表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/76

第70話:二人

 ジゼルさんはもう、震えていなかった。

 震えていたのは、途中まで。

 蘇生の禁術について話し始めたとき、ジゼルさんの緊張は解れていた。

 きっと、それまでの話は思い出したくない話。

 ニナさんと出会ったことは、ジゼルさんにとって、幸せなことなのだろう。


「……この話をしたのは、おまえ達……ニナとドコウなら、息子達とは違う道を見つけられるんじゃないか……そう思ったからさ」

「……『星の声』……。」

「そう……ニナ。強くなったね。……ワシは、ヒト族を恨んではおらん。二人のやり方がマズかったのさ。……だが、二人の事情も分からん……。分からんまま、何十年も過ぎてしまった」

「……それから私達……ドワーフとエルフは、ヒト族を刺激しすぎないことに決めたわ。向こうからすれば、こっちから喧嘩を売ったように見えたはずだもの。……全面戦争を、二人が望んでいたとは思えなかったの」


 母の口調は、言い訳をしているようにも聞こえた。

 きっと、自分に対しての言い訳なのだろう。

 本当は真相を追いたかったに違いない。


「ドワーフとエルフの交流も、目立たないようにしたわ。……ヒト族を疑心暗鬼にさせるのが怖かったの」

「収拾がつかなくなるね……」


 少し臆病すぎるようにも思えるが、そう感じるのはきっと、失っていないからだ。


「……そしてワシらは、嘘をつくことを決めたのさ」

「……ドワーフとエルフの仲が悪いという嘘と……」

「黒い髪の嘘。」


 どちらも嘘をついた相手は、俺とニナさんだ。

 まだ、意図をよく理解できていない。


「黒髪の方は少し分かります。ニナさんに両親を追って欲しくなかったから……じゃないですか?」

「その通りさ」

「でも実際、黒髪は多くの人にとって未知の存在のようですが……」

「髪が黒い……つまり純血のエルフは、ここ数百年で五人しかおらん」

「……ああ、なるほど」


 五人……ジゼルさんとその旦那さん、息子さん夫婦に、ニナさん。

 そしてジゼルさんはエルフの隠れ里で暮らしており、息子さん夫婦も同居していたと言っていた。

 見つからなければ、居ないのと同じだ。


 そうか……両親の手がかりはごく一部。

 それまで隠れていたことを考えると、ヒト族に会いに行った時も、露出は最小限にしたのかもしれない。


「ワシらは……いや、ワシは、ニナの始まりを、復讐にしたくなかったのさ……」

「……今日、完成した貴女達の街を見せてもらったわ。それに、ドコウが寝ている間の皆さんの様子も。……とっても良い仲間達と、とっても素敵な街を作ったのね」

「……ええ。」

「うん」


 全部に意味がある。

 本当にこの母は抜け目がない……。


「……ニナちゃん。この話を聞いて、どう思ったかしら?」


 母は言葉に出来なかったようだが、仲間達のことだ。

 ……もっと直接的に言えば、両親を殺した人達と同じ、ヒト族のこと。


「関係ありません。父と母を殺した人と、今を生きる皆さんは別の存在です。」


 ニナさんの視線を一瞬感じた。

 俺が振り向くと、すでに母に向き直ったニナさんの横顔が見えた。


「……先入観に縛られずに、事実を見て理解する。それが、ドコウさんから教わった世界の見方です。」

「……そう……そうね……。ごめんなさい、嫌なこと訊いちゃって」

「いえ。」

「そんなニナちゃんとドコウだから……やっぱり私も、お願いしたいわ。亡くなった二人の意思……星の意思を……解き明かしてほしいの」


 星の声を聞き、炎魔法を禁じようとした、その真意。

 分からないことだらけだが、引っかかるものはある。

 それは、既に気が付いていた炎魔法の特異さ。


 副次的な現象に過ぎない発熱現象を主目的として扱うのは、やはり少々歪んでいる。

 この歪みが、星の声とやらに関係しているとしたら……?

 魔工学と強く関連する話に思えてくる。


 もう一つ、これは単なる想像だが……。

 二人はヒト族に『伝える』ために旅立った。

 もしかして二人は、ヒト族のことも想って、行動したんじゃないだろうか。


 二人は、世界を救おうとしたんじゃないだろうか。


「……分かりました。」

「俺も、ニナさんに同意だ。……それで何度も俺に、色々なことを知れって言ってたんだね……」

「ええ、そうね。それはニナちゃんにも言いたかったことだけど、ドコウから伝わって本当に良かったわ」


 確かに、仲間の皆と出会い、自分の目で世界を見る前に今日の話を聞いていたら……。

 俺は……ニナさんは、どんな考えを持っていたか分からない。

 なるほど……


「……って納得するとこだった。ドワーフとエルフが不仲だっていう嘘の方は? 理由が分からないんだけど……」

「私もです。」


 母は小さなため息をついた。

 ……なんで?


