第64話:金
「ヴァル兄様ッ!? しっかりしてください! ヴァル兄様ッッ!!」
レティの悲痛な叫びは、倒れるヴァルには届いてない。
ボクなら診れるかも。
「スゥ、ボク行ってくる」
「うむ! ……頼む!」
ニナ様は……遠すぎて声が届かない。
きっと大丈夫。
ずっとオズやギルと仕事をしてたら、自然と治癒魔法も得意になった。
身体の具合もひと目見ればだいたい分かる。
魔力の流れが教えてくれるから。
雑貨屋の奥さんが赤ちゃんを身ごもってることも、すぐに分かった。
「レティ、ボクに診せて」
「ク、クレアさん! 兄様がッ!」
レティは凄く動転してる。
もう戦闘はさせない方が……良いと思う。
ヴァルの様子は……。
「……大丈夫。気を失ってるけど、命に関わる状態じゃない。……左腕は折れてるから、治す」
「お、お手伝いします!」
「うん」
ボク達は戦い始めてすぐ、亀のようなモンスターの特徴を調べた。
物理攻撃はダメ。
魔力で強化したニナ様やヴァルの攻撃も、あまり効かなかった。
レティの水魔法もダメ。
水魔法の威力は、水の質量に依るもの。
だからほとんど物理攻撃。
効きそうなのはスゥとボク。
特にスゥの拳術は、我が主と違って派手ではないけど、確実に内部に威力が伝わってそう。
全身を使った高度な技術、『発勁』という技だと思う。
ボクの電気も中まで伝わってそうだった。
だからスゥとボクが主体で、ニナ様が作った隙をついて戦った。
でも、急に亀が素早く動いて、レティを蹴ろうとした。
ヴァルはレティを庇うために、大きな足の蹴りを盾で受けて、飛ばされた。
お陰でレティは無傷。
魔岩みたいな肌に通る電気は僅か。
離脱しても、影響は少ないと思う。
だからスゥは戦って、ボクがヴァルを診るのは合理的。
スゥは凄い。
ボクは知ってる。
夜遅くまで研究しながら、毎朝鍛錬してること。
だから今、ニナ様の後ろで、ギリギリだけど戦えてる。
他にも知ってる。
普段は作業着を着て、汚れもついてるけど、お洒落も勉強してること。
……ボクはお洒落が全然分からないけど、スゥはずっと勉強してる。
前に、なんでそんなに色々頑張れるのか訊いたら、たくさん謙遜された後で少し教えてくれた。
『……変われる気がするのじゃ』
『……何に?』
『分からぬ。……何かに打ち込むと、あやつに近づいた気がするのじゃ。しかし、あやつはお構い無しにもっと遠くへ行く。それをまた追いかける……。これを繰り返しておる』
『……追いつきたい?』
『いや。……恐らく追いつくことはないじゃろう。しかしの、それで良いのじゃ。……そうしてるうちに、妾は変わっている気がする。それを実感できるのじゃ。……あやつを追いかけるうちに、妾も、何者かに成れる。そう思うのじゃ』
『……そっか』
『……じゃから、あやつには師として、いつまでも規格外な存在のまま、先に居てもらわねばいかんの!』
……ホントは、全員が、我が主の到着を心待ちにしてる。
威力に特化した主の拳術なら、きっとこの亀にも致命傷を与えられる。
状況を打破してくれる。
助けてくれる。
「……祈るしかないの」
「あれ、スゥ」
「うむ。ニナ殿から、妾もこちらを補助するように言われたのじゃ。何やら秘技を使うと言っておった」
「秘技……」
「しかし自信は感じられんかった。……我らの師が早く来てくれることを、妾は望んでおる」
スゥも加わって、三人で治癒魔法をかける。
きっとこれなら、すぐに回復できる。
……!
その時、初めての魔力を感じた。
ズバッ!!
振り返ったボクが見たのは、ニナ様が切り落とした、亀の足。
それと、髪を輝かせる、ニナ様だった。
「おお! あれが秘技じゃな!」
「うん……きっとそう。凄い……」
ニナ様は亀に斬撃を浴びせ続けてる。
一太刀で足を切り落とすのは簡単じゃないみたい。
でも、着実にダメージを与えてる。
「い、いけそう……」
「うむ!」
茶色く輝いていたニナ様の髪色が、次第に変化していく。
それは、日が沈んだこの戦場で、あまりにも美しく、神々しかった。
「……まるで金色の……戦女神……」
金色に輝く髪をなびかせ、一切の無駄なく攻撃を繰り返すその様子は、美しい舞い。
髪の色が変わったことで、ますますニナ様の攻撃スピードが上がる。
亀の足が、また一本なくなった。
「……ぅ……」
「兄様ッ!? 兄様しっかり!」
ヴァルが目を覚ました。
左腕も、なんとか動かせるくらいまで治ってる。
「レティ……? ……! そうだ! 無事かレティ!?」
「はい……! ヴァル兄様のお陰です……!」
レティの目はずっと、涙でいっぱい。
きっとこれで、涙も止まる。
良かった。
「モンスターは!? ニナ殿の姿が見えないが!?」
「ニナ殿は、あそこじゃ」
レティに身体を支えられ、ヴァルはスゥが指差す方を見た。
その目には、女神の御姿が映ったはず。
……なのにヴァルの表情は、どんどん焦りの色で染まっていった。
「い、いかん! あれは——ッ」
「——ヴァルさんッッ!!」
この声は!!
声が聞こえた方向、上を見ると、岩の乗り物に乗った我が主の姿があった。
……ああッ、我が主……!
でも、すぐにその様子の異変に気づいた。
……全身に……凍傷……?
右腕は特に酷い!
ち、治療!!
「わ、我が主、治療を——」
「! あれはニナさん!? くそッ!!」
我が主は、見たこともないような怖い顔で、ニナ様の方へ飛び去った。
◇
……ああ、来てくれた。
三本目の足を切り落としたところで、待ちわびた気配に気がついた。
……それにしても、凄い速度で来てくれたんですね、ドコウさん。
「ニナさんッッ!!」
いつもよりずっと乱暴な声に驚いたけど……でもやっぱり、安堵してしまう。
亀に注意を向けつつ、横目でドコウさんを見て、もう一度驚いた。
……ボロボロですよ、ドコウさん。
「……はい。大丈夫で——」
「もう魔力を使っちゃダメだ!」
亀から少し距離を取った。
ドコウさんをちゃんと見たい。
「……はい。」
「ここからは俺がやるから! ニナさんは少し下がって!」
また何かに怯えて、焦ってるんですか?
ヴァルさんは目を覚ましたようですよ、ドコウさん。
敵の足は残り一本の後ろ足。
もう立つことも攻撃することも出来ません。
勝てそうですよ、ドコウさん。
ドコウさん。
どうしてそんなに、泣き出しそうな顔をしてるんですか?
「……はい。」
私の返事を聞いたドコウさんは、一直線に亀に向かっていく。
左の拳に、膨大な魔力。
処理しきれないほどの圧倒的な魔力で、砕くんですね。
初めて会った時にも見せてくれたように。
足のない亀には、もう反撃の手段もありません。
ドコウさんにしか出来ないトドメ、お願いします。
ゴッッ!!
ドコウさんの拳が当たった箇所から、モンスターの色が変わっていく。
白から黄色、黄色から茶色……。
亀の全身が茶色に染まり切り、さらに濃くなろうとした時。
急速に全身が白へと変わった。
反転。
全身の全ての色が、ドコウさんが殴った箇所に集まる。
それは黒よりも黒い、底のない色。
——そして——
キィンッッ!!
空に、穴が、アイタ。




