第69話:白
「そういえば、ジゼルさんと母さんの姿が見えないけど、もう帰っちゃったのかな?」
ヴァルさんに剣と盾を渡し、皆で晩ご飯を楽しんだ後。
二人が居ないことに気がついた。
「いや、せっかくなので式典が終わるまでは滞在すると聞いたが……」
「ドコウ殿とヴァル殿は知らなくて当然じゃな。伝え忘れておった。昨晩の風呂でこの街の話になっての。二人で街巡りをすると言っておった」
「じゃあ、晩ご飯もどこかで?」
「うむ。いつもの料理屋に行きたいと言っておったぞ。式典準備のために昼は閉じておるが、夜は通常営業じゃからな」
確かに、魔岩を使った料理屋なんて、二人も気になって仕方ないだろう。
もしかすると、昨日までは俺が目を覚ましたらすぐに対応できるよう、ここで待機していたのかもしれない。
お世話になった。
……何かお返ししたいな……。
「……ドコウさん、迎えに行きましょう。」
「おお、それは良い考えじゃな。二人もおぬしらと話したいじゃろう。夜は迷いやすくなるしの」
「……確かに。じゃ、行こっか!」
「はい。」
ローブを羽織り、念の為に魔岩布を二枚手に取った。
夜は冷える。
料理屋だけじゃないマギアキジア自慢の技術を、体験してもらおう。
◇
母とジゼルさんは、すぐに見つかった。
俺はニナさんの案内に従っただけだ。
これまでもそうだったが、ニナさんは俺だけでなく、母とジゼルさんのことも感知できるらしい。
俺も意識しているのだが、この感知能力は真似できそうにない。
「あら、ドコウとニナちゃん。迎えに来てくれたの?」
「ええ。」
「おお、ニナはなんて優しい子なんだい……」
「ジゼルは本当にニナちゃんを溺愛してるわねぇ」
「リリーナに言われたかないねっ。……そりゃそうさ……。……………………二人とも、時間はあるかい?」
「はい。」
「俺も大丈夫です」
ジゼルさんは、明らかに何か話したい様子だ。
丁度、俺からも話したいこと……訊きたいことがある。
恐らく、同じ話題。
「どこか、場所を用意しましょうか?」
「そうさね……。ニナ、果樹園を作り始めたと言っていたね?」
「はい。」
「じゃあそこにしよう」
「あ、それなら冷えるので、この布を使ってください。魔力を込めると温まります」
二人は感動した様子で布を羽織った。
ジゼルさんが被った布の端を、母が掴んでいる。
……やっぱり、そうか。
◇
果樹園に着くと、ニナさんは簡素な木小屋を作った。
外の木々がよく見えるよう、最低限の風除けになる壁と、屋根だけだ。
中央には焚き火。
ニナさんのナイフで火花を散らして付けた。
俺とニナさんの二人で旅をしていた時に、よくやっていたやり方だ。
炎魔法を使えるレティが仲間になってからは必要なくなったやり方。
今ここにいる四人は、誰も炎魔法を使えない。
「……さて、まずあんたが気がついていることを、教えてもらえないかね?」
ニナさんが作った木の椅子に腰かけて、ジゼルさんが俺に問い掛ける。
俺は小さく息を吸った。
一気にいこう。
「……はい。結論から言います。……ニナさんの髪が普段黒く見えるのは、膨大な魔力が蓄積されているからです」
「……。」
「そうだね……。それだけかい?」
「……ジゼルさんの髪も、以前は黒かったのだと思っています」
ジゼルさんは俺の目をじっと見ている。
真剣だが、優しさを帯びた眼差しだ。
「恐らく、白くなったのは老いではない。この後は自信がなく、失礼かもしれませんが、はっきりと言います。……恐らく母とジゼルさんは、同年代ではないでしょうか? ……つまり、髪だけでなく、ジゼルさんがそのように老いた見た目をされているのは、加齢によるものではない……」
「……続けな」
「……魔力の枯渇によるものだと考えています」
「…………。」
ジゼルさんは少しの間、目を瞑った。
その横で母は、ジゼルさんが羽織る布を掴み続けたまま、沈黙を守っている。
ニナさんが、お茶の入った木の湯呑みをジゼルさんに手渡した。
「……あれ? ニナさんどこからお茶を……?」
「家を出る際に容器に入れ、魔岩布でくるんでおきました。」
「用意周到だね……」
ニナさんもこの場を予想していたということだ。
「……リリーナ。二人とも大したもんじゃないか……」
「ええ。私も、今の二人には話すべきだと思うわ」
ニナさんが全員にお茶を配り終えると、ジゼルさんは静かに語り始めた。
「あんたの仮説は、全て正しい。……ワシは、ニナも使った蘇生の禁術を使い、今のようになった」
「……その時、蘇生したのは……」
「ニナだよ」
「……!!」
ニナさんの手が震え出した。
その震えは僅かだが、湯呑みの中で波打つお茶が、ニナさんの心中を表している。
