられた水晶の祭壇の上に、彼はふんぞり返って浮いていた。

 光の羽を持つ、手のひらサイズの精霊。

 この遺跡の「管理人」さんだ。


 彼は腕を組み、不機嫌そうに私たちを見下ろしている。


「……ふん。ようやく終わったか」


 憎まれ口を叩くその顔には、隠しきれない疲労の色があった。

 無理もない。

 数百年分の「愛の重み」に押し潰されそうになっていたのだから。


 私はハンカチで額の汗を拭い、彼に向き直った。

 大容量魔石へのデータ転送は完了した。

 システム負荷は正常値に戻っている。


「お待たせしました、管理人さん。お約束通り、掃除は完了です」


 私はニッコリと笑い、手を差し出した。


「さあ、システム権限の譲渡を。そして、婚姻の儀式を再開してください」


 契約履行の時間だ。

 これで全てが終わる。

 そう思ったのだが。


 管理人は、フンッ、と鼻を鳴らし、プイと横を向いた。


「……嫌だね」


 耳を疑った。


「はい?」

「嫌だと言ったんだ。今更直ったところで、俺の機嫌は直らねえ」


 彼は空中で寝転がるようなポーズをとった。


「俺はもう疲れたんだよ。三百年だぞ? 来る日も来る日も、『愛してる』だの『君は太陽だ』だの、中身のないポエムを聞かされ続けてみろ。精神崩壊するわ!」


 切実な叫びだ。

 同情はする。

 確かに、あの重い愛の洪水をリアルタイムで聞き続けるのは拷問に近い。


「だから、俺はもう引退する。この遺跡は閉鎖だ。

俺は眠る。……二度と起こすな」


 職場放棄宣言。

 セオドア神官が顔面蒼白で叫んだ。


「そ、そんな! 精霊様、お見捨てになるのですか! 我々の祈りは……!」

「うるせえ! お前らの祈りも、どうせ『予算が足りない』とか『腰が痛い』とかだろ! 俺は苦情受付係じゃねえんだよ!」


 管理人が喚き散らす。

 完全にへそを曲げている。

 これは厄介だ。

 システムは直っても、司令塔である彼が動かなければ、遺跡はただの石塊だ。


「……リリアーナ」


 隣で、サイラス様が低い声を出した。

 彼の手のひらに、青白い冷気が集まり始めている。


「交渉決裂だな。」

「お待ちください、閣下」


 私は彼の手を抑えた。


「精密機器を凍らせないでください。データが飛びます」

「だが、あの態度は目に余る。教育が必要だ」

「ええ。ですから、私が『説得』します」


 私は眼鏡の位置を直し、一歩前へ出た。

 コツン、とヒールの音が響く。


 私は管理人の目の前まで歩み寄り、視線の高さを合わせた。


「管理人さん。お疲れなのは分かります。ブラック労働環境だったことにも同情します」

「だろ? 分かればいいんだ、分かれば。さあ帰れ」

「ですが」


 私は鞄から、先ほどデータを吸い出した「大容量魔石」を取り出した。

 ドス黒いピンク色に輝く、呪いのアイテムのような石だ。


「貴方が職務を放棄するというなら、私たちもメンテナンスを放棄せざるを得ません」

「あ?」

「この遺跡の動力源である魔力供給ラインを遮断し、入り口を岩で塞ぎます。誰も入れないように、完全に封印しましょう」


 管理人の顔色が明るくなった。


「おお! 願ったり叶ったりじゃねえか! 静かな老後が送れるなら……」

「そして」


 私は言葉を被せた。

 手の中の、ピンク色の魔石を弄びながら。


「貴方が眠るその祭壇の中に、この『魔石』を置いていきます」


 管理人の動きが止まった。


「……は?」

「さらに、自動再生術式を組んでおきましょう。貴方が封印されている間、この魔石の中の音声データが、永遠にループ再生されるように」


 私はニッコリと微笑んだ。

 最大限の慈悲深さを持って。


「特に、あの『狂愛の王』のポエムを、最大音量で。……貴方が寂しくないように、二十四時間、三六五日、永遠に」


 沈黙。

 祭壇の間に、絶対的な静寂が落ちた。


 管理人の顔が、青を通り越して透明になっていく。

 彼は魔石を凝視し、ガタガタと震え始めた。


「……じょ、冗談だよな?」

「私は効率化の鬼です。無駄な嘘はつきません」


 私は魔石を祭壇に近づけた。

 中から、微かに声が漏れ聞こえる。

 『あぁ、セシリア! 僕のセシリア!』


「ひぃぃぃッ! やめろ! 近づけるな!」


 管理人が悲鳴を上げて後ずさる。


「あの男の声だけは勘弁してくれ! 三百年だぞ!? あの暑苦しい声が、夢にまで出てくるんだ! それを永遠にループだと!? 悪魔かお前は!!」

「悪魔ではありません。宰相補佐官です」


 私は真顔で答えた。


「さあ、どうしますか? 仕事に復帰して、私たちと『保守契約』を結び、定期的なメンテナンスを受けるか。それとも、この魔石と心中するか」


 究極の二択。

 いや、実質的な一択だ。


 管理人は涙目で私を睨み、それからサイラス様を見た。

 サイラス様は無言で氷の槍を構えている。

 次にセオドアを見た。

 彼は「すまない、私には止められない」という顔で目を逸らした。


 味方はいない。


「……分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」


 管理人はヤケクソ気味に叫んだ。


「働きます! 再起動します! だからその石を遠ざけろぉぉぉ!」


 敗北宣言。

 私は満足げに頷き、魔石を鞄の奥底へしまった。


「賢明なご判断です。では、契約成立ですね」


 私が手を差し出すと、管理人は忌々しそうに、しかし素直にその小さな手を私の指に乗せた。


 パァァァッ!


 眩い光が溢れ出した。

 祭壇の水晶が、澄み切った蒼色に輝き始める。

 空中のエラーログが消え、代わりに美しい幾何学模様の魔法陣が展開される。

 天井の星図が回転し、厳かな鐘の音が響き渡った。


 システム再起動。

 正常稼働。


「……凄い。これが、本来の『儀式の間』……」


 セオドアが感嘆の声を漏らす。

 薄暗かった空間は、今や神々しい光に満ちていた。

 空気すら浄化されたように清々しい。


「ふん。久しぶりにフルパワーで動かしたから、肩が凝ったぜ」


 管理人が悪態をつきながらも、どこか誇らしげに胸を張った。


「おい、人間ども。準備はいいか? 俺様が最高の設定で演出してやるから、さっさと誓いを済ませろ」


 彼は指を鳴らした。

 祭壇へと続く道に、光の絨毯が敷かれる。


 私は振り返り、サイラス様を見た。

 彼は、いつになく真剣な表情で私を見つめていた。


「……リリアーナ」

「はい、閣下」

「いや。……今は、ただのサイラスとして言わせてくれ」


 彼は私の手を取り、その甲に口づけを落とした。

 作業服は煤で汚れ、髪も乱れている。

 でも、どんな舞踏会の時よりも、今の彼が一番素敵に見えた。


「行こう。私たちの未来を始めに」

「ええ。……長かったですね」


 本当に長かった。

 婚約破棄から始まり、帝国との外交、魔導炉の暴走、そしてこの遺跡の修理。

 数々のトラブルを乗り越えて、ようやくここまで辿り着いた。


 私たちは光の絨毯を踏みしめ、祭壇へと歩き出した。

 セオドア神官が、震える手で聖句を構え、管理人がニヤニヤしながら見守る中。

 世界で一番騒がしくて、効率的で、そして愛に満ちた結婚式が、今始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