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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第26話 星空の下の作戦会議

 遺跡の奥深くには、意外なことに中庭が存在した。

 天井部分は遥か昔に崩落したのか、あるいは最初から吹き抜けだったのか。

 頭上には、澄み渡るような夜空が広がり、満天の星が瞬いている。


 古代の魔導灯がほのかに周囲を照らす中、私たちは野営の準備を整えた。

 と言っても、私が持参した簡易テントを張り、魔法で焚き火を起こしただけだが。


「……あぁ、精霊様……私の信仰とは一体……」


 テントの隅で、銀髪の塊がうめいている。

 セオドア神官だ。

 彼は膝を抱えて丸くなり、ブツブツと呪詛のように呟き続けている。


 無理もない。

 生涯を捧げて仕えてきた崇高な存在が、まさか「口の悪いシステム管理者」で、自分たちを「無能」呼ばわりしていたのだから。

 アイデンティティの崩壊だ。


「放っておけ。そのうち立ち直る」


 サイラス様が、焚き火に薪をくべながら言った。

 パチパチと火の粉が舞う。

 彼は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくっていた。

 揺らめく炎が、彼の端正な横顔をオレンジ色に染めている。


「コーヒー、淹れましたよ」


 私は携帯用のケトルから、二つのマグカップに黒い液体を注いだ。

 香ばしい香りが立ち上る。

 この野営セット、持ってきて正解だった。


「ありがとう」


 サイラス様はカップを受け取り、一口啜った。

 そして、ふぅ、と長く息を吐き、夜空を見上げた。


「……すまない、リリアーナ」


 ぽつりと、彼が言った。


「謝罪の理由をお聞きしても?」

「新婚旅行だと言って連れ出したのに、結局は仕事だ。しかも、こんな埃っぽい遺跡で野宿とはな」


 彼は自嘲気味に笑った。


「君には、もっと綺麗な景色を見せたかった。ドレスを着て、美味しい料理を食べて……普通の恋人同士のような時間を過ごさせたかったのだが」

「……」


 私はカップを両手で包み込み、その温かさを感じた。

 彼の悔しさは分かる。

 彼は完璧主義者だ。

 私を喜ばせるためのプランが、トラブルで台無しになったことが許せないのだろう。


 でも。


「閣下。星が綺麗ですね」


 私は空を指差した。

 王都の空よりもずっと近く、数え切れないほどの星々が輝いている。

 天の川が、白く帯のように流れていた。


「王都では、街の明かりが強すぎて見えません。ここに来なければ、この景色は見られませんでした」

「……そうだな」

「それに、私はドレスよりも作業服の方が落ち着きますし、コース料理よりも、こうして貴方と飲むコーヒーの方が美味しいです」


 私は彼の肩に、こつんと頭を預けた。


「課題解決は、私たちの得意分野でしょう? 二人で難問に立ち向かい、解決する。……私にとっては、それこそが最高のデートプランです」


 強がりではない。

 本心だ。

 ただ守られるだけの箱入り娘扱いは、私には似合わない。

 隣に立って、背中を預け合って戦う。

 それが私たちの愛の形だ。


 サイラス様が私を見た。

 その瞳が、炎の揺らめきとは違う、熱っぽい光を帯びていた。


「……君という人は」


 彼がカップを置き、私の頬に手を伸ばした。

 指先が優しく輪郭をなぞる。


「本当に、敵わないな。私が欲しい言葉を、いつも完璧なタイミングでくれる」

「補佐官ですから。上司のメンタルケアも業務の一環です」

「今は業務時間外だ」


 彼が顔を近づけてくる。

 心臓の鼓動が速くなる。

 星空の下、焚き火の音、静寂。

 舞台は整いすぎている。


 私は目を閉じた。

 唇に、彼の吐息がかかる。


 ガサッ。


 テントの方から、大きな音がした。

 私たちは弾かれたように離れた。


「……ん、んんっ! あー、寒いな!」


 セオドア神官が、わざとらしい大声を出して起き上がってきた。

 彼は顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。

 今の、絶対に見られていた。

 それも、かなり良いところから。


「……起きていたのか」


 サイラス様の声が低い。

 殺気を含んでいる。

 今ここで「氷結の刑」に処されなかったのは、ひとえに彼が重要参考人(マニュアル保持者)だからだろう。


「め、目が覚めてしまいました。夜風が身に染みるもので」


 セオドアは咳払いをし、私たちの向かい側に座った。

 そして、焚き火を見つめながら、ポツリと言った。


「……羨ましいですね」

「何がだ」

「お二人の関係です。信頼し合い、支え合っている」


 彼は膝の上で拳を握りしめた。


「私は……ただ縋っていただけでした。古文書に、伝統に、そして精霊様に。自分で考えず、言われた通りにしていれば救われると信じて」


 彼の声は震えていた。

 ショックから立ち直ったわけではない。

 でも、その瞳には、先ほどまでの虚ろな絶望とは違う、小さな理性の光が宿っていた。


「リリアーナ殿。貴女は言いましたね。これは『修理』だと」

「ええ」

「ならば、私にもできるでしょうか。祈るしか能のない私に、神殿を直すことが」


 私は眼鏡の位置を直した。

 彼は求めている。

 新しい指針を。


「できますよ。貴方は誰よりもこの遺跡を知っています」


 私は鞄から手帳を取り出し、明日の予定を書き込んだ。


「古文書を丸暗記している貴方の知識は、役に立ちます。それを『祈り』ではなく『技術マニュアル』として読み解けばいいのです」


 私は彼に手を差し出した。


「手伝ってください、セオドア様。私たちだけでは、古代語の解読に時間がかかりすぎます。貴方の力が必要です」


 セオドアは、私の手を見つめた。

 迷い、葛藤。

 そして、彼は震える手で、私の手を握り返した。


「……ご指導、願います。補佐官殿」


 契約成立だ。

 隣でサイラス様が「ふん」と鼻を鳴らしたが、その表情は少し緩んでいた。


「よし。では作戦会議です」


 私は薪を足し、炎を大きくした。


「明朝、システム中枢へ突入します。目標は『巨大ゴミデータ』の削除。……バグ取りの時間ですよ」


 星空の下、奇妙なパーティが結成された。

 宰相、補佐官、そして元・原理主義者の神官。

 最強にして最速のデバッグチームの誕生だ。

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