第72話:定住
「……スゥ様っ!!」
ゼフィリアから来てくれた研究仲間と共に行くクレアを見送っていると、知っている声が聞こえた。
「おお、ミヤ! 無事に会えたな!」
「はい。まさかこのような端にいるとは思わず、遅くなりました。……ドコウ様、レティ様、覚えておいででしょうか? スゥ様の付き人をしておりました、ミヤです」
「もちろん! お久しぶりです」
「お久しぶりです!」
ミヤさんにはボレアリスでお世話になった。
今回は国の代表として参加されていると聞いたが……。
「あれ? スゥは今初めて会えたの?」
「うむ……バタバタしておったからの……。ミヤもボレアリスの代表として大変じゃったろう。共に来たのは、そちらの護衛の者だけか?」
「いえ……それが……」
「……ん……? そちらのもの……どこかで……」
スゥはミヤさんの後ろに佇む護衛の顔を覗き込む。
黒子のように布で顔を隠しているが……。
俺の予感、たぶん当たった。
「……久しいなスゥよ。なんと美しい姿か」
「……ち、ちち……っ!」
大きな声を出しかけて、スゥは口を抑えた。
……やっぱりね……。
ミヤさんの護衛に扮した男性は、スゥの父……ボレアリスの皇帝だった。
スゥは小さな声が聞こえるよう、皇帝に近寄る。
「……父上っ! いらっしゃるとは聞いてませんっ」
「……お忍びだからな」
「……父上……お忍びというのは、こういったパーティーには参加しないものです……」
「そ、そうなのか……? スゥが手掛けたという料理を、どうしても食してみたかったのだ……」
スゥは大きくため息をついた。
二人のやり取りは、父と娘のそれそのものだ。
「スゥ、二人を案内してあげたらどうかな?」
「む。そうじゃな」
「ドコウ殿。模擬戦の際は挨拶もせず、失礼した。先程の演説を余も聴かせてもらったぞ。また改めて、正式に対談の場を設けさせてほしい」
俺が皇帝と直接話をするのは、これが最初。
「挨拶については気にしないでください。それに、対談についても是非。ヴァレンティンにも伝えておきましょう。私は研究者の一人に過ぎませんので」
「はっはっは! 余には貴殿こそが中心に見えるがな。……して、スゥはよくやれているだろうか?」
皇帝としての鋭さを見せた直後の声は、皇帝のものではなかった。
大事な娘が心配で仕方ない、一人の父親だ。
「マギアキジアに欠かせませんね。今日のこの場も、スゥが居なければ成し得なかったでしょう」
「そうか。……うむ、今後とも宜しく頼む」
「ええ、こちらこそ」
皇帝は満足した様子でスゥ、ミヤさんと歩いていった。
スゥはミヤさんに訊かれ、髪飾りのことを説明している。
マギアキジアを代表する研究者の証だ。
その様子を見る皇帝の表情は、穏やかだった。
……もうちょっと忍んだ方が良いと思うけどな……ここには他国の王族もいるんだし。
「レティ! それにドコウ様っ!」
……ほらね。
間一髪だったな。
「あ! カスパー兄様と、お父様にお母様!」
ぞろぞろとやって来たのは、レグナムグラディの王族御一行。
……というか何人で来たんだ?
面識があるのは、ニナさんと手合わせしたカスパーさんだけ。
「レティ……綺麗になって……!」
「お友達が作ってくれたんですっ!」
「なんと……!」
……何人かズビズビし始めた。
もしかしてこの一家、皆ヴァルさんと同じなのか……?
「ドコウ様ですな。私はレグナムグラディの国王をしております。ようやく会えましたな」
「そうですね。何度も助けていただいてるのに挨拶にも行かず、すみません」
「いやいや、頭は下げんでいただきたい! いつもレティとヴァルが世話になっているのだから、当然です」
やはり、ヴァルさんと似ている。
表面的な上下関係には強くこだわってないようだ。
「二人には私が助けられてばかりです」
「そ、そんなことないんですよ、お父様! 私いっつもドコウさんに教わってばかりで……」
「マギアキジアの正門はご覧になりましたか? あれはレティが居たから建築できたんです。演説でお見せした機人、あれより遥かに大型なものを、見事に操作して」
「なんとっ!!」
ついに家族で円陣を組み、感動を分かち合い始めた。
……でも、大袈裟ではないと思う。
レティもヴァルさんも、この国の中心的な存在として立派にやっている。
心配は不要。
誇ってほしい。
「……それでドコウ様、剣姫様のお姿が見えないようですが……?」
涙を拭きながら、レティの父が尋ねてきた。
「……けんき?」
「ああ、すみませんドコウ様! 私との模擬戦の以降、ニナ様に憧れるものが相次ぎまして……」
カスパーさんが解説に入る。
「ニナ様を信仰するものの間で、『剣姫』という呼び名が広まったのです」
「信仰……って……」
レグナムグラディは剣技を重んじる国だ。
そこであれだけ圧倒的な技を見せれば、影響はあると思ったけど……。
俺が苦笑いしていると、遠くの方でどよめきが起こった。
全員が同じ場所を見つめている。
ここからでは人集りでよく見えない。
「……ニャーッ! 寄るんじゃないニャ! 全く旦那はどこニャ! エスコートをお願いしたのに何故来ないニャ!?」
……あれ?
何かを思い出せそうな気がする……。
「ニナ姉様ッ! 本当に旦那はこっちかニャ!? 人ばっかりで何も見えないニャ!」
「ええ。」
俺は人集りに向かって歩き出した。
声をかけると、素直に道を開けてくれる。
その先で、目が合った。
桔梗色の瞳……まとめられた白銀の髪。
それらの中間の色をしたドレスが、キラキラと輝いていた。
左腕には、独特な白い輝きを放つブレスレットが嵌められている。
無意識に差し出した俺の手に、細い手が重ねられた。
「……凄く、凄く綺麗だ。ニナさん」
「ドコウさんも、素敵です。」
ニナさんは微笑んだ。
「……旦那」
う。
「何してたんだニャ!? 旦那が居ないとこうなることは分かりきってたニャ! だから呼んだのに……」
「ミミカのお陰で何ともありません。ありがとう、ミミカ。」
「許すニャ!!」
なんじゃそりゃ!
「ニナ様! ご無沙汰しております。カスパーです。レグナムグラディでお手合わせいただいた……覚えておられますか……?」
「ええ。」
「おお、なんと……!」
感動に身を震わせるカスパーさん。
……いやいや、覚えていただけで大袈裟な……。
「……カスパー兄様。チャンスはありませんからね」
「当たり前だレティ! そんなことはずっと前から分かっているさ! ……それに、他の者も先程理解したことだろう」
レティはミミカを家族に紹介し、すぐに二人でデザートコーナーに向かった。
ミミカはずっと皆の衣装のために働いていたようだ。
「あ、ニナさんも何か食べる?」
「いえ。飲み物だけで。」
「じゃ、ゆっくりしてよっか」
「はい。」
結局、ゆっくりなんて出来なかった。
ニナさんの騒動で俺を見つけた様々な人が、次から次へと挨拶に来た。
皆、俺の演説を聞いてくれたらしい。
興奮気味に話す皆さんの話を聞いているうちに、夜は更けていった。
◇
「ははっ、ようやく一息だ」
「ええ。お疲れ様です。ドコウさん。」
「ニナさんもね」
俺の自室には窓があり、マギアキジアの街並みを遠目に見ることが出来る。
街はまだ明るい。
俺達が参加したパーティー以外にも、あちこちで催しがあったようだ。
「大きな都市になりましたね。」
「そうだね……」
ニナさんと二人で俺達の街を見る。
講演もして、パーティーで挨拶もした。
どう見ても俺はこの街の住民の一人。
俺達の居場所が、今日、完成したのだ。
「次は何からやりましょうか?」
「まずは、調査だね」
ジゼルさんと母から託された、『星の声』を巡る謎。
しかしそれだけではない。
サイトウ……俺と同じ転生者。
転生者はこの世界にとって、何なのだろうか……。
そして……モンスター。
亀型モンスターは、人が居ないトニトルモンテを目指した。
その特性は魔岩を上手く使ったものであり、そして……まるで俺達に対策したようだった。
その裏に、『意思』を感じるのは俺だけではないだろう。
どうもこの三つは無関係でないような気がする。
一つ一つ、紐解いていこう。
なんにせよ……
「……この世界がどんなものであっても……どうなっていくとしても……一緒に見ていこう」
「はい。ドコウさん。」




