表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/42

第25話 古代遺跡はバグの山

 開かれた扉の向こう側。

 そこは、カオス(混沌)と呼ぶにふさわしい空間だった。


 本来なら、静謐な空気が流れる石造りの大広間のはずだ。

 高い天井、整然と並ぶ柱、奥に鎮座する祭壇。

 それらの光景は、すべて「赤」に侵食されていた。


 空中に浮かぶ、無数の赤い光の板。

 そこに刻まれた、高速で流れる古代文字の列。

 警告音の不協和音。


 ビーッ! ガガガ……! ピピピピッ!


 まるで、爆発寸前の制御室だ。

 私は眼鏡のブリッジを押し上げ、眉をひそめた。


「……酷い。処理落ち寸前ですね」


 職業病だろうか。

 この光景を見て「怖い」と思うより先に、「整理したい」という欲求が湧き上がってくる。

 あの赤い板はすべてエラーログだ。

 重複しているものも多い。

 根本原因を叩けば、九割は消えるはずだ。


「あ、あ、ああああ……ッ!」


 背後で、絶望的な悲鳴が上がった。

 セオドア神官だ。

 彼はその場に崩れ落ち、ガタガタと震えていた。


「こ、これは……『血の呪言』だ! 神がお怒りだ! 空が赤く染まり、世界が終わる予兆だ!」

「違います、セオドア様。ただの警告です」

「見ろ、あの文字を! 『FATAL ERROR』……『運命的な過ち』と書いてある! 我々の罪を弾劾しておられるのだ!」


 彼は顔を覆って泣き出した。

 なるほど、古代語の知識が中途半端にあると、そう解釈してしまうのか。

 致命的エラー(Fatal Error)を「運命的な過ち」と訳すとは、ある意味詩的だが、今は邪魔だ。


「うるさいぞ、神官」


 サイラス様が冷ややかに言い放つ。

 彼は空中に浮かぶ赤い板を手で払いのけた。

 物理干渉はないようで、手はすり抜ける。


「リリアーナ。この騒音はどうにかならんのか。耳障りだ」

「元を断つしかありません。……あそこですね」


 私は広場の中央、一段高くなった祭壇を指差した。

 そこには巨大な水晶球が設置されている。

 すべての赤い光は、そこから噴き出していた。

 ホストコンピューター。

 あるいは、この聖地の「心臓」だ。


「行きましょう」


 私は足を踏み出した。

 セオドアが「行くな! 呪われるぞ!」と叫んだが無視する。

 呪いなどない。あるのはバグだけだ。


 祭壇の前まで歩く。

 近づくにつれ、警告音はさらに大きくなり、頭痛がしそうなほどの魔力圧を感じる。

 水晶球は、どす黒く濁り、不規則に明滅していた。


 私は鞄を置き、水晶球に向かって声をかけた。


「こんにちは。宰相補佐官のリリアーナです」


 返事はない。

 警告音が続くだけだ。


「聞こえていますか? 修理に来ました。現状のステータス報告を求めます」


 私は水晶球に手をかざそうとした。

 その瞬間。


 カッッッ!!


