第63話:魔岩を纏うモノ
上空を高速で飛ぶと、やっぱり寒い。
しかし、クレアが渡してくれたローブのお陰で、かなり耐えられている。
俺はその分スピードを上げ、全速力でトニトルモンテを目指していた。
マギアキジアを出てから、もう一日ほど経っている。
かなりトニトルモンテに近づいてるはずだ。
今は雲の上なので、地上での正確な位置は分からないが。
……俺はそろそろ接敵できるかもな。
いくらレティの覚えが早いと言っても、あの岩車で速度を出すのは難しい。
皆の戦闘が始まるのは、もう少し後だろう。
出来ればこっちを先に片付けて、皆に合流したい。
地上を確認するため、高度を下げ、雲の中に入る。
雲の中は、ほぼ嵐だ。