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【第4章スタート!】悪役令嬢は忙しい  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第12話 黒い魔導馬車

 正午。

 王城の正門前広場には、異様な緊張感が漂っていた。


 赤絨毯が敷かれ、近衛騎士団が整列している。

 その最前列に立つのは、宰相サイラス様と、その補佐官である私。

 本来なら陛下がお出迎えすべきところだが、到着が早まったため、実務責任者である私たちが矢面に立つことになった。


「……遅いな」


 隣でサイラス様が低い声で呟く。

 その表情は、能面の如く冷たい。

 デートを邪魔された怒りは、まだ鎮火していないらしい。

 周囲の騎士たちが、宰相閣下から漏れ出る冷気に震え上がっている。


「閣下、表情を。相手は一国の皇子です」

「分かっている。最大限の『歓迎』をしてやるとも」


 目が笑っていない。

 これはまずい。

 私がフォローしなければ、開口一番で宣戦布告しかねない。


 その時だった。


 ズズズ……ン……。


 地面が微かに振動した。

 最初は地震かと思った。

 だが、振動は次第に大きくなり、やがて空気そのものを震わせるような轟音へと変わった。


 ブォォォォン!!


 王都の大通りの向こうから、黒い塊が現れた。

 馬車、と呼ぶにはあまりに異質だった。

 馬がいない。

 巨大な鉄の箱が、六つの車輪で自走している。

 後部からは、どす黒い煙――魔力残滓を含んだ排気――が噴き出している。


「な、なんだあれは!?」

「煙い! 前が見えん!」


 整列していた騎士たちが咳き込み、隊列が乱れる。

 美しい石畳の広場に、黒い轍が刻まれていく。

 鉄の塊は、私たちの目の前で急停止した。


 プシューッ!!


 甲高い音と共に、白煙が吹き出す。

 強烈な油と焦げた魔石の臭い。

 私は眉をひそめ、懐からハンカチを取り出して口元を覆った。


(……なんて非効率なエネルギー変換効率。七割を熱と騒音として捨てているわ)


