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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第23話 マニュアル神官、立ち塞がる

 神官たちの後ろから、一人の青年が歩み出てきた。

 年の頃は二十代前半。

 流れるような銀髪に、切り傷のように鋭い灰色の瞳。

 身に纏う法衣は純白で、他の神官たちよりも意匠が凝っている。


 彼が現れた瞬間、周囲の空気がピンと張り詰めた。

 神経質そうな美青年だ。

 だが、その眉間には深い皺が刻まれている。


「……騒がしいですね」


 彼は冷ややかな声で言った。

 私とサイラス様を一瞥し、まるで汚いものでも見るかのように目を細める。


「神聖な結界の前で、大声を上げないでいただきたい。精霊様が怯えます」

「貴様が責任者か?」


 サイラス様が低い声で問う。

 青年は胸の前で手を組み、慇懃無礼に頭を下げた。


「いかにも。聖地管理責任者、最高神官のセオドアです。……宰相閣下とお見受けしますが、アポイントメントのない来訪は困りますな」


 セオドアと名乗った神官は、淡々と言い放った。


「先ほど部下が伝えた通りです。現在、遺跡は『浄化の儀』の最中。いかなる権力者であっても、立ち入りは認められません」

「いつ終わる?」

「精霊様の御心次第ですが……現状の穢れ具合からして、あと三ヶ月は要するかと」


 三ヶ月。

 その単語が出た瞬間、サイラス様の周囲でバキバキと音がした。

 地面の草が凍りつき、砕け散る。


「……ふざけるな」


 サイラス様が一歩踏み出す。

 圧倒的な魔力の奔流。

 普通の人間なら気絶するほどのプレッシャーだ。


「私の結婚式は来月だ。それを、貴様の都合で延期しろと言うのか?」

「私の都合ではありません。伝統です」


 セオドアは顔色一つ変えずに言い返した。

 肝が据わっている。

 あるいは、ただの空気が読めない人間か。


「古文書にはこうあります。『聖地が穢れし時、百日の祈りを捧げ、清めの水を絶やすべからず』。……手順を省略すれば、儀式は失敗し、災いが降りかかります。それでもよろしいので?」

「脅しか? その程度の呪い、私がねじ伏せてやる」

「野蛮な……! これだから俗世の権力者は!」


 一触即発。

 物理攻撃魔法(サイラス様)対、精神攻撃魔法セオドアの戦いだ。

 このままでは拉致があかない。

 私はため息をつき、二人の間に割って入った。


「そこまでです。お二人とも」


 私は眼鏡を押し上げ、セオドア神官を真っ直ぐに見据えた。


「セオドア様。貴方のおっしゃる『伝統』とやらは、本当に正しいのですか?」

「……何が言いたいのです」

「『清めの水』とおっしゃいましたが」


 私は彼の袖口を指差した。

 純白の法衣の袖口に、微かに黒いシミがついている。


「それは聖水によるシミではありませんね。……魔導オイルの汚れです」


 セオドアの表情が凍りついた。

 彼は反射的に袖を隠そうとしたが、遅い。


「さらに言えば、貴方の部下たちの手。爪の間に金属粉が残っています。そして、結界の内側から聞こえる微かな振動音」


 私は畳み掛けた。


「貴方がたがやっているのは『祈り』ではありません。『修理』です。それも、古代の魔導システムに対する、物理的なメンテナンス作業」


 図星だったのだろう。

 セオドアの視線が泳いだ。


「そ、それは……儀式の一環として、聖具を磨くこともあり……」

「百日も磨くのですか? 随分と効率の悪い研磨剤をお使いのようで」


 私は一歩踏み込んだ。


「正直におっしゃってください。システムの不具合原因が特定できず、手当たり次第に部品を交換したり、魔力を流したりして、泥沼に嵌まっているのでしょう?」


 沈黙。

 痛いところを突かれた技術者の顔だ。

 私もよく知っている。

 エラーの原因が分からず、徹夜でコードを見直している時の、あの絶望的な顔。懐かしい。


「……だとしても、部外者には関係ありません」


 セオドアは苦しげに絞り出した。


「これは我々神官の聖域です。素人が口を出せば、取り返しのつかないことになる」

「素人?」


 私が反論しようとする前に、サイラス様が鼻で笑った。


「おい神官。言葉を慎め。私の妻になる女性は、王国の魔導インフラを一人で再構築した怪物だぞ」

「か、怪物……?」

「彼女にかかれば、貴様らが三ヶ月かかる修理など、お茶を飲んでいる間に終わる」


 言い過ぎだ。

 ハードルを上げないでほしい。

 でも、悪い気はしない。


 私は咳払いをして、手帳を開いた。


「怪物かどうかはさておき、提案があります」


 私はペン先をセオドアに向けた。


「私を中に入れなさい。そして、その『壊れたシステム』を見せてください」


 セオドアが拒絶しようと口を開く。

 私はそれを制して続けた。


「三ヶ月も待てません。ですが、私の解析能力なら、原因の特定は可能です。修理期間を三ヶ月から三日に短縮してみせましょう」

「み、三日だと!? 馬鹿な、神への冒涜だ!」

「冒涜ではありません。効率化です」


 私はニッコリと笑った。

 営業スマイル全開で。


「もし私が直せなかったら、大人しく帰ります。そして三ヶ月後にまた来ます。……でも、もし直せたら」


 私はサイラス様の腕に手を添えた。


「その場で儀式を行わせていただきます。ウィンウィンの取引でしょう?」


 セオドアは唇を噛み締め、私とサイラス様を交互に見た。

 彼も限界なのだ。

 プライドと、解決への渇望。

 その天秤が揺れている。


 やがて、彼は深く息を吐き、肩を落とした。


「……よかろう」


 彼は背を向け、結界の方へと手をかざした。


「ただし、聖域内では私の指示に従っていただきます。勝手な真似をすれば、即座に追い出しますからね」

「承知しました」


 交渉成立だ。

 石柱の間の空間が歪み、結界が解除されていく。

 道が開いた。


「行くぞ、リリアーナ」


 サイラス様が私の手を引く。

 その顔は「勝った」と言わんばかりのドヤ顔だ。


「ええ。……ただの観光旅行にはなりそうもありませんが」


 私は鞄を持ち直した。

 中には万年筆と、工具セットが入っている。

 新婚旅行兼、古代遺跡の修理ツアー。

 まったく、どこへ行っても忙しい。


 私たちは神官たちに導かれ、霧に包まれた神殿の奥へと足を踏み入れた。

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