第23話 マニュアル神官、立ち塞がる
神官たちの後ろから、一人の青年が歩み出てきた。
年の頃は二十代前半。
流れるような銀髪に、切り傷のように鋭い灰色の瞳。
身に纏う法衣は純白で、他の神官たちよりも意匠が凝っている。
彼が現れた瞬間、周囲の空気がピンと張り詰めた。
神経質そうな美青年だ。
だが、その眉間には深い皺が刻まれている。
「……騒がしいですね」
彼は冷ややかな声で言った。
私とサイラス様を一瞥し、まるで汚いものでも見るかのように目を細める。
「神聖な結界の前で、大声を上げないでいただきたい。精霊様が怯えます」
「貴様が責任者か?」
サイラス様が低い声で問う。
青年は胸の前で手を組み、慇懃無礼に頭を下げた。
「いかにも。聖地管理責任者、最高神官のセオドアです。……宰相閣下とお見受けしますが、アポイントメントのない来訪は困りますな」
セオドアと名乗った神官は、淡々と言い放った。
「先ほど部下が伝えた通りです。現在、遺跡は『浄化の儀』の最中。いかなる権力者であっても、立ち入りは認められません」
「いつ終わる?」
「精霊様の御心次第ですが……現状の穢れ具合からして、あと三ヶ月は要するかと」
三ヶ月。
その単語が出た瞬間、サイラス様の周囲でバキバキと音がした。
地面の草が凍りつき、砕け散る。
「……ふざけるな」
サイラス様が一歩踏み出す。
圧倒的な魔力の奔流。
普通の人間なら気絶するほどのプレッシャーだ。
「私の結婚式は来月だ。それを、貴様の都合で延期しろと言うのか?」
「私の都合ではありません。伝統です」
セオドアは顔色一つ変えずに言い返した。
肝が据わっている。
あるいは、ただの空気が読めない人間か。
「古文書にはこうあります。『聖地が穢れし時、百日の祈りを捧げ、清めの水を絶やすべからず』。……手順を省略すれば、儀式は失敗し、災いが降りかかります。それでもよろしいので?」
「脅しか? その程度の呪い、私がねじ伏せてやる」
「野蛮な……! これだから俗世の権力者は!」
一触即発。
物理攻撃魔法(サイラス様)対、精神攻撃魔法の戦いだ。
このままでは拉致があかない。
私はため息をつき、二人の間に割って入った。
「そこまでです。お二人とも」
私は眼鏡を押し上げ、セオドア神官を真っ直ぐに見据えた。
「セオドア様。貴方のおっしゃる『伝統』とやらは、本当に正しいのですか?」
「……何が言いたいのです」
「『清めの水』とおっしゃいましたが」
私は彼の袖口を指差した。
純白の法衣の袖口に、微かに黒いシミがついている。
「それは聖水によるシミではありませんね。……魔導オイルの汚れです」
セオドアの表情が凍りついた。
彼は反射的に袖を隠そうとしたが、遅い。
「さらに言えば、貴方の部下たちの手。爪の間に金属粉が残っています。そして、結界の内側から聞こえる微かな振動音」
私は畳み掛けた。
「貴方がたがやっているのは『祈り』ではありません。『修理』です。それも、古代の魔導システムに対する、物理的なメンテナンス作業」
図星だったのだろう。
セオドアの視線が泳いだ。
「そ、それは……儀式の一環として、聖具を磨くこともあり……」
「百日も磨くのですか? 随分と効率の悪い研磨剤をお使いのようで」
私は一歩踏み込んだ。
「正直におっしゃってください。システムの不具合原因が特定できず、手当たり次第に部品を交換したり、魔力を流したりして、泥沼に嵌まっているのでしょう?」
沈黙。
痛いところを突かれた技術者の顔だ。
私もよく知っている。
エラーの原因が分からず、徹夜でコードを見直している時の、あの絶望的な顔。懐かしい。
「……だとしても、部外者には関係ありません」
セオドアは苦しげに絞り出した。
「これは我々神官の聖域です。素人が口を出せば、取り返しのつかないことになる」
「素人?」
私が反論しようとする前に、サイラス様が鼻で笑った。
「おい神官。言葉を慎め。私の妻になる女性は、王国の魔導インフラを一人で再構築した怪物だぞ」
「か、怪物……?」
「彼女にかかれば、貴様らが三ヶ月かかる修理など、お茶を飲んでいる間に終わる」
言い過ぎだ。
ハードルを上げないでほしい。
でも、悪い気はしない。
私は咳払いをして、手帳を開いた。
「怪物かどうかはさておき、提案があります」
私はペン先をセオドアに向けた。
「私を中に入れなさい。そして、その『壊れたシステム』を見せてください」
セオドアが拒絶しようと口を開く。
私はそれを制して続けた。
「三ヶ月も待てません。ですが、私の解析能力なら、原因の特定は可能です。修理期間を三ヶ月から三日に短縮してみせましょう」
「み、三日だと!? 馬鹿な、神への冒涜だ!」
「冒涜ではありません。効率化です」
私はニッコリと笑った。
営業スマイル全開で。
「もし私が直せなかったら、大人しく帰ります。そして三ヶ月後にまた来ます。……でも、もし直せたら」
私はサイラス様の腕に手を添えた。
「その場で儀式を行わせていただきます。ウィンウィンの取引でしょう?」
セオドアは唇を噛み締め、私とサイラス様を交互に見た。
彼も限界なのだ。
プライドと、解決への渇望。
その天秤が揺れている。
やがて、彼は深く息を吐き、肩を落とした。
「……よかろう」
彼は背を向け、結界の方へと手をかざした。
「ただし、聖域内では私の指示に従っていただきます。勝手な真似をすれば、即座に追い出しますからね」
「承知しました」
交渉成立だ。
石柱の間の空間が歪み、結界が解除されていく。
道が開いた。
「行くぞ、リリアーナ」
サイラス様が私の手を引く。
その顔は「勝った」と言わんばかりのドヤ顔だ。
「ええ。……ただの観光旅行にはなりそうもありませんが」
私は鞄を持ち直した。
中には万年筆と、工具セットが入っている。
新婚旅行兼、古代遺跡の修理ツアー。
まったく、どこへ行っても忙しい。
私たちは神官たちに導かれ、霧に包まれた神殿の奥へと足を踏み入れた。




