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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第17話 魔導回線の暴走事故

 王宮の地下へと続く螺旋階段を、私は駆け下りていた。

 ヒールの音が、焦燥感と共に石壁に反響する。


 深くなるにつれて、空気が重くなる。

 肌にまとわりつくような、静電気に似た不快感。

 そして、鼻をつくオゾンの臭い。

 高濃度のマナが焦げている臭いだ。


「……数値がおかしいわ」


 私は走りながら、懐中時計型の簡易魔力計を確認した。

 針が赤いゾーンで振り切れている。

 通常時の五倍。

 明らかに、許容範囲を超えている。


(あの『変換式』は、あくまで規格を合わせるためのもの。出力を増幅する機能はないはず)


 私が昨日、会議室で提示した数式は完璧だった。

 安全マージンも取っていた。

 それなのに、なぜこれほどの負荷がかかっているのか。


 地下三階。

 大魔導炉室の前。

 分厚い防魔扉の隙間から、赤い光が漏れ出している。

 そして、耳をつんざくような警報音。

 ウゥン、ウゥン、と魔力サイレンが鳴り響いていた。


「どけッ! これ以上ここにいたら死ぬぞ!」

「待て! 逃げるな! 回線を切れ!」


 扉の向こうから怒号が聞こえる。

 私は迷わず、認証カードをかざして扉を開けた。


 ゴォォォォォッ!!


 熱風が吹き荒れる。

 私は腕で顔を覆い、室内へと踏み込んだ。


「……なんてこと」


 目の前に広がる光景に、私は絶句した。


 部屋の中央に鎮座する、巨大な水晶柱――王国の心臓部である大魔導炉。

 その表面に、黒いパイプのような帝国の魔導ケーブルが数本、無骨に突き刺さっていた。

 そこまではいい。予定通りだ。


 問題は、そのケーブルの根元にある帝国の発電機だ。

 メーターが限界突破している。

 過剰なエネルギーを送り込まれた水晶柱は、悲鳴のような高周波を上げながら、赤黒く明滅していた。


 その周囲を、荒れ狂うマナの奔流が渦巻いている。

 青白い稲妻が走り、床や壁を焦がしていた。


「補佐官! 来てくれたか!」


 王国の魔導師団員が、私を見つけて駆け寄ってきた。

 顔中煤だらけだ。


「状況報告を! なぜこんなことに!?」

「帝国の連中だ! 『もっと効率よくチャージしてやる』とか言って、勝手に出力リミッターを解除しやがった!」

「リミッター解除? 馬鹿なの!?」


 私は思わず叫んだ。

 私の変換式は、バッファ層を噛ませることで安全性を確保していた。

 リミッターを外せば、バッファが飽和して、直結状態になる。

 それは、繊細なガラス細工の中に、高圧洗浄機の水をぶち込むようなものだ。


「止めて! 今すぐ接続を解除して!」

「無理だ! 見てくれ!」


 彼が指差した先。

 制御盤と緊急停止レバーは、水晶柱のすぐそばにある。

 しかし、そこは今、最も激しいマナの嵐が吹き荒れる「死の領域」となっていた。

 近づけば、瞬時に感電死するか、魔力中毒で廃人になるだろう。


「帝国の技術者は!?」

「あそこの隅で震えてるよ!」


 見れば、部屋の隅で帝国の男たちが頭を抱えてうずくまっていた。

 昨日の威勢はどこへやら。

 自分たちが招いた惨事に、腰を抜かしているらしい。


(……役立たず!)


 私は舌打ちをし、思考を切り替えた。

 文句を言っている時間はない。

 水晶柱の輝きが増している。

 臨界点まで、あと数分。

 あれが爆発すれば、王城どころか、王都の半分がクレーターになる。


「……私がやります」

「はあ!? 無理だ補佐官! あの嵐の中に入ったら……」

「入らなければ全員死にます。それに、術式の書き換えが必要なの。物理的にレバーを下ろすだけじゃ、逆流したエネルギーで炉が溶けるわ」


 私は鞄を放り投げ、手袋を締め直した。

 恐怖はある。

 足が震えそうになる。

 私は事務官であって、英雄ではない。


 でも、ここで逃げたら、サイラス様が築き上げてきたこの国が終わる。

 それだけは、私のプライドが許さない。


 私は一歩、踏み出した。

 バチッ!

