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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第16話 女騎士と効率化講習

 迎賓館のサロンは、静まり返っていた。

 豪奢な調度品に囲まれた部屋の隅で、一人の女性がうなだれている。


 エリーゼ・フォン・ベルク。

 帝国近衛騎士団、第二部隊長。

 ルーカス皇子の護衛責任者を務める、二十二歳の女性騎士だ。

 切り揃えられた金髪に、凛々しい顔立ち。

 軍服を隙なく着こなす姿は、「麗人」という言葉が相応しい。


 だが、今の彼女は、戦場で敗北した兵士のような背中をしていた。


「……また書き直しだ」


 彼女が呻く。

 手元のローテーブルには、クシャクシャになった羊皮紙が散乱している。

 彼女は羽ペンを握りしめ、インク壺を睨みつけていた。

 その殺気でインクが乾きそうだ。


 私は咳払いをした。

 コン、コン。


「失礼します。宰相補佐官のリリアーナです。警備体制の最終確認に参りました」


 エリーゼ様が弾かれたように顔を上げる。

 私を見ると、バッと立ち上がり、直立不動の敬礼をした。


「し、失礼した! ようこそ、補佐官殿!」

「お気になさらず。……何か、トラブルですか?」


 私は散らばった羊皮紙に視線を向けた。

 彼女は顔を赤らめ、慌てて書類を隠そうとした。


「い、いや! これはその、本国への定期報告書なのだが……どうも筆が乗らなくてな」

「拝見しても?」

「えっ? いや、しかし機密も……まあ、ただの日報だが」


 彼女が渋々差し出した一枚を受け取る。

 私は一瞥し、眉間を押さえた。


(……これは酷い)


 字が汚いのではない。

 構成が壊滅的なのだ。

 「本日は晴天なり」から始まり、皇子の食べたメニュー、馬車の不調、そして唐突に「王国の騎士団長と模擬戦をして勝ちました」という自慢が入り、最後に「異常なし」で締められている。

 時系列も重要度もバラバラ。

 これを読む上官は、解読作業だけで残業確定だろう。


「……エリーゼ様。これを毎日書いているのですか?」

「ああ。毎日三時間かけてな。剣を振るうより疲れる」


 彼女はげっそりとした顔で言った。


「私は武人だ。報告など『敵、発見。殲滅』で十分だと思うのだが、軍務省の文官どもが『詳細を書け』とうるさくてな……」

「お気持ちは分かります」


 私は頷いた。

 現場の人間にとって、事務処理は苦痛でしかない。

 だが、このままでは彼女の心身が持たないし、私の警備調整も進まない。


 私の「職業病」が疼いた。

 非効率を見過ごすことは、私の美学に反する。


「エリーゼ様。少し、お時間をいただけますか」

「む? 警備の話か?」

「いいえ。……その『三時間』を『十五分』に短縮する魔法をお教えします」


 エリーゼ様が目を丸くした。


「じゅ、十五分!? 馬鹿な、そんな高等魔法が……」

「魔法ではありません。技術スキルです」


 私は鞄から予備の羊皮紙を取り出し、万年筆を走らせた。

 さらさらと線を引く。

 枠を作る。


「まず、報告書のフォーマットを固定します」


 私は紙を彼女に見せた。

 

