第9話:噛み合う星々
その日の晩ごはんは、ご馳走だった。
俺の卒業祝いとして、アリアナさんと護衛の何人かが腕を振るってくれたのである。
肉! 魚! 野菜! 果物!
とにかく好きなものをどうぞ、という感じだ。
ちょっと大げさな気もするが、恐らく俺のお別れ会も兼ねているからだろう。
ちなみに、この肉や魚はモンスターではない。
モンスターと動物が別物だということを知ったのは、ここに来てからだ。
村にいた頃は、何の肉だか分からず食べていた。
「ドコウくん、卒業、改めておめでとうございます。無事何事もなく……。本当にお疲れさまでした」
「ジーナスさん、それにアリアナさんも皆さんも、ありがとうございます! こんなご馳走まで……。とても美味しいです!」
「いいのよ。お祝いのときには、思いっきり美味しいものを食べるのが一番ですもの」
「……それで、一通り経験してみて、学校に通った甲斐はありましたか?」
「はい、色々勉強になりました。文字の読み書きも出来るようになりましたし……。魔法学なんかは、やっぱりもっと勉強したいですね」
「それは何よりです。……では、以前言っていたように、これからは魔法学の勉強のために外へ?」
「ええ、そう考えてます」
「そう。寂しいけれど、ドコウくんのためね。こんなに立派になったのだし」
確かに身長はここに来た時の倍ほどになった。
どんどん服を着れなくなるので、その都度アリアナさんの世話になったものだ。
ジーナスさんたちには、卒業後は見識を深めるために世界を回るかも、と話していた。
「最初はどの都市に向かう予定ですか? ドルフィーネからだと、南東に位置するステラマーレか、北西のトニトルモンテに続くルートがありますが……。……あ、今朝聞いた話だと、恵みの森を東に抜けてステラマーレに向かうルートは、昨晩から封鎖されているそうです。ステラマーレに向かう場合は、恵みの森の南側を迂回するルートになりますね」
「そうですか……。実は……悩んでるんですよねぇ。順番にこだわる理由がなくて……」
「ふむ……。何か魔法学を学ぶ上での目標があれば、基準になるかもしれませんね。魔法学は多岐に渡り、都市ごとに発展している技術が少しずつ異なりますから」
「あ、それなら最近、目標が出来たんです」
俺はドワーフロボティクスのことを簡単に説明した。
自動で動き、人々を助ける人形を作りたい……といった感じの内容だ。
「……なるほど……その、ろぼっと?……というのは、ゴーレムのようなものでしょうか?」
…………ドワーフロボティクス、完。
……。
……あれー……? この世界で聞いたことなかったから失念してたけど、確かにゴーレムがあるなら、もうそれで良いような……?
「……ご……ごぉれむ…というのはどんなものなんでしょう……?」
「私も詳しくは知らないのですが、以前ドコウくんのお母さんから、土魔法の高等技術にそういったものがある、と聞いたことがあります」
……灯台下暗し……!
「お母さんに直接伺ってみては? 旅立つ際にドワーフの村に立ち寄る予定でしたよね?」
「……あ、はい。そうですね……」
うーん……ま! それならそれでいいか!
母にゴーレムの技術を教わって、さらにその先の目標を考えればいいだけだ!
研究の基本は『巨人の肩に乗る』こと。
既存技術を知り、その上に新しい技術を積み重ねることが大事なのだ!
「ドワーフの村には私もご一緒します。ドコウくんのお父さんにお話がありまして。すみませんが、出発は二日後でも良いでしょうか?」
「はい、構いません。よろしくお願いします」
◇
カランカランッ……
次の日、俺はドルフィーネの雑貨屋に来ていた。
目的は、出発の前にモノづくりの成果を試すこと!
