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第74話:剣姫親衛隊

 青い海原。

 ピンと張る釣り糸。

 宙を舞うルビートゥーナ。


「おお……っ!!」

「……!!」


 見惚れる俺達を他所に、釣り上げられたルビートゥーナを数人の職人が取り囲んだ。

 大きな包丁が突き立てられ、的確に活け(じめ)が完了する。

 続いて血抜きを行うようだ。

 魚の鮮度を保ち、美味しくいただくための技らしい。

 あっという間に甲板(かんぱん)が赤に染まった。


 俺達は今、トニトルモンテから出航した船に乗っている。

 船が向かう先はルビーベイ。

 以前ボレアリスを訪れた際にも立ち寄った港町だ。


 同行者はニナさん、レティ、スゥ、ミミカ。

 前に船旅を仕切ってくれたヴァルさんはマギアキジアの方で忙しく、留守番だ。

 俺が不安そうにしていると、


『問題ない! とにかくトニトルモンテに行ってみてくれ!』


 とのことだった。


「ライナスさん、確認なんですけど……全員、専属の職人なんですか?」

「その通りですよドコウ様! 皆、剣姫様のお役に立つことだけを考えて修行してきました!」

「……ははは……」


 トニトルモンテで俺達を出迎えてくれたのは、ジーナスさんの息子、ライナスさんだった。

 そしてライナスさんが率いる船団。


 その構成員は剣姫親衛隊(けんきしんえいたい)……またの名を『ルビートゥーナ一本釣り(いっぽんづり)隊』というらしい。

 ……名前から明らかだが、ニナさんに憧れた人達が結集して作った組織だ。

 前に乗せてもらったレグナムグラディの王族専用船と同クラスの船、数隻を有する一大組織である。

 つまり……王族直属ってこと。

 ライナスさんはその隊長に任命されていた。


「ニナ様! こちらが最も美味しいとされる部位の、サシミですっ!」

「ド、ドコウさん! 輝いてます……! 身がルビー色に輝いてますよ……!」

「うん、凄いねこれは……!」


 ニナさんは普段、ほぼ無表情で無口である。

 最近は少し表情豊かになり、微笑むことも増えた。

 しかし、こんなに興奮しているニナさんは、滅多に見れない。


「ニナさん、落ち着いてね」

「……! ……船乗りの方、ありがとう。」

「いえ! 皆様も是非! どんどん捌きますから!」


 覚えているだろうか。

 ルビーベイに初めて向かう際、ニナさんに釣り竿を教えた船乗りのことを。

 その船乗りが、ルビーベイからトニトルモンテに向かう際……つまり帰りの船には、乗っていなかったことを。

 そしてルビーベイには、俺達も何度か世話になった、ルビートゥーナ専門店があることを……。


 まさか彼がその店に弟子入りし、一流のルビートゥーナ職人になっているとは、思いもしなかった。

 今や、剣姫親衛隊の筆頭調理人である。


「妾もサシミを食べるのは久々じゃ」

「それはいけません。スゥも是非味わってください。」

「う、うむ。……本当にニナ殿は、魚のことになると別人のようじゃの……」


 レティとミミカも楽しげに話しながら、サシミを堪能しているようだ。

 もちろん俺も食べている。

 とても美味しい。

 やっぱり味はマグロにそっくりだ。


 断っておくが、今回の旅の目的はルビートゥーナを食べることではない。

 グリムホルドの近くにあるという、サイトウの墓を調査するためだ。


 ルビーベイの北西、ボレアリスの南西に位置する獣人の国、グリムホルド。

 訪ねるのは、今回が初めてになる。

 ……今回も国にはあまり立ち寄らず、墓だけ見て帰るつもりだが……。

 サイトウの墓の情報をくれたミミカにとって、あまり居心地の良い場所ではなさそうだし。


「……それにしても、ライナスさんとこんな形で会うことになるとは、思ってませんでしたよ」

「驚いたのは私の方ですよ! 父からの手紙に書かれていた少年が、まさか剣姫様と共に国を訪れた謎の男の正体だったなんて!」

「……謎の男……?」

「あの時、模擬戦を見ていただけの者にはドコウ様の素性は一切分かりませんでした。……剣姫様のお世話係だの、恋人だのと噂まで立ち始めてましたよ」


 確かにあの時、俺はなるべく目立たないようにしていた。

 ヴァルさんも気を配ってくれたので、俺のことを知っていたのは王族の皆さんくらいのはず。


「カスパー様から、剣姫様の相棒であり、やはり遥か高みにいらっしゃると明かされた時は、肝を冷やしましたね……。なんて無礼をはたらいてしまったのかと……」

「いやいや、俺は何もされてませんし……」

「いえ! 剣姫親衛隊一同! これからのはたらきを以って当時の非礼のお詫びとさせていただく所存ですっ!」


 ……それって皆で俺を目の敵にしてたってことじゃ……?

