表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/93

第79話:未開の墓穴

 俺達の前で、暗闇が口を開けていた。


 ミミカに案内されてやってきたのはグリムホルドの外れ、森の中にある洞窟の入口だった。

 昨晩の食事の際にミルゴさんから聞いた話によると、この洞窟にサイトウの墓があるらしい。

 ……いや、正確にはこの洞窟全体が墓なのだそうだ。


「それじゃ、付いてきてニャ」


 案内役のミミカに続き、俺、レティ、スゥ、ニナさんの順で洞窟に侵入する。

 内部の構造は非常に複雑で、案内なしでは確実に遭難してしまうらしい。

 時間をかければ徐々にマッピングできそうだが、あちこちに溜まる有毒ガスがそれを許さない。

 十分に探索されていない未開の地。

 代々この洞窟を管理してきたミミカの一族も、途中までしか道が分からないそうだ。


 呆れるほどに多すぎる分岐を迷わず選び、ミミカはどんどん先に進んでいく。

 入口からの距離も分からなくなってきた頃、俺達は広い空間に辿り着いた。

 

 俺達がそれぞれ手に持つランプの灯りを合わせても、空間全てを照らせない。

 ただ、広間の中央に立つ腰ほどの高さの石柱が陰を作っていることは分かった。

 石柱には、くっきりと文字が彫られている。


『剣聖サイトウ ここに眠る』


 実にオーソドックスな墓標だ。

 それ以外に目立つものは見当たらない。

 これが旅の目的地だとしたら、あまりの何もなさに落胆してしまうだろう。

 しかし俺達は、目的地がここではないことを予め聞いている。


「……ここが最初に話した、サイトウの墓だとされているところニャ。ウチの一族は、ここまでの道のりをずっと伝承してきたニャ」

「えっと、ミミカちゃんのご先祖様がこの道を知っていたのは、サイトウさんから直接教わったから……だったよね?」

「レティの言う通りだニャ。ウチのご先祖様は、御伽噺に出てくる獣人のお姫様ニャ」


 世界は狭いとはよく言ったものだ。

 俺がジーナスさんから譲ってもらった本に書かれていたのは、ミミカの祖先だった。


「晩年、サイトウはこの洞窟によく出入りしていたそうニャ。……そしてある日、ご先祖様達にも挨拶もせずに姿を消して、そのまま戻ってこなかったみたいニャ」

「不思議じゃのぅ。剣聖や英雄と呼ばれて慕われていた割には、寂しい」

「ウチもスゥに同感ニャ。……ご先祖様もそうだったみたいニャ。きっとサイトウはこの洞窟のどこかにいると考えて待ち続け、自分が亡くなる前にここに墓を立てた。と言い伝えられているニャ」


 つまり、サイトウの亡骸は見つかっていない。

 それどころか、サイトウがなぜこの洞窟に通ったのかも、ここで何をしていたのかも分かっていない。

 転生者だと思われるサイトウは、死の間際に独りで何を考えていたのか。

 それを調べることが今回の旅の目的だ。

 始めよう。


「気が落ちる話だけど、早速始めよう。サイトウの亡骸を探すんだ」


 皆が頷くのを確認し、俺は六脚機人を複数体生成する。

 これまでは荷物運びで活躍していた機人だが、探索の主役もこいつらだ。

 ただし、かなりの改造が必要になる。


「……よし、それじゃスゥ。頼むよ」

「うむ。前面だけでなく、全身を覆うのじゃったな?」

「そそ、顔だと思うと不思議だけど、その方が合理的なんだ。大変だと思うけど……」

「大丈夫じゃ! しばし待て」


 スゥは一体一体の機人の表面を変質させる作業を始めた。

 魔岩の表面を変化させ、熱を生じる加熱魔岩を実現したスゥ。

 この加熱魔岩に熱を加えると魔力が生じる現象……最初の『動魔変換』を発見したのもスゥ。


 そしてさらに他の弟子の協力も受けながら、スゥは熱を放たずに魔力を光に変換する魔岩を開発してみせた。

 発光魔岩と名付けられたこの魔岩は、早くもマギアキジアのあちこちに採用されている。

 そしてやはり、発光魔岩に光を当てると魔力が生じることも、スゥによって示された。


 詳しい理屈はスゥにも説明できないらしい。

 加熱魔岩の時と同じように、膨大な試行から得られる微かな手がかりを頼りに、発見的に確立したそうだ。

 どちらかと言えば理論派の俺には真似できない、真の探究者がスゥなのだ。

 本当に、つくづく努力家である。


「……思い返せば思い返すほど、スゥには驚くばかりだな……」

「な、なんじゃ急に」

「研究は大きく二つのアプローチに分けられると言われててさ。大雑把に説明すれば、まず調査や実験から始める研究を『帰納的(きのうてき)研究』と呼ぶ。一方で、まず理論や仮説を考えてから、調査や実験で検証する研究を『演繹的(えんえきてき)研究』なんて呼ぶんだよ。……この二つはきっぱり分けられるものじゃなくて、状況や段階に合わせてどちらのアプローチも必要になるんだけど、やっぱり得意不得意ってのはある」

「得意不得意かの……」

「うん。俺はどちらかというと『演繹的』なアプローチが得意だ。考えてばかりにならないように注意が必要だね。……スゥは『帰納的』なアプローチが得意なんだと思う。その探究力は、俺にも真似できない強みだ」


