キミ色スケッチ 〜ふたりで描く放課後アート計画〜
わたしの名前はチカ。高校一年生。将来の夢は――うーん、正直、まだ決まってない。
美術部でもないし、専門的に絵を学んでるわけでもない。でもね、絵を描くのがとにかく好き。
12色のサインペンと、A4サイズのスケッチブックがあれば、それだけで一日過ごせちゃう。お弁当もいらないくらい。
たまに「何をそんなに描いてるの?」ってクラスメイトに聞かれたりするけど、上手く説明できない。でも、ひとつだけ、はっきりしてることがある。
――「目の前にあるものを、自分の色で描いてみたい」
それは、頭で考えるというより、心の奥からふっと湧き上がる感覚だ。
だからわたしは、いつもひとりで絵を描いてる。
校舎の隅、河原、公園のベンチ、駅前の階段。
誰にも気づかれないように、こっそりと。
そして、描くモデルの姿に、自分の中のその人のイメージが色で広がる。
そんなある日。中庭の片隅から、ふと校舎の窓を見上げると、一人の女の子の姿が目に入った。
その子は学校でも有名な不思議な雰囲気の子。
制服を改造してみたり、髪の色を左右で変えてみたり。
ただ、奇抜というだけでなく、なんというか、ちゃんとそれを自分のモノにしている姿にちょっと憧れを感じていた。
ああ、描きたい。そう思って、手が自然に動いていた。
その日から、その子、学年が1つ上の話をしたこともないコヨミばかりをモデルに絵を描くようになった。
この日も、屋上に続く非常階段で、昨日描いたコヨミのスケッチに、夢中で線を重ねて色を入れていた。
そのとき――
ふいに前に影が下りて、声を掛けられた。
「それ、誰描いてるの?」
――!?
顔を上げると、そこにいたのは、まさにその“本人”。
ピンクとブルーの髪が風に揺れて、目が合った。
「え、あっ、ご、ごめん!ちがうの、盗み見とかじゃなくて!」
慌ててスケッチブックを閉じようとした瞬間、彼女はふわりと笑って、それを取り上げた。
「ま、待って、それ……」
「これ、私だよね……ふぅん…」
コヨミは、ペラペラとスケッチブックをめくって、おーとか、へぇーとか声を上げた。
「す、すみません。勝手に描いちゃって……」
先生に言いつけられて、家にまで連絡が行ったらどうしよう、とか、グルグルとそんなことを考えていた。
今まで、親に学校から連絡が入ったことなど一度もない。
目立たない、面倒をかけないが自分の利点だったのに。
「ううん、うれしいよ。だって、描いてもらえるなんて、ちょっとモデルになった気分だもん」
コヨミのその言葉に、バッと頭を上げて彼女を見つめた。
――やばい。この子、キラキラしてる。桜と青空をまぜたみたいな、あたたかくて澄んだ笑顔。
それ以降、コヨミは私を見かけたら声をかけてくれるようになった。
そして、私も自分の絵を、請われるままにコヨミには見せるようになっていた。
コヨミは、一言でいえば“変幻自在”な人だ。
今日は濃紺のリボンに星型のイヤリング。翌日はスカイブルーの胸リボンに白ネイル、そして淡いレモンイエローの靴下。
「今日は夜空」「これさ、真夏の海岸っぽくない?」
自分を“色”で表現できる、ほんとすごいと思う。
そのコヨミを描くのは、とにかく楽しかった。線を引くたび、色を塗るたび、気づけばスケッチブックはコヨミだらけに。
わたしなりの色を足しても、「これ、めっちゃいいじゃん!」って笑ってくれる。
「おしゃれってさ、“自分を描くこと”だと思ってるんだ」
ちょっといい事を言いました!という表情でコヨミが発したその言葉は、私の心に響いた。
そしてある日。
「ねえミカ、これさ……展示してみない?」
スケッチブックをめくりながら、コヨミが突然言い出した。
「えっ、展示? いや、無理無理、誰かに見せるつもりで描いてないし……!」
「もったいないって! この絵、“伝わる”よ。わたしが保証する!」
でも、その言葉にうつむいてしまう。
誰かに見せるつもりでは描いていない。見られて笑われるのが、自分を否定されるのが怖い。
でも――
「私と一緒にだったら大丈夫じゃん? 開こうよ。ふたりの世界をさ!」
コヨミの澄んだその声に、背中を押された。
コヨミがそう言うなら、そうなんだ、という気がした。
放課後。ふたりで展示計画、スタート!
「なんかさ、大きなパネルみたいなのにレイアウトしたいよね。でっかい黒板くらいの」
「黒板、使えそうなのあるよ。旧棟の裏にいっぱい捨ててある」
校舎の隅っこを知り尽くしている私は、学校の備品がどこに廃棄されているかを良く知っていた。
「まじで? じゃあ、あたし布とライト探してくる!」
こういう時のコヨミの行動力は、ほんとすごい。
どうやらコヨミには、もう頭の中に私の絵をどう見せるかがイメージできているようだ。
わたしは黒板を磨いて、コヨミは雑貨屋で布やリボンを仕入れてきた。
コヨミが選んだ布と雑貨で黒板を演出。
わたしのスケッチを拡大コピーして、手書きのタイトルカードを添える。
そして、旧校舎からエントランスにつながる廊下の壁沿いに、それをそっと立てかけた。
展示名は――『キミ色スケッチ』
わたし一人じゃ描けなかった世界。ふたりで“つくった”展示会。
夕方、通りがかる生徒たちの声が聞こえる。
「なにこれ、超いいじゃん」「え、誰が描いたの!?」「カッコよ」「センスやば……」
スマホのシャッター音。笑い声。誰かが、わたしの絵を見てる。
「……届いてる、ね」
柱の陰からこっそり覗いて、コヨミとガッツポーズを交わす。
その瞬間、自分の心のなかに、ちいさな光が灯った。
ただし、現実はちょっとだけ厳しかった。
「勝手に校内で展示会をしてはいけません。次回からは必ず相談するように」
先生から注意を受け、はい、ごもっともです……ということで、展示は一日限りで終了。
「まったくさー。学校ってホント頭硬いよね」
いつものように注意を受けているコヨミは、こうしたお説教は慣れたモノのようだ。
でも、わたしたちの気持ちは、もう動き出していた。
「ミカ、次は“動く絵”つくろうよ!」
「動くって、まさか……」
「マンガ! アニメーション! 声もつけて、色もつけて、もう全部やっちゃお!」
「えっ、声って……誰がするの?」
「わたし! 自分の役は自分でやる派!」
「スケールでかすぎるでしょ……でも、ちょっと楽しそうかも」
「でしょ? きゃー! 楽しみ」
「そだね。次は、ちゃんと先生に相談してからやろうね!」
笑ってそう返すと、コヨミはキラキラした目で頷いた。どんな星より、どんな画材より、輝いてた。
わたしは、まだ自分のこの先がわからない。
絵の道に進みたいわけでも、プロになりたいわけでもない。
でも――
「描く」って、「つくる」って、「誰かとつながる」ってことなんだってことはわかった。
そして、その最初の“誰か”が、コヨミでほんとうによかった。
わたしの色も、コヨミの色も、これからどんどん変わっていく。
でも、「今、この瞬間にしか描けない私たちの色」がある。
それだけは、絶対に変わらない。
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