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第92話:新人

 星曜湖の中央で拡大を続ける足場に、シヨウさんは両膝を付いている。

 手は後ろに組まれ、顔は俯いたまま。


 そのすぐ横に、ニナさんが立っている。

 手に握られているのは背丈ほどの長い刀……俺とバルドが魂を込めて作った専用の太刀。

 黒く変色するほどの魔力で強化されたその刀身は、さらに風魔法で切れ味を向上されている。


 クレアは両手を強く握り、唇を噛み締めている。

 その視線は、ジッとシヨウさんから離れない。


 ニナさんの気配に僅かな変化を感じた時。


 俺が作った地の上に、シヨウさんの首が転がった。


 ◇


「ダメだ」

「しかし先生。他に方法は思い当たりマセン」


 魔機研のアルファの実験室で、俺とシヨウさんの意見は割れていた。

 アルファに足りないものの正体に、見当がついた直後だった。


「今、思い付かないだけだ。研究とはそういう未知に対して——」

「先生」


 シヨウさんが俺の言葉を遮った。


「僕の寿命、覚えてますか? この身体は魔力に対応していマセン。……実は最近、少しずつ重たさを感じてるんでス。先生から聞いたサイトウの話から推測して、あと数年でしょう」

「……」

「たかだか数年、早まるだけです。それで研究が一気に進展するのであれば……」

「本気で言ってる? 本気で、君の……君たちの数年を『たかだか』と?」


 クレアの表情が気になるが、彼女は俺の後ろにいる。

 シヨウさんからは前方。

 彼は一体どんな顔を見ながら、この話をしているのだろうか。


「シヨウ……ボク、理解るよ」

「ウン。……先生の言いたいコトハ分かります。でもやっぱリ、僕にとって研究は大事なものナンデス。それこそ、心を形作っていル。……一時期、僕はそれを忘れかけました。あの時の僕と今の僕。どっちが僕らしいですカ?」

「それは……」

「イヤな質問でしたネ。しかし、そうなんです。研究を軽視したラ、もはや僕は僕でなくなる。……そんな僕では……一緒にいても、意味はありまセン」

「うん。……我が主……ボク、シヨウに賛成する」

「……………………分かった。これ以上、俺がとやかく言うのもおかしな話だ」


 決行は来週に決まった。


 ◇


 シヨウさんはあと数日で死のうとしている。

 魔人であるシヨウさんの肉体は死後に魔力に還る。

 しかしシヨウさんの意識……魂のようなものは、しばらくそのまま残るらしい。

 これまでは星霊が回収し、新たな肉体に宿していた。

 魂というのは魔力によく似ているのだそうだ。

 ますます、魔力プログラミング出来ても良さそうなものなのに、出来ないのが悔しい。


 今回、星霊はシヨウさんの魂を回収しない。

 回収せず、星を巡る魔力に溶け込ませる。


 ……これは少々抽象的な表現だった。

 シヨウさんが学んだこと……つまり、人を愛するという仕組みを、全ての魔力に転写するのだ。


 そうして、魔力で造られる魔機人に、人を愛する仕組みを埋め込む。

 これが、シヨウさんが提案した魔機人に心を実装する方法だった。


 正直、最初は論理の飛躍が多い案だと思った。

 しかし、魂が本当に魔力に似たものであるならば……。

 俺達が魔力プログラミングしているものと似ているのならば……。

 やっぱり心は、複雑な処理の集合なのかもしれない。

 人智を超えた高度な処理であっても、転写……コピペ出来てもおかしくはないのかもしれない。


 ただし、単なるコピペと大きく違う点がある。

 魔力はエネルギーなのだ。

 保存則によって総量が決まっている以上、ロスなくコピーは出来ない。

 シヨウさんを細切れにして利用するようなものだ。


 全ての魔力に転写できる頃には、シヨウさんはほとんど残らない。


 星霊に確認したところ、俺達の予想が当たる確率は極めて高いらしい。

 くそ……。


「……何か他に……他に方法はないのか……?」


 俺は魔機研にある自分用の作業部屋で、机に向かって言葉を投げていた。

 もうずっとそうしている。

 上等な木材で出来た立派な机も、ビッシリと書き込んだ研究ノートも、俺の言葉には何も返してくれない。


 その時、ノックが聞こえた。

 ……今、何時だ?

