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第87話:魔力

「ど、どういうことですか!?」


 星霊の答えに思わず声を上げたのはレティだ。

 ニナさんに手を握られながら、一歩身を出して叫ぶ。

 その声は少し震えている。


「私達が星の危機を救ってみせます! 確かに絶対上手くいくかは分からないけど……もし失敗しちゃった時は原因を調べて……それで……!!」

「変わりし者……。我とてこの星に生物が栄えることは喜ばしい。しかしこれは、汝らの行いに依るもの……」

「……? 私達が何かしたんですか!? 教えて下さい! 魔力のこと以外にも、何か悪いことを……」

「レティ」


 瞳に涙を浮かべて懇願するレティが、静止した俺を見る。

 マギアキジアで意見を出し合った案が採用された次の瞬間、落とされたのだ。

 苛立ちと焦燥を押さえるのは大変だろう。


「そうじゃないんだ。誰も悪くない」

「誰も……? じゃあなんで……」

「異世界から来た人間……それが原因だな、星霊」


 星霊は青緑色の瞳でシヨウさんと俺を順に見た。


「そうだ。外から魔力を扱えぬ者が混入し、汝らを変えた。だが、汝とシヨウは含まれぬだろう」

「ドコウだ」

「……覚えよう。極致に至りしドワーフよ」

「よろしく。……星霊。異世界から来た人間について何を知ってる?」

「……時折この世界に混ざり込む者達……。魔力を扱えぬ代わりに筋の扱いに長け、現れる度に大きな爪痕を残す。短い時しか生きぬが、その短い間に多くの種をばら撒いていく。……その種が芽吹き、この世界を壊している」


 敵なんだな、星にとって。

 意外と分かりやすいやつだ。


「ありがとう。星霊。貴方が分かってきたよ。……もう少し聞かせて欲しい。倒すと魔力に還るモンスターのような生物。……貴方が作ったんだろう?」

「そうだ」

「どう作った?」

「汝らドワーフの術を真似、魔力を素にした。内は身体能力に優れる混ざり込む者たちに似せ、外はこの世界をたくましく生きる動物たちに似せた」


 ……動物……か。

 仮説がどんどん確信に変わる。

 飛び抜けて凶暴で、強力な『動物』。

 それは魔力を活用する能力を獲得し、他を害して利益を得やすくなったものたち……モンスター。

 つまり、一般にモンスターと言われている生物は、動物が魔力に順応して進化した姿で間違いなさそうだ。


「なるほど。外側だけか。……貴方が作った者たちは、この世界で何年生きられる?」

「およそ十年」


 俺と星霊は淡々と情報のやり取りを続けていく。

 皆は付いてきているだろうか……すまないが、今は待つことが出来ない。

 足場はもうすぐ湖の半分を覆おうとしている。


「質問はあと二つ。なぜシヨウさんを利用した?」

「……魔力より生み出した者たちには意思がない。意思ある汝らに打ち勝つことが出来ない。その時、強き意思が肉体を持たずに混ざり込んできた」

「……狙ったわけではないのか。貴方も必死だな」

「……」


 星霊の第一印象は悪かった。

 俺達に対する興味のなさが端々から感じられたからだ。

 しかしどうやら目の前の存在は、星を守ることに必死なだけのようだ。

 選べる手段も多くない。

 なんだか、少し憐れだ。


「最後の質問。貴方が作った者たちはどこまで生物の機能を有してる? 昨日、シヨウさんは食事を取れた。排泄もしている。病気になったり、繁殖するところまで再現してるのか?」