 空中の静電気が頬を弾く。

 痛い。


「くっ……」


 風圧が壁のように立ちはだかる。

 魔力耐性のないドレスが焦げ付く臭いがした。

 あと十メートル。

 遠い。永遠のように遠い。


 その時。


 キィィィィン……。


 背後で、空気が凍る音がした。

 熱風が一瞬で冷やされる。

 荒れ狂うマナの渦が、目に見えない圧力によって押し留められた。


「……何をしている」


 地を這うような声。

 振り返らなくても分かる。

 この絶対的な冷気。

 この圧倒的な魔力質量。


 サイラス様だ。


 彼は入り口に立っていた。

 表情はない。

 ただ、その蒼い瞳は、暴走する魔導炉よりも恐ろしい光を宿していた。


「か、閣下……!」


 魔導師たちが悲鳴を上げて道を開ける。

 サイラス様は、うずくまる帝国の技術者たちを一瞥もしなかった。

 ただ真っ直ぐに、嵐の前に立つ私だけを見ていた。


「下がれ、リリアーナ」

「閣下、ですが……」

「下がれと言っている!!」


 怒号。

 ビリビリと空気が震えた。

 彼がこれほどの大声を上げるのを、私は初めて聞いた。


「私が凍結させる。この部屋ごと、時間を止める」

「だ、駄目です!」


 私は叫び返した。

 彼の魔力なら可能だろう。

 だが、それは最悪の選択だ。


「熱暴走している炉を急激に冷却すれば、熱衝撃で水晶が砕け散ります! 爆発を早めるだけです!」

「……っ!」


 サイラス様が動きを止める。

 彼も優秀な魔導師だ。

 冷静になれば、私の言葉が正しいと理解できるはず。


「ではどうする! 指をくわえて爆発を待てと言うのか!」

「いいえ。止めます。正規の手順で」


 私はマナの嵐を指差した。


「あの中にある制御盤で、入力コードを書き換え、過剰エネルギーを外部へ放出しながら、徐々にシャットダウンさせます」

「馬鹿な! あの中に入れば、君の体など蒸発するぞ!」

「……ええ。私一人では、無理です」


 私は彼を真っ直ぐに見つめた。

 私の瞳に、彼の姿を映す。

 彼なら、できる。

 私の無茶な理論を、力技で成立させられる唯一のパートナー。


「閣下。私を守ってください」


 私は言った。

 命令でも、懇願でもなく。

 信頼の言葉として。


「貴方の氷の結界で、熱と衝撃波を遮断してください。その間に、私が中枢へ到達し、術式を書き換えます」

「……リスクが高すぎる」

「他に方法はありません。……私を信じてください。私は貴方の補佐官です」


 サイラス様が唇を噛み締めた。

 拳を握りしめ、血が滲むほど強く。

 葛藤。

 愛する者を危険に晒したくないという想いと、国を守る宰相としての責務。


 数秒の沈黙の後。

 彼は顔を上げた。

 迷いは消えていた。


「……分かった」


 彼は上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくり上げた。

 膨大な魔力が、彼の周囲で渦を巻く。


「私の命に代えても、君には傷一つつけさせない。……行くぞ、リリアーナ!」

「はい、閣下!」


 私は前を向いた。

 目の前には、荒れ狂う死の嵐。

 だが、もう怖くはない。

 背中には、世界最強の盾がいるのだから。


 私は地面を蹴った。

 暴走する光の中へ、私たちは同時に飛び込んだ。

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― 新着の感想 ―
これ、王都に対する破壊工作だと言われても返す言葉ないな。帝国もこんな連中送ってきた以上知らぬ存ぜぬじゃ済まされんぞ。
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