第86話:星霊
ここに来るのはいつぶりだろう……。
俺達の目の前には、大きな湖が広がっている。
美しい青緑色の水面はどこか神秘的で、前世であれば観光地になっていただろう。
しかしその湖の周囲はモンスターも少なくない森。
整備された交易ルートがあるとは言え、一般市民が気楽に立ち寄れる場所ではない。
『星曜湖』。
マギアキジアの北東に広がる『恵みの森』の源とも言われている湖。
その畔に降り立った。
「やっパリ。確カにこの場所ナラ交信できそうデス」
朝起きた時、シヨウさんとクレアは応接間でクマを作っていた。
動物じゃなくて目の下のやつだ。
それはもう立派なものだった。
聞けば、一晩かけて言葉を叩き込まれていたらしい。
結果、シヨウさんはイントネーションが多少おかしいものの、ある程度の会話が出来る状態になっていた。
驚異的である。
二人とも。
「もっと中央に行った方がいいのかな? また飛んでいって、必要なら足場を作るけど……」
「そうデスね。その方がラクじつ——」
「確実」
「——確実デス」
……人によっては泣き出しそうなスパルタ教育だと思うが、なんだか二人は楽しんでいるように見える。
さて、じゃあまた乗っていくか。
大きな星曜湖は、上空からでもよく見える。
俺が操作する岩バイクにはニナさん。
レティが操作する少しずんぐりした安定重視の岩バイクにはスゥ。
それぞれ二人乗りで空を飛んでここまで来た。
クレアはシヨウさんの翼に運んでもらうことになった。
……たぶん移動中もずっと続いてたんだろうな……。
「レティ。今度は繊細な操作がいるかもしれないけど、大丈夫そう? ここからなら岩車に変えて俺がやってもいいけど……」
「わらわ……」
スゥは高いところが少々苦手のようだった。
「やらせてください! ちょっとコツが掴めてきたんです!」
「……」
可哀想な気もしたが、誰が操作したって高さは変わらない。
先に行って足場を作り、なるべく早く降ろしてあげよう。
ここに来た目的は星霊と対話をすることだ。
まずは星霊が気にしているこの星の危機……魔力の枯渇問題に対して俺達が協力的であることを伝える必要がある。
第二第三のシヨウさんが出てくる事態は絶対に避けたい。
次にスゥが提案してくれた魔工学による星の救済プランを説明する。
ここまでが今朝、皆で確認した目的だ。
ちなみに、ヴァルさんも誘ったのだが、
『帰ってきたレティに聞けば問題ない。私は留守を任されよう』
と言って残った。
信頼されたレティは嬉しそうで、それを見たヴァルさんは満足気だった。
星曜湖は本当に大きく、マギアキジアやドルフィーネのような規模の都市が五つほどスッポリ入る。
その中央で高度を下げると、陸地が一切見えなくなった。
ニナさんに中央だと教えてもらった位置に魔岩の板を生成し、空中に留める。
これが足場だ。
皆が不安にならない程度にしっかりした厚みと広さを確保しよう。
レティとスゥ、シヨウさんとクレアの順に降り立った。
魔岩の足場は安定している。
ただ浮かせておくだけなら、この人数でも全然問題ない。
「スゥ。私の手を握って。」
「すまぬな……ニナ……。すぐに落ち着くからの」
「ス、スゥさんごめんなさい……」
「レティのせいではない。妾の鍛錬が足りんかったのじゃ……」
何でも鍛錬で攻略しようとするスゥ。
彼女達は足場の中央で座り、談笑して気分を回復させようとしている。
「スゥサンが休んでるウチに、ヘイヘイ——」
「星霊」
「——星霊に呼びかけてみマス」
「うん。お願い」
シヨウさんが目を瞑り、集中したのを見た俺は、スゥの元に歩いた。
短時間でだいぶ顔色が良くなっている。
「今シヨウさんが星霊を呼んでくれてるけど、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃ。情けないところを見せてしまったの……」
「別に情けなくないでしょ。高いところなんて滅多に行かないんだから、慣れてなくて当然」
スゥの表情がさらに良くなって少ししたある時、足場の周囲の水面が、青緑色に光り始めた。