「我には細部に分けて真似ることは出来ない。内の全てを真似ている」

「ありがとう。よく分かった」


 理解なき模倣。

 つまらない。

 やはり人間に興味はあまりないようだ。

 しかし、生物の繁栄には前向きだと言っていた。


 条件は揃った。

 後は交渉するだけ。

 相手にとっても悪い話ではないはずだが……。


「ドコウ。汝にも同じことが出来よう」

「……え?」

「我は汝らの術を真似たと言った」

「……確かに……そうか……足りないのは……ふむ。……本当はもっと色々頼もうと思ってたんだけど、それなら一つだけでいい」

「我には汝を止めることは出来ない」

「まあまあ、ちゃんと交渉するつもりだよ。……その前に、貴方はさっきレティに、生物が栄えること自体は歓迎していると言ったね? その言葉は本当?」

「偽りない」

「なら良かった。……人類の滅亡についても俺が解決する。その代わり、南半球を貸して欲しい」


 星霊は驚くでもなく、喜ぶでもなく……ただ一言、


「良かろう」


 とだけ答えた。

 ここまで無関心を向けられると、やっぱり好きにはなれないな。

 ……まあいい。

 どうせお喋りするような時間はない。

 もう湖の大半を魔岩の足場で覆ってしまっている。

 ちょうど時間切れ、というやつだ。


「話せてよかった。後はこっちに任せて、ゆっくり観察していて欲しい」

「……極致に至りし、ドコウよ。我に希望を抱かせてみせよ」


 そう言って星霊は降下し、水面の下にスッと消えていった。

 次第に辺りを照らしていた青緑色の光が…………というのは、増やした足場でもう見えなかった。

 ようやく生成を止める事ができる。

 最後に偉そうな一言を置いていったが、気持ちは分からないでもない。


 星霊は人間に興味がない。

 恐らく、全てを諦めかけているのだ。

 ……見とけよ。

 完全に諦める寸前で復活した者のしぶとさを。

 諦めの冷たさを知った者の情熱を。

 星霊。

 俺がお前にも分からせてやろう。


「……ドコウさん。」

「先生」


 二人の……ニナさんとシヨウさんの声に振り返ると、全員の顔があった。

『説明しろ』と顔一面に書いてある。


「おぬし、なぜどんどん話を進めてしまったのじゃ! そしてこの足場は何じゃ!?」

「我が主……ボク達、邪魔だった……?」

「いやいやいや! ごめんごめん! ……実はね、ちょっと想定外だったんで急ぐ必要があって……」


 膨れる二人に弁明する。

 確かに、なぜ連れてきたのかと問われても仕方ない。

 出来れば話にも加わってもらおうと思ってたが、叶わなかった。

 それでも、今日の様子をその目で見た時点で大きな意味はあるのだが。


「……魔力が毒だから……ですか?」


 レティが放った一言に静まる一同。


「……よく頑張って理解したね、レティ」

「ドコウさんの講義、頑張って受けるって決めましたから!」


 レティの旺盛な好奇心も、無尽蔵とも言えるスゥの探究心を前にすると少々霞む。

 レティの鋭いひらめきも、天才的なクレアの研究センスに並ぶと見劣りする。

 しかし、人の考えを理解し、吸収し、利用する才能においてレティに比肩するものはいない。

 そしてそれは、研究者としての大きな強みとなる。


 研究は天才や超人一人によって成されるものではない。

 巨人の肩に乗るのだ。

 先人たちが残した膨大な情報を読み解き、新たな一点を穿つ。

 全ての先人たちの英知を束にしたその一撃は、あらゆる難問を打ち崩す。


「毒……? どういうことじゃ……?」

「ちゃんと全部説明するから安心して。……じゃあまずは魔力のことからだね」


 俺は足場を変形し、全員分の椅子を作った。

 かなり立派な背もたれと、肘置き付きだ。

 なんせ星霊が吐き出した膨大な魔力から作った足場が、視界の果てまで続くほどある。


「俺達は普段から魔力の恩恵を受けている。魔法を使う時はもちろん、普段も少しずつね」

「普段も……かの……?」

「うん。一番わかり易いのはニナさんかな……。ヴァルさんよりずっと細身なのに、なぜ誰よりも素早く動けるのか。……当然、身体には質量があるし、質量があるものを加速させるには力が要る。じゃあ、その圧倒的な加速を生む力は、どうやって発揮されてるんだろう?」