 窓の外が暗いことは分かった。


「……どうぞ」

「……すまぬ。入るぞ」


 扉を開けて入ってきたのは、スゥだった。

 心配そうな顔をしている。


「ああ、スゥ。どうしたの?」

「……やはり、悩んでおるようじゃの。……シヨウ殿のこと」

「……うん。正直ね、かなり困ってる。……いや、困ってるというのとは少し違うな。問題は解決するのに納得してない。つまり、我儘が通らなくて駄々捏ねてる……かな……」

「我儘……かの……」


 スゥは腕を組んで片足に重心を乗せた。

 片手を顎に当てて数秒、固まっている。


「あ、ごめん。椅子使ってよ。……なんの用だったっけ?」


 スゥは礼を言いながら来客用の椅子に腰掛け、意を決したように口を開いた。


「……シヨウ殿の件で、考えがあるのじゃ。……とはいえ、妾には何も出来ぬ。聞いてもらえぬか?」


 俺の無意識下のセンサー達が反応した。

 予感がする。

 焦る気持ちを一言にまとめた。


「是非」


 ◇


 クレアは駆け出した。

 止める者は居ない。

 倒れるようにしゃがみ込み、転がるシヨウさんを抱きしめた。


「……うう……うううううう……ッ」


 必死に堪える目から涙がこぼれ出る。

 その腕の中で、シヨウさんはキラキラと消えていった。


 何も残らない。


「ドコウさん。これをお返しします。」

「ああ、ニナさん。……バルドとニナさんには悪いけどこれは——」


 ニナさんから太刀を受け取り、魔力に還す。

 刀身から消えて、なくなった。


「——こうさせてもらおう」

「ええ。」


 ニナさんには辛い役目を頼んでしまった。

 話し合い、最も苦しみのない方法を選択した結果だ。


「……じゃあ、レティ、スゥ。頼んだよ」


 俺の声を聞き、泣き崩れるクレアの傍に居る二人は頷いた。

 クレアも自分の力で何とか立ち上がろうとする。

 スゥが支えた。


 スゥはそのままクレアを支えつつ岩バイクの後部に乗り込み、レティに目で合図を送る。

 二人の姿勢が安定したことを確認し、レティは岩バイクを浮上させた。


「……さて、星霊」

「理解っている」

「ならいい。しっかり頼むよ」

「……この我を脅すとはな……」

「脅しで済むことを願うね」


 星霊は湖の底へと消えていった。

 俺は前の時と同様、時間をかけて足場を魔力に還元してから、ニナさんと共にマギアキジアに帰った。


 ◇


 ……あれから二週間。


 クレアは大半の時間を自室で過ごしていると聞いた。

 研究所の方ではない。


「……セバスさん。これ多分、お皿です」

「!? す、すみませんドコウ様!」

「やっぱり、クレアのことが気になりますよね」

「……ええ……。お嬢様がこんなに長い間、研究しないなんて……。本当に申し訳ありません。すぐに料理をお持ちします」


 セバスさんは俺の前にサーブされた『ヴォイド・ポーチドエッグ』を下げて厨房に入っていった。


 最近はしばらく魔機人の創造に集中していたので、この家での朝食は久々だった。

 この家を支えるセバスさんが予想以上に深刻である。


 ポーチドエッグはすぐに出てきた。

 調理自体は終わっていたようだ。

 礼を言って受け取り、少し休むことを勧めたが、断られてしまった。

 疲れが原因ではないと言う。

 その通りだ。


 これだけの影響を出してまで賭けた心の実装は、幸いにして上手くいっている。

 今、南半球の地下空間ではちょっとした村が形成され、活気が生まれ出した。

 もう少し観察が必要だが、人類と交流できる日はそう遠くないだろう。

 星霊はちゃんと仕事をしたようだ。

 とりあえず、片方は。


 俺は今、もう一つの仕事の結果を待っている。