来たようだ。
スゥに手を貸して立ち上がるのを手伝い、揃ってシヨウさんとクレアがいる足場の縁に向かう。
シヨウさんが俺の目を見て深く、頷いた。
「……ピマシタ」
「来ました。……カッコいいところだったのに、惜しい……」
「……来まシタ……」
足場に近い位置の水面がどんどん明るくなり、ついにそれは表れた。
波を一切立てることなく。
ただスッと全てを通り抜けたその存在は、淡く青緑色の輝きと白い布を纏っていた。
顔つきは男性っぽい。
耳は尖り、身体は筋肉質。
纏う輝きで肌の色は隠され、瞳は瞼の下に隠されている。
「星霊。ココに居る者たちと共にハナシ合いたい。声は出せルカ?」
星霊は目を閉じたまま応えた。
「可能だ。シヨウ。この星の言葉だな」
「アア。覚えタ」
「……そうか」
閉じられたままの星霊の瞳が、俺達を捉えた。
ビクッと身体を震わせるレティ。
スゥも手を強く握りしめている。
「……二人とも大丈夫?」
「……うむ……。あのモヤモヤした喋るものが、星霊なのかの……?」
「モヤモヤ? どんな風に見えてるの?」
「青緑色の光が揺らめいて……たまに人の顔みたいにも見えて……。ちょ、ちょっと怖いです……」
俺とニナさんは顔を見合わせた。
俺にはハッキリと姿が見える。
この反応からすると、恐らくニナさんにも見えているだろう。
ニナさんは両手にそれぞれレティとスゥの手を握り、二人の間に立った。
見ると、クレアの手もシヨウさんに握られている。
事前に頼んでおいた通りだが、少し想定を超えている。
……もう一つ対策しておこう。
俺は星霊がいない方向に足場を拡張し始めた。
空気の重たさが減り、三人の表情も良くなっていく。
「エルフ……我が見え、聞けるようだな」
「ええ。」
「俺も見えるよ。他の二人も姿はおぼろげだけど、声は聞こえるみたいだ。……星霊。シヨウさんが言ったように、ここにいる全員で貴方と話がしたい」
星霊は少しの間、何も反応しなかった。
どうやら俺達と同じように思考のプロセスを持つようだ。
しかしその間にも足場はどんどん大きくなる。
「ドワーフ。やはり汝はシヨウを知るか……」
「やはり……?」
「良かろう。話し合いは我にも利がある」
……まあいい。
俺が転生者だと星霊が知っていても、驚くようなことではない。
とにかく当初の目的を果たすのが先だ。
時間はあまりない。
それから俺は、シヨウさんから聞いた星霊の狙いを手早く確認した。
目を閉じたまま同意する星霊。
続いて、スゥの案を伝える。
星霊は時折、ほう……などと言いながら最後まで聞いていた。
「真なのだな?」
「……それが俺達の意思についての質問なら、肯定だ。しかし『この星を救える』という命題に対する質問であれば、真偽を答えることは出来ない。あくまで仮説だ。ただし、信じるに足る根拠のある仮説だと考えている」
「……」
星霊は再び沈黙した。
それを破ったのはシヨウさんだった。
彼は急ぐ理由を察しているかもしれない。
「選択肢はないダロウ? 俺にドコウ先生は倒せない。誰にも倒せない。分かってるバズダ」
「……良かろう。シヨウの言うように、ドワーフ……汝が障害となる手段は取れないようだ。混入した魂が宿ったとはいえ、よもやそれほどの力を持つ人間が生まれるとはな……」
「言ったナ。星霊。僕の行動理念は変わラナい。僕は先生たちを手伝ウゾ」
「任せよう」
弟子三人組はぎこちなく笑顔を作った。
目的は達成したのだ。
本来ならもっとホッとしていいはずだが、俺のせいだろう。
急がなくてはならない。
足場は湖の一割ほどを覆いつつある。
「……次の話だ。星霊」
「……」
「さっきの案が上手くいけば、魔力の枯渇は防げるだろう。魔力の消費が緩やかになり、間に合うようになる」
「……」
「では、人類はどうなる?」
魔力が濃すぎる。
その膨大な魔力を魔岩に変換しながら、俺は問いを投げた。
星霊は気が付いているだろう。
閉ざされていた瞼をゆっくり開き、青緑色の瞳を覗かせながら、想定通りの答えを返した。
「滅亡する」




