第81話:心の在り処は
「……これで全部だ」
俺は、サイトウが日本語で彫った遺書を全て読み終わったことを告げた。
静寂。
……の後、全員が俺の方をバッと向いた!
「ドドドドコウさん! どこかおかしなところはありませんか!?」
「そなた最近やつれておらぬか!? もしや寝ても身体が重いのではないか!?」
「ドコウさん。私には身体のことは分かりません。全て教えてください。」
「旦那が元気でないと困るニャ! 獣人族に伝わる最強の滋養強壮薬をすぐに用意するニャ!」
我を忘れて俺の肌や顔を調べる皆。
相互に干渉してエスカレートしている。
ちょっとしたパニック状態である。
……シワはまだないと思うけどな……。
「大丈夫! ……何とも無いよ、俺はドワーフの特徴の通り、一番いいコンディションのままだ」
「……そ、そうか。すまぬ。境遇の似たサイトウ殿が短命と分かり、つい……」
スゥの言うように、サイトウはかなり短い命だったようだ。
雰囲気からして、前世でも俺より昔に生きた人だと思う。
寿命は少し短いはず。
それにしても三十歳とは……短すぎる。
「……どうですか? 何か分かりそうでしょうか。」
「うん……。……うーん…………」
ニナさんの問いに何と答えたらいいのか、自分でも分からない。
サイトウの文章からは、多くの新しい情報を得た。
考えられることはたくさんあるし、今も頭の中を刺激されている。
しかし今ひとつスッキリまとまらない。
「……分かりそうで分からない。靄がかかった感じかな……」
「そうですか……。」
「あの! ……ドコウさんは……どうしてサイトウさんのことが気になったんですか?」
……鋭いレティによる突然の、核心を突いた質問。
これにも、何と答えたらいいのか分からなかった。
同じ前世から来た人間がいるかもしれない。
そう知った時、理由もなく調べたいと感じた。
自分が転生した理由を知りたかったから?
……不思議とそのことには興味が湧かない。
俺は今ここで生きている。
それが事実。
同じ転生者に会いたかったから?
……よくあるパターンな気がするが、そんなことは今初めて考えた。
例え転生者に会ったから何だと言うのか。
前世の話に花咲かせたところで意味はない。
今、この世界が俺の世界だ。
……この世界……。
「……この世界のことをもっと知りたかったから……かな……」
「世界……ですか……?」
「うん……。ずっと気になってることがあるんだ。この世界って何かちょっと……」
俺の口は、その先の言葉に待ったをかけた。
言うべきなのだろうか?
レティや皆はこの世界の住人。
この世界が当たり前なのだ。
対して俺が言おうとしていることは、前世との比較。
根拠が不十分な批判。
そんなのは、難癖を付けているだけだ。
この世界に難癖を付ける時、俺はこの世界の住人なのだろうか?
最期に日本語で心を落ち着けたサイトウと同じ。
異世界に頼る、この世界の異物ではないか?
「……ごめん。もうちょっとハッキリしてからでもいいかな……」
「はい……。……あの、暗くてよく見えないですけど、ドコウさんの顔色、凄く良くない気がします」
レティだけでなく、全員が心配そうな顔で俺を見ている。
もう余計な心配はかけたくない。
考え事なら後でいくらでも出来るじゃないか!
「ごめんごめん、ちょっと考え事をね。……さて。とりあえず目的は達成したし、この文章を書き写したら帰ろうか!」
六脚機人を生成し、その背中にサイトウの遺書を写し始めた俺の背中を、皆はじっと見つめ続けていた。
◇
マギアキジアへの帰り道は至って順調だった。
俺のせいで少し重くなってしまった空気は、ルビーベイで食べたルビートゥーナが払ってくれた。
いつもありがとう、ルビートゥーナ。
剣姫親衛隊とはトニトルモンテで一旦別れを告げた。
行きの船で渡した冷却用の魔岩布を使って、何としてもルビートゥーナをマギアキジアに届けたいのだそうだ。
これは応援せざるを得ない。
ニナさんが労いの言葉を一言かけると、トニトルモンテ中に雄叫びがこだました。
トニトルモンテからはレティが操作する岩車に乗って一気にマギアキジアまで来た。
いつも自分で操作していたので、ただ乗っているだけというのはこれが初めて。
座席はゴツゴツしていて微妙だが、車は浮いているので揺れも少なく、案外快適だった。
そして今、俺達は懐かしい扉の前にいる。
家の玄関ではない。
白い廊下にある、少し大きな扉。
気配はする。
中に彼女がいることを確信し、俺は勢いよく扉を開けた。
「ただいまクレア!」
「ふぇっ!? ……わ、我が主。みんな……」
「おお! 元気にしておったかクレア!」
スゥとレティはクレアを抱きしめ、クレアは表情を驚きから安堵に変えた。
研究でも家でも一緒にいることが多い彼女たちの絆は、日に日に増しているようだ。
まるで家族のように見える。
部屋の奥では、等身大の機人が椅子に腰掛けている。
開発中の機人、アルファ。
クレアはアルファが動くのに必要な筋肉……魔岩人工筋を付けるために留守番をしていた。
近くで見ないと断言できないが、全身が綺麗に磨かれている気がする……。
その整った様子から、作業が完了していることを感じ取った。
ふとアルファの様子を見る俺の前に、クレアがゆらりと立った。
そのままゆらゆら揺れている。
二人に揉みくちゃにされすぎたか?
「……我が主……。おかえりなさい……。……もうすぐあっちに……着く頃かなって思ってた。……早く帰ってきてくれて……嬉しい」
「………………ん? ……クレア……俺達がどのくらいで帰ってきたと思ってる?」
「え……? 毎日寝る前に……つけてる研究ノートが……昨日ちょうど六十日分に……なったから……二ヶ月くらい……?」
「緊急搬送ーッッ!!」
事態を理解した俺、レティ、スゥはクレアを担いで魔機研を出た。
俺達がここを出てから六ヶ月が経っている。
つまり、クレアは平均して三徹していたということだ。
全力疾走で家に向かい、阿吽の呼吸で玄関の扉を通る。
「セバスさん! クレアを休ませます!」
即座に食堂からセバスさんが現れた。
いつも通りのキレのある所作だが、明らかにやつれている。
「ああ……ドコウ様。よくぞお戻りになられました。これでお嬢様にもちゃんと眠っていただけるはず」
俺の失敗だった。
どうやら俺の話を聞いて留守番を決めたクレアは、自分自身でも気付かないほど研究に没頭してしまったようだ。
セバスさんでもどうにも出来なかったほどに。
クレアは途中から俺が背負うことにしたので、顔は見えない。
背中に顔を当てているようだが……大丈夫だろうか。
「レティ。クレアの様子を見てくれる? さっきから何も喋らないんだけど……」
「はい! …………ドコウさん。このままお部屋に行きましょう」
「大丈夫そうなのかな?」
「とっても心地良さそうに眠ってます」
結局、クレアはベッドで半日以上眠り、翌日の朝に俺達と朝食を食べた。
睡眠の気持ちよさを思い出したと語るクレアは、いつもの調子を取り戻していた。
ヴァルさんやバルドはもちろん、オズさんとギルさんも朝食を共にした。
皆、口早にアルファのことを話すクレアを見てホッとした様子だった。
一刻も早く見せたいらしい。
俺達も早く見たい。
朝食を済ませた俺達は、皆でアルファのもとに行くことになった。




