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第88話:ヒト族

 落ち着く場所に帰ってきた。

 いつもの椅子に座り、いつもの食卓に並んだいつも通り美味しい夕飯を、いつもの面々と食べる。


 星曜湖を覆うほどの魔岩を魔力に戻し、俺とニナさんがマギアキジアに帰った時には、日はすっかり暮れていた。

 とはいえ、ここを発ったのは今朝。

 一日もかからずに帰ってきたのだから凄いことだ。

 しかし少なくとも数日は離れていたような感覚がある。

 そう感じるのは、今日の濃さのせいだろう。


「……そろそろ良いかの。ドコウ殿、妾は話の続きを聞きたいのじゃが……」


 メインディッシュの鶏肉料理……粒マスタードのようなものを使った極めて食欲をそそる作品だった……を食べ終えた後。

 セバスさん達がデザートを並べてくれることに感謝しながら、スゥが切り出した。


 ここまでの話は約束通りレティが説明してくれた。

 つまり星霊と会った時のことや、魔力が人体に及ぼし得る影響についてだ。

 ヴァルさんは最初、極めて分かりやすく整理して話すレティを誇らしげに眺めていたが、最後には驚き、言葉を失っていた。


 炎魔法を封印したとしても、人類は滅亡する。

 メインディッシュを堪能できていたのは、俺だけだったのかもしれない。

 悪いことをした。


「そうだね。皆も食事楽しめないよね。ごめん」

「いや、いいんだ。レティが話してくれたことを噛み砕くのにも時間が必要だった」

「……どう? ヴァルさん」

「魔力が必ずしもいいものではない、ということまでは」

「十分」


 少し待ってみたが、追加の質問はないようだ。

 よし、では話を始めよう。


 俺は運ばれてきた二色の冷たいデザート、恐らく赤いベリー系のアイスとバニラアイスの片方にスプーンを差し込み、一口食べる。

 やっぱりバニラだ。


「レティが説明してくれた通り、この世界とは違う世界の人間……サイトウ達は魔力に対する耐性がなく、短命だった」

「……達……やはり他にもいるのか」

「うん。具体的には分からなかったけど、星霊の言い方からして間違いない。サイトウが書いた遺書にもそれっぽい記述があったし、ジーナスさんからもらったこの本……」


 古い本を食卓の中央付近に置く。

 アイスで汚すわけにはいかない。

 それは短編集で、サイトウの話以外にもたくさんの御伽噺が収録されている。


「ここに書かれている他の英雄のうち、何人かは異世界から来たんじゃないかな」

「旦那。俺もそう思うぜ。……実は俺はそういう御伽噺が……ちょっとだけ好きなんだが……」


 話し始めたバルド、俺に目を合わせない。

 これはツッコミ待ちなのか?


「親方は毎晩寝る前に御伽噺を読んでるのニャ」

「なッ!? ミミカなぜそれを!?」

「長い付き合いだニャ。……ウチも小さい頃から御伽噺は読んでたニャ。色々話したかったんニャけど、いつもはぐらかされるニャ」

「……そ、それはなんつーか……小っ恥ずかしくてよ……」


 ポリポリと頭をかく。

 バルドは特に裏表のない気持ちの良い男だが、そのことと何を好むかは関係ない。


「例えば女性向けに作った軽い剣。この小回りを気に入って愛用する男性がいたって、別にバルドは構わないよね?」

「……まあ、そうだな……。俺は別に使い手を選ばねえ」

「子供に人気の本を、大人は楽しんじゃいけないなんてことも、ないんじゃない?」

「……へへ……そうか……。言われてみればあっけないほどくだらねえな。……なら白状するがよ、俺は御伽噺にはちっとうるさい。俺の知らねえ御伽噺はないと自負してるくらいだ」


 今度は俺の目を真っ直ぐ見つめ、ニカッと笑みを浮かべながら話してくれる。

 いつもの大きな声で続けた。


「サイトウみてえな英雄は不定期に現れたみてえだな。他の英雄と比べても、卓越した技術を持ったやつら。なんか似てるやつらだな……と思ってたんだが、まさか全員、異世界から来たなんてな!」

「すごく有益な情報じゃないか! その英雄たちには他に共通点はなかった?」

「そうだな……。御伽噺の中に書かれてることじゃねえんだが、どうもそいつらは皆すぐに死んじまったみてえだな。あと助けたあちこちで女に好かれた逸話が多い」

「…………おいおいバルド……」


 俺はジロリとバルドを睨んだ。

 恐らく他にも何人かがそうしただろう。

 バルドは俺らの圧に押され、背もたれに身体を押し付ける。


「それは俺が星霊に聞いてやっと手に入れた情報で……俺が確信を得るのに必要な情報だったよ……」

「そ、そうか……? しかしマニアックな話だからよ……」

「もっとバルドと話しとけば良かったよ。武器のことばかりじゃなくて。…………ま、それはこれからでも良いか。……つまるところ、今のバルドの話の通りだね。サイトウのような英雄は少なくとも何人かいた。そして皆、たくさんの子孫を残したんだろう」


