第83話:星を殺す魔法
皆は混乱しているようだ。
それもそのはず。
ようやく動かす準備が整った最新鋭の機人……アルファの起動実験をしていたところ、突如上空から翼を生やした人型のモンスターが現れ、アルファの前に跪いて涙を流し始めた。
皆にとってはこれ以上の情報はない。
何が起きているのか予想も付かなくて当然だ。
「……わ、我が主……これはどういうこと……」
「俺も確信があるわけじゃない。だから答え合わせをしてみよう」
俺は、まだ地面に膝を付き、涙を流している竜人に近づいた。
久しぶりだが、上手く発音できるだろうか。
「……オレノコトバガ、ワカルカナ?」
「……! ワカル」
「キミガ、ジュリエット、ト、ヨンダモノハ、オレタチガ、ツクッタ」
久々の日本語はなかなかに難しい。
ゆっくり、丁寧に音にする。
俺の言葉に、竜人はハッと顔を上げた。
目を見開き、こちらを凝視する。
作った俺達……。
俺とクレアか。
正しい。
しかし、これも正しい。
「……ソウデショウ? シヨウサン」
竜人の目から、再び涙が溢れ出た。
やっぱりそうだった。
なんてことだ。
「……アア、ソンナ……センセイ……?」
「ソウデス」
跪いていた竜人……いや、司曜さんは、這うようにして俺に一歩近づいた。
俺も近づいて腰を落とし、肩に手を乗せる。
硬い身体だった。
その硬い身体を震わせ、声を震わせ、司曜さんは何とか言葉を紡いだ。
「ドコウ……センセイ……!」
「ウン、ヒサシブリデスネ」
その口調は、俺が知る司曜さんのものと相違ない。
しかしその外見は大きく異なる。
色々あったのだろう。
彼の心中を察することは出来ない。
気持ちの整理が出来るまで、待とう。
「ミンナニ、セツメイシテキマス。オチツイタラ、ハナシヲ、キカセテクダサイ」
「……ハイ」
アルファの近くにいたレティに声をかけ、クレアの背中を軽く押しながら、スゥとニナさんの元へ歩いた。
機人と竜人が、俺達から少し離れた位置に残った。
皆の視線は当然、俺に集まっている。
「ドコウさん。なぜモンスターの言葉を話せるのですか?」
「ニナさん。あれはモンスターの言葉じゃなかったよ。……俺が前世で使っていた言葉だった」
俺の回答に、ニナさんは息を呑む。
次の質問はレティからだった。
「なんでそれをモンスターが……? も、もしかして……ですか? ドコウさん」
「レティの予想通り。あのモンスターは転生者だった」
モンスターに人の意思が宿っている驚き。
それが異世界から来た転生者である驚き。
もうどう驚いていいのか、分からないよね正直。
皆が言葉を探している中、クレアが心配そうな顔を俺に向けている。
彼女は多くのことに関心がない。
しかし、研究に込める想いを……誰かが懸命に取り組む際の熱意を、誰よりも尊重している。
「我が主……あのモンスター……ううん。あの人……凄くアルファに思い入れがあるみたい……それって……」
「クレアには前に話したね。……そう、前世で俺と一緒にアルファを作った研究者。俺の共同研究者だったのが……彼だ」
「……!!」
クレアは走り出した。
俺が前世の話をした時と同じように、瞳に涙を滲ませながら。
未だうなだれたままの、竜人に向かって。
彼がここにいるという事実。
アルファに対する反応。
それらの情報が、クレアが悲しむ結論を示唆している。
クレアは竜人の傍に膝をつき、鋭い爪が生えた手を握った。
短い会話。
言葉は通じない……それでも何かが通じたように見えた。
竜人はクレアに促されるように立ち上がり、二人でゆっくりと、アルファに近づく。
涙を流すクレアは、しかし優しく竜人に微笑みかけ続けている。
アルファを作った彼に対して、アルファを作った彼女が出来る精一杯。
小さな手に支えられた竜人の手が、恐る恐るアルファに近づき、そっとその頬に触れた。
人を傷つけることに特化したその手は、アルファにもクレアにも、一切の傷を付けなかった。
◇
食堂でセバスさんが淹れてくれたお茶を一口。
色々なことが起きた。
お茶はいつだって冷静になるきっかけをくれる。
竜人……いや、シヨウさんが落ち着いた後、俺は少し話をした。
俺はシヨウさんに会えて嬉しかったが、シヨウさんは嬉しさの他にも感情がせめぎ合っているようで、語り口は割と淡々としていた。
その話を聞いた今、俺の中にも再会を喜ぶ以外の感情が渦巻いていた。
シヨウさんはこの世界の言葉が分からなかった。
話せるのは日本語だけ。
彼が語った話を皆に聞いてもらうため、俺は食堂に皆を呼んだ。
集まったのは、ニナさん、ヴァルさん、レティ、スゥ、バルド、ミミカ、クレア、セバスさん。
つまり、この家に住む全員だ。
夕飯にはまだ早い時間。
傾いていく日を見ながら、俺は口を開いた。
「……少し話したように、前世で俺と一緒に研究していた仲間が、モンスターに転生していた。彼は前世の言葉だけ話すことが出来る。そこで俺が彼から聞いた話を、皆に聞いてもらいたい」
「……まだ驚きが収まらないのだが、是非聞かせてほしい。どんな話なのだろうか?」