「いらっしゃい! ……おおっ、ジーナスさんとこの!」
「あ! ドコウさん! もうすぐ旅立っちゃうんですって?」
店主のおっちゃん(といっても20代だと思うが)と彼の奥さんが挨拶してくれる。
この店には一年ほど前からよく来ていた。
雑貨屋というだけあって色々なものを扱っており、見たことないものだらけの店だ。
商品について、片っ端から教えてもらっているうちに仲良くなってしまった。
ちなみに、俺が一人で気楽に外出するようになったのも一年ほど前から。
それまでは身体の急成長のせいで怪しまれないよう、コソコソ外出していた。
「はい、色々お世話になりました」
「いいんだよ! その分いつも色々買ってくれるしな!」
「ドコウさん、これ、もらって! 旅に役立つと思うわ」
そう言って奥さんから渡されたカゴには、薬草と水筒、そして地図が入っていた。
「え!? いやいや、払いますよ! もらえません!」
「いや、もらってくれ! うちも色々入り用なんで大したものじゃないが、なんていうか……応援したいんだよ!」
「そういうことなら……ありがたくいただきます。……入り用って、何かあったんですか?」
「あ、その……」
口を滑らせたおっちゃんは、こめかみ辺りをポリポリ掻き始めた。
すると奥さんが少しはにかみながら、
「その……子どもがね、出来たみたいなの……」
「おお……! それは、おめでとうございます!」
二人は恥ずかしそうに、しかし幸せそうな表情を見せた。
別の目的があって来たのだが、めでたい報せを聞いてしまった。
そうなると、何かお祝いしたくなるのが人というもの……。
旅の備品をちゃっかりもらっている場合じゃない。
「おう、話し込んですまなかった。それで、今日は何の用事で来てくれたんだ?」
……よし。
「そうでした。まずはこれを見てほしいんですが……」
ゴトッ
「ん……? 棒つきの箱……か……?」
俺は持参した機械を机に置いた。
『遊星歯車機構』。
その機械は、四角い箱の両側から適当な長さの棒が突き出た見た目をしている。
「両端の棒は、片方を回すと、それに連動して反対側も回るようにできています。……店主さん、すみませんがこちらの棒を強く握って、回らないようにしてください。奥さんは反対側の棒を回してみてもらえますか? あ、力は少しずつ強くしてください。あと、お二人とも、いつでも手を離す心の準備はしておいてください」
「え?ええ……」
「……こうか……?」
俺に言われた通りにする二人。
さあ、慎重にだぞ……!
「では奥さん、ゆっくり、どうぞ」
「はい……」
「……! いででで!!」
「えっ!?」
奥さんはパッと手を離す。
店主のおっちゃんは……大丈夫そうだ。 すでに興味津々で箱を触っている。
……ふーっ! おっちゃんが骨折とかしなくて良かった!
体感してもらわないと伝わらないと思い、考えてきた説明手順だが、おめでたと聞いて緊張した!
「凄い力だったぞ……! おまえが回したんだよな?」
「え、ええ……」
奥さんはまだ何が起きたか分かっていないようだ。
それもそうだろう。奥さんは軽い力で棒を回しただけのはずだ。
それだけで、逞しいおっちゃんが力強く握りしめた棒は、いとも容易く回ったのだ。
「お二人ともありがとうございます。 これは、力を増幅する装置です」
「力を……?」
「店主さん、自由に回していいですよ。気を付けてくださいね」
さっき奥さんが回した側の棒を回すと、反対側の棒はゆっくりと、力強く回った。
逆におっちゃんが握った側の棒を回すと、奥さん側の棒が高速回転した。
「……???」
「梃子はご存知ですか? 重いものを動かすときなんかに、棒をつかってグイッとやるアレです」
「ああ、それは知ってるが……」
「この装置は、梃子と同じ原理で力を増幅しているんです」
「この小さな箱の中で? ……中を見てもいいか?」
「もちろんです」
俺は、奥さんが回した側の箱の面をパカッと開ける。
箱には大きさの違う五つの歯車が配置されている。
まず、内側に歯のついた輪っか状の大きな歯車。これは箱に固定されており、棒を回しても動かない。
その輪っか状の歯車の中心、つまり箱の真ん中には小さな歯車が一つあり、さっき奥さんが回した棒に繋がっている。
そして、真ん中の歯車を取り囲むように、残り三つの小さな歯車がはまっている。
「これは歯車……?」
そう、この世界にも歯車はある。
ちゃんとこの世界の文明と技術があるのだ。
だから、この機構も理解できるはず……!
