第21話 結婚式は最大の激務
第3章スタートです!!
リリアーナの前世の職業が明らかに!?(筆者と同業!?)
専門用語は出来るだけ使わないようにしましたが、読みにくかったからごめんなさい!!
結婚式とは、幸せなイベントではない。
少なくとも準備段階においては、それは「戦争」と同義語だ。
午前十時。
宰相執務室の私のデスクは、二つの山脈に侵略されていた。
右側には、帝国との通商条約に関する公文書の山。
左側には、結婚式の招待状リストと、席次表の草案、そしてドレスのデザイン画の山。
「……ブーケの花材は白百合で決定。テーブルクロスはシャンパンゴールド。料理のアレルギー対応リスト、更新完了」
私はうわ言のように呟きながら、左の山を崩していく。
万年筆が紙の上を滑る音だけが、カツカツと室内に響く。
隣のデスクでは、この国の宰相であり、私の婚約者でもあるサイラス様が、頬杖をついて私を見つめていた。
「リリアーナ」
「はい。何でしょう」
「ドレスの試着だが、全部着てみるというのはどうだ」
「却下です。カタログだけで五十着あります。全部着ていたら式当日になってしまいます」
「だが、どれも君に似合いそうだ。選べない」
彼は真剣な顔でデザイン画を眺めている。
幸せボケ、というやつだろうか。
この一ヶ月、彼は隙あらば結婚式の話題を振ってくる。
仕事の手際が良いのは相変わらずだが、休憩時間の甘え方が深刻化している気がする。
「閣下。まずは公務を片付けましょう。条約の批准期限まであと三日です」
「分かっている。……だが、君が私の妻になるという事実の方が、国家間の条約より重要だ」
「公私混同はお控えください」
私はピシャリと言い放ち、次の書類を手に取った。
結婚式の準備は膨大だ。
会場の手配、聖歌隊の選定、引き出物の発注。
これらを通常の宰相補佐官業務と並行して行わなければならない。
私の手帳は、分単位のスケジュールで黒く埋め尽くされている。
それでも、苦ではない。
招待状の宛名書きリストにある『リリアーナ・フォン・アイゼンガルド(予定)』という文字を見るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるからだ。
コン、コン。
控えめなノックの後、執務室の扉が開いた。
入ってきたのは、初老の男性。
王宮の儀式を取り仕切る、礼典局長だ。
彼の顔色は、漂白したシーツのように真っ白だった。
「失礼いたします、宰相閣下、補佐官殿……」
「どうした、局長。幽霊でも見たような顔だぞ」
サイラス様が顔を上げる。
局長は震える手で、一枚の書状を差し出した。
「そ、それが……結婚式の進行について、重大な問題が発覚しまして」
「問題? 式場なら大聖堂を押さえてあるはずだが」
「場所ではありません。手順です」
局長は脂汗を拭いながら言った。
「王家典範第七条をご確認ください。宰相クラス以上の高位貴族が婚姻を結ぶ際、『聖なる遺跡』における『誓いの儀式』が義務付けられております」
聖なる遺跡。
王都から馬車で三日、北部の険しい山岳地帯にある古代神殿だ。
建国の祖が精霊と契約を交わした場所とされ、そこで愛を誓うことで、精霊の加護が得られるという伝承がある。
「ああ、知っている。来週あたり、日帰りで行ってくればいいのだろう?」
サイラス様が軽く言う。
転移魔法を使えば、移動時間は短縮できる。
だが、局長は首を横に振った。
「それが……現在、聖地との連絡が途絶えております」
「何?」
「定期通信が、ここ一ヶ月ほど不通なのです。現地の神官団からの報告も滞っておりまして……事実上の封鎖状態かと」
私の手が止まった。
連絡不通。封鎖。
それは単なる通信機の故障レベルではない。
何か、現地でトラブルが起きている。
「封鎖されているなら、儀式は延期か?」
サイラス様の声が低くなる。
不機嫌のサインだ。
彼は結婚式を一日たりとも遅らせたくないのだ。
「い、いえ! ですが、儀式を行わなければ、正式な婚姻として認められません。戸籍への登録も却下されます!」
「馬鹿な。そんなカビの生えた規則のために、私の結婚を邪魔させるものか」
サイラス様が立ち上がる。
執務室の温度が急激に下がった。
窓ガラスに霜が降りる。
まずい。このままでは礼典局長が凍らされる。
私は眼鏡の位置を直し、冷静に介入した。
「閣下、落ち着いてください。局長を凍らせても、聖地の扉は開きません」
「だが、リリアーナ! このままでは式に間に合わないぞ!」
「ええ。ですから、確認しに行きましょう」
私は手帳を開いた。
来週のページ。
『ドレス最終フィッティング』『招待客リスト確定』などの予定が詰まっている。
「……予定を変更します」
私は赤ペンで、それらの予定を二重線で消した。
そして、大きく書き込む。
『聖地視察および現地トラブル解決(二泊三日)』
「現地へ飛び、状況を確認。トラブルがあればその場で解決し、儀式を強行します。これなら式のスケジュールに影響しません」
局長が目を丸くする。
「げ、現地へ!? 補佐官殿自らですか? あそこは山奥ですよ!?」
「誰かに任せて報告を待っていたら、一週間はかかります。私が行った方が早い」
効率化の基本だ。
ボトルネックは、責任者が直接現場に行って叩き壊すのが一番早い。
私が手帳を閉じると、サイラス様が目を瞬かせ、それからパッと顔を輝かせた。
「……つまり、二人で旅行に行くということか?」
「出張です、閣下。業務です」
「いや、これは旅行だ。新婚旅行の前倒しだ」
彼の周囲から冷気が消え、代わりに春のような花が飛び始めた(幻覚だが)。
「山奥の遺跡か。悪くない。星空の下で語り合うのも一興だ」
「語り合う前に、魔獣が出る可能性がありますので、警備の手配が必要です」
「私が守る。護衛など邪魔だ。二人きりで行こう」
サイラス様は完全に浮かれている。
遠足前夜の子供のようだ。
私はため息をつき、内線用の魔導具を手に取った。
「資材課ですか? リリアーナです。緊急で野営セット一式をお願いします。……はい、防寒具と、非常食も三日分」
甘い旅行気分など期待していない。
連絡が途絶えるほどのトラブルだ。
おそらく、現地はかなり酷い状況になっているはずだ。
最悪、魔獣の巣窟になっているか、古代の防衛システムが暴走している可能性もある。
私は鞄から予備のインクと、魔力回復ポーションを取り出した。
結婚式というゴールに辿り着くために、障害物はすべて排除する。
花嫁修業にしては物騒だが、これが私のやり方だ。
「さあ、閣下。出発は明朝です。今日中に公務を片付けますよ」
「ああ、任せろ。今の私なら、書類の山など一息で吹き飛ばせる」
サイラス様が凄まじい速度で決裁印を押し始めた。
愛の力とは恐ろしいものだ。
私は苦笑しつつ、自分もペンを握り直した。
まさか、その「聖地」で待ち受けているのが、魔獣よりも厄介な「マニュアル遵守の神官」と「性格の悪いシステム精霊」だとは、この時の私はまだ知らなかった。
私たちの「新婚旅行(仮)」は、波乱の予感と共に幕を開けようとしていた。