 強烈な閃光が走った。

 私はとっさに目を腕で覆う。

 サイラス様が瞬時に前に出て、私を背に守った。


 光が収まると、水晶球の上に「何か」が浮かんでいた。

 人の形をした、光の集合体。

 大きさは掌ほど。

 背中には半透明の羽根があり、見た目は伝承にある「精霊」そのものだ。


 ただし、その顔つきを除いては。

 その精霊は、腕を組み、眉間に深い皺を寄せ、あからさまに不機嫌な顔で私たちを見下ろしていた。


「……あァ? 誰だテメェら」


 第一声が、それだった。

 ドスの利いた、低い声。

 神聖さの欠片もない。


「せ、精霊様……!」


 セオドアが地面に額を擦り付けて平伏した。


「ああ、我らが守護者よ! 愚かな我々をお許しください! どうかお怒りを鎮め……」

「うるせえ!!」


 精霊が一喝した。

 ビリビリと空気が震える。


「怒り? 当たり前だろ! おい、そこの銀髪! お前、俺が何年アラートを出してると思ってるんだ!?」


 精霊はセオドアを指差して怒鳴り散らした。


「三百年だぞ! 三百年! 『メモリ不足です』『キャッシュをクリアしてください』って、毎日毎日通知を送ってるのに、お前らときたら!」

「は、はあ……?」

「『神の奇跡だ』とか言って拝むだけで、何もしやがらねえ! おかげでこっちは処理落ち寸前なんだよ! 再起動すらできねえんだよ!」


 精霊は地団駄を踏んだ(空中で)。


「挙句の果てに、扉のパスワードまで忘れやがって! こっちはお前らを締め出したくて閉めたんじゃない、認証サーバーがタイムアウトして落ちただけだ! この無能どもが!」


 罵詈雑言の嵐。

 セオドアはポカンと口を開け、理解が追いついていない様子だ。

 無理もない。

 崇拝していた神みたいな存在から、「無能」扱いされたのだから。


 私は思わず吹き出しそうになるのを堪え、一歩前に出た。


「……つまり、長期間のメンテナンス不足によるシステム不全、ということでよろしいですね?」

「あんだ? テメェは話が早そうだな」


 精霊が私を睨む。

 私は会釈をした。


「お初にお目にかかります。私は技術担当のリリアーナ。……貴方様のことを、『管理人』とお呼びしても?」

「好きにしろ。俺はこの『聖地管理システム』のユーザーインターフェースだ。……で? お前、直せるのか?」


 挑発的な目。

 試されている。


「直せます、得意分野ですので。」


 私は即答した。

 周囲の赤いエラーログを見渡す。


「ただし、ログを見る限り、相当根が深いですね。データベースの破損、権限の不整合、そして……何か巨大な『ゴミデータ』がストレージを圧迫している」

「……ほう」


 管理人の表情が変わった。

 驚きと、僅かな期待。


「分かるか。あのでかいゴミが」

「ええ。あれを除去し、回路を最適化すれば、再起動可能かと」


 私はサイラス様を振り返った。

 彼は事態を把握し、ニヤリと笑った。


「つまり、掃除だな?」

「はい、閣下。かなり大掛かりな大掃除になりそうです」


 私は再び管理人に向き直った。


「取引をしましょう、管理人さん。私たちがシステムを正常化させます。その代わり、完了後は速やかに婚姻の儀式を執り行ってください」

「はんっ。口だけは達者だな」


 管理人はふんぞり返ったが、その口元は微かに緩んでいた。


「いいだろう。やってみろ。……ただし、中に入ったらタダじゃ済まねえぞ。あのゴミデータは、お前らが考えているよりずっと『重い』からな」

「重い?」

「ああ。物理的にも、精神的にもな」


 意味深な言葉を残し、管理人はパチンと指を鳴らした。

 周囲の赤いエラー表示が一斉に消え、代わりに床に魔法陣が浮かび上がった。

 システム内部へのアクセスポートだ。


「アクセス権限を一時的に譲渡する。……精々、バグに食われないようにな」


 管理人の姿が光の粒子となって消える。

 残されたのは、呆然とするセオドアと、やる気に満ちた私とサイラス様。


「……リリアーナ殿」


 セオドアが震える声で尋ねてきた。


「今の……口の悪い光の玉は……本当に精霊様なのですか?」

「ええ。ただし、性格は長年の激務で少し歪んでしまったようですが」

「そんな……私の知っている慈悲深い守護者が……『テメェ』とか……」


 セオドアの信仰心がガラガラと音を立てて崩れていくのが見える。

 可哀想に。

 でも、現実を知ることは大事だ。


「落ち込んでいる暇はありませんよ、セオドア様。貴方も手伝ってください」

「わ、私がですか!?」

「ええ。貴方の持っているその古文書。……それがシステム復旧の鍵になるはずですから」


 私は彼の手を引いて立たせた。

 神官も、精霊も、宰相も関係ない。

 今は全員が「復旧チーム」の一員だ。


 私は鞄から工具と筆記用具を取り出した。

 ここからが本番。


 外はもう日が暮れているだろう。

 今夜は徹夜かもしれない。

 私は覚悟を決め、光る魔法陣へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