第28話 防衛システム、暴走
中枢エリアへと続く回廊は、冷ややかな静寂に包まれていた。
両脇には、等間隔に巨大な石像が並んでいる。
鎧を纏った騎士のような姿をした、高さ三メートルほどの彫像だ。
その表面には埃が積もり、長い時を感じさせる。
「……気味が悪いですね」
先頭を歩くセオドア神官が、身を縮こまらせながら言った。
「この回廊は『審判の道』と呼ばれています。心に穢れを持つ者が通ると、石像が裁きを下すと伝えられていますが……」
「裁きですか。セキュリティゲートのようなものでしょう」
私は冷静に返した。
古代人は「穢れ」という言葉で、認証エラーや不正アクセスを表現していたに違いない。
つまり、正規のIDを持っていれば何も起きないはずだ。
回廊の突き当たり。
そこには、光の膜で覆われた結界があった。
「セオドア様、お願いします」
私が促すと、彼は緊張した面持ちで水晶の鍵を取り出した。
震える手で、結界の前にかざす。
「――開け、真理への道よ」
鍵が淡く発光し、結界に波紋が広がる。
正規の手順だ。
これで道が開くはずだった。
ビーッ! ビーッ!
突如、赤色の警告灯が回廊全体を染め上げた。
耳障りなアラート音が鳴り響く。
「な、なんだ!? 手順通りのはずだぞ!」
「……鍵の権限が足りていません!」
私は即座に分析した。
セオドアの持つ鍵は「一般ユーザー」用だ。
しかし、今のシステムはバグで厳戒態勢に入っている。「管理者権限」以外はすべて敵とみなす設定になっているようだ。
ガガガガッ……ズシン!
背後で重い音がした。
振り返ると、壁際に並んでいた石像たちが、ぎこちない動きで台座から降りてくるところだった。
その目は赤く輝き、手には石の剣や斧が握られている。
「ひぃぃぃッ! ご、ご神像が動いた!?」
「防衛システム起動……排除対象として認定されたようです!」
私は舌打ちをした。
アンチウイルスソフトが作動したのだ。
私たちがウイルス扱いというわけだ。
石像――ゴーレムたちは、重い足音を響かせて迫ってくる。
その数、十体以上。
退路は塞がれた。
前方の結界も閉じたままだ。
「リリアーナ」
落ち着いた声がした。
サイラス様だ。
彼は私の前にスッと立ち、上着のボタンを外した。
「作業にかかれ。結界を開けるんだ」
「ですが、敵が……」
「掃除は私の役目だと言っただろう?」
彼が振り返る。
その顔に、微塵の焦りもない。
むしろ、獲物を見つけた肉食獣のように、獰猛な笑みを浮かべていた。
「私達の新婚旅行を邪魔する石ころなど、砂利に変えてやる」
彼は右手を軽く振った。
パキパキパキッ!
空気が凍結する音が響き、無数の氷の槍が空中に生成された。
「やれ、リリアーナ。背中は気にするな」
「……はい、閣下!」
私は彼を信じ、結界に向き直った。
背後で轟音が響く。
氷が砕ける音、岩が破壊される音。
私はそれらを意識の外へ追いやり、目の前の光の膜に集中した。
鞄から万年筆を取り出す。
インクの代わりに魔力を充填した、私の武器。
それを結界の表面に走る術式回路に突き立てる。
(……硬い!)
強固なセキュリティだ。
拒絶の意志が、指先を通して伝わってくる。
『不正アクセス検知』『排除』『排除』。
エラーメッセージの嵐。
「黙りなさい! 私は修理に来たのです!」
私は魔力を練り上げ、強制的にコードを書き換えていく。
――認証回避。
――ユーザー登録、新規追加。
――ID:Liliana。権限:Admin(管理者)。
「セオドア様!緊急停止コードを読み上げて!」
「は、はいっ! えっと……『星の涙は地に落ち、静寂が訪れん』……!」
セオドアが震える声で叫ぶ。
その音声をキーとして、さらに深く潜る。
ズドォォォン!!
すぐ後ろで、凄まじい衝撃があった。
熱風と粉塵が舞う。
チラリと振り返ると、巨大な斧を持ったゴーレムが、私の頭上数センチのところで静止していた。
いや、静止させられていた。
その腕は、分厚い氷に覆われ、完全に凍結していたのだ。
サイラス様が、片手で氷の壁を作り出し、一撃を受け止めている。
「……私の補佐官に触れるな」
絶対零度の声。
次の瞬間、ゴーレムの全身が一気に凍りつき、粉々に砕け散った。
強い。
圧倒的だ。
十体いたはずのゴーレムは、すでに半数が氷の彫刻と化している。
「あと三十秒です!」
「構わん。一日中でも踊っていられるぞ」
サイラス様は涼しい顔で、次々と襲い来るゴーレムを処理していく。
魔法の精度、威力、判断速度。
どれをとっても規格外だ。
これが、一国の宰相の実力。
私は安心して、最後の書き換え作業に入った。
複雑に絡み合ったセキュリティラインを一本に束ねる。
私のIDを許可リストに登録し、システムに「味方」だと認識させる。
――承認プロセス、完了。
――ゲートオープン。
ピロン、という軽快な電子音が、私の脳内に響いた。
「開きました!」
私が叫ぶと同時に、光の膜が粒子となって霧散した。
道が開いた。
「よし」
サイラス様が最後の一体を氷漬けにし、手のひらの冷気を払った。
回廊には、砕けた石と氷の山ができている。
彼は息一つ乱していない。
「……行こうか。掃除完了だ」
「お見事です、閣下」
「君こそ。良い手際だった」
私たちは視線を交わし、小さく笑った。
阿吽の呼吸。
戦場だろうと、書類仕事だろうと、私たちの連携に隙はない。
セオドアだけが、腰を抜かしたまま、瓦礫の山を呆然と見つめていた。
「こ、これが……宰相……」
「セオドア様、立てますか?」
「は、はい……。貴方がたは、人間ですか? それとも破壊神の化身ですか?」
「ただの公務員ですよ」
私は彼の手を引いて立たせた。
さあ、中枢はもう目の前だ。
この奥に、元凶である「巨大ゴミデータ」と、拗ねた管理人が待っているはずだ。
私たちは瓦礫を踏み越え、遺跡の最深部へと足を踏み入れた。
そこには、予想を遥かに超える「重い」真実が待っていた。




