第66話:パートナー
目を開けると、ぼやけた視界が広がった。
眠っていたみたいだ。
いつの間にか寝ちゃってたか……。
……白い……部屋……?
どこで寝たんだっけ……?
……とりあえず、メガネだな。
メガネメガネ……。
…………ん?
私は、誰だ?
俺は、ドコウだ。
ドワーフのドコウ。
研究都市マギアキジアの、研究者。
マギアキジア。
皆と作った、皆の居場所。
……皆?
「……ニナさんッッ!!」
俺は、マギアキジアの自室のベッドで、飛び起きた。
「…………ここに居ます。ドコウさん。」
部屋の隅から、ニナさんの声が聞こえた。
次第にハッキリしてきた視界をそちらに向けると、ローブのフードを深く被った、ニナさんが居た。
俺はベッドから降り、ニナさんの方へ歩く。
少しふらつくが、大丈夫そうだ。
ニナさんはじっと立ったまま、動かない。
フードに手をかけ、ゆっくり外す。
透き通るような白い肌。
輝くような白銀の髪。
美しい桔梗色の瞳。
大粒の涙。
俺はニナさんを抱きしめた。
「ごめんニナさん……!」
「……ドコウさん……ッ!」
ニナさんは、声を上げて泣いた。
俺はしばらくそのまま、服を濡らし続けた。
◇
慌ただしい足音が近づいてくる。
あまり聞き覚えのない足音が……複数?
「……来ます。」
そう言うとニナさんは俺の腕から離れ、再びフードを被って窓に近寄った。
外を見るようだ。
窓は、足音が近づいてくる扉の、逆側にある。
バンッ!!
「こんのたわけがぁぁあああああッッッ!!」
勢いよく扉を開けたのは、ニナさんのお義祖母さん……ジゼルさんだった。
……息が上がっている。
「……ぜぇ……はぁ……この……!」
ジゼルさんは杖を上げたが、すぐに降ろした。
……?
「ふん……ッ! ニナに感謝するんだね!」
「ジゼルの言う通りよドコウッ!!」
「ええ!? 母さん!?」
ジゼルさんに続いて部屋に入って来たのは、俺の母だった。
「な、なんでここに……?」
「なんでって、ニナちゃんの蘇生魔法が見えたからに決まってるじゃない!」
……ちゃん?
いや、それよりも。
……蘇生。
そうか……やっぱり。
俺はあの時、死んだのか。
ニナさんは相変わらず窓の外を見ている。
……あとで必ず、お礼をしよう。
そして、もう一度謝ろう。
ニナさんを守ろうとして、逆に無理をさせた。
あれ以上魔力を消費させたくなかった。
髪の色を変えたくなかった。
訊くのが怖い。
「……ニナさんの、身体の具合は……」
「……。」
ニナさんは外を見ている。
「大丈夫だったわ。髪の色もいずれ戻るわよ」
「…………え? 母さん、それ、本当?」
「こんな時に嘘を付くやつがいるかね!」
「いてッ!」
ジゼルさんに杖で小突かれた。
「私とジゼルも診たわ。……本当よ」
「あの……オズとか言ったかね? ありゃ随分立派な魔力神経の研究者じゃないか」
「そうね。私達に分かるのは髪に残留する魔力量。オズさんって方は、全身の魔力の流れに異常がないことを確認してくれたわ」
「…………良かった…………」
安心したらふらついてしまった。
よろよろ歩いてベッドに腰かける。
「ドコウも、もう少し休みなさい」
そう言って母はニナさんに近づいていった。
「ニナちゃんも休んだ方がいいわよ? せっかくならドコウと一緒に……あら? ……あらあら」
「……。」
ニナさんの顔を覗き込んだ母は、ニコニコしながら戻ってきた。
そのままジゼルさんの肩を押す。
「私達、来るのがちょっと早かったみたいよ。下でお茶の続きをしましょっ」
「……まだ話し足りないのかい……」
「当たり前じゃない! 久々に会えたんだから!」
「……やれやれ……。他の者にも、目を覚ましたことは伝えてやらんとな」
「そうね! ……でも、会うのはもう少し待ってもらわなきゃ。……ドコウ! しっかり歩けるようになったら、皆にもお礼を言うのよ!」
「……うん。分かった」
二人は賑やかに会話しながら、食堂がある一階へと降りていった。
会話の様子からして、あの二人は単なる知り合いではなさそうだ。
もっと身近な……。
部屋にはまた、俺とニナさんだけになった。
「……。」
ニナさんはすぐに窓際を離れ、俺の隣に腰かけた。
軽くもたれかかってくるニナさんを受け止め、そっと肩を抱く。
「……ずっと傍にいてくれたんだね。ニナさんも休まないと」
「ええ。……でも、ずっと遠かったです。……やっと……。」
「……今日はこのまま、一緒にいよう」
「はい。…………今日だけですか?」
「いや。……良ければ、ずっと」
「はい。」
◇◇◇
食堂の扉の前。
母とジゼルさんの声は廊下にも聞こえているが、他にも人の気配がする。
……たぶん、皆いる。
「……おはようございまーす……」
ゆっくりと扉を開けながら、恐る恐る様子を窺った。
全員と、目が合った。
そして……
「ドコウさん!」
「おぬし!」
「我が主!」
弟子三人組が駆け寄って……って……ぶつかる!
「うおっと!」
「……。」
弟子達の体当たりを受けた俺をニナさんが支えてくれた。
「良かった……! 良かったです……!」
「心配かけたね。レティ、スゥ、クレア」
「おぬしは、クレアにもっと礼を言うべきじゃ」
「い、いいよスゥ……。我が主が元気になっただけで……」
弟子三人が離れ、俺も体勢を立て直す。
「詳しく、聞かせて欲しい」
「うむ、妾から話そう」
スゥは俺が倒れた後のことを教えてくれた。
クレアが皆に声をかけ、ニナさんの力になった、その一部始終を。
「そうだったのか……。クレア、ありがとう」
「ボ、ボクはただ必死で……。皆の手を借りないと何も出来なかった……。それに、髪色の変化は、止められなかった」
「あら! ニナちゃんが元気なのは、クレアちゃんのお陰よ?」
母だ。
やっぱりもう、隠すつもりはないらしい。
「……うん、俺も話を聞いて、そう思った。……だから、ありがとう」
「……えへへ」
俺はそのまま皆の方に向き直り、頭を下げた。
「皆もありがとう。心配かけてごめん」
「……私からも。ありがとう。」
ニナさんも横に並んで頭を下げる。
「……頭を上げてくれ、ドコウ殿にニナ殿。我々が見たいのは、元気な貴殿らの姿だ」
「そうだぜお二人さん!」
「……皆……」
全員の笑顔を見た。
ぐぅぅぅ〜…………
「……俺の腹め……」
「ふふっ! 無理もない。ずっと寝ておったんじゃしの」
「すぐに準備いたします」
その後に食べたご飯は、言葉に出来ないほど美味しかった。
最高の食事を楽しむ俺に、皆は色々な話をしてくれた。
亀のモンスターが現れてからずっと、慌ただしい日々が続いているのだそうだ。
どうやら俺は、一週間ほど眠っていたらしい。
正門が完成してから数えると、もうすぐ二週間になる。
マギアキジアお披露目の式典は、三日後に迫っていた。