「ドコウさん。声です。」

「来たか!!」

「ええ。行きましょう。」


 ポーチドエッグを乗せたパンを口に放り込み、水で流し込む。

 最後まで味わえずに申し訳ない。

 しかし、今すぐ行かなくては。


 ◇


 コンコンコンッ……


 ドアを叩いた。


「……クレア。俺だけど、ちょっといいかな?」


 少し待つとゴソゴソと物音がし始める。

 やがて扉が薄く開けられた。


「……我が主。今は姿見せられない。……何?」


 クレアは相変わらず部屋に籠りっぱなしだが、食事は取れているらしかった。

 声もちゃんと出ている。

 健康状態に問題はなさそうで安心した。


「どうしても会いたいという人がいるんだ。俺の知り合いでね。ちょっとだけでも、頼めないかな?」


 少しの沈黙。


「……我が主の頼みなら……。でも、ボク汚いから、今みたいに扉越しじゃないと……」

「ありがとう。……身支度の時間はある。それに、助っ人も用意した。……じゃ、レティ、スゥ。頼んだよ」

「はい!」

「うむ。そなたが居ると風呂場にも行けぬ。下で待っておれ」


 素直に従い、俺は下に続く階段へ歩いた。


「わわ……二人ともどうしたの……? 何か良いことあった……?」

「そうですね……まずはクレアさんの顔が見れて嬉しいです!」

「細かいことは後じゃな。しっかり支度せんと、後悔するぞ?」


 背後からの会話を聞きながら階段を降りると、待っていたミミカと目が合った。


「じゃ、こっちも急ごうか」

「了解ニャ! だいたい出来てるから、調整だけニャ」

「うん、流石だね」


 ◇


「……あの……変じゃないですか?」


 これで三度目だ。


「ウチの服に不満があるのかニャ!?」

「あ、いや。そうじゃないんだけど……」

「ほら、怒られた」


 魔機研の実験室で、俺とミミカの間に立つ彼はずっとソワソワしている。

 この実験室は、使っていなかった部屋を最近改装したばかりだ。

 他の部屋とは少々違うデザインだが、ちょっと懐かしさを感じる。

 この方が使いやすいだろうとのことだ。


「……新しい実験室? ボクに会いたい人って研究者なの? ……ボク、今は研究のことを考えられないし、なんでこの格好……」


 扉の外から、声が聞こえた。

 隣の彼が背筋を伸ばす。


「まあまあ、騙されたと思って!」

「そうじゃ。五分後も文句があったら、聞いてやるからの」

「……レティとスゥ、何か変わった……?」


 強引にでも、何とか連れてきてくれたようだ。

 二人ともありがとう。


「開けます。」


 ニナさんの声と同時に、扉が開かれた。

 事前に用意したミミカ特製のドレスを着たクレアと、彼の視線が重なる。


 彼の姿は少し変わった。

 背中に翼はないし、肌に鱗もない。


 滑らかに一歩踏み出し、戸惑うクレアに声をかける。

 優しさと、愛情に溢れた声色で。


「……久しぶり。また会えたよ、クレア」


 クレアは震えている。

 事態を理解しきれていないようだ。


「……嘘……そんなはず……ない……」

「嘘じゃないんだ。……また生まれ変わって、君に会いに……ピマシタ」


 クレアは走り出した。

 ドレスのことなんておかまいなしに、扉からの数メートルを転がるように駆け、彼の腕に受け止められる。


 しばらくの間、二人はただ抱きしめ合っていた。

 もう、俺達のことは意識の外に置いてきたようだ。


「……ボク、会いたかった……シヨウ」

「ああ、僕もだ」


 二人は互いの存在を確かめるように、キスをした。

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