「……ドコウとニナちゃんには、全く意味のない嘘だったわぁ。初めて二人を見た瞬間、嘘をつき続けるの、諦めたもの」

「ワシもさね」

「……どゆこと?」

「二人には、一緒に歩いていくことを、自分たちで決めて欲しかったのよ! ……ドコウは身体の育ち方も寿命も、人口のほとんどを占めるヒト族とは違うって、旅に出る前から分かってたでしょ?」


 母からエルフの話を聞いたのは、ドルフィーネに行く前だ。

 ……最初から、身体が成長したら旅に出すつもりだったんだな。


「身体のことだし、気が付かないなんてことはあり得ないわ。……放っといたら、似た境遇のエルフと何となく旅をする……なんてことに、なりそうじゃない!」

「……だから無条件に信頼しないように、悪い印象を?」

「そうよ! それでも少しずつ分かり合って、いつか協力し合えるはず。その時の仲はきっと本物。……もし仲良くなれない時は遠回しにフォローして……って色々考えてたのに、初対面で打ち解けちゃうなんて!」


 母のトーンがどんどん上がっている。

 さっきまでの重い空気が、入れ替わった気がした。


「しかもそれからずっと相棒ですってぇ? ドコウが一人で村に来た時、話を聞いて吹き出しそうになっちゃったわ!」

「予想を上回る、嬉しい誤算だったね! ……カカカッ!」


 ……あ、ジゼルさんが笑った。

 きっとニナさんも安心して……


「……? どうしました? ドコウさん。」

「ニナ……おまえ……」


 驚きの声を漏らすジゼルさん。

 ニナさんは、手を口元に軽く寄せ、くすくすと笑っていた。

 錯覚ではない。


「……あ……私も普通の、ただの一人だと思ったら自然と……。変ですか……?」

「おいドコウ! この顔を見な! こんなに可愛い笑顔があるかい!? 控えめでいて美しく、気品があって可憐な笑顔! ……ああ、生きている間にニナの笑顔が見れてワシは幸せだよ……。……何してる! なんか言う事があるんじゃないのかい!?」

「お、おばあちゃん……。」


 涙まじりの嬉しそうな顔をしたジゼルさんが、杖の先端を俺に向けてまくし立てると、ニナさんは少し恥ずかしそうな顔になった。

 確実に、表情が柔らかくなっている。

 しかし、俺はずっと前からニナさんの気持ちを何となく読み取れていた。


「……何も変じゃないよ。すごく素敵だ。……でもだからって、無理することもないよ。そりゃいつまでも見ていたくなる笑顔だけど、ニナさんは自然体でいればいい」

「……はいっ。」

「……はぁ……貴方達には敵わないわぁ」


 母は何故か呆れ顔だが、ジゼルさんは満足そうだし、ニナさんは嬉しそうなので良しとしよう。

 さてこれで話は一段落……じゃない!


「あ! 最後に良いですか? どうして今回、俺に禁術を使ってくれたニナさんは、ジゼルさんほどの影響を受けなかったんでしょう?」

「……まず第一に、正しく技を使ったからさね。死後間もないドコウのためだけに、全力を注いだ」

「でも、その時かなり消耗していて、髪は金色まで変わってたはずだけど……」


 そう、あの時、ニナさんは戦闘でかなりの魔力を使っていた。

 万全の状態でも危険な禁術をそんな状態で使って、平気なものだろうか?


「理由はあと二つあるわ。……一つは、クレアちゃん」

「……なるほど」

「クレアちゃんが皆の魔力を術に使えるようにしてくれたお陰で、ニナちゃんの魔力が少し残ったの」

「クレアにも皆さんにも、感謝しています。」

「二つ目は、その腕輪よ。……ドコウからのプレゼントなんですって? やるじゃない!」


 ニナさんは左腕を軽く上げて、ブレスレットを覗かせた。

 出会った頃に俺があげた魔岩が、キラリと輝く。


「イヤーカフは全部壊れちゃったみたいだけどね。……元々この装飾品は、魔力の過剰な放出を抑えるためのものなの。最後には砕け散って、身体にくるはずだった反動を代わりに受けてくれるのよ」

「……もしかして俺のも……?」

「そうよ。……右腕の分、壊したでしょ?」

「た、確かに……」


 右腕に付けていた二つのブレスレットは、トニトルモンテの近くに現れた亀を倒す際に砕け散った。


「ニナちゃんの左腕のブレスレットも、同じ効果を発揮したみたい。……それでニナちゃんの魔力放出が少し抑えられて、仲間の皆の魔力が使われたってこと」


 ニナさんは、ブレスレットを大事そうに撫でている。


 疑問は解消し、今度こそ、話に一段落ついた。


 今日の話を、聞けて良かった。

 大きな痛みが伴う話だった。

 でも、ジゼルさんもニナさんも母も、ここに来た時よりずっといい表情だ。


 その晩、俺は温もりを感じながら眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