「話題は主に二つ。モンスターが人間を襲う理由と、彼……シヨウさんのこれまでについてだ」
全員が頷くのを確認し、俺は話し始めた。
まずは、シヨウさんの転生について。
前世で死んでいる俺を最初に発見したのは、やはりシヨウさんだった。
殺した犯人のことが許せず、自力で犯人を追い詰めたが、代わりに自分も死んでしまったのだそうだ。
消えゆく意識の中、星霊を名乗る者の声が聞こえたと言う。
「星霊……。ドコウさん、それは……。」
「俺も、そう思ったよ。ニナさん。……これから話すけど、『星の声』のことだ」
「……。」
ニナさんの両親が聞いたという『星の声』。
その正体である星霊は、シヨウさんに星を護るように言ったらしい。
「星を……護る……? どういうことだ。まるで星が危険に晒されているような言い方ではないか」
「……実は、そういうことみたいだ。……シヨウさんが星霊から聞いた、星を護るためにやるべきこと。それは……人類の殲滅」
「なんだと!? ……それはつまり……我々が星にとっての、敵……?」
「……鍵は、炎魔法だ」
「炎魔法じゃと……?」
スゥにとっては、無視できない展開だろう。
俺はシヨウさんから聞いた、星霊の主張を皆に話した。
その主張は、俺達が炎魔法に対して知っていることと、矛盾しないものだった。
魔力……そう呼ばれるこの星のエネルギーの枯渇。
ヒト族と分類される人間が考案した炎魔法は、元々は火を付けることしか出来ない簡単な魔法だった。
しかし年月が経ち、何度目かの大きな争いが起きた頃、炎魔法は強力な攻撃魔法として発達した。
火を付けることは、もはや目的ではなくなった。
熱を発するというのは大きなエネルギーを必要とする行為。
しかし攻撃用の炎魔法は、膨大なエネルギーを使って生み出した熱の大半を捨ててしまう。
破壊は魔力をぶつけることでほぼ達成されるので、熱は活用されない。
無駄となる。
炎魔法の研究が進み、威力が上がるほどに無駄になるエネルギーは増えた。
そして、ヒト族の人口の増加。
元々は少数だったヒト族は、今やこの星の人口の大半を占めている。
それに伴って炎魔法の使い手も増え、星の魔力はどんどん無駄使いされていった。
「……そこで星霊は、自然の声を聞く能力に長けた二人の人間に、炎魔法の危険性と星への影響を伝え、使用をやめるように忠告したそうだ。……最初は平和的な交渉から入ろうとしたんだね……」
「……。」
「ど、どうなったのじゃ?」
皆には、ジゼルさんと母から聞いた話はしていない。
「……ここでの不運は、星の声を聞けた二人が、炎魔法を使えない側の人間だったことだね……」
「……炎魔法を使えない……? 自然の声……もしや……! ……いや、なんでもない。続けてくれぬか」
ニナさんを心配そうな顔で見つめるスゥ。
それに気付いたニナさんは微笑みを返した。
交渉が失敗した後、人類はこの問題を放置した。
事態は加速度的に悪化していく。
もはや猶予がなくなった星霊は、次の対応を始めた。
それが、人類の殲滅。
「そこで、シヨウ殿と言ったか……彼の出番となったのか? しかし彼が襲ってきた今日よりもずっと前から、モンスターによる襲撃は激化していたように感じるが……」
「……ヴァルさんの言う通りだ。これについては、二つ説明しないといけない。……まず、ヴァルさん。この辺りにもよく出没するビッグラビットのような下級モンスターは、倒すとどうなる?」
「どう……もならんな。その場に残り、素材や食材になることもある。動物と変わらない」
「そうだね。……じゃあ、半魚人や蜥蜴人のようなモンスターは?」
「……魔力になって消える……」
「その通り。一般のモンスターと全然違う。……つまり、この二つは全く別の生物だ。……そして星霊が人類の殲滅のために生み出したのは、後者……魔力に還る者達」
合点がいった顔になるヴァルさんと、バルド。
バルドはどうすれば蜥蜴人などの素材を入手できるのか……なぜ他と違って入手できないのかを考えていた。
トニトルモンテで半魚人と遭遇してからずっと、調べ続けていたのだ。
その答えはあっけない。
そもそもモンスターではなかった。
「ではこの魔力に還る者たちに仮の呼称をつけよう。蜥蜴人のように人型の者を『魔人』、ヒルタートルのように……といっても他の例を俺達は知らないけど……まあとにかく人型でないものを『魔獣』としよう」
「とっても分かりやすいです!」
「ありがとう、レティ。……俺のネーミングセンスもついに成長してきたかな? ……と、本題に戻って。……じゃあまたヴァルさん、人類に初めて大規模な攻撃を仕掛けてきた『魔人』は?」
「半魚人だ。蜥蜴人の方が早く目撃されていたが、それはわざわざ南半球を調べに行った人間が見つけただけだ。……攻撃を仕掛けてきたのは、トニトルモンテでの半魚人が初めてだな」
この辺りの情報は、そもそもヴァルさんから教えてもらったこと。
正確に答えてもらう必要があった。
本能的に避けたくなる話題を、手短に済ませるために。
「……最初に転生した時、シヨウさんは半魚人だったそうだ」