 技術者としての不満が先に立つ。

 これが帝国の誇る最新鋭「魔導機械」だというなら、期待外れもいいところだ。


 やがて、鉄の箱の側面が開いた。

 タラップが降りてくる。

 中から現れたのは、派手な軍服に身を包んだ長身の青年だった。


 燃えるような赤髪。

 精悍だが、傲慢さが滲み出る顔立ち。

 東方帝国第二皇子、ルーカス・ヴァン・ドラグノフ。


 彼はタラップの中ほどで足を止め、広場を見下ろした。

 そして、鼻で笑った。


「なんだ、この静けさは。葬式でもやっているのか?」


 第一声がそれだった。

 彼は広場に並ぶ魔導灯(王国の伝統的な工芸品でもある)を指差し、肩をすくめた。


「相変わらず、この国は時が止まっているな。あんな出力の低い骨董品を、まだ大事に使っているとは。博物館に来た気分だよ」


 明確な侮辱。

 騎士たちが色めき立つ。

 隣で、何かがパキリと音を立てて凍る気配がした。


 見ると、サイラス様の足元の石畳に、霜が降りている。

 彼の蒼い瞳は、絶対零度の輝きを放っていた。


「……ほう。我が国の伝統を骨董品と呼ぶか。ならば、その薄汚い鉄屑をスクラップにして、貴国の技術の粋とやらを見せてもらおうか」


 サイラス様が右手を上げる。

 まずい。

 迎撃魔法の構えだ。

 外交使節団を到着五分で消し飛ばす気だ。


 私は、すかさず一歩前へ出た。

 サイラス様の手を、私の手でさりげなく抑え込む。

 そして、手帳を開いた。


「お待ちください、閣下。武力行使は最終手段です。まずは法的手続きを」


 私はルーカス皇子に向かって、声を張り上げた。


「ようこそお越しくださいました、ルーカス殿下。王国の宰相補佐官、リリアーナ・ベルンシュタインと申します」


 ルーカス皇子が私を見た。

 興味なさげに片眉を上げる。


「補佐官? 女か。挨拶はいい、さっさと宿舎へ案内しろ。この国のアスファルトは凹凸が多くて乗り心地が最悪だった」

「案内いたします。……ですがその前に、一つ手続きがございます」


 私は手帳から、一枚の複写式用紙を切り離した。

 そして、スタスタとタラップの下まで歩み寄る。


 皇子の護衛らしき屈強な騎士が剣に手をかけるが、私は無視して皇子に紙を差し出した。


「はい、こちら。受け取りをお願いします」

「……なんだこれは」


 皇子が怪訝そうに紙を受け取る。

 そこに書かれている文字を読んだ彼は、目を丸くした。


「『王都環境保全条例違反告知書』……?」

「はい。第五条『騒音規制』および第八条『有害魔素排出規制』への違反です」


 私は事務的に説明を始めた。


「先ほどの到着時の騒音レベルは八十五デシベル。住宅地での許容範囲を超えています。また、後部より排出された黒煙に含まれる魔素濃度は、王国の環境基準値の三倍です」


 皇子がポカンとしている。

 私は構わず続ける。


「よって、罰金金貨五枚を科します。なお、この車両は王国の車検を通っていないため、公道の走行は認められません。移動には、こちらで用意した馬車をご利用ください」


 静寂。

 広場にいた全員が、息を呑んで私を見ていた。

 帝国の皇子相手に、駐禁切符を切るような真似をしたのだ。

 不敬罪で斬り捨てられても文句は言えない。


 ルーカス皇子は、手元の紙を見つめ、それから私を凝視した。

 怖い。

 猛獣のような目だ。

 私は無表情を崩さず、背筋を伸ばして見つめ返した。

 法と正義は、こちらにある。


 数秒の沈黙の後。

 皇子の肩が震えた。


「……く、くくっ」


 喉の奥から絞り出すような笑い声。

 そして、彼は大声で笑い出した。


「はははは! 傑作だ! 俺の『黒鉄竜号』を、うるさいから罰金だと!?」


 彼は腹を抱えて笑い、涙を拭った。


「面白い! どこの国へ行っても、俺の技術に恐れおののくか、媚びへつらうかだ。だが、お前は……『迷惑だ』と言ってのけた!」

「事実ですので」

「いいだろう! 払ってやる!」


 彼はポケットから金貨袋を取り出し、私に放り投げた。

 私はそれを片手でキャッチする。


「金貨十枚だ。釣りはいらん。……おい、名前は?」

「リリアーナです」

「リリアーナか。覚えておく」


 皇子はニヤリと笑い、私を頭から爪先までじろりと舐めるように見た。

 その視線には、明らかに「気に入った」という色が混じっていた。


「骨董品の国にも、面白そうな部品パーツがあるじゃないか」


 ゾクリとした悪寒が背筋を走る。

 何か、非常に面倒なスイッチを押してしまった気がする。


 その時。

 私の肩が、ぐいと後ろへ引かれた。

 背中に、硬く温かい感触。

 サイラス様だ。

 彼が私を庇うように前に立ち、皇子を睨みつけていた。


「……罰金は徴収した。さっさと馬車に乗れ」

「おっと。怖い怖い」


 皇子は大げさに手を挙げて見せたが、その目は笑っていた。

 彼は私にウインクを一つ投げ、用意された王国の馬車へと乗り込んでいった。


 嵐のような到着劇が終わった。

 私は金貨袋の重みを確かめ、深いため息をついた。


「……とりあえず、予算に臨時収入が入りましたね」

「リリアーナ」


 サイラス様の声が低い。

 恐る恐る見上げると、彼は皇子が去っていった方向を睨んだまま、不機嫌そうに口を尖らせていた。


「あの男、君を見た」

「はあ。目がありますから、見るでしょう」

「そうじゃない。……あの目は、珍しい玩具を見つけた子供の目だ」


 サイラス様は私の肩を強く抱き寄せた。


「君は不用意に近づくな。あいつの相手は私がする」

「ですが、通訳や実務調整は私の仕事です」

「……くそっ」


 彼は悪態をつき、私の頭に頬を擦り付けた。


「なぜ君は、そうやって無自覚に人を惹きつけるんだ。……心配で胃が痛い」

「閣下、人前です。離れてください」

「嫌だ。上書きする」


 彼は公衆の面前にも関わらず、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。

 周囲の騎士たちが見て見ぬふりをしているのが痛いほど分かる。


 私は諦めて、彼の腕の中でため息をついた。

 どうやら、今回の外交任務は、書類仕事よりも「嫉妬深い上司の機嫌取り」の方が大変になりそうだ。


 私の手帳には、まだ書き込まれていないトラブルの種が、着実に芽吹こうとしていた。

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― 新着の感想 ―
落ち着いた頃にやってくる俺様横恋慕枠は鉄板ですね。 彼の役目はヒーローに嫉妬させて溺愛を引き出す事ですよね。
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