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第73話:ロボット研究者刺殺事件

「…………土公(どこう)……先生……?」


 大学にある小さな部屋で。

 僕の目の前に、尊敬する土公先生が、うつ伏せに倒れている。

 よく見える背中は、血の赤。


 昨晩から先生との連絡が付かないことに違和感を感じ、合鍵を使って先生の居室に入った。

 最初に目に飛び込んできた異常な光景。


 ……殺人……?


 あまりに非日常的な状況に、頭の回転が鈍っている。

 浮足立っている。

 目は泳いで——……ふと、倒れる先生のさらに奥……つけっぱなしの画面が目に入った。


 その画面を覗き込みたいという欲求が、他の全ての感情を上回った。

 足元に注意しながら画面に近づく。

 映っていたのは、僕が書いた論文だった。

 ビッシリとコメントが付けられている。


「……ふざけるなよ……」


 胸を焼くような怒りが、込み上がってくる。


 コメントの一つ一つには、土公先生の熱が込められていた。

 良い技術を世に送り出そうという、純粋なエネルギーの塊。


 それを途絶えさせたのは誰だ。


 この世界に、大きな損失を生み出したやつは誰だ。


 きっとそいつは愚かで、自らが犯した罪を理解していないだろう。

 きっとそいつは短慮で、自らが犯した罪を理解することはないだろう。

 僕が教えてやらないといけない。


 僕はまず、先生の背中を調べた。

 刺し傷が一つだけ。

 包丁で刺すとこんな感じだろうか。


 先生は部屋の入口に足を向けている。

 つまり、振り向くこともなく、倒れたということだ。

 犯人のことも、何が起きたのかも、分からなかったかもしれない。

 食いしばった歯が欠けた。


「……そうだ、警察」


 僕はポケットから携帯端末を取り出した。

 顔認証でロックが外れるタイプで良かった。

 指紋認証だったら、このベタついた赤に染まった手が、僕の邪魔をしただろう。


 ……。

 さて、警察の人は色々言っていたが、いちいち聞いている暇はない。

 次の確認をしないと。


 僕は入口のドアを調べ始めた。

 この部屋には鍵がかかっていた。

 密室というやつだ。

 まるでミステリー小説のようだが、しかし。


「……くだらない」


 ドアノブの上、鍵穴の部分に、装置が被せられている。

 専用の無線リモコンで鍵の開け閉めが可能になる装置だ。

 今どき珍しくもない。


 密室でも何でもない。

 今どき鍵が閉まっていたくらいでは何の結論も導かれない。


 ……さて、これが付いている、ということは……。

 取りに来る。


 扉を開けた状態に戻しながら立ち上がった時、大きな何かがドンッと懐に飛び込んで来た。


「……へへ……へへへ……これでお前らの成果は俺のもんだぁ……!」


 それは、若い男だった。

 研究室のメンバーだった気もするし、隣の研究室の研究員だった気もする。

 僕は研究内容で人を覚える人間だ。

 研究には独自性……つまり個性が宿る。

 顔や名前はどうも覚えられない。


 僕は腹に押し付けられた男の両腕を力いっぱい掴んだ。

 こいつのことは覚えてすらいないが、ちゃんと出席したことは褒めてやろう。

 僕が教えてやらないといけない。

 理解るまで。


「なッッ!? は、離しやがれ死に損ない!」

「……特別講義の時間だ」

「な、何言ってやがる……!?」


 僕はそれから、懇切丁寧に話を始めた。

 きっとこいつは、本題の前提知識すら知らない。

 基礎の基礎だけでも知っていれば、あんなことをするはずがない。

 まず始めに、科学技術がどのようにして、僕らの生活を豊かにしてきたのかを教えてやった。


 暴れて講義の邪魔をするので、男の両手を刺した。

 丁度いい刃物が、僕の腹に突き立てられていた。


 講義内容は、研究という営みの説明に移った。

 研究は社会全体のためのものである……このことを男が理解するには時間が必要だ。

 途中退席しようとしたので、両足を刺した。


 そしてようやく本題だ。

 講義で先生が楽しそうな顔をしている時。

 その話題には先生が興奮するほどの深みがあることを意味する。

 つまり、学生がすんなり理解できるとは限らない。

 土公先生の研究ポリシー……全人類の役に立つ技術の創出が、いかにワクワクするものであるかを語った。

 この素晴らしさを理解できるか?


 気付くと、男は居眠りしていた。

 本来、講義を聴くかどうかは受講者の自由だ。

 しかし今回は、一対一の特別な講義。

 聞いていなかったのなら、もう一度話してやる方がいい。


 叩いても起きなかったので、再び手を刺した。

 原型がなくなってしまったが、土公先生を刺した要らない手だ。

 問題ないだろう。


 男が目を覚まし、大声を上げた時、廊下の方で物音がした。


「——警察だ! ここで何をしているッ!?」

「……あァ……遅刻者……ですか……ゴボッ!」


 僕の口から、大量の血が溢れ出た。

 途端に意識が遠のいていく。


 研究員に過ぎない僕は、講義を持たない。

 やったことなんてない。

 猿真似だ。


 土公先生……最初で最後の講義……形になってたでしょうか?

 論文……仕上げられなくて、すみません。


 ジュリエット……土公先生と僕が作った、最高のロボット……。

 論文が仕上がったら結婚するつもりだったのに……。

 幸せに……してやれなくて……ごめん……。


 急速に視界が暗くなり、辺りの音も、血の温かさも、感じなくなった。


 ……

 …………

 ………………


 ……なんだ?


『…………よ……』


 誰かの声が聞こえる。


『…………ざめよ……」


 随分と偉そうな声だ。


『……目覚めよ、意思強き者よ』


 いくら偉そうでも、僕は従ったりしない。

 僕の行動原理は、土公先生と同じだ。


『……我は星霊(せいれい)。汝に、この世界を救ってもらいたい』

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