最終話:観測
「——こうして南半球に住んでいた人達との交流が始まったのね。誰もいないと思われてた南半球の認識が変わった時だし、文明が一気に発展し始めるきっかけにもなった。試験に絶対出る一番大事な時代よ?」
「うーん……歴史ってなんか苦手で……」
暖かい飲み物をゆっくり味わう俺の耳に、女子学生の会話が聞こえてくる。
……盗み聞きではない。
ちょっと気になっちゃっただけだ。
都会の中で隠れるように営まれているこの店は、俺のお気に入りだ。
落ち着いた雰囲気にまとまった店内で、コーヒーの香りと味を楽しめる。
店主のこだわりを感じるコーヒーは少々お高めだが、そのお陰か店内は混雑していない。
むしろそれを狙った価格設定だろう。
一人で本を読む老紳士、数人で雑談を楽しむ女性たち、勉学に励む二人組の学生、窓際の席で都会を観測する研究者と、その隣でコーヒーにミルクを混ぜる女性。
それぞれが自由に過ごしている。
よほど迷惑にならない限り、注意されるようなことはない。
そして大抵は、迷惑になるようなことをする人はいない。
皆、この空間の貴重さを知っている。
「あーあ、受験かー」
「大丈夫そう?」
「得意科目は自信アリ。……歴史は心配だったけど……教えてもらった効果ありそう!」
「それは良かった。……一緒に行こうね、マギ大」
「もちろん! 約束したもんね」
少しすると、硬筆が机を叩き始めた。
それぞれで問題を解き始めたようだ。
窓の外では、車がせわしなく飛び回っている。
近くに停車していた車も走り出し、少し先の交差点で曲がって建物の陰に消えた。
その建物の一番上を、店内のこの席から見上げることは出来ない。
てっぺんが見えるより先に、窓の縁に至ってしまう。
何かが小刻みに振動する音が聞こえた。
さっきの学生の携帯端末に、メッセージが届いたようだ。
「……げ。パパから。『何時に帰るんだ?』って」
「迎えに来てくれるの?」
「そうみたい」
「いつも優しいね。平日は魔工エンジニアのお仕事で遅いんでしょ?」
「うん。大きなプロジェクトを任されたって言ってた」
「凄いね」
「うん」
「尊敬してるんでしょ?」
「……うん。正直、大尊敬。……マギ大にいって、パパみたいなエンジニアになりたい」
「知ってる。……今日はもう帰ったら? 大好きなお父さんと過ごすのも大事よ?」
「大好きって言われるとちょっとなー……」
「大好きよ。『スキ』って似てるけど色々あるじゃない? 私、尊敬する気持ちも『スキ』の一つだと思うの」
前言撤回だ。
俺は聞き耳を立てている。
この会話を盗み聞きすることが、俺の役目とすら言える。
「……うん。そうかも。……ねえ、続きはウチでやらない? 良かったら晩ご飯も」
「いいの?」
「もちろん! その方がたくさん勉強できるじゃん?」
「うん……そうね。そうするわ」
「やった! ママに送っとく! ……あ、パパにも返事しなきゃ」
「なら私も連絡しとくね」
少しして、二人は店を出ていった。
すぐに嬉しそうな表情をした男性が車を運転して現れ、二人を乗せて出発する。
静けさが増した店内に、コーヒーのいい香りが漂った。
俺の隣の席に、店長がおかわりを届ける。
……いつの間に。
隣の席に座る女性はミルクを少量だけ注ぎ、ゆっくり混ぜる。
そして香りを堪能するように、口をつけた。
カップを持つ左腕の袖口から、ブレスレットが覗く。
白い石がキラリと輝いた。
「順調、ですね。」
「そうだね。色々あったけど」
店長におかわりを注文する。
ミルクが必要かどうかは、訊かれなかった。
「今日も世界は、生きてる」
「ええ。」
「次はどこに行きたい?」
「……そろそろ寒くなってきますね。」
「そういえば、そうだね。……ってことは……」
「はい。旬です。」
俺はこうして世界各地を巡り、観測を続けている。
それが俺の責任。
永遠とも言えるほどの時間、続く使命。
しかし全く苦ではない。
むしろ、こんなに贅沢で良いのかと疑いたくなる。
店長がコーヒーを届けてくれた。
一口で、香りが満ちる。
「……じゃあこれを飲み終わったら、出発しよっか。今回はどうやって行く?」
「……では、徒歩で行きましょう。ドコウさん。」
「いいね。懐かしい」
出会った頃にも歩いた道だ。
景色は随分と変わっているはず。
その変化も、楽しめる。
二人でなら、どんな世界であっても。
コーヒーを飲みながら考えにふける俺の隣で、ニナさんは微笑んでいた。
<作者コメント>
最後まで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。
本作はこれにて完結となります。
初めての執筆で色々と試行錯誤の日々でしたが、非常に楽しく続けることが出来ました。
もしよければ、感想をいただけないでしょうか?一言で結構です。
今後も小説を書きたいと思っているので、その参考にさせてください。
最後に改めて、本作を長く読んでいただいたことに感謝いたします。
またどこかでお会いする日まで……。