「もしや、魔力を使っておるのか……?」

「ええ。」


 頷くニナさん。

 魔力の感知能力に優れるニナさんは自覚しているだろうと思っていた。


「そう。ニナさん程じゃないにせよ、皆も色んなところでちょっとずつ魔力を使ってる。……きっとそうしないとこの星では生き残れなかったんだ」

「……着想は酸素でスカ?」

「おお……流石だね、シヨウさん」

「僕も弟子としてイイトコロ見せないと」


 弟子か。

 星霊に宣言したことで、人間らしさがまた少し戻ってきたな。


「……つまりね、時に物を動かし、時に物質に変わり、時に身体を癒やす……。魔力は様々なものに影響を与える純粋なエネルギーなんだ。そんなエネルギーが、この星には満ちている。この星に住む全ての者は常にそんなエネルギーに曝されている」

「……様々なもの……ボク達も、例外じゃない……?」

「そういうこと。注がれるエネルギーを上手く処理できなければ、そのエネルギーは俺達の身体にも作用する。……どうやらその作用は、最終的に老化を促進するようだね」

「……そうか……サイトウじゃな」


 頷く。

 サイトウが短命だった理由。

 それはこの世界の空気が合わなかったこと。

 異世界の人間にとっては、処理できない魔力が常に身体を蝕む世界だったこと。


 そしてもう一人……ジゼルさん。

 この件が落ち着いたら、すぐに会いに行こう。


「星霊が纏う魔力は膨大でね……皆に悪影響がありそうな程だった。だからその魔力を全部足場に変えたんだけど……そしたらご覧の通り」

「見渡す限り続いておるの……。この後はどうするのじゃ?」

「……ボクは最後に話してたことを聞きたい」

「うん。特にクレアには手伝ってもらおうと思ってるし、ちゃんと話すよ。……でもその前にこの足場をなんとかしないと。このままじゃすぐに大騒ぎになりそうだ。話は、マギアキジアに帰ってからでもいいかな?」

「……分かった」


 残りの話は一大プロジェクトに繋がる。

 ヴァルさんにも聞いてもらう必要があるし、帰ってからの方が何かと都合がいい。


 俺は足場から一台の岩バイクを生成した。

 レティとスゥが乗るためのものだ。

 これまでにない大きさで、無駄な装飾も付けてみた。

 それでもまだまだ足場は余っている。


 皆には先に戻るように伝え、俺は足場を魔力に戻す作業を始めた。

 俺が皆に出会う前。

 ドルフィーネで編み出した技術だが、いくら練習しても魔岩を生成するより戻す方に時間がかかる。

 魔力は本当に何にでも変えやすい。


「……あのさ、ニナさん」

「はい。」


 端から魔力に還っていくこの地には、二人しか居ない。

 ニナさんは俺の近く、しかし邪魔にならない程度の場所に立ち、リラックスしている。

 二人だけの空間を楽しむように。


「凄く長い時間がかかることを、やる必要があるみたいなんだ」

「それは、楽しみですね。」

「その間さ、ニナさんは何がしたい?」

「そうですね……。……私はドコウさんとの食事が好きです。」

「あ、俺も」

「ドコウさんの好きなモノも知りたいです。……ドコウさんは、何が好きですか?」


 好きなモノか……。

 俺は基本的に好き嫌いがない。

 これは前世でもそうだった。

 それでも毎日、口にしていたモノはある。

 研究者の血液となり、アイデアを脳の隅々まで運ぶ燃料。


 ああ、久しく飲んでないな……。

 まだこの世界で見たことがないけど、時間はあるし、作れないかな?

 ニナさんは木魔法に精通した植物のスペシャリスト。

 のんびり目指すのも悪くない。


 そんな望みを込めながら、漆黒の名を口にした。


「……コーヒー……だね」

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