第71話:式典開始
今日は朝から大忙し。
マギアキジア設立を記念する式典、その当日なのだから当然だ。
しかし、俺は油断していた。
「おお、ドコウくん! 倒れたと聞きましたが、もう大丈夫ですか?」
「ジーナスさん! ご心配をお掛けしました……。今は万全ですよ!」
俺はドルフィーネから到着したジーナスさんと、魔機研の応接室で会っていた。
アリアナさんも一緒だと聞いているが、もしかすると母に会いに行ったのかもしれない。
「それは良かった! 式典でのドコウくんの演説、楽しみにしていますよ」
「…………………………え?」
ジーナスさんもドルフィーネにいながら色々と尽力してくれたと聞いている。
どうやら疲れてらっしゃるようだ。
「マギアキジア最大の特徴である魔工機人研究所の、所長ですもんね。アリアナさんはそれを聴くために来たと言っていました」
「…………………………しょちょー?」
「所長の制服、よく似合ってますよ」
今朝、ミミカがやたらと立派な衣装を届けに来た。
とにかくこれを着ろと言うので、今、着ている。
そもそも昨日、急に寸法を測られた時にも不思議に思っていたが、ミミカの気迫を前に何も訊けなかった。
「……おっと、もうこんな時間ですか。……ではドコウくん、また一時間後に」
「あ……え……」
俺はポツンと、応接室に取り残された。
……一時間後……?
何が?
ドアが開き、ヴァルさんが現れた。
「おお、ドコウ殿! ジーナス殿とは話せたか? そろそろ会場に来て欲しいのだが……」
「……ヴァルさん、俺……喋るの?」
「…………言ってなかったか……?」
「…………どうだろう……?」
「……………………大丈夫か……?」
「……………………どうだろう……?」
ヴァルさんは俺に言ってくれていた気もする。
聞いてない気もする。
正直、慌ただしくしていたので覚えていない。
そして今、言ったかどうかは重要ではない。
大丈夫か、ダイジョバナイかだ。
「…………行こうか……ヴァルさん……」
「……ああ……すまない」
俺とヴァルさんは、式典会場に向けて歩き出した。
◇
前世の話だ。
大学で研究者をやっていると、急に自分の研究を説明するイベントが発生する。
学会に参加していると、雑談から継ぎ目なく研究内容に話題が移ることも多い。
常によく考えてさえいれば、いつだってその場のニーズに合わせて話を構築することが出来る。
そうでなければいけない。
つまり。
俺は、前世の経験を全て活用して、演説を行った。
主題は、魔機研がどのような施設であるのか。
俺にとって、ではない。
参加してくれた方々にとってどんな施設なのかだ。
その説明は当然、ここで研究される魔工学とは何か、機人とは何か、という話に帰着する。
幸い、魔工学の説明は簡単だった。
参加者の多くが、魔岩布を使いながら俺の話を聞いていたからだ。
魔岩布のように、生活を便利にする技術、それが魔工学だ。
高度な魔法の技術は必要ない。
機人の説明には、パフォーマンスを交えることにした。
……話ばかりでは眠くなるからね。
荷物の運搬に用いた六脚機人を予め生成しておき、舞台袖から登場させたのだ。
会場からは大きな歓声が上がった。
……悲鳴じゃなくて良かったと、俺は安心した。
いくつかの指令に応じる様子を見せた後、俺は聴衆に語りかけた。
魔工学も機人も、まだまだ研究し始めたばかりだ。
より多くの人の役に立つ技術となるには、多くの人のアイデア、協力が欠かせない。
「……国を越え、種族を越え、全ての人々の暮らしを豊かにするため、是非皆さんにもご協力いただけないでしょうか? 魔工機人研究所……魔機研は、そんな馬鹿らしくなるくらい夢のような夢を、真面目に追い求める施設です」
……締め括った俺は、舞台を降りた。
六脚機人の背に乗って退場する俺を見て、聴衆は何を思っただろう。
荷物の運搬を任せたいと思っただろうか。
足が不自由な方に、様々な景色を見せたいと思っただろうか。
シュールさに笑い、エンタメ性を見出しただろうか。
それらの自由な発想が交わる場として、魔機研を作っていこう。
◇
……話しすぎた……。
式典の後に用意された盛大なパーティー。
その会場の隅に隠れるようにして、俺はワインを見つめていた。
研究者というのは、いざ喋り始めると話が長い。
舞台を降りた時、俺は自分の持ち時間を遥かに過ぎた時計を見て、愕然とした。
……式典に参加してくれた皆さんを、退屈させてしまっただろうか……。
いや、しかし終わり際は拍手喝采だった……はず。
……俺の錯覚?