「ニナちゃん、もっとドコウに近寄りなさい。独りではなく、二人で聞くのよ」
「……はい。」
俺が座っている椅子が、二人掛けへと形を変えた。
隣に座ったニナさんの震えが、徐々に収まっていく。
その様子を確認し、ジゼルさんはゆっくりと語り始めた。
「……ワシには息子がおった。夫は、ワシらよりも二百ほど歳上のエルフ。もうとっくに寿命でいってしまった」
「私に土魔法を教えてくれたのは、ジゼルの旦那さんのお友達だったのよ」
土魔法はドワーフ独自の魔法だ。
ということは、この頃、ドワーフとエルフの間に交流があったのか。
「息子はエルフの中でも、特に魔力の感知が得意だったね……。大人になる頃には、木々の声も聞けると言っておった」
「木々の声……」
俺は声を漏らすと同時に、ニナさんが俺の服を掴んでいることに気付いた。
掴むというより、握りしめている。
差し出した手が服の代わりになった。
「自然を愛する、優しい子だった……。そんな息子が、美しい妻を迎えた。この子もまた、自然の声を聞き、自然を大切にする良い子だったよ」
「……。」
「ワシは息子夫婦が好きだった。共に暮らし、子を授かったと聞いた時は、自分のことのように喜んだもんさね」
「私やお父さんも一緒に、お祝いをしたわ」
母は、どこまで知っているんだろう。
ニナさんと会った時、母は初対面のように見えなかった。
「……ある日、息子夫婦は揃って、ヒト族が多く集まる国……ボレアリスに行くと言い出した。ワシは理由を聞いたさ。腹に子がいる今、なぜ長旅をする必要があるのか、と」
ジゼルさんは、涙を堪えるような表情で話し続けている。
いや、泣いているのかもしれない。
枯れた涙が、頬を伝っているような気がした。
「二人は、『星の声を聞いた』と応えた。聞いた以上、なるべく早くヒト族に伝える必要がある……そう言って二人は旅立っていったよ。……この時、なぜワシはすぐに付いていかなかったのか……何年も考えたが、分からんままだね……」
「ジゼル……」
「今はもう心配ないよ。……数日して、胸騒ぎが収まらなかったワシは、二人を追ってボレアリスに向かった。……ボレアリスの手前に広がる森で、すぐに二人を見つけることが出来たよ……」
「ジゼル、手を握って……」
「ああ……ありがとう」
ジゼルさんは母の手を強く握りしめた。
「……二人は、仲良く森で寝そべっていたよ……真っ黒に、焼け焦げてね……」
「なッッ……!?」
「……!!」
ニナさんが俺の手を握る力が、強まった。
そうだ、俺が取り乱してはいけない。
俺がニナさんを支える番だ。
つい先日、ニナさんがそうしてくれたように。
「後からジンロウが調べた話によると、二人はヒト族に、炎魔法を禁じるように、言ったらしい。……二人の真意は、ワシには分からん。しかし、その時の二人は、ヒト族が提示した妥協案にも一切応じないほど、強行的で、必死だったそうだ」
「……そんな一方的では反感を……」
「やっぱりあんたとは気が合うね。……ワシも、二人はそれで反感を買ったのだと考えたよ。……炎魔法は、土魔法や木魔法を使えないヒト族が、長い年月をかけて確立した魔法……。しかも、純血のエルフやドワーフには使えない魔法だからね……」
確かに炎魔法は特殊だ。
そのことは随分前から分かっている。
しかし、二人はなぜ使用を禁じようとしたのだろう……。
優しい二人を、相手が殺意を覚えるほど強引にさせた『星の声』とは、なんだ……。
「……ともかくその時のワシは……二人を見つけたワシは、理由なぞどうでも良かった。ただ二人を……いや、腹に宿る子を含めた三人を……助けたかった。そしてワシは、全ての魔力も、自分の命も賭して、蘇生の禁術を使ったのさ」
……もう答えが出ている。
最初から、分かっていた答えが。
「そもそもあの禁術は、全ての魔力と引き換えに、死後間もない一人の命を呼び戻す技。それをワシは、無理だと知りながら、三人に使おうとした。……息子だけが蘇ったところで、何の意味もないと思ったのさ……」
「…………。」
「……ワシは分かっておったよ。二人が命を落としてから、時間が経っていると。それでもワシは、無理矢理に術を発動した。…………結局、二人に変化はなかったよ。無理をしたワシは、魔力を全て消費するだけじゃなく、生気も失い、魔力を扱う能力も失った。……失敗したと思ったさ。……しかしね、徐々に消えてゆく光の柱の中に、小さな赤子が見えたのさ」
「……おばあちゃん……。」
「両親譲りの真っ黒な髪に、父親似の白い肌、母親とそっくりな桔梗色の瞳をした女の子……。ワシは何とか、二人の一番大事なものだけは守ることが出来た」
「……ワシはその子に、ニナと名付けたのさ」




