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第80話:蝕む毒

「……これは……ついに見つかったかもね……」


 洞窟での探索を開始してから三日が経過した今日、俺達は当たりを引いた。

 そこは突然現れた小さな空間。

 十人くらいは入れそうだが、拠点にしている広間よりは遥かに小さい。

 似たような空間は何個も見つけてきた。

 しかし、他にはないものがこの空間の片隅にはあった。


 白骨と錆びた刀。


 六脚機人を洞窟内に放った後、機人が集めた地図情報を頼りに自分の目で現場を確認することが俺達の役割だった。

 岩っぽくないものが落ちていたり、少し開けた空間が地図に示されていれば総当りで調べて回った。

 刀かと思ったものは、全て鍾乳石のようなものだった。

 今回を除いて。


「この方が……サイトウさんでしょうか……?」

「地面に刺さった武器……あれは本にあった『カタナ』と特徴が一緒ニャ……。だから……」

「間違いなさそうじゃの……」


 レティ達の会話の通りだ。

 恐らく間違いないが……もう一つ気になるものを見つけた。

 白骨の死体の手元に転がるガラス製の小瓶。

 劣化しにくいガラスの性質で綺麗に残ったその瓶が、やけに目立っていた。


「……ドコウさん。これを。」


 骨や刀とは反対側に当たる壁を調べていたニナさんから声がかかった。

 落ち着いたトーンだった。


「何かの文字が彫られているようです。」

「……!!」


 ランプに照らされた壁を見た時、言葉が出なかった。

 レティ達の視線も壁の文字に集まる。


「確かに文字のようですが……」

「読めぬな……ミミカは何か知っておるかの?」

「うーん……ウチも見たことないニャ……」


 それはそうだろう。


「画数が非常に多くて、複雑な文字が使われてますね……」


 それは『漢字』。


「でも凄くシンプルな文字も間に書かれてるニャ。変だニャ!」


 それは『カタカナ』。


「……この尖った石で彫ったようじゃな」


 スゥが見つけた石の他にも、握りやすいサイズの石が無数に転がっている。

 これだけの数が潰れる程の文字数。

 壁一面にびっしりと、日本語が書かれていた。


「……大丈夫ですか? ドコウさん。」


 日本語を目にするのは転生してから初めてのこと。

 年月が経っても忘れないものはあるようだ。

 意識しなくても壁に書かれた内容が頭に入ってくる。


「……ああ、大丈夫。……俺はこの文字を……読めるよ」

「なんじゃと!」

「……前世の文字。」

「うん、その通りだ。俺がいた世界には言語がたくさんあって、使う文字も様々だった。……でもどうやら、サイトウは俺と同じ国にいたようだ。……名前から察してはいたけどね……」