 スゥは機人を見ているが、手が止まっている。

 邪魔をしてしまった自覚はあるが、もう一言だけ続けさせてもらおう。


「もうこれまでに何度も、俺が困っていた問題を解決してることに気付いてるかな? これからも頼りにしてるよ」

「……そうか。……ふふっ。そうかの!」

「ごめん邪魔しちゃったね」

「構わぬ!」


 スゥはニナさんに目を合わせ、ふふっと笑い合った。

 活き活きした様子で作業を再開し、すぐにこちらを振り返る。


「ほれ! 一機できたぞ!」

「おお! じゃあ次はレティ! 出番だよ!」


 レティは遠くでミミカと一緒に墓標の周りを調べていたようだ。

 呼びかけを聞いてすぐに駆け寄ってくる。


「流石スゥさん! 早いです!」

「ふふっ。後は頼むぞ!」

「はい! ……ドコウさん、まずは普通に歩かせる指令ですね?」


 もちろんレティも事前に説明と練習を済ませている。

 これからやるのは洞窟を自動で探索する機人の作製。

 スゥが作ってくれたセンサを利用する部分の前に、まずは移動の能力を与えておく。


「そそ。それが済んだら、元いた道の方に移動しようか。ここだとセンサの確認に向かないからね」

「はい!」


 魔力プログラミングを早速始めるレティ。


 スゥに作ってもらったのは、全方位の光学式センサだ。

 光が当たると、どの方向からどんな強さで光が当たっているのかを魔力信号から読み取れる。

 洞窟は真っ暗なので、全身をぼんやり輝かせる機能も付けてもらった。

 これによって、機人から放たれた光が洞窟の壁などで反射し、その反射光が再び機人に当たることになる。

 その反射光の偏りや強さの情報をもとに、機人の周りがどんな地形なのかを推測するのだ。


 ……なんてことをぼんやり考えていたら、レティが消えていた。


「ドコウさん! センサも大丈夫そうですよ!」


 声のする方……俺達が来た方を見ると、ぼんやり輝く六脚機人と、その横で手を降るレティがいた。

 仕事……早いですね……。

 急いで駆け寄る俺に、レティの報告が続く。


「地図の生成と自己位置の推定もできました! あとは魔力貯蔵用の魔岩に魔力を込めたらいけそうです!」


 驚きのあまりに足がもつれ、転がってレティのもとに到着する俺。


「だ、大丈夫ですかドコウさん!?」

「う、うん……グッジョブ」


 全部レティが書き込んでしまった魔力プログラミングは、確かに書き込むルール自体はシンプルだ。

 いくつかある手法の中から、書き込みやすいのを選択した。

 それにしても、出発前に教えた内容だけでやってのけるとは……。

 岩車の時もそうだったが、レティは座学で学んだことを実践するセンスに優れているようだ。


 レティが書き込んだのは、『自己位置と地図の同時推定』と呼ばれる技術。

 前世では英語にした時の頭文字を組み合わせて、SLAM(スラム)と呼ばれていた。

 自動車の自動運転技術に欠かせない技術とされ、盛んに研究されていたものだ。


 今回の洞窟のように事前情報が全くない環境でロボットを動かそうとすると、悪路をどうやって進むかといった単純な問題に差し掛かる以前に、もっと大きな二つの問題に直面する。


 一つ目は、ロボットが環境のどこにいるのか分からないので、そもそもどっちに進めばいいのか判断できない問題。

 自分の位置、すなわち自己位置の推定問題だ。

 この問題は環境の地図があれば解決できる。

 周りに見える景色と地図を見比べ、現在地を知るという行為は、我々も日常的に行っているだろう。


 しかしここで、二つ目の問題が浮上してくる。

 見比べるための地図……環境に対する事前情報がないのだ。

 この問題は自分の位置を手がかりにして、観察した環境を記録することで解決できる。

 しかし第一の問題の通り、自己位置が分からない状況では目に映る景色を地図のどこに書き込めばいいか分からない。

 これが地図生成の問題。


 SLAM(スラム)の難しさは、ニワトリと卵のように因果関係が絡み合うこの問題を解くことにある。

 様々な手法が開発されたが、俺達が採用したのは比較的シンプルな方法。

 自己位置も地図も『仮ぎめ』しながら両者の推定を交互に行う方法だ。

 自己位置を推定する時は地図に誤りがある可能性を考慮し、地図を更新する際は自己位置が推定と異なる可能性も考慮する。

 確率論を巧妙に取り入れた手法を使うことで、複雑な理論をシンプルなルールで実装することが出来る。


 ……要は、六脚機人は少しずつ環境の情報を集め、自分の位置を割り出し、洞窟内を着実に探索できるようになったのだ。


「……ふぅ。これで二十機……全部じゃの」

「スゥさんお疲れ様です! 後は書き込んどきますね!」


 流石に疲れが見えるスゥに、ニナさんが木の椅子と温かい飲み物を用意した。

 いつの間にか広い空間の隅に木小屋を建てている。

 そう、しばらくはここが調査拠点だ。


「……ドコウさん! 皆さん! 終わりました!」

「ありがとう皆! それじゃ早速……機人達! 洞窟を隅々まで調査せよ!」


 一斉に動き出す機人。

 こうして俺達は、有毒ガスの影響を受けない機人を使い、未開の地の探索を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