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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第28話 防衛システム、暴走

 中枢エリアへと続く回廊は、冷ややかな静寂に包まれていた。

 両脇には、等間隔に巨大な石像が並んでいる。

 鎧を纏った騎士のような姿をした、高さ三メートルほどの彫像だ。

 その表面には埃が積もり、長い時を感じさせる。


「……気味が悪いですね」


 先頭を歩くセオドア神官が、身を縮こまらせながら言った。


「この回廊は『審判の道』と呼ばれています。心に穢れを持つ者が通ると、石像が裁きを下すと伝えられていますが……」

「裁きですか。セキュリティゲートのようなものでしょう」


 私は冷静に返した。

 古代人は「穢れ」という言葉で、認証エラーや不正アクセスを表現していたに違いない。

 つまり、正規のIDを持っていれば何も起きないはずだ。


 回廊の突き当たり。

 そこには、光の膜で覆われた結界があった。


「セオドア様、お願いします」


 私が促すと、彼は緊張した面持ちで水晶の鍵を取り出した。

 震える手で、結界の前にかざす。


「――開け、真理への道よ」


 鍵が淡く発光し、結界に波紋が広がる。

 正規の手順だ。

 これで道が開くはずだった。


 ビーッ! ビーッ!


 突如、赤色の警告灯が回廊全体を染め上げた。

 耳障りなアラート音が鳴り響く。


「な、なんだ!? 手順通りのはずだぞ!」

「……鍵の権限が足りていません!」


 私は即座に分析した。

 セオドアの持つ鍵は「一般ユーザー」用だ。

 しかし、今のシステムはバグで厳戒態勢に入っている。「管理者権限」以外はすべて敵とみなす設定になっているようだ。


 ガガガガッ……ズシン!


 背後で重い音がした。

 振り返ると、壁際に並んでいた石像たちが、ぎこちない動きで台座から降りてくるところだった。

 その目は赤く輝き、手には石の剣や斧が握られている。


「ひぃぃぃッ! ご、ご神像が動いた!?」

「防衛システム起動……排除対象として認定されたようです!」


 私は舌打ちをした。

 アンチウイルスソフトが作動したのだ。

 私たちがウイルス扱いというわけだ。


 石像――ゴーレムたちは、重い足音を響かせて迫ってくる。

 その数、十体以上。

 退路は塞がれた。

 前方の結界も閉じたままだ。


「リリアーナ」


 落ち着いた声がした。

 サイラス様だ。

 彼は私の前にスッと立ち、上着のボタンを外した。


「作業にかかれ。結界を開けるんだ」

「ですが、敵が……」

「掃除は私の役目だと言っただろう?」


 彼が振り返る。

 その顔に、微塵の焦りもない。

 むしろ、獲物を見つけた肉食獣のように、獰猛な笑みを浮かべていた。


「私達の新婚旅行を邪魔する石ころなど、砂利に変えてやる」


 彼は右手を軽く振った。

 パキパキパキッ!

 空気が凍結する音が響き、無数の氷の槍が空中に生成された。


「やれ、リリアーナ。背中は気にするな」

「……はい、閣下!」


 私は彼を信じ、結界に向き直った。

 背後で轟音が響く。

 氷が砕ける音、岩が破壊される音。

 私はそれらを意識の外へ追いやり、目の前の光の膜に集中した。


 鞄から万年筆を取り出す。

 インクの代わりに魔力を充填した、私の武器。

 それを結界の表面に走る術式回路に突き立てる。


(……硬い!)


 強固なセキュリティだ。

 拒絶の意志が、指先を通して伝わってくる。

 『不正アクセス検知』『排除』『排除』。

 エラーメッセージの嵐。


「黙りなさい! 私は修理に来たのです!」


 私は魔力を練り上げ、強制的にコードを書き換えていく。

 ――認証回避。

 ――ユーザー登録、新規追加。

 ――ID:Liliana。権限:Admin(管理者)。


「セオドア様!緊急停止コードを読み上げて!」

「は、はいっ! えっと……『星の涙は地に落ち、静寂が訪れん』……!」


 セオドアが震える声で叫ぶ。

 その音声をキーとして、さらに深く潜る。


 ズドォォォン!!


 すぐ後ろで、凄まじい衝撃があった。

 熱風と粉塵が舞う。

 チラリと振り返ると、巨大な斧を持ったゴーレムが、私の頭上数センチのところで静止していた。

 いや、静止させられていた。


 その腕は、分厚い氷に覆われ、完全に凍結していたのだ。

 サイラス様が、片手で氷の壁を作り出し、一撃を受け止めている。


「……私の補佐官に触れるな」


 絶対零度の声。

 次の瞬間、ゴーレムの全身が一気に凍りつき、粉々に砕け散った。

 強い。

 圧倒的だ。

 十体いたはずのゴーレムは、すでに半数が氷の彫刻と化している。


「あと三十秒です!」

「構わん。一日中でも踊っていられるぞ」


 サイラス様は涼しい顔で、次々と襲い来るゴーレムを処理していく。

 魔法の精度、威力、判断速度。

 どれをとっても規格外だ。

 これが、一国の宰相の実力。


 私は安心して、最後の書き換え作業に入った。

 複雑に絡み合ったセキュリティラインを一本に束ねる。

 私のIDを許可リストに登録し、システムに「味方」だと認識させる。


 ――承認プロセス、完了。

 ――ゲートオープン。


 ピロン、という軽快な電子音が、私の脳内に響いた。


「開きました!」


 私が叫ぶと同時に、光の膜が粒子となって霧散した。

 道が開いた。


「よし」


 サイラス様が最後の一体を氷漬けにし、手のひらの冷気を払った。

 回廊には、砕けた石と氷の山ができている。

 彼は息一つ乱していない。


「……行こうか。掃除完了だ」

「お見事です、閣下」

「君こそ。良い手際だった」


 私たちは視線を交わし、小さく笑った。

 阿吽の呼吸。

 戦場だろうと、書類仕事だろうと、私たちの連携に隙はない。


 セオドアだけが、腰を抜かしたまま、瓦礫の山を呆然と見つめていた。


「こ、これが……宰相……」

「セオドア様、立てますか?」

「は、はい……。貴方がたは、人間ですか? それとも破壊神の化身ですか?」

「ただの公務員ですよ」


 私は彼の手を引いて立たせた。

 さあ、中枢はもう目の前だ。

 この奥に、元凶である「巨大ゴミデータ」と、拗ねた管理人が待っているはずだ。


 私たちは瓦礫を踏み越え、遺跡の最深部へと足を踏み入れた。

 そこには、予想を遥かに超える「重い」真実が待っていた。

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