「では、見ていてください。あ、今は触らないでくださいね」
奥さんが回した方の棒を回すと、それと繋がった真ん中の歯車が回る、これは当然だ。
しかし、それと連動して三つの歯車が自転しながら、真ん中の歯車の周りをゆっくり周回する様子は、見た目にも面白いと思うのだが……どうだ!?
「おお!? なんかちっこい歯車がぐるぐる周ってるぞ!」
「本当だわ! ……なんだか、学校で見た星の模型のような……」
凄いな奥さん!! そう、基盤学校では天文学も教えているのだ。
真面目に授業を受けた結果、宇宙の在り様は、前の世界と変わらないようだ、ということが分かった。
「その通りです! この動きから、真ん中の歯車は『太陽歯車』、周っている……つまり公転している三つの歯車は『遊星歯車』、と呼ばれています」
「「誰に?」」
「……あ! いえ、そう名付けました!! 俺が作ったんですから!! はははっ!」
あ……危ない。次から前世の知識を説明するときは気をつけよう……。
もちろん、この機構を考えたのも、名前を考えたのも俺ではない。
前の世界で、ロボットの関節によく使われていた、定番の機構の一つだ。
つまり、凄い技術なのだ。
「ドコウさんって、素敵な名前をつけるのね……」
ウグッ……! な、なにかが胸の辺りに刺さったような気がするが、今は説明を続けなければ……!
「はは……ありがとうございます。 そのゆっくりと周る動きが、先ほど店主さんに掴んでもらった棒に伝わっているんです」
「なるほどねぇ……スピードが遅くなって少ししか動かない分、力が強くなるってことか……。それなら確かに、梃子と同じだ」
凄いなおっちゃん!!
基盤学校のお陰で説明が楽!
「そういうことです。これを使えば、人の手でとても硬いものを砕いたり、逆に何かを高速に動かすことができます」
「凄いな……!」
よし、説明はもういいだろう。
「店主さん、これを売るとしたらいくらですか?」
「うーん、そうだなぁ……。色々と使えそうだし、見たこともない仕掛けで動いてる。その手のやつが見たらいくらでも出すだろう……。しかも部品一つ一つの出来が良い……。……うん、一品物としてうちで扱うとしたら……金貨10枚だな!」
じゅっ……!?
それはちょっと多すぎだろう!
ドルフィーネの相場しか知らないが、金貨1枚あれば、ひと月は生活に困らない。
……しかしまあ……うん、ちょうどいいか。
俺は冷静を装い、
「そうですか。では、良ければこれを差し上げます。店で売ってください」
「はっ!?」
「えっ!?」
「お祝いです。売れてくれればいいんですけど……」
「いやいや、子どものことは知らなかったんだから、これを売るつもりだったんだろ? もらうってわけにはいかねぇ!」
「いえ、目利きしてもらえるだけでも十分でした」
本当は図星だ。少しでも旅費を自分で用意したいと考えていた。
「……では、こちらのお代ということで、どうですか?」
さっきもらったカゴを持ち上げて示す。
「……わかったよ。旅から戻ってきたら必ず顔を出してくれよ!」
「もちろんです。もしそのときまで売れ残っていたら買い戻せるように、お金貯めときますね」
店主と俺は笑い合い、取り引きを終えた。
奥さんは、取り引きには口を挟まないようにしていたようだが、一通り終わると丁寧に挨拶してくれた。
試したかったことは満足いく結果だった。
前世の技術は、この世界でも魅力的に見えるようだ。
ロボット技術を活かしてこの世界の役に立つ。
俺はその決意をさらに強めた。




