第90話:それぞれの変化
「先生、アルファが動きマシタ」
「おっと……いま行く!」
魔機研にある専用の作業部屋でプロジェクトの状況をまとめていた俺の元に、報告が入った。
よっこらせと椅子から立ち上がり、扉で待つシヨウさんと合流する。
最近少し疲れているかもしれないが、気分が悪いわけではない。
星霊との約束から一年。
俺達は日夜プロジェクトに取り組んできた。
その進捗は概ね……いや、ほとんどにおいて予想以上に順調である。
最初に軌道に乗ったのは、加熱魔岩と魔岩布の普及だった。
魔岩布は温まる方。
今では魔暖布と呼ばれている。
この二つは既に料理屋と式典で実績を積んでいたので、残っていたのは普及の問題だけだった。
この問題の解決にはマギアキジアにオープンした雑貨屋の店主……そしてその奥さんが大きく貢献してくれた。
ただ店舗に商品を置いたり実演販売をしただけではない。
……いや、これらも凄くありがたいのだが、他国への展開にまで協力してくれたのだ。
輸出入のノウハウを持つジーナスさんの協力があったとは聞いているが、全国の販路の開拓から在庫管理まで、一手に引き受けてくれた。
この件を担当した魔機研メンバーがスゥだったのも関係しているかもしれない。
スゥの大ファンである雑貨屋夫婦は、一時期ほとんど毎日魔機研に打ち合わせに来ていた。
二人にはまだ幼い息子さんがいる。
打ち合わせの度に預けたり留守番させるというのは難しい。
結果、二人の小さな息子さんは魔機研のアイドルとなった。
あどけない表情で走り回り、何にでも興味を持ってへにゃへにゃの文字を必死に書き殴るその姿に、特に女性陣はメロメロである。
俺もその子を見ながら、使命感を強めていた。
彼らの努力の甲斐あって、二つの商品は大ヒット中である。
加熱魔岩は多少扱いが難しいものの、ステラマーレのように食文化が発達した国で既に欠かせないものとなっている。
魔暖布も全国的に普及しているが、特に寒冷地である二つの国……北のボレアリスと標高の高いゼフィリアではあっという間に冬の必需品と言われるまでになった。
二つのヒット商品は、全国の一般市民に魔機研を知ってもらう広告塔の役割も大いに果たした。
注目が高まった絶好のタイミング。
スゥはあるイベントを開催した。
魔機研が誇る大会議室で行われた研究成果発表会である。
正式名称は魔工学コンテストだが、『マココン』の愛称が広まった。
第一回マココンでは、既にマギアキジアで先行実用していた発光魔岩と、冷やす魔岩布……魔冷布が集客に一役買った。
マココンの開催が決まる前から噂になっていたらしい。
しかし当日、最も話題となったのはレティとスゥが共同開発した新作……全自動加熱魔岩だった。
加熱魔岩は込める魔力量で火力を調整するのだが、これは多くの人にとって簡単ではない。
プロの料理人たちはスゥとマチルダさんからレクチャーを受け、必死で使いこなせるようになっていったが、一般人には敷居が高かった。
発表された全自動加熱魔岩は、レティが編み出した魔力貯蔵技術と、機人の制御技術を取り入れた初の一般家庭向け魔工装置だ。
魔工装置というのは、魔工学を利用する装置の総称である。
全自動加熱魔岩が完成した際に決まった。
予め魔力を魔岩に溜めておけば、言葉で指示するだけで火加減を調整できる。
さらになんとなんと、事前に登録した料理であれば調理段階に応じた火加減調整を自動で行うことも可能だ!