 英雄、色を好む。

 そういえば前世でも、ファンタジーな世界で女の子たちに囲まれる男性主人公の話がよく流行ってたな……。


「ところで、ヴァルさんに聞きたいんだけど」

「む? なんだろうか?」

「この世界の総人口って把握されてるのかな?」

「……ふむ……。正確ではないが、各国が自国のことをある程度調べている。レグナムグラディはおよそ百二十万人だな。……ドコウ殿と巡った各国の様子から察するに……全世界では一千万から一千五百万人、といったところではないだろうか」

「やっぱり、そのくらいか」


 この会話を聞いて一番驚いているのはシヨウさんだ。

 その気持ちはよく理解る。

 少なすぎる、そう思うに決まっている。


「先生、この星の大きサは前世と大差ないデス。……アア、道理デ、都市が少ない訳だ……」

「そう。都市も少ないし国も少ない。北半球をぐるっと回ったけど、大きな都市は七つだけ。中規模の町も二つしか見かけなかった。……小さな村は他にもあるって言ってたよね?」

「う、うむ。数十人程度が暮らす村がある。ちょうどドワーフの村のようなものだ。……しかし、二人は何をそんなに驚いているのだ……? 少ないのか?」


 ヴァルさんだけじゃない。

 俺とシヨウさんを除く全員が、『この二人は何を言ってるのか』と言わんばかりの顔を向けている。


「実はね、俺とシヨウさんが居た前世……たぶんサイトウらにとって故郷と言える世界では、人口は八十億人くらいなんだ」

「……ちょっと待ってくれ。八十億? この星の八十倍ではないか!」

「都市もそこら中にある。人が住んでいない場所を探すのが大変なほどだ」

「……まさに異世界だな……。この世界の総人口は、これでも年々大幅に増加しているのだ。つまり、昔はもっと少なかった」


 そう、少なかった。

 恐らくサイトウが来る前は、ドワーフ村くらいの集落が基本だったのではないか。

 それが仮に百や二百……五百あったとしても、せいぜい一万人ほど。

 きっとそれがこの星の普通で、ちょうど良い数だったのだろう。


「俺が産まれたドワーフ村ってさ、三十七人しか居ないんだよね。それで生活が成り立ってる。ニナさんに連れて行ってもらったエルフの里も、人は少なそうだった」

「あの里にはもう、二十人程度しか住んでいません。」

「あ、そうだったんだ。道理でね……。……まあともかく、この星に住んでいた種族は、小さな集落での生活を基本にしていたんだと思う。……星と共生しながらね」


 その具体的な方法の一つは、ニナさんが果樹園で教えてくれた。


「それがサイトウ達、英雄の存在によって変わった。求心力が高かったのはもちろんだけど……恐らくサイトウ達、つまり前世の俺やシヨウさんの種族は、この星の種族よりも繁殖力に優れてるんだと思う。そうでないと、さっきの圧倒的な人口の差は説明しにくい」

「サイトウさんの遺書にも書いてありましたね。エルフにもたくさん子孫が出来て喜ばれたって……」

「レティの言う通りだね。……そうして人口が増えていって……異世界人の血が濃くなっていった結果……エルフやドワーフ、獣人族の特徴を持たない人が産まれるようになった。それがヒト族と呼ばれるようになった新種族。少なくともサイトウの文書で、ヒト族については書かれてなかった」


 俺は言い難かったことを一息に言い切った。

 ヒト族の起源。

 それは異世界の人間であり、この世界にとっての、外来種。

 バニラアイスとベリーのアイスはとっくに溶けてしまって、混ざり合っていた。


「……では、我々は異世界人と同様、魔力を扱えない……?」


 ヴァルさんが混乱した様子で呟く。

 実際、かなり混乱している。


「そんなことはない。そうでしょ? 皆は魔力を使ってる。……でも、それがあと何世代続くかは分からない」

「そ、そうか。確かにそうだ。……そうだが……絶望的だな」


 あらゆる生物に共通する目的。

 それは子孫繁栄。

 しかしヒト族は、子孫を残すほどにこの星で生きられなくなっていく。


 全員の表情は暗い。

 それは当然だ。

 でも大丈夫。

 その必要はない。

 それが今回の本題なのだから。


「そこで俺はあるプロジェクトに挑戦しようと思う」

「プロジェクト……? 我々に何か、救われる道筋があると言うのか?」

「ある。……簡単ではないし、途方もない時間がかかるだろうけど」

「聞かせてくれ」

「もちろん。それがスゥが聞きたかったことだよね?」

「そうじゃ。そなたは星霊にいくつか質問した後、南半球の使用許可を取って満足した。……なぜじゃ? そなたは南半球で何をしようとしておる? ……それは妾達にも手伝えるのかの……」


 最後の一言は、消え入りそうなほど小さかった。

 置き去りにされるのを恐れる子供のような表情。

 スゥが俯いた拍子に、髪飾りが照明を反射してキラリと存在を主張した。


「むしろ皆の協力が不可欠なんだ。簡単ではないって言った通りに。特に俺の弟子全員……レティ、スゥ、クレア、そしてシヨウさんには、人生をかけたプロジェクトになることを覚悟してほしいくらいだ」

「そ、それはまた壮大じゃな……!」

「もちろん頑張ります! どんなプロジェクトなんですか?」


 スゥは顔を上げ、レティは食卓に身を乗り出した。

 シヨウさんとクレアも力強く頷き合う。


「ずばりプロジェクトの名前は、『魔機人計画』。……うん、やっぱりネーミングセンス良くなってきてるかも」

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