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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第27話 神官の苦悩と効率化の提案

 山岳地帯の朝は早い。

 遺跡の天井から差し込む朝日が、苔むした石畳を照らし出している。

 空気は冷たく、澄んでいる。


 私は携帯魔導コンロで湯を沸かしながら、向かいに座るセオドア神官を観察した。

 彼は目の下に隈を作り、分厚い古文書を抱きしめて座っている。

 昨夜の「精霊=口の悪い管理人」という衝撃の事実から、まだ完全には立ち直れていないようだ。


「……おはようございます、セオドア様」

「……おはようございます」


 彼は力なく答えた。

 その視線は虚ろだ。


「リリアーナ殿。私は一晩考えました。しかし、やはり怖いのです」

「何がですか?」

「『効率化』という言葉がです」


 セオドアは古文書を撫でた。


「貴女は祈りの手順を変えるとおっしゃった。しかし、それは何百年も守られてきた神聖な儀式です。一つでも省略すれば、バチが当たるのではないかと……」


 真面目な人だ。

 彼の恐怖は、信仰心の裏返しでもある。

 未知の変化に対する、根源的な恐れ。

 それを解きほぐすには、論理だけでは足りない。


 私は淹れたてのハーブティーを彼に手渡した。


「セオドア様。誤解なされているようです」

「誤解?」

「はい。私は『手抜き』をしようとしているのではありません。『最適化』をしたいのです」


 私は地面の土を指先でなぞり、簡単な図を描いた。

 大きな水瓶と、そこから伸びる細い管。


「想像してください。貴方たちの『祈り』は、清らかな水です。それを神へ届けようとしている」

「ええ、その通りです」

「しかし、その水を運ぶ管が、長年の汚れで詰まっていたらどうなりますか?」


 私は管の途中に×印をつけた。


「いくら上流から大量の水を注いでも、下流には届きません。溢れ出し、無駄になるだけです。……今の遺跡は、この状態です」

「……!」

「貴方たちが必死に祈れば祈るほど、遺跡は処理しきれずに水漏れを起こす。それが昨日の惨状です」


 セオドアが息を呑む。

 心当たりがあるのだろう。

 必死に儀式を行っても効果が出ず、むしろ異音や明滅が酷くなった経験が。


「では、どうすれば……祈る量を減らせと?」

「いいえ。祈りはそのままで構いません。変えるのは『管』の方です」


 私は図の管を太く書き直した。


「詰まりを取り除き、管を太くし、流れをスムーズにする。そうすれば、貴方たちの祈りは一滴も漏らさず、神の元へ届きます。……これが、私の言う『効率化』です」


 セオドアは私の図を凝視した。

 その瞳の中で、迷いと理解がせめぎ合っている。


「……信仰を、変えるわけではないのですね?」

「ええ。むしろ、貴方の信仰を正しく届けるための工事です」


 私は彼の手にある古文書を指差した。


「その本を貸していただけますか?」


 彼は一瞬躊躇したが、震える手でそれを私に渡した。

 ずっしりと重い、羊皮紙の束。

 私はパラパラとページをめくった。

 古代語で書かれた難解な文章。

 だが、技術者の目で見れば、それは詩的な比喩に満ちた「仕様書」だった。


「……ここを見てください」


 私はあるページを開いて示した。


『心を澄まし、雑念を払いて言葉を紡げ。さすれば光の道は開かれん』


「これは精神統一の教えに見えますが、技術的に訳せば『ノイズを除去し、クリアな信号を送れ。そうすれば帯域幅が確保される』という意味です」

「な、なんと……!」

「そしてこっち。『三度の鐘と共に、魂を捧げよ』。これは『三回の接続確認を行い、認証情報を送れ』です」


 次々と読み解いていく私を、セオドアは信じられないものを見る目で見ていた。

 神秘のベールが剥がされ、理屈が露わになる。

 しかし、それは決して冒涜ではなかった。

 むしろ、先人たちがどれほど緻密にこのシステムを設計したかという、技術への敬意すら感じさせるものだ。


「……先人たちもまた、エンジニアだったのですね」


 セオドアが呟いた。

 その表情から、憑き物が落ちたように険しさが消えていた。


「私は、言葉の表面だけをなぞっていました。その意味を、本質を理解しようとせずに……ただ盲目的に繰り返していただけでした」


 彼は私から古文書を受け取り、胸に抱いた。

 今度は、縋るためではなく、相棒として抱くように。


「リリアーナ殿。……いや、師匠」

「師匠はやめてください(二人目だわ)」

「貴女の案に賛成します、管を直しましょう。私たちの祈りを、もう一度届かせるために」


 彼は立ち上がった。

 背筋が伸びている。

 昨日のような神経質な神官ではない。

 覚悟を決めた、プロジェクトメンバーの顔だ。


「閣下!」


 私が呼びかけると、少し離れた岩の上で腕を組んでいたサイラス様が、ひらりと飛び降りてきた。


「話はついたか」

「はい。現地の協力が得られました」

「結構。……待ちくたびれたぞ」


 サイラス様は不機嫌そうに言いながらも、セオドアに視線を向けた。


「おい神官。案内しろ。中枢への近道を知っているのだろう?」

「……はい。ですが、その前に一つだけ」


 セオドアは懐から、一本の鍵を取り出した。

 水晶で作られた、複雑な形状の鍵。


「これは『権限の鍵』です。中枢エリアへのアクセスには、これと同時に『真言』が必要です。……私が、詠唱します」


 それは、彼が守り抜いてきた最後の聖域。

 部外者には決して明かしてこなかった秘密。

 それを今、私たちに委ねようとしている。


「信じてくださるのですね」

「ええ。貴女の描いた図……あれは、私の迷いを晴らしてくれましたから」


 セオドアは微かに笑った。

 初めて見る、彼の自然な笑顔だった。


「行きましょう。三ヶ月かかるはずだった『浄化』を、今日終わらせるために」


 即席チームの結成だ。

 宰相の武力、補佐官の知力、そして神官の知識。

 バランスは悪くない。


 私たちは野営の跡を片付け、再び遺跡の奥へと足を踏み入れた。

 目指すは最深部、祭壇の間。


 足取りは軽い。

 私の手帳には『本日の予定:システム完全掌握』と、力強い文字で記されていた。

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