表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/89

第78話:獣人の縄張り

 森に入ってからだいぶ歩いてきた。

 グリムホルドは森と同化した都市で、上空から見たとしても肉眼で見つけるのは大変らしい。

 もうだいぶ近づいているはずだと思っていたが、今、それは確信に変わった。


「……旦那……。謝らないといけないニャ……」

「謝る?」


 ミミカが珍しく、言いにくそうに話しかけてきた。

 真面目なミミカは、本当に謝りたい時には茶化さない。


「ニャ……。こっそりお墓を調べて帰るつもりだったニャ。でも……」

「ああ、そういうことか。見つかった上に囲まれちゃったね」


 俺とミミカの会話を聞き、レティとスゥの表情が引き締まった。

 ニナさんは落ち着いている。

 周囲を取り囲む気配も、この後の結果も、とっくに知っていたのだろう。


 隠れるのは無意味と判断したのか、茂みから二つの人影が飛び出した。

 狙いは俺か……こりゃありがたい。


 二つの陰はそれぞれに異なる尻尾をなびかせながら、俺に目掛けて曲剣(シミター)を振りかぶっている。

 ……しかし、両者の剣は俺に届く遥か前で止まった。

 それどころか、二つの人影はどちらも空中に一瞬静止した。

 俺との距離はまだ数メートル残っている。

 二人の速度なら一瞬で詰められるはずだった距離が、縮まることはもうない。


「なんだ!?」


 片方が驚きの声を上げるのとほぼ同時に、二人は元いた茂みへと飛んでいった。

 同時に——


「ぐぁッ!?」

「か、身体が!」


 周期の茂みから次々に声が上がる。

 気配に頼るのは得意ではないが、たぶん全員の拘束に成功したようだ。


「……どうかな? ニナさん」

「同時に生成できる数が増えたんですね。……彼らが潰れてしまわないのはなぜですか?」

「え!? 旦那は何をしたんだニャ!? 潰さないでニャ!!」


 ミミカが慌てて俺を掴み、力いっぱい揺する。

 これで襲撃者の正体にも察しがついた訳だが……。


「だ、だいじょっ……大丈夫ミミカストップ!」

「み、皆は無事なのかニャ……?」

「……ふぅ。……うん、中心に近づきすぎることがないように、核を普通の岩で覆ってある」

「なるほど。」

「ちゅうしんニャ……?」


 この説明で分かるのはニナさんだけだろう。

 これは機人の技術ではないし、一歩間違えればかなり危険だ。

 誰にも伝授するつもりはない。

 ちなみに、俺達への影響が少ないのは、複数の引力がこの周囲で打ち消し合っているため。

 つまり特異点。

 これも教えなくていいだろう。


「……さて。……話し合いが可能な代表の方はどっちに居ますかー!?」

「わ、私が代表だ! 降参する!」


 声は正面から聞こえた。

 突然の事態に慌てているようだが、それでも理知的な響きが感じられた。

 スムーズな話し合いが出来そうだと期待した時、ミミカが走り出した。


「パ、パパニャ!?」


 声がした正面に向かって走り出したミミカの動きは素早く、静止する間もなかった。

 俺から数メートル離れた辺りで、その華奢な身体が宙に浮いた。


「ニャ!? ニャニャニャニャッ!?」


 襲撃者と違い、ミミカは引力の中心に向かって走っていた。

 浮いた時の初速が早い。


「ニナさんキャッチお願い!」

「はい。」


 俺は即座に重力魔法を解除した。

 しかし、既に加速したミミカは勢い良く俺達から離れていく。

 そのミミカを、森の木々が受け止めた。

 ニナさんが遠くの木を操り、枝を伸ばしたのだ。


 急いでミミカに駆け寄り、状態を確認する。

 ミミカ自身でも上手く受け身を取ったようで、怪我はなかった。


 正直言って、かなり焦った。

 重力魔法は広範囲に大きな影響を及ぼす。

 まだまだ練習することがありそうだ。


「ご、ごめんニャ、旦那。戦闘の中に駆け込んで……」

「確かに危なかったけど、理由があったんだよね?」

「あ! そうだニャ!」

「ミ……ミミカ……なのか……?」


 森の方から、先程聞いた理知的な声が再び聞こえた。

 直後、近くの茂みから数人の獣人が姿を現した。

 俺が重力魔法を解いたことで自由を取り戻した彼らに、もう敵意は感じられない。


「や、やっぱりパパニャ……!」


 俺の顔色を窺うミミカ。

 今度は我慢している。


 俺は獣人達の先頭に立つ男性の獣人を見た。

 他の獣人よりも年齢が高く、経験も豊富そうな猫の獣人。

 その視線はミミカに注がれていたが、俺に気付いて目が合った。

 ……うん、大丈夫そう。


「挨拶しておいで、ミミカ」

「ありがとうニャ!」


 ミミカは弾かれたように飛び出し、父親に抱きついた。

 相手もミミカを大事そうに受け止める。

 二人の様子は確実に、家族のそれだ。


 この旅の話が出た時からずっと、ミミカはグリムホルドに近づきたがっていなかった。

 これまでの話から察すると、家を出たのはかなり幼い時。

 若気の至りもあったのかもしれない。

 きっかけがなく、踏ん切りが付かなかっただけなのかもしれない。


「ミミカ……まさかこのようなところで会えるとは……」

「ウチもニャ! パパはこんなに前線に出ないと思ってたから、会わないで帰れると思ってたニャ……」

「……やはり会いたくなかったのか?」

「分からなかったニャ……。ずっと分からなくて、後回しにしてたニャ。……でも、声を聞いたら分かったニャ。会いたかったニャ!」


 ミミカは頭の回転が早い。

 自分の気持ちもすんなり分析してしまったようだ。


「……邪魔してすみません。ドコウと言います。きっと積もる話もあるでしょうが、少しお話させてもらえませんか? 後でゆっくり話せる結果になるだろうと、私は思っています」


 二人が要点だけ済ませてくれたので、俺は次のステップに進むことを提案した。

 戦闘から始まった空気は落ち着きつつあるが、完全ではない。

 特に獣人側の大多数はまだかなり緊張している。


「……こちらから仕掛けたにも関わらず、数々のご配慮感謝します。私はグリムホルドで族長を務めているミルゴと申します」


 深々とお辞儀するミルゴさん。

 ……今、族長って言いました?