 ま、まあいいけどね……さっきも言ったように、実害は何も受けてない訳だし。

 ライナスさんは俺の第二の父とも言えるジーナスさんの息子であり、俺がジーナス邸に居候してた時に借りていた部屋の本当の主である。

 普通の感覚ならお兄ちゃん的なポジションだと思うが、俺を上に立ててくれているのはそういう理由があったからか。


「もう一人、いつかお詫びしたいと言っていた隊員がいます。……おーい!」


 ライナスさんが呼んだのは、筆頭調理人……さっきサシミを持ってきてくれた彼だ。


「そろそろ解体も落ち着いた頃だろう。今こそ事件に幕を引く時ではないか?」

「はい、隊長! ……ニナ様、ドコウ様。ルビートゥーナ事件を引き起こしてしまい、すみませんでした!!」

「……事件?」

「はい。私が釣り竿のことを安易に教えたばかりにあのような……悲劇を……」


 ……ニナさんがたまたまルビートゥーナを一本釣りし、目の前にしながら食べられなかった、あのことを言っているらしい。

 ルビートゥーナは、フグのように猛毒を持つため、専門技術を持った調理人が釣り上げてすぐに処理する必要がある。


「お二人はあのような一大事を起こした私に対して、何の処罰を与えることもなく許してくださいました。私はいつかその御恩に報いたく……!!」

「……えっと……筆頭調理人さん」

「はい!!」

「そんなに重く受け止めなくても大丈夫だからね。……もう今日のサシミで十分にチャラってことで……」

「ええ。」


 頷くニナさん。

 だいぶ満足したようで、普段の落ち着きを取り戻している。


「そんな訳にはいきません! これからも全身全霊を持ってお二人のお役に立ってみせます!」

「………うーん……。……あ、閃いた」


 丁度先日完成したアレを使って、計画を実行に移そう。

 最高の形で。


「……スゥ。食事中悪いんだけど、アレって荷室かな?」

「うむ。ちょうど食べ終えたところじゃし、取ってくるかの?」

「そうだね……場所が分かるスゥに頼んだ方が早いかな……?」

「そうじゃな。しばし待て」


 船室に向かうスゥを見送る。


「あの……ドコウ様……一体何を……?」

「まあ、物を見せながら説明した方が早いから、もう少し待っててもらえるかな?」

「……ドコウさん。私も分かりません。」

「実はニナさんにも内緒にしてたんだよね……。レティ! このタイミングでアレ出すよ」

「あ! 分かりました! 賛成ですっ!」


 レティがミミカと一緒に近付いてくるのとほぼ同時に、スゥが戻ってきた。

 一枚の布とやや大きめの魔岩を抱えている。

 ……やっぱり一緒に行って魔岩だけでも持ってあげるべきだったかも。


「魔岩布ですか? ドコウさん。」

「惜しいな……いや、合ってるとも言えるんだけど、その名称も変えないといけないね」

「そうじゃな。……早速見てもらうのが良いじゃろう」


 スゥは懐から小振りの果物を出した。

 布を取ってくるついでに持ってきたようだ。

 研究成果の見せ方がどんどん上手くなってる。


 果物を布にくるむと、魔岩に布の端を押し当てた。

 一見すると何も変化は起きていないが、予め魔岩に込めた魔力が布から放たれているはずだ。


「そろそろ良いじゃろう。……おぬし、つついてみよ」


 そう言ってスゥは布を広げ、先程の果物を見せる。

 果物の表面は薄っすら白い。

 ……もう予想は付いただろう。

 筆頭調理人の彼は、人差し指で恐る恐る果物をつつき……


「硬い! それに冷たいです!」


 と興奮気味に報告した。


「……そう、これはくるんだものの温度を奪い、冷たくする布」

「冷たく……!? そんな……そんな魔法は聞いたことがありません!」


 それはそうだろう……込めた魔法もマギアキジアのオリジナルなのだから。

 電子を魔力で操る雷魔法の達人であり、マギアキジアを代表する研究者の一人、クレアが開発した魔法。

 分子の運動を魔力で抑制することで、対象の温度を下げる。

『氷魔法』と呼んでもいい。


 さっき魔岩布に当てた魔岩には、予めクレアに魔法を込めてもらっていた。

 だから正確には、冷たくする布ではなく、冷たくする岩……?


 ……ちなみに、魔法を開発する際も、開発した魔法を魔岩に込める際も、クレアはかなり頑張った。

 今も一人、マギアキジアでクレアにしか出来ない作業を続けている。

 ちょっと頑張りすぎかもしれない。


「これはマギアキジアの魔機研で開発した最新技術なんだ。……まだ量産は出来ていないので、一般には公開してないけど……」

「そ、そんな貴重なものをなぜ私なんかに……?」

「この船団の皆さんに、ある重要な仕事を任せたいと思って」

「じゅ、重要な……?」

「そう! この布を使って、ルビートゥーナの鮮度を保ち、マギアキジアに仕入れて欲しい!!」


 俺は、見逃さなかった。

 ニナさんの目が大きく開き、嬉しそうに輝くのを。

 きっとレティ、スゥ、ミミカも確認したはずだ。

 ……やったぞクレア、サプライズはほぼ成功。


「な、なんと! ラ、ライナス隊長! 大変ですっっ!!」


 すぐにライナスさんがやって来た。

 説明を聞く顔には、『天職を見つけた』と書いてあるようだった。


「ぜぜぜ是非我々にお任せくださいっっ!」

「うん、しっかり頼むよ」

「はっ!」

「……皆さん、楽しみにしています。」

「「はッッッ!!」」


 ニナさんに答えた二回目が大音量だったのは言うまでもない。


 冷却の布は元々、帰りのトニトルモンテでお披露目する予定だった。

 こんな、ルビートゥーナを釣るためだけの船団と合流することになるなんて予想していなかったのだ。

 だが、期せずして先に、最高の形で目的達成となった。

 ここからはこの旅の本来の目的に集中できそうだ。


 この世界にとって、転生者とは何なのか。

 そのヒントを得るために、過去に生きた英雄……初代剣聖サイトウの墓を訪ねる。

 それが今回の旅の目的だ。

 サイトウが転生者である保証はない。

 俺の推測。


 しかし、なぜか、外れている気はしなかった。

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