第65話:「 」
私はそれを見た。
亀のようなモンスターが、全身に込められた魔力を一点に集め、放つ様子を。
私はそれを感じた。
放たれた魔力が、夜空を穿つ瞬間を。
私はそれを拒絶した。
理解し、認めることを。
亀のようなモンスターは、魔力へと姿を変えていく。
そんな分かりきったことに興味はない。
亀の前に移動した私が見たいのは……見たくないのは……
「…………ニ……さ……なに…………しな…………」
言葉を絞り出したドコウさんの目が、ゆっくり閉じていく。
一瞬のはずのそれは、永遠に思えた。
……なのに何も出来ない。
何も理解らない。
……ドコウさん……?
ドコウさんの胸には、穴が空いている。
空と同じように。
血は流れていない。
高密度の魔力で、灼かれている。
観察は出来る。
でも、理解らない。
ドコウさんの目が、ゆっくりと、完全に、閉じた——
——それと同時に、世界から、色が消えた。
夜空も、大地も、私も、白黒の世界。
(……主ッッ! 我が主ッッ! だいじょ……う…………)
音も遠い。
(……あ……あァ…………ああああああァァァッッ…………!!)
ああ……こんなにも、何も無い……。
何も感じない……価値もない……要らない……。
(放せッッ!! 何が起きたのじゃッッ!? ドコウ殿ッッ!!)
(いかんスゥ殿! 行ってはいかんッッ!!…………ぐッ……! 腕が……!)
……『何もしないで』?
このつまらない世界で、ですか?
(…………う………………嘘じゃ…………嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ!)
……ボレアリスでの模擬戦。
炎魔法の猛攻を難なく無効化したドコウさんは、私に訊きましたね。
『ニナさんって普段、技の名前とか言わないですよね?』
まだ丁寧な言葉遣いも残っていた頃。
『はい。特に付けてないので。』
『おお! じゃあニナさんも名前の付いた技はないんだね!』
『……すみません、一つだけ。』
『あるのか……やっぱり俺も何か考えようかな……。……あ、ニナさんの技も、いつか見てみたいな』
『……それは難しいと思います。』
『そっか……。特殊なの?』
『はい。』
『そうかぁ……残念』
やっぱり、見れそうにはないですね、ドコウさん。
名前の付いた、たった一つの技。
おばあちゃんから教わった技。
絶対に使うなと、何度も何度も、キツく言われた技。
あの時の、おばあちゃんの顔、とても辛そうだった。
……でも、ごめんね、おばあちゃん。
「……エルフ族に伝わる、蘇生の禁術を使います。」
◇
……え……?
ニナ様、今、なんて言ったの……?
叫びすぎて声が出ない。
地面を掻きむしったボクの指は、血まみれだ。
「……ニナ……さ……」
声がかすれる。
訊きたいのに。
詳しく教えて欲しいのに……!
……蘇生……?
「……ドコウさんは、『魔力を使うな、何もするな』と言いました。」
ニナ様は、主の方を向いたまま話してる。
ボク達から見えるのは、背中だけ。
「髪を見て言ったようでした。きっと私の身に、良くないことが起きるのでしょう。……でも」
金色の髪をした、ニナ様が振り返る。
その顔は……その桔梗色の美しい瞳は…………大粒の涙を、流し続けていた。
「……ドコウさんが居ない世界を、私は生きたくありません。」
ニナ様はそう言ってボクの方に数歩近づき、また我が主の方を向いた。
杖を構えてる。
……いつもと逆の持ち方。
宝玉が付いた側を、大地に横たわる我が主に向けた。
『——魔岩の知識が役立つかもしれない。……頼んだよ』
……!
マギアキジアを出る時に、我が主がボクにかけてくれた言葉。
それがまた聞こえた気がした。
「ま゛……ッ! 待って……!」
「……?」
「手伝える!」
我が主はニナ様に、魔力を使わないように言ったらしい。
だったら、ボクが魔力を使えばいい……!
ボクは急いで立ち上がり、ニナ様の杖の近くでまたかがんだ。
これに魔岩糸を括り付ければ、魔力を伝えられるはず……!
でも、血だらけのボクの指は、言うことを聞いてくれない。
「すみません、蘇生できるのは死後まもなくだけですので。」
「ま、待って!」
ニナ様は、自分の心配をしてないみたい。
でも、それじゃダメ!
スゥの元に全力で走り、足がもつれて転がり込む。
「……そ……うそ……う……そ……」
スゥは膝をつき、夜空を仰ぐような姿勢で放心してる。
その目の焦点は定まってない。
……ごめん!
パンッ!
スゥの白い頬を、真っ赤な手で叩いた。
「……クレ……ア……?」
「スゥ! しっかり聞いて! まだ間に合う!」
「……え……?」
ボクが大急ぎで説明すると、スゥの意識はすぐにハッキリしてきた。
魔岩糸を巻き付けるために、スゥがニナ様の方へ駆け出した。
それを見たボクは、反対向きに走る。
レティとヴァルがいる方に。
「……クレアさん……」
「二人とも正気だね! 我が主を助けるのを手伝って!!」
レティはヴァルが一緒だったお陰で、なんとか堪えたみたい。
説明して、一緒にニナ様とスゥのところに走った。
スゥは四本の魔岩糸を巻き付け終わってた。
一本を受け取って、ボクの腕に巻き付ける。
こうすれば血で滑り落とさない。
ニナ様はもう術に取り掛かっていた。
小さな声で、何か喋ってる。
……昔、研究で読んだ古い本を思い出した。
ニナ様は、『呪文』……というものを唱えてるんだと思う。
違う言語なのか、意味は全然分からない。
でも、凄く大きな魔力の動きを感じる。
「全力で魔力を糸に込めて!」
ボクの合図を聞いて、スゥ、レティ、ヴァルがそれぞれに魔力を込め始めた。
魔力は魔岩糸を介して、ニナ様の杖に伝わっていく。
宝玉の輝きが増した。
……でも……
「全然足りない! もっと込めて!!」
ボクも必死にやってる。
皆も必死なのは分かる。
でも足りない。
まだ、ニナ様の魔力の方がずっと多い。
また一段と宝玉の輝きが強くなった。
ニナ様の髪が、先端から徐々に、色を変えてく。
美しい白銀に。
「ダ、ダメ……! 皆もっと……!!」
「クレアさん……! もうこの空間の魔力が……!」
レティの言う通り。
もう、この辺りの魔力がなくなりかけてる。
魔動変換が、出来なくなる。
息苦しい。
それでも、ニナ様はさらに魔力の放出量を増やしてく。
……いったいどうやって……!
宝玉はもう、真っ黒だった。
ピシッ!
音を立てて、ニナ様のイヤーカフが三つ、砕け散った。
宝玉にも小さなヒビが入ってる。
ニナ様はさらに魔力を増やした。
風が吹き荒れ、立っていられない。
ニナ様は強く輝き過ぎて、よく見えない。
魔力を変換する感覚も痺れてきて、よく分からない。
その時——ッ!
「——蘇生ッ!!」
ニナ様の声が響く。
夜空から降りてきた光の柱が、ボク達を包んだ。
真っ白で、何も見えない——