 ビッシリと書かれた文章は縦書き。

 そこから書き出しの位置を予測して探すと、やはりそれらしい一文を右上に見つけることができた。

 長文になることを見越して書き出したようだ。


「……なんて書いてあるニャ……?」

「……あまり気持ちの良い文章じゃないみたいだ。知りたい?」


 俺の問いに対し、同時に全員が頷いた。

 ここまで付き合ってもらって隠すのはないだろう。

 本人達の了承を得た上で、俺はサイトウの遺書に目を向けた。


『我ハ斎藤。死ニ場所ヲ求メ、コノ地ニ来タ。——』


 非常にワクワクしない導入から始まるその文章は少々分かりにくかったので、意訳しながら読み上げる。


 ◇


 私は斎藤。

 死に場所を求め、この地に来た。

 誰にも見つからぬ場所を探し続け、この迷宮に潜った。

 ミコトにはついに途中までの道を教えてしまったが、ここまでは辿り着けまい。

 洞窟はまだ続いているようだが、ここを死に場所と決めた。


 あとは自らの命を絶つのみ。

 それだけのつもりであったが、突如、得も言われぬ虚無感に支配された。

 落ち着かぬ。


 きっと私自身、私の半生を理解できていないからだろう。

 ここに誰か来ることはなく、ましてや祖国の言葉を解するものなど居るはずもない。

 私の心を落ち着ける写経のように、ここに半生を綴ることにした。


 ……


 ある時気付くと、この世界の森に立っていた。

 衣服に変化はなく、刀も腰にある。

 しかし、空気はこれまで感じたことのないものだった。

 何事か理解するより先に、耳に悲鳴が飛び込んできた。

 若い女の声。


 血の匂いがすることなど珍しくはないが、女性の悲鳴と組み合わされば只事ではない。

 事態は分からぬが、私の足は勝手に声の方へと走り出していた。


 状況は何度も経験したものであった。

 追い詰められた女が一人と、追い詰める男が六人。

 肉塊が八つ。

 今まさに一つ増えようとしていた。


 男たちの身のこなしは驚くほどに素早かった。

 顔を覆面で隠し、闇に溶ける服を纏ったその姿から、忍びの類と想像した。

 しかし、異様に技が未熟。

 知らぬ言葉でまくし立て、問答無用で斬りかかってきたため峰打ちにてその場を制した。

 この時、事情を把握できぬうちは殺生を避けるべきと考えたのだが、結局、事情が分かった後も斬ったのは数回だけだった。


 その後の衝撃は、今でも鮮明に思い出せるほどに大きかった。

 助けた女が私の目の前で被り物を取り、獣の耳が付いた頭を見せたのだから。

 モノノ怪と思い刀に手をかけたが……あ、『モノノ怪』ってのはモンスターみたいなもんかな?

 ——手をかけたが、言葉が分からずとも害意がないことは容易に感じ取れた。

 悩んだ末、行く宛もない私はこの女……ミコトの世話になることになった。


 ◇


「ミコトっていうのは、ウチのご先祖様の名前ニャ。御伽噺と同じ話だニャ」

「そうだね……。一つ、御伽噺を読んだ時も気になってたことが確信に変わったよ。やっぱりサイトウは突然、元の世界にいた時と同じ年齢、同じ状態でこの世界に来たみたいだ」