「是非ご提案を受けさせてください。……といっても、内容を聞く前にお返事いたします」

「え? 族長? 返事?」


 俺が面食らっているのを他所に、ミルゴさんは俺の前に跪いた。

 同時に全ての獣人たちが同じように跪く。


 他の方向にいた獣人たちも、ミミカとミルゴさんの話を待つ間に集まっている。

 全部で三十人か四十人くらいか。

 彼らも同様に跪き、再び俺達を輪で囲んだ。


「先程は失礼しました。我がグリムホルドは野生の大原則である『弱肉強食』を理念に組み込む国家です。……私を含めた精鋭部隊を赤子のようにあしらい、戦闘が始まりもせずに終わってしまうほどの実力。もはや尊敬以外の念を抱けません。ゆえに、族長ミルゴの名をもって、グリムホルドは全面的にドコウ様を支持することを宣言します!」


 そう言ってミルゴさんは跪いた姿勢のまま、さらに頭を下げた。

 やはり全ての獣人が同様に頭を下げる。

 異様な光景の中心は、俺だった。


「……あれ? いや、俺はちょっと調査の許可が欲しいだけで……。元々争うつもりはないことを説明したかっただけで……」

「妾はこうなると思っておったわ。そなたの先ほどの魔法には妾も驚いたがの」

「その声はやはり、ボレアリスのスゥ様ではないでしょうか?」


 スゥはこの近くのボレアリスの皇女だった。

 しばらく表舞台に出ていないとはいえ、やはり族長ともなれば知らないはずがないだろう。


「……む。妾を知っておるのか?」

「勿論です。随分前からお見かけしなくなりましたが、まさかミミカと共にいらっしゃったとは……」


 ……あー、こりゃもう宴会だ宴会!

 それぞれに話すことがありすぎて、こんな場で済みそうな気がしない。


「えっと……分かりました。そちらの流儀に何か言うつもりは全くありません。こちらからお願いしたいのは、ある場所の調査させて欲しい、ということだけです。……あと、皆さん楽にしてください」


 ミルゴさんから順に獣人たちが立ち上がり始める。


「ある場所とは……?」

「パパ、お墓だニャ」

「……! ふむ。分かりました」


 父娘の短い会話は、大勢が立ち上がる物音に隠された。

 ……ミミカは秘密と言っていた。

 誰がどこまで知っているかは分からないので、配慮はしておくに越したことはない。


「もう日も暮れてきます。差し支えなければ食事を用意させていただけないでしょうか? 場所の詳細もその際に……」

「それは嬉しいですね! ご馳走になります」


 レティやニナさん、スゥも賛成とのこと。

 皆にとってミミカは友達であり、妹であり、頼れる同僚だ。

 嬉しさを隠しきれないミミカを見て反対する者などいるはずもなかった。


(パパ。一つ注意があるニャ)

(む?)

(旦那の強さはすぐにグリムホルド中に知れ渡ると思うニャ。きっと狙ってくる女性がたくさん出るニャ)

(旦那……とはドコウ様のことだな。……それは間違いないだろうな。獣人は強い異性を本能的に欲する)

(でもチャンスは絶対ないニャ。そのことを全力で知らせておくニャ)


 ミミカとミルゴさんが何やら話しているところに、スゥがずんずん向かっていった。

 よく見ればミミカの表情も険しい。

 うっすら聞こえる内容は、情報統制の話のようだが……。


(むぅ……なかなか難しい忠告だな……。精鋭部隊全員がかりで相手にもならない強者など、伝説でも聞いたことがない)

(だからだニャ! 獣人のアピールは過激すぎるニャ! きっとスゥが投げ飛ばして——)

(ミミカ。何の話をしておるのじゃ?)

(ニャッ!?)


 スゥが父娘の会話に参加した途端、ミミカは汗をかき始めた。

 ただならぬプレッシャーがこちらにも伝わってくる。

 ……大丈夫かな?


(ミルゴ殿。調査への協力のみならず食事まで、感謝する。妾もグリムホルドの流儀は知っておるつもりじゃが、今夜は礼節を欠かぬ者が参加されるよう、頼みたい)

(しょ、承知しましたぞ……)


 ◇


 俺達は立派な宮殿に案内され、大きな大きなテーブルで食事を振る舞われた。

 会場はとてつもなく大きかったが、グリムホルドからの参加者はミルゴさんだけ。

 父娘のプライベートな話や、秘密であるサイトウの墓の話をするにはピッタリだ。


 テーブルに並んだ肉料理や魚料理は他国とは違うスパイシーな味付けで、クセになる美味しさが会話をより一層盛り上げた。

 この調味料の使い方はマギアキジアの料理にも取り入れたい。


 俺が舌鼓を打つ間、時折あちこちから視線を感じた。

 珍しい客だろうし仕方ない。

 ただ、その度にミミカとスゥの雰囲気が変わったことには、何となく深く触れない方がいい気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