第91話:心
「先生……僕、変じゃないでスカ?」
だいぶ夜も更けた頃。
魔機研の正面玄関の外で、俺とシヨウさんはある人を待っていた。
この質問を受けるのはこれで何度目か分からない。
「あのね、何度聞かれても状況に変化がなければ答えは同じだよ。凄く決まってる。カッコいい。……あんまり気にしすぎてると、その服を仕立ててくれたミミカに怒られるよ?」
「う……。そうですネ。……ああ、ドキドキする……」
今、シヨウさんが着ている服はミミカの特製。
背中の大きな翼などを考慮した専用設計だ。
少しフォーマルなデザインから感じられる大人らしさに似合わず、シヨウさんには落ち着きがない。
「学会発表で大御所の先生を前にしても全く動じないシヨウさんに、こんな一面があったとはね」
あまりにもイメージとかけ離れているので、バカにするつもりはなくても笑いそうになってしまう。
「全く別物でスヨ! ……女性と食事自体を目的にして出掛けるなんテ、経験ありマセン」
「そこも驚いてるよ。シヨウさんが生身の人間に興味を持つなんて」
「……それは……僕自身も驚いてマスガ——」
「おっと、来たみたいだ」
家の方からこちらに歩いてくる人影。
……が、二つ?
「あれ? ニナさんどうしたの?」
「お待たせしました。クレアがどうしても一緒にと。」
「……なるほど」
ニナさんがいつも着ている着物風の服に隠れたつもりのクレアは、しかし全く隠れられていない。
どうやらミミカはだいぶ気合を入れたようだ。
「クレア。そのままでは私が帰れません。」
「う……恥ずかしい……」
どっちもこんな調子で大丈夫なのかな……と不安がよぎった時。
俺の横から、シヨウさんがスッと一歩、前にでた。
背筋はシャンとしている。
ニナさんとクレアの前で片手を出し、キリッとした態度で言う。
「……クレア。隠れてても素敵な姿なのが分カル。凄く準備してくれたんダロ? もっとよく見せてくれないかな? ……まあ正直、その後どうするのがいいか僕も分からないだけど……。ここまで来たら、一緒に試行錯誤を楽しまナイト。いつもみたいニ」
「……シヨウ……うん、理解った……!」
クレアがシヨウさんの手に自らの手を乗せた。
凄く、嬉しそうだ。
「……それに、今日のセッティングは先生が手伝ってくれたんだ。これ以上無駄には出来ないゾ?」
「それは一大事。……うん。行こう、シヨウ。……ニナ様、我が主、ありがとう。いってきます」
シヨウさんはクレアを軽々と、そして丁寧に抱え、夜空に舞い上がった。
そのままゆっくりと、マギアキジアで一番の料理屋に向かって飛び去っていく。
俺とニナさんは手を振って見送った。
「……大丈夫そうですね。」
「そうだね。やれやれ……。……皆はもう眠った頃かな?」
「どうでしょう。クレアが何度も何度も見た目を確認してくるので、スゥとミミカは先程まで起きていました。」
「はは。……似た者同士だな……。……ってことは、そろそろ寝付くタイミングくらいか……。物音立てて起こしちゃうのは避けたいし、少し散歩してく?」
「ええ。……果樹園の方はどうですか?」
「いいね」
満月が明るい。
夜更けに出かけるにはピッタリの夜だった。
◇
「先生、アルファが動きました」
「よし、今日はどうかな……」
シヨウさんに呼ばれ、アルファが待つ部屋に向かう。
ここ最近の日課だ。
「……手応えはどう?」
「ダメですネ……」
「難問だもんね……」
俺達は頓挫していた。
「エエ。今日も同じでした。二週間ほど前から、変化がありまセン」
「ううむ……」
「……先生……『心』ってなんなんでショウ……?」
アルファは学習することが出来る。
我々人間と同じように。
アルファは作業することが出来る。
我々人間と同じように。
しかし、どこか我々と違う。
極めて事務的。
「……人間の精神的な作用の総称で——」
「先生」
「……ある刺激によって喜怒哀楽などが触発されるような働きであり——」
「先生……」
「……分からない。……俺も最近ずっと考えてるけど、分からないな……。最初は、様々な情報処理が混ざり合い、一体として区別できなくなったものじゃないかとイメージしてた。処理の集合だと思ってたんだ」
「……しかし、いくら処理を豊富にしテモ、出来ることが増えるだけで『心』を実現してる手応えがなイ……」
そう。
アルファには心が宿っていない。
扉を開ける。
「おはようございます。ドコウ様」
「ああ、おはよう。アルファ」
「表情が優れないようですが、何かありました?」
「いや、なんでもないよ」
そこにアルファは在る。
しかし、居ない。
俺を気遣う振りをしているが、そうした方がいいと学習しただけだ。
……『いい』ってなんだろう?