「……そなたとはまるで違うの」


 つまり、サイトウは転生者ではない。

 転移者とでも呼ぶべきか……この世界とは異なる世界の人間そのものだ。


「御伽噺はここまでって聞きましたけど、壁の文章はまだまだありますね」

「そうだねレティ。帰りが遅くなるのも困るし、どんどん読み進めよう」


 ◇


 ミコトはこの世界の言葉、常識を教えてくれた。

 私がこれまで生きてこれたのは、この時の懸命なミコトに依るところが大きい。


 この世界の大前提として、まず種族の話をされた。

 理解は追いつかなかった。

 ミコトと同じように獣の特徴を有する獣人族だけは飲み込めた。

 現に目の前に存在する。

 ミコトの耳や尾は温かく、生きていることを疑う余地はなかった。


 魔法に優れ、木々を操るエルフ族の話では、魔法とやらがさっぱり分からなかったし、大地を操り、拳で全てを破壊するドワーフ族は、脅威としてしか認識できなかった。

 現実味を感じなかった。


 しかし、そのような様々な種族が生きるこの世界で、争いが絶えず起こっていると聞いた時、不思議と親近感を覚えた。

 争いは他種族間だけでなく、同種族の中でも起きているという。

 実際、ミコトを襲ったのは獣人族だそうだ。

 どこの世界であっても争い続けるのが人間。

 彼らも私と何も違わない、人間なのだと納得した。


 私はミコトと出会って一年で言葉と世界を理解し、二年で獣人族の争いを治め、三年で子を授かった。

 ミコトは私の伴侶であり、この世界に生きる意味そのものであった。


 しかしミコトからは、他にも妻を娶るように勧められた。

 獣人族は一夫多妻制だったのだ。

 各地の争いを鎮める度、結婚の申し出は後を絶たなかった。

 強い血を残すのが獣人の喜びだという。

 結局、私は多くの妻と共に、多くの子宝に恵まれた。


 ◇


「今でも獣人族は、相手に他の相手がいることを気にしないニャ。……だからこの間は大変だったニャ……」

「全くじゃ」


 ミミカとスゥが二人でウンウン頷き合っている。


「……ここまでのお話だと、サイトウさんはミコトさんや他の奥さん、お子さんととっても幸せそうですけど……」


 レティが首を傾げながら言うと、ミミカとスゥも同じような表情をした。


「……どうしてこんなに寂しいところで、独りで死んでしまったんでしょうか……?」

「……その答えはきっと、この先に書いてあると思うよ」


 俺は再び、壁の文章に向かい合った。


 ◇


 私が獣人の争いを鎮めた噂でも広まったのだろうか。

 エルフ族とドワーフ族からも協力の依頼を受けた。

 ミコトや妻子達が心配であったが、この手で救えるものがあるなら救いたい。

 そう伝えると、皆は背中を押してくれた。

 体力を取り戻したミコトに至っては、同行まで。


 かくして私とミコトは各地を巡り、同じように各地から争いの火を消した。

 いつしか私は英雄と呼ばれるようになり、やはり多くの女性から関係を迫られた。

 美しいエルフ族は子を成しにくい種族らしく、戦争で減ってしまった一族、そして自然の復興のためにと何度も懇願された。

 ドワーフ族は気持ちの良い者ばかりで、悲観的なことを言うものは少なかった。

 しかし、やはりエルフの者たちと同じように考え、願い出る者がいた。


 結局、ミコトは全てを認め、私は様々な子孫を持つに至った。


 ◇


 俺が言葉を切ると、レティが怖い顔でこちらを見た。


「……ドコウさん。私、ドコウさんが色んな女の人と居たらちょっと嫌かもです!」

「え? ……いやいや、サイトウの状況と俺の状況は全然違うよ! この時、人類は余程弱ってたんだろうね」

「そ、そうですか。……良かった……」


 レティはニナさんを見ながらホッとしたようだ。

 とにかくここで話を止めておくのは具合が良くない気がするので、さっさと次を読み始めた。


 ◇


 子を授かりにくいと聞いていたエルフ達との間にも順調に祝福は訪れた。

 そして、子の誕生を一番に喜んだのもエルフ達だった。


 エルフ族は男性も女性も美しい黒髪であったが、産まれてきた赤子は皆、髪の色が茶色や金だった。

 聞けばエルフ族には、髪を茶色に輝かせて一族を救う英雄の伝説が伝えられているらしい。

 私が英雄と呼ばれていることも、エルフ達の興奮に拍車をかけた。

 その噂は一気に広まり、私はエルフの妻を多く娶って多くの子を……これって……。


 ◇


「……ニナさん」

「ええ……。おばあちゃんの話と一致します。この時から、純血のエルフは減っていったのですね。」

「そうみたいだ」

「……続きをお願いします。」


 ◇


 世界から大きな争いが全て消えたのは、私がミコトと出会ってから七年が過ぎた頃。

 それからミコトの故郷に帰るまでに、一年半がかかった。


 故郷では大勢の私の子が出迎えてくれた。

 太陽のような笑顔に囲まれ、子供達の大きな成長を確認したあの瞬間、何にも代えがたい幸福感を得た。

 ミコトはもちろんのこと、妻たちも皆美しい。

 私達が旅発った時のまま、元気な姿で帰りを待ってくれていた。


 変わったのは私だけだった。


 この頃、私の体力は大幅に衰えていた。

 刀を満足に振ることも出来ない。

 手や顔のシワが深くなった外見は、老人と呼ぶべきものとなっていた。


 争いの影響ではないと思う。

 私はここまでの戦いを、一切の傷を負うことなく切り抜けてきた。


 しかし、私だけが老衰する。

 日に日に身体を動かす際の違和感も増していく。


 私は怖くなった。


 皆は私を愛し続けてくれている。

 妻たちは見惚れるような美しさを纏い、私の傍に居てくれる。


 しかし私の心は、孤独感で塗り潰されていった。

 私と妻たちが生きる時間の流れが違う……そうとしか思えない。

 眩しい笑顔を見せる子どもたちが立派な大人になる姿を、私だけは見ることが出来ないのだ。


 妻子と過ごす時間に耐えられなくなった私は、ここに辿り着いた。

 何度も調べてこの洞窟の癖を掴み、愛刀と小瓶を持って深く深く潜った。

 一滴で死に至る優れた毒と聞く。


 ……


 心を落ち着かせることには成功したようだ。

 振り返れば、誰よりも恵まれた人生。

 何も悔いることはなかった。


 少し気になることと言えば、世界のことだ。

 争いをなくして三年が経った。

 しかし争うのが人間。

 各地で再び争いが起きつつあると聞く。

 だが同時に、遠い地で目を見張る戦果を挙げる者がいるという噂も聞いた。


 恐らく次の英雄となるだろう。

 その者は孤独に苛まれることのないよう、祈るばかりだ。


 文字を彫る力も限界に近づいてきた。

 小瓶を開けられなくなっては困る。


 ここで私の三十年の人生に、幕を下ろそう。

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