『日時:』

『重要事項(特筆すべき変化のみ):』

『皇子の動静(簡潔に):』

『懸念事項:』

『その他:』


「これに沿って埋めるだけです。文章にする必要はありません。箇条書きで十分です」

「かじょうがき……?」

「はい。例えば今日の報告なら……」


 私は彼女の日報を要約して書き込んだ。


『重要事項:王国の騎士団長と模擬戦、勝利。王国騎士の実力確認済み』

『皇子の動静:市内視察。機嫌良し』

『懸念事項:特になし』


「……以上です。これで軍務省が必要とする情報はすべて網羅されています」


 エリーゼ様は、私が書いた紙を凝視し、口をパクパクさせた。


「こ、これだけでいいのか? 天気の話は? 食事の感想は?」

「不要です。それは日記に書いてください。報告書の目的は『異常の有無』と『成果』を伝えることだけです」


 彼女は震える手で紙を持ち上げた。

 その瞳が、感動で潤んでいく。


「す、凄い……! これなら、何を書くか悩まなくて済む! 読むだけで内容が頭に入ってくる!」

定型化テンプレートの力です。これを数十枚印刷しておけば、毎日の作業は空欄を埋めるだけになりますよ」


 ガシッ。

 私の両手が、彼女の強く逞しい手に握りしめられた。


「リリアーナ殿……いや、師匠と呼ばせてくれ!」

「師匠はやめてください」

「貴女は女神か! 我が国の文官など、こんな便利な知恵を教えてくれなかったぞ!」


 エリーゼ様は目を輝かせ、私の手をぶんぶんと振った。

 実直な人だ。

 堅物そうに見えて、根は素直なのだろう。

 私は苦笑しながら、彼女の手を解いた。


「お役に立てて光栄です。……ところで、この『定型化』は、他の方にも応用できるかもしれませんね」

「他の方?」

「ええ。例えば、ルーカス殿下の扱いとか」


 私が話題を振ると、エリーゼ様の表情が引き締まった。

 彼女は周囲を確認し、声を潜めた。


「……師匠も、殿下には手を焼いているようだな」

「はい。ヘッドハンティングがしつこくて」

「だろうな。殿下は『新しい玩具』を見つけると、手に入るまで手段を選ばない」


 エリーゼ様はため息をつき、ソファに座り直した。

 私にも座るよう促す。

 ここからは、オフレコの話ということだ。


「だが、安心してくれ。殿下は極度の『飽き性』だ」

「飽き性、ですか」

「ああ。どんなに欲しがった物でも、一度手に入って構造を理解してしまうと、途端に興味を失う。……あるいは、『手に入らない』と完全に悟った時もな」


 彼女は私の目を見た。


「殿下が今、貴女に執着しているのは、貴女が『未知の技術(効率化理論)』を持ち、かつ『思い通りにならない』からだ」

「なるほど」


 分析通りだ。

 私の変換式を見た時の目の輝きは、確かにパズルを解く子供のそれだった。


「攻略法は二つだ。一つは、すべての技術を教え込み、飽きさせること。もう一つは……」

「徹底的に『解析不能』であり続けること、ですね」

「その通りだ。殿下は論理の通じないカオスが好きだが、同時に『自分の理解を超えた存在』には敬意を払う。……まあ、師匠なら後者が得意そうだが」


 エリーゼ様はニヤリと笑った。

 頼もしい味方を得た気分だ。

 サイラス様は「近づくな」と言うけれど、敵を知るには懐に飛び込むのが一番早い。


「貴重な情報をありがとうございます。お礼に、報告書の『始末書用テンプレート』も差し上げましょうか?」

「そ、そんなものまであるのか!? ぜひ頼む! 殿下が街で騒ぎを起こすたびに書かされていてな……」


 彼女が身を乗り出す。

 その顔は、もう敗残兵ではない。

 強力な武器を手に入れた戦士の顔だった。


 その後、私たちは一時間ほど「効率的な書類作成術」について熱く語り合った。

 警備の打ち合わせは十分で終わった。

 ここでも効率化は成功だ。


 帰り際、エリーゼ様は玄関まで見送ってくれた。


「師匠。殿下は厄介な方だが、悪人ではない。……ただ、少し寂しがり屋なだけだ」

「寂しがり屋?」

「優秀すぎて、対等に話せる相手がいないのさ。だから貴女のような『理解者』を求めている」


 彼女の言葉に、私は少し考えさせられた。

 優秀ゆえの孤独。

 それは、私のパートナーであるサイラス様にも通じるものがある。


(……似たもの同士なのかもしれないわね)


 だからこそ、反発し合うのか。

 あるいは、惹かれ合うのか。


「肝に銘じておきます。では、また」

「うむ。明日の日報が楽しみだ!」


 エリーゼ様が清々しい笑顔で敬礼する。

 私は迎賓館を後にした。


 同性の友人。

 そう呼べる相手ができたのは、これが初めてかもしれない。

 少し浮き立つ足取りで王宮へ戻る。

 だが、その安らぎも長くは続かなかった。


 王宮の中庭に差し掛かった時。

 空気が、ビリビリと震えるのを感じた。

 地面から微振動が伝わってくる。


「……また?」


 嫌な予感。

 今度は、あの黒い魔導馬車の騒音ではない。

 もっと根源的な、マナの悲鳴のような振動。


 地下だ。

 王宮の地下にある、大魔導炉の方角からだ。


 私の手帳には『本日の予定:定時退社』と書いてあったはずだが、どうやら神様は修正ペンがお好きらしい。

 私はスカートの裾を掴み、走り出した。

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