「……我が主、おはよう……」
「クレアもおはよう。夜更かししてない?」
「毎日それ訊く……。してない」
寝ても覚めても研究一筋だったクレアとシヨウさんだが、最近は息抜きに出掛けることも増えてきた。
いつもの料理屋もかなり気に入ったようで何度も通っているが、それ意外にもただ夜空を飛んだり散歩したり……二人の時間を楽しんでいる。
結果、二人の作業効率はグンと上がった。
下がったのではない、上がった。
だから毎日報告することがあるのだ。
前日に立てた仮説が一日で検証される脅威のペースである。
没頭していると時間を忘れやすい。
それ自体は時々良い面もあるが、何でも行き過ぎは良くない。
世界が小さくなってしまうのだ。
小さな世界に籠もって必死に考えていた問題が、広い世界に目を向けた途端にあっさり解決されてしまった、なんてのはよくある話である。
目を向けるかどうかだ。
世界は認識した時に初めて生じる。
外部に興味を持ち、はたらきかけることで得られる刺激。
その刺激にそれぞれが色付けし、それぞれの世界が創られる。
生物は皆、それぞれに違う世界を持っているのだ。
「……ん……?」
「我が主……? どうかし——」
「しッ! ……ダメだクレア、先生が何か思い付いたかもしれなイ」
「……!」
どうして違いが生まれるんだ?
価値観が違うのだから当然だ。
山頂からの景色見たさに山を登る者は、道中に転がる木の実を気にも止めない。
それを拾って食べたりしないからだ。
木の実によって満たされる欲求が少ないからだ。
登山者には地味な茶色に見えるその木の実は、しかし、げっ歯類の目には黄金色に輝いて映っている。
冬に備える彼らはそれを、血眼になって探している。
登山者は、げっ歯類には気付く。
ほんの少し、姿が見えただけで。
自分の生命維持には全く関係ないにも関わらず。
小さく、よく探さないとハッキリ観察できないにも関わらず。
登る足を止め、懸命に姿を探し始める。
愛くるしいその姿をひと目見たいという一心で。
「……そうか……」
自然と口から言葉が出た。
「アルファ……。君はやりたいことがないんだね」
「……」
アルファは反応しない。
「先生、何か理解っタんですカ……?」
「……うん。改めて考えてみたら、月次なことだったよ。……シヨウさんもクレアも、研究が好きだよね?」
二人は同時に頷いた。
クレアが口を開く。
「もちろん……! それが生き甲斐……の一つ……」
「うん。俺も二人と同じだ。……俺達は学問を愛してる。ミミカは衣服を愛してるし、ヴァルさんは妹を愛してる」
もう二人にはほとんど伝わっているだろう。
しかし言葉は止まらない。
こうやって考えを言葉にするのが、俺は好きなのだ。
好きだから、そうしたい。
「……でもね、アルファは何も愛していない。……何かをどうしようもなく求めたりしない。不合理だと分かりきってることに身体を突き動かされることもない。……クレアの言葉を借りれば、『生き甲斐』がないんだ」
「……ソレガ僕達とアルファの違い……『心』の有無の違い、というコトですネ」
「たぶんね」
俺達は揃って、ため息をついた。
アルファに実装すべきもの。
それは、『愛』だった。
「……先生。僕にもアイデアが浮かびマシタ。刺激を受けたんダと思いまス」
「お、どんな?」
「アルファに……いや、全ての魔機人に、心を練り込みマス」




