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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第29話 バグの正体は「愛の重さ」

 防衛システムを突破し、私たちはついに遺跡の最深部――「祭壇の間」へと足を踏み入れた。


 そこは、ドーム状の広大な空間だった。

 天井には星図が描かれ、床は磨き上げられた黒曜石。

 その中央に、システムの核である水晶の祭壇が鎮座しているはずだった。


 はずだった、というのは。

 その祭壇が、異様なものに埋もれて見えなかったからだ。


「……なんですか、あれは」


 私は足を止め、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 目の前にそびえ立っているのは、巨大な光の壁だ。

 それも、ただの光ではない。

 毒々しいほどに鮮やかな、ピンク色の光の塊。

 それが祭壇を完全に覆い尽くし、天井まで届くほどの柱となって脈打っていた。


 ブォン、ブォン……。

 重低音が響くたびに、ピンク色の光が周囲に撒き散らされる。

 肌に触れると、妙に生温かい。そして甘ったるい香りがする。


「……気持ち悪いな」


 サイラス様が率直な感想を述べた。

 同感だ。

 エラーログの赤色とは違う、もっと粘着質な気配を感じる。


「これが『巨大ゴミデータ』でしょうか」

「おそらく。……しかし、禍々しい気配はない。むしろ、過剰な『幸福感』のようなものを感じるが」


 サイラス様が警戒しながら近づく。

 セオドア神官は、呆然と口を開けていた。


「こ、これが穢れの正体……? なんというか、こう……胸焼けがしそうな色ですね」

「解析します」


 私は鞄から解析用の水晶板を取り出した。

 ピンク色の壁にかざす。

 魔力を通し、データの構成要素を読み取る。


 ピピピッ。

 水晶板に文字が流れる。

 データ種別:音声ログ、テキストログ、生体反応記録。

 保存期間:建国期〜現在。

 ファイルサイズ:測定不能。


「……嘘でしょう」


 私は解析結果を見て、めまいを覚えた。


「どうした、リリアーナ。呪いか?」

「いえ。ある意味、呪いよりタチが悪いです」


 私は水晶板をサイラス様とセオドアに見せた。

 そこに表示されているのは、解読されたログの一部だ。


『あぁ、愛しいセシリア! 君の瞳は星よりも輝き、その唇は薔薇よりも赤い! 今日も君を愛している、一秒前よりも深く!』

『私のアルフレッド様! 貴方と離れるくらいなら、私はこの身を灼熱の業火に投げ出しても構いません! ずっと一緒よ、死が二人を分かつまで、いいえ、死んでも離れないわ!』

『今日の君の寝顔も天使のようだった。起きた瞬間の君も女神だ。食事をする君は妖精だ。ああ、私の語彙では君の美しさを表現しきれない! だから新たに詩集を一冊書くことにした!』


 延々と続く、甘い言葉の羅列。

 ポエム。

 愛の誓い。

 のろけ。


「……これは?」

「歴代の王族や高位貴族たちが、この祭壇で誓った『愛の言葉』の記録です」


 私は頭を抱えた。


「このシステムは本来、婚姻の契約が成立したかどうかを判定するだけの、単純な認証機だったはずです。『誓いますか?』『はい』『承認しました』。これだけで済むはずの処理です」


 しかし。

 ここに来るカップルたちは、感極まって余計なことを喋りすぎたのだ。

 「はい」の一言で済ませればいいものを、長々と愛を語り、即興の詩を詠み、二人の世界に入り浸った。

 真面目なシステムは、それらをすべて「重要な契約条項」として律儀に記録し続けてしまった。


「特に酷いのが、ここです」


 私はグラフの突出した部分を指差した。

 三百年前のデータだ。


「第十二代国王、アルドゥイン陛下。通称『狂愛の王』。……彼一人で、全体のデータ量の三割を占めています」

「三割!?」

「彼は結婚後も毎日この遺跡に通い、王妃への愛を朝から晩まで叫び続けたようです。その音声データがそのまま保存されています」


 セオドアが膝から崩れ落ちた。


「そ、そんな……。教典にある『王は聖地にて国を憂い、祈りを捧げた』というのは……」

「国ではなく、王妃への愛を叫んでいただけですね。ついでに『王妃の髪の毛コレクション』の目録データも保存されています」

「聞きたくなかった!!」


 セオドアが耳を塞いで叫ぶ。

 神聖な伝説が、ただの「重すぎる愛の記録」に変わった瞬間だった。


 原因は特定できた。

 単純な話だ。

 容量に対して、保存された「愛」が重すぎたのだ。

 愛が重すぎてシステムダウン。

 笑えない冗談である。


「……どうりで、処理落ちするわけです」


 私はピンク色の壁を見上げた。

 これは悪意あるウイルスではない。

 数百年分の、人間の幸福と情熱の結晶だ。

 だからこそ、厄介なのだ。


「削除しましょう。過去のログなど、今の運用には不要です」

「待て」


 私の決断を止めたのは、サイラス様だった。

 彼はピンク色の光の壁を、どこか熱っぽい瞳で見つめていた。

 真剣そのものの表情だ。


「削除するのは惜しい」

「はい? 何を言って……」

「素晴らしいではないか。数百年経っても色褪せない、圧倒的な熱量。これこそが『真実の愛』の形だ」


 彼は私の肩を抱き寄せ、力説し始めた。


「たった一言の『誓います』で終わらせるなど、言語道断だ。一生を共にするパートナーへの想いは、言葉を尽くし、記録に残し、永遠に刻みつけるべきだ」

「……閣下?」

「アルドゥイン王……同志よ。私も見習わなくてはな。リリアーナ、私たちも負けてはいられない。この壁が倍になるくらい、君への愛を語り尽くそう」


 本気だ。

 この男、本気で言っている。

 目が据わっている。

 「狂愛の王」の再来が、今ここに誕生しようとしている。


「却下です」


 私は即座に切り捨てた。


「そんなことをしたら、システムが完全に破壊されます。それに、私の羞恥心が致死量を超えます」

「だがリリアーナ、私の君への想いはこんなものには収まらないぞ」

「物理ストレージには限界があります! ロマンで容量は増えません!」


 私はサイラス様を引き剥がし、咳払いをした。

 危ないところだった。

 このままでは、ミイラ取りがミイラになるところだ。


「とにかく! このデータを『圧縮』して、外部ストレージへ退避させます。削除はしませんが、ここからは追い出します」


 私は鞄から、大容量の魔石を取り出した。

 これを外付けハードディスク代わりにする。


「セオドア様。手伝ってください。貴方の神聖魔法で、この『愛の塊』を浄化……いえ、圧縮してください」

「は、はい! ……しかし、どう祈れば?」

「『思い出は心の中にしまっておけ』と念じてください」


 セオドアは涙目で頷き、杖を掲げた。

 私も万年筆を構え、転送術式を展開する。


 これが最後の戦いだ。

 敵は、過去の王族たちの、甘く、重く、そして少し暑苦しい「愛」。


「行きますよ! 転送開始!」


 私の号令と共に、セオドアの詠唱が響く。

 ピンク色の光の壁が震え、渦を巻きながら魔石へと吸い込まれ始める。


 ――嫌だぁ! まだ語り足りない!

 ――セシリア! 僕のセシリア!

 ――離れたくないぃぃぃ!


 断末魔のろけが頭の中に直接響いてくる。

 うるさい。

 なんて騒がしい愛なのだろう。


 私は頭痛をこらえながら、術式を維持した。

 でも、不思議と不快ではなかった。

 これほどまでに誰かを愛し、愛された記憶。

 その熱量が、この国を繋いできたのだと思えば、悪い気はしない。


(……まあ、私にはサイラス様の「現在進行系の重い愛」だけで十分お腹いっぱいですけどね)


 光の壁が薄れ、奥にある祭壇が姿を現す。

 そこには、不機嫌そうに腕を組んだ「管理人」精霊が待っていた。

 さあ、最後の仕上げだ。

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