まだ量産できないので普及には至っていないが、既に注文が殺到しているらしい。
一家に一台、と言える時が来るのもそう遠くないかもしれない。
時代を変える大発明だと思うが、これは自動化の大きな流れの始まりに過ぎなかった。
こっちはまだ未発表。
第二回マココンの目玉の一つとなるだろう。
それが、全自動機織り機である。
言うまでもない。
レティとミミカの仲良しコンビによって作られた。
魔暖布が普及し始めた頃、ミミカは完全にキャパオーバーに陥っていた。
当然、ある程度忙しくなることは想定していたが、雑貨屋夫婦の頑張りによって普及が加速し、想定を超えた。
魔暖布に興味を持った機織り職人が何人かミミカの弟子となり、生産力を補ったが、焼け石に水だった。
何の話題で声をかけても、『ああ、それはこっちの糸の間に通すニャ』のような返事ばかり返ってきた日、二度目の緊急搬送が行われた。
その数日後の朝、突如俺の部屋を訪れたレティとミミカに提案されたのが、全自動機織り機の開発だ。
風呂に浸かりながら雑談していて閃いたらしい。
これで何度目だろう。
加熱魔岩の時と違い、機織り機は物理的な動作の制御が必要になる。
ほぼ機人の操作と同じだ。
複雑極まりない機織りの動作をミミカに教わりながら、レティは根気強くプログラミングを続けた。
……初めて動いた時は感動したよ、ほんと。
魔暖布が本格的に普及した現在においても、その製造の半分以上を一台の全自動機織り機が担っている。
次々と自動化の研究成果を挙げるレティだが、一段落した今は別のことで忙しくしている。
学校だ。
通う方じゃなくて教える方……となるために設立に向けた会議に参加している。
レティは先生になるのだ。
研究をしながら教育も行い、学校の運営にも携わる……さながら教授のような働きっぷり。
……レティシア教授か……カッコいいな。
流石に一年では学校は建たない。
ジーナスさんに基盤学校のことを教えてもらいながら、レティとヴァルさんが中心となって進めてくれている。
スゥは言い出しっぺであることを気にしていたが、スゥにはスゥの、魔工装置の普及という仕事がある。
何かとお世話になりっぱなしのジーナスさんだが、どれも彼の本業ではない。
ジーナスさんの本業は武器の流通を管理することだ。
本業以外の活躍も凄いジーナスさん。
その本領が発揮された時の凄さは、それはもう凄くて凄いものだった。
バルドと俺の成果である魔工剣が、瞬く間に世界中の標準装備になったのだ。
ヴァルさんに渡した魔力を通しやすい剣……。
これに比べると普及した剣の質は低い。
しかしそれでも、多くの剣士に魔力を通わせた剣撃を可能とさせ、モンスター退治の難易度を一気に下げることに貢献した。
これまでは魔法による攻撃が必須であったモンスターでさえ一刀両断する。
……そう、つまり攻撃魔法の需要を下げたのだ。
こんな方法もあるんだな……とジーナスさんの凄さに俺達は凄く驚いた。
さて。
つまるところ魔工学を普及し、炎魔法の使用率を低下させる取り組みは、当初の目論見を遥かに超えて順調だ。
残る課題はあと一つ。
新人種、魔機人を造り出す。
実のところ、身体の方は意外と順調に進んだ。
オズさんから人体について教えてもらい、ゴーレム生成の要領で試行錯誤した結果、俺は人を造り出せるようになった。
クレアの魔岩人工筋や、ゴーレムの頭部のような組織があることを除けば、ほぼヒト族と同じである。
……オズさんと解剖した結果も、良好だった。
今は毎週末に南半球まで飛び、地下空洞に隠れて数を増やしている。
知能が宿れば完成……なのだが……。
「……とイウ具合で、今回も性能は良くナッテます」
魔機研の廊下を歩きながら報告するシヨウさんの表情は明るくない。
報告内容とは裏腹に。
いかんいかんぞ。
研究は長丁場。
成果を焦っては精神的に潰れてしまう。
「なるほど。成果は出ているのだし、近づいてるはず。着実に積み上げるしかないね」
「そうデスネ」
「……ところで、シヨウさん。前に頼まれてた件、今晩なら手配できそうだよ。一段落ついて丁度いいとこだし、どう?」
「エ! ……そうですネ……。はい! クレアを誘ってみマス!」
普段、シヨウさんはマギアキジアの街中には出掛けない。
竜人の彼の姿はとにかく目立つからだ。
しかし夜であれば……さらに空を飛んでしまえば、ほとんど誰にも見つからない。
「よし、マチルダさんに伝えておくよ」
「ありがとウございまス!」
話に区切りが付いたところでちょうど良く目的地に辿り着いた。
最近よく開く扉を開け、実験室に入る。
「おはようございます。ドコウ様」
「ああ、おはよう。アルファ」
部屋の中央に居たアルファが出迎えてくれた。
姿はこの一年で変えていないが、知能面はかなり高度になった。
挨拶を終えた今も、六本の腕を駆使して散らかった実験室を片付けている。
確かにちょっと散らかりすぎだ。
ここに居るはずのもう一人の姿が見えない。
この一年で変わったのは、アルファだけではないのだ。
「……あ、我が主」
実験室の奥から顔を出したのは、髪を少し伸ばし、グッと女性らしくなったクレアだった。