衣装は着替えている。
パーティー用の衣装を持ってきてくれたミミカは、手早く衣装の説明を終えると、一瞬で姿を消した。
何かを訊ける雰囲気では、なかった。
そういえば最後に何か言っていた気がするが、なんだったっけ……。
「……あ! ドコウさん! やっと見つけました!」
元気な声が聞こえた。
「……おお……」
そこには、弟子三人組が揃っていた。
この呼び方も、今はしっくり来ない。
三人の美女が、手を振りながらこっちに向かってくる。
「ドコウさん! こんな端っこに居たんですね! 探しました!」
「ああ、レティ。とっても素敵なドレス姿だね」
レティは水色のドレスを着ていた。
金色の髪と青い瞳によく似合う。
出会った頃は少女だった彼女も、いつの間にか大人の女性だ。
可憐さと大人っぽさを共存させたドレスがよく似合っている。
「へへ……ありがとうございます!」
「それに、スゥも。前に食事に行った時の服も似合ってたけど、ドレスもよく似合うね」
「な、なんじゃ……今日は褒めるのが上手いの。……ありがとう」
スゥのドレスは赤だった。
赤い髪に赤い瞳、そして赤いドレスで統一されている。
スゥの白い肌が際立ち、気品を感じさせる。
「わ、我が主……ボ、ボク、ボクボク!」
「クレアは紫のドレスか……理知的なクレアにピッタリだ」
淡藤色の髪色より濃い、紫色のドレス。
クレアの外見だけじゃなく、その内面とマッチして、ミステリアスな魅力を放っている。
いつものクレアとは違う印象を受けた……が、聞いてる?
「ボクボクっ……ボクっ!」
「お、落ち着けクレア! 落ち着くのじゃぞ! 妾達のドレスはともかく、ドコウ殿の衣装を汚しでもしたら……」
「そうですよ! ミミカちゃんにすっごく怒られますよ!」
クレアは何度か深呼吸をした。
……おお……抑え込んだ……。
「……ありがとう、レティ、スゥ。ボク命拾いしたよ」
「ふぅ……それは妾達もじゃ」
「クレアさんは、ドコウさんの演説のことを話したかったんですよね!」
激しく頷くクレア。
「ああ……ごめんね。長すぎたよね……。それをここで反省してたんだ」
「長いだなんてとんでもない我が主! もっともっと聞きたかったボク! とてもとても感動しました!」
クレアがグワッ!と喋りだしたが、距離は保っている。
横でスゥとレティが、いつでも止められるように構えていた。
「よ、よく耐えたぞ、クレア」
「えと……私もです! それに演説の後、参加した皆さんも魔機研のことをとってもワクワクした顔で話してました!」
「え……そ、そうなの……?」
「そうです!」
「まさか失敗と思い込んでおったとは……」
またもや激しく頷くクレア。
「……クレア様!」
少し離れたところから、クレアを呼ぶ声がした。
手を振っているのは複数の男女のグループだが、顔に見覚えのある人はいない。
「……あ、皆……」
「クレア様、ご無沙汰してます! とても素敵なお姿ですね……。……あ! もしやドコウ様ですか!?」
「そ、そうだけど……」
「何とこれは申し遅れました! 我々はゼフィリアでクレア様の研究所に勤めていたものです!」
確かクレアの研究所に居た研究者の中には、家庭の事情などでクレアに付いてこれなかった人達がいた。
それが彼らのようだ。
「皆……来てくれたんだね。長旅、家族は大丈夫……?」
「ここにいる全員、家族同伴です! 都市を見てもらえば、移住の理解も得やすいだろうと……」
「……どう?」
「全家庭、順調です!」
「よしっ」
……ん、もしかして魔機研、また大きくなります?
「……ドコウ様、先程は失礼しました。素晴らしい演説は拝聴したのですが、遠い席でお顔がよく見えず……」
「そうだったんですか。次回に活かしたいので是非、どの辺りの席だとどんな見え方だったのか、教えてください」
「……あ、我が主。それはボクが聞いておく」
「かしこまりました。……やはり妥協されない方だ。是非あとでゼフィリアの代表者にも面談のお時間をいただきたい」
ゼフィリアは今回招待客ではないので、他国と比べるともてなしがやや簡素だ。
これは援助してくれた他国の顔をたてるために仕方ないことだが、気を悪くしてないといいが……。
そもそもどんな人が代表者なのかも全く分からない。
その疑問を、クレアが解消してくれた。
「……代表者、どんな人……」
「我々、ただゼフィリアに留まってた訳ではありません。……クレア様の手紙に熱く記されていたドコウ様の理念、これに賛同するものを代表者に推薦し……連れて参りました!」
「おお……グッジョブ」
「……ふふっ」
つい、笑いがこぼれてしまった。
「あ! クレアさん、ドコウさんの真似ですね!」
「えへへ……。我が主、皆、ボクちょっと行ってくる」
「うん、頼むよ」
クレアはゼフィリアからの仲間達と共に、代表者の元へ向かった。
すぐに人に隠れて見えなくなる。
気がつけば、パーティーはかなり盛り上がっている。
「……スゥ様っ!!」
今度は、知っている声が聞こえた。




