第70話:二人
ジゼルさんはもう、震えていなかった。
震えていたのは、途中まで。
蘇生の禁術について話し始めたとき、ジゼルさんの緊張は解れていた。
きっと、それまでの話は思い出したくない話。
ニナさんと出会ったことは、ジゼルさんにとって、幸せなことなのだろう。
「……この話をしたのは、おまえ達……ニナとドコウなら、息子達とは違う道を見つけられるんじゃないか……そう思ったからさ」
「……『星の声』……。」
「そう……ニナ。強くなったね。……ワシは、ヒト族を恨んではおらん。二人のやり方がマズかったのさ。……だが、二人の事情も分からん……。分からんまま、何十年も過ぎてしまった」
「……それから私達……ドワーフとエルフは、ヒト族を刺激しすぎないことに決めたわ。向こうからすれば、こっちから喧嘩を売ったように見えたはずだもの。……全面戦争を、二人が望んでいたとは思えなかったの」
母の口調は、言い訳をしているようにも聞こえた。
きっと、自分に対しての言い訳なのだろう。
本当は真相を追いたかったに違いない。
「ドワーフとエルフの交流も、目立たないようにしたわ。……ヒト族を疑心暗鬼にさせるのが怖かったの」
「収拾がつかなくなるね……」
少し臆病すぎるようにも思えるが、そう感じるのはきっと、失っていないからだ。
「……そしてワシらは、嘘をつくことを決めたのさ」
「……ドワーフとエルフの仲が悪いという嘘と……」
「黒い髪の嘘。」
どちらも嘘をついた相手は、俺とニナさんだ。
まだ、意図をよく理解できていない。
「黒髪の方は少し分かります。ニナさんに両親を追って欲しくなかったから……じゃないですか?」
「その通りさ」
「でも実際、黒髪は多くの人にとって未知の存在のようですが……」
「髪が黒い……つまり純血のエルフは、ここ数百年で五人しかおらん」
「……ああ、なるほど」
五人……ジゼルさんとその旦那さん、息子さん夫婦に、ニナさん。
そしてジゼルさんはエルフの隠れ里で暮らしており、息子さん夫婦も同居していたと言っていた。
見つからなければ、居ないのと同じだ。
そうか……両親の手がかりはごく一部。
それまで隠れていたことを考えると、ヒト族に会いに行った時も、露出は最小限にしたのかもしれない。
「ワシらは……いや、ワシは、ニナの始まりを、復讐にしたくなかったのさ……」
「……今日、完成した貴女達の街を見せてもらったわ。それに、ドコウが寝ている間の皆さんの様子も。……とっても良い仲間達と、とっても素敵な街を作ったのね」
「……ええ。」
「うん」
全部に意味がある。
本当にこの母は抜け目がない……。
「……ニナちゃん。この話を聞いて、どう思ったかしら?」
母は言葉に出来なかったようだが、仲間達のことだ。
……もっと直接的に言えば、両親を殺した人達と同じ、ヒト族のこと。
「関係ありません。父と母を殺した人と、今を生きる皆さんは別の存在です。」
ニナさんの視線を一瞬感じた。
俺が振り向くと、すでに母に向き直ったニナさんの横顔が見えた。
「……先入観に縛られずに、事実を見て理解する。それが、ドコウさんから教わった世界の見方です。」
「……そう……そうね……。ごめんなさい、嫌なこと訊いちゃって」
「いえ。」
「そんなニナちゃんとドコウだから……やっぱり私も、お願いしたいわ。亡くなった二人の意思……星の意思を……解き明かしてほしいの」
星の声を聞き、炎魔法を禁じようとした、その真意。
分からないことだらけだが、引っかかるものはある。
それは、既に気が付いていた炎魔法の特異さ。
副次的な現象に過ぎない発熱現象を主目的として扱うのは、やはり少々歪んでいる。
この歪みが、星の声とやらに関係しているとしたら……?
魔工学と強く関連する話に思えてくる。
もう一つ、これは単なる想像だが……。
二人はヒト族に『伝える』ために旅立った。
もしかして二人は、ヒト族のことも想って、行動したんじゃないだろうか。
二人は、世界を救おうとしたんじゃないだろうか。
「……分かりました。」
「俺も、ニナさんに同意だ。……それで何度も俺に、色々なことを知れって言ってたんだね……」
「ええ、そうね。それはニナちゃんにも言いたかったことだけど、ドコウから伝わって本当に良かったわ」
確かに、仲間の皆と出会い、自分の目で世界を見る前に今日の話を聞いていたら……。
俺は……ニナさんは、どんな考えを持っていたか分からない。
なるほど……
「……って納得するとこだった。ドワーフとエルフが不仲だっていう嘘の方は? 理由が分からないんだけど……」
「私もです。」
母は小さなため息をついた。
……なんで?
