表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/75

第65話:「  」

 私はそれを見た。

 亀のようなモンスターが、全身に込められた魔力を一点に集め、放つ様子を。


 私はそれを感じた。

 放たれた魔力が、夜空を穿(うが)つ瞬間を。


 私はそれを拒絶した。

 理解し、認めることを。


 亀のようなモンスターは、魔力へと姿を変えていく。


 そんな分かりきったことに興味はない。

 亀の前に移動した私が見たいのは……見たくないのは……


「…………ニ……さ……なに…………しな…………」


 言葉を絞り出したドコウさんの目が、ゆっくり閉じていく。

 一瞬のはずのそれは、永遠に思えた。

 ……なのに何も出来ない。

 何も理解らない。


 ……ドコウさん……?


 ドコウさんの胸には、穴が空いている。

 空と同じように。


 血は流れていない。

 高密度の魔力で、灼かれている。


 観察は出来る。

 でも、理解らない。


 ドコウさんの目が、ゆっくりと、完全に、閉じた——

 ——それと同時に、世界から、色が消えた。

 夜空も、大地も、私も、白黒の世界。


(……主ッッ! 我が主ッッ! だいじょ……う…………)


 音も遠い。


(……あ……あァ…………ああああああァァァッッ…………!!)


 ああ……こんなにも、何も無い……。

 何も感じない……価値もない……要らない……。


(放せッッ!! 何が起きたのじゃッッ!? ドコウ殿ッッ!!)

(いかんスゥ殿! 行ってはいかんッッ!!…………ぐッ……! 腕が……!)


 ……『何もしないで』?

 このつまらない世界で、ですか?


(…………う………………嘘じゃ…………嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ!)


 ……ボレアリスでの模擬戦。

 炎魔法の猛攻を難なく無効化したドコウさんは、私に訊きましたね。


『ニナさんって普段、技の名前とか言わないですよね?』


 まだ丁寧な言葉遣いも残っていた頃。


『はい。特に付けてないので。』

『おお! じゃあニナさんも名前の付いた技はないんだね!』

『……すみません、一つだけ。』

『あるのか……やっぱり俺も何か考えようかな……。……あ、ニナさんの技も、いつか見てみたいな』

『……それは難しいと思います。』

『そっか……。特殊なの?』

『はい。』

『そうかぁ……残念』


 やっぱり、見れそうにはないですね、ドコウさん。

 名前の付いた、たった一つの技。

 おばあちゃんから教わった技。

 絶対に使うなと、何度も何度も、キツく言われた技。


 あの時の、おばあちゃんの顔、とても辛そうだった。

 ……でも、ごめんね、おばあちゃん。


「……エルフ族に伝わる、蘇生の禁術を使います。」


 ◇


 ……え……?

 ニナ様、今、なんて言ったの……?

 叫びすぎて声が出ない。

 地面を掻きむしったボクの指は、血まみれだ。


「……ニナ……さ……」


 声がかすれる。

 訊きたいのに。

 詳しく教えて欲しいのに……!


 ……蘇生……?


「……ドコウさんは、『魔力を使うな、何もするな』と言いました。」


 ニナ様は、主の方を向いたまま話してる。

 ボク達から見えるのは、背中だけ。


「髪を見て言ったようでした。きっと私の身に、良くないことが起きるのでしょう。……でも」


 金色の髪をした、ニナ様が振り返る。


 その顔は……その桔梗色の美しい瞳は…………大粒の涙を、流し続けていた。


「……ドコウさんが居ない世界を、私は生きたくありません。」


 ニナ様はそう言ってボクの方に数歩近づき、また我が主の方を向いた。

 杖を構えてる。

 ……いつもと逆の持ち方。

 宝玉が付いた側を、大地に横たわる我が主に向けた。


『——魔岩の知識が役立つかもしれない。……頼んだよ』


 ……!

 マギアキジアを出る時に、我が主がボクにかけてくれた言葉。

 それがまた聞こえた気がした。


「ま゛……ッ! 待って……!」

「……?」

「手伝える!」


 我が主はニナ様に、魔力を使わないように言ったらしい。

 だったら、ボクが魔力を使えばいい……!


 ボクは急いで立ち上がり、ニナ様の杖の近くでまたかがんだ。

 これに魔岩糸(まがんし)(くく)り付ければ、魔力を伝えられるはず……!


 でも、血だらけのボクの指は、言うことを聞いてくれない。


「すみません、蘇生できるのは死後まもなくだけですので。」

「ま、待って!」


 ニナ様は、自分の心配をしてないみたい。

 でも、それじゃダメ!


 スゥの元に全力で走り、足がもつれて転がり込む。


「……そ……うそ……う……そ……」


 スゥは膝をつき、夜空を仰ぐような姿勢で放心してる。

 その目の焦点は定まってない。

 ……ごめん!


 パンッ!


 スゥの白い頬を、真っ赤な手で叩いた。


「……クレ……ア……?」

「スゥ! しっかり聞いて! まだ間に合う!」

「……え……?」


 ボクが大急ぎで説明すると、スゥの意識はすぐにハッキリしてきた。


 魔岩糸を巻き付けるために、スゥがニナ様の方へ駆け出した。

 それを見たボクは、反対向きに走る。

 レティとヴァルがいる方に。


「……クレアさん……」

「二人とも正気だね! 我が主を助けるのを手伝って!!」


 レティはヴァルが一緒だったお陰で、なんとか堪えたみたい。

 説明して、一緒にニナ様とスゥのところに走った。


 スゥは四本の魔岩糸を巻き付け終わってた。

 一本を受け取って、ボクの腕に巻き付ける。

 こうすれば血で滑り落とさない。


 ニナ様はもう術に取り掛かっていた。

 小さな声で、何か喋ってる。


 ……昔、研究で読んだ古い本を思い出した。

 ニナ様は、『呪文』……というものを唱えてるんだと思う。

 違う言語なのか、意味は全然分からない。

 でも、凄く大きな魔力の動きを感じる。


「全力で魔力を糸に込めて!」


 ボクの合図を聞いて、スゥ、レティ、ヴァルがそれぞれに魔力を込め始めた。

 魔力は魔岩糸を介して、ニナ様の杖に伝わっていく。

 宝玉の輝きが増した。

 ……でも……


「全然足りない! もっと込めて!!」


 ボクも必死にやってる。

 皆も必死なのは分かる。

 でも足りない。

 まだ、ニナ様の魔力の方がずっと多い。


 また一段と宝玉の輝きが強くなった。


 ニナ様の髪が、先端から徐々に、色を変えてく。

 美しい白銀に。


「ダ、ダメ……! 皆もっと……!!」

「クレアさん……! もうこの空間の魔力が……!」


 レティの言う通り。

 もう、この辺りの魔力がなくなりかけてる。

 魔動変換が、出来なくなる。

 息苦しい。


 それでも、ニナ様はさらに魔力の放出量を増やしてく。

 ……いったいどうやって……!

 宝玉はもう、真っ黒だった。


 ピシッ!


 音を立てて、ニナ様のイヤーカフが三つ、砕け散った。

 宝玉にも小さなヒビが入ってる。


 ニナ様はさらに魔力を増やした。

 風が吹き荒れ、立っていられない。

 ニナ様は強く輝き過ぎて、よく見えない。

 魔力を変換する感覚も痺れてきて、よく分からない。


 その時——ッ!


「——蘇生(リザレクション)ッ!!」


 ニナ様の声が響く。

 夜空から降りてきた光の柱が、ボク達を包んだ。


 真っ白で、何も見えない——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