「……ドコウとニナちゃんには、全く意味のない嘘だったわぁ。初めて二人を見た瞬間、嘘をつき続けるの、諦めたもの」
「ワシもさね」
「……どゆこと?」
「二人には、一緒に歩いていくことを、自分たちで決めて欲しかったのよ! ……ドコウは身体の育ち方も寿命も、人口のほとんどを占めるヒト族とは違うって、旅に出る前から分かってたでしょ?」
母からエルフの話を聞いたのは、ドルフィーネに行く前だ。
……最初から、身体が成長したら旅に出すつもりだったんだな。
「身体のことだし、気が付かないなんてことはあり得ないわ。……放っといたら、似た境遇のエルフと何となく旅をする……なんてことに、なりそうじゃない!」
「……だから無条件に信頼しないように、悪い印象を?」
「そうよ! それでも少しずつ分かり合って、いつか協力し合えるはず。その時の仲はきっと本物。……もし仲良くなれない時は遠回しにフォローして……って色々考えてたのに、初対面で打ち解けちゃうなんて!」
母のトーンがどんどん上がっている。
さっきまでの重い空気が、入れ替わった気がした。
「しかもそれからずっと相棒ですってぇ? ドコウが一人で村に来た時、話を聞いて吹き出しそうになっちゃったわ!」
「予想を上回る、嬉しい誤算だったね! ……カカカッ!」
……あ、ジゼルさんが笑った。
きっとニナさんも安心して……
「……? どうしました? ドコウさん。」
「ニナ……おまえ……」
驚きの声を漏らすジゼルさん。
ニナさんは、手を口元に軽く寄せ、くすくすと笑っていた。
錯覚ではない。
「……あ……私も普通の、ただの一人だと思ったら自然と……。変ですか……?」
「おいドコウ! この顔を見な! こんなに可愛い笑顔があるかい!? 控えめでいて美しく、気品があって可憐な笑顔! ……ああ、生きている間にニナの笑顔が見れてワシは幸せだよ……。……何してる! なんか言う事があるんじゃないのかい!?」
「お、おばあちゃん……。」
涙まじりの嬉しそうな顔をしたジゼルさんが、杖の先端を俺に向けてまくし立てると、ニナさんは少し恥ずかしそうな顔になった。
確実に、表情が柔らかくなっている。
しかし、俺はずっと前からニナさんの気持ちを何となく読み取れていた。
「……何も変じゃないよ。すごく素敵だ。……でもだからって、無理することもないよ。そりゃいつまでも見ていたくなる笑顔だけど、ニナさんは自然体でいればいい」
「……はいっ。」
「……はぁ……貴方達には敵わないわぁ」
母は何故か呆れ顔だが、ジゼルさんは満足そうだし、ニナさんは嬉しそうなので良しとしよう。
さてこれで話は一段落……じゃない!
「あ! 最後に良いですか? どうして今回、俺に禁術を使ってくれたニナさんは、ジゼルさんほどの影響を受けなかったんでしょう?」
「……まず第一に、正しく技を使ったからさね。死後間もないドコウのためだけに、全力を注いだ」
「でも、その時かなり消耗していて、髪は金色まで変わってたはずだけど……」
そう、あの時、ニナさんは戦闘でかなりの魔力を使っていた。
万全の状態でも危険な禁術をそんな状態で使って、平気なものだろうか?
「理由はあと二つあるわ。……一つは、クレアちゃん」
「……なるほど」
「クレアちゃんが皆の魔力を術に使えるようにしてくれたお陰で、ニナちゃんの魔力が少し残ったの」
「クレアにも皆さんにも、感謝しています。」
「二つ目は、その腕輪よ。……ドコウからのプレゼントなんですって? やるじゃない!」
ニナさんは左腕を軽く上げて、ブレスレットを覗かせた。
出会った頃に俺があげた魔岩が、キラリと輝く。
「イヤーカフは全部壊れちゃったみたいだけどね。……元々この装飾品は、魔力の過剰な放出を抑えるためのものなの。最後には砕け散って、身体にくるはずだった反動を代わりに受けてくれるのよ」
「……もしかして俺のも……?」
「そうよ。……右腕の分、壊したでしょ?」
「た、確かに……」
右腕に付けていた二つのブレスレットは、トニトルモンテの近くに現れた亀を倒す際に砕け散った。
「ニナちゃんの左腕のブレスレットも、同じ効果を発揮したみたい。……それでニナちゃんの魔力放出が少し抑えられて、仲間の皆の魔力が使われたってこと」
ニナさんは、ブレスレットを大事そうに撫でている。
疑問は解消し、今度こそ、話に一段落ついた。
今日の話を、聞けて良かった。
大きな痛みが伴う話だった。
でも、ジゼルさんもニナさんも母も、ここに来た時よりずっといい表情だ。
その晩、俺は温もりを感じながら眠った。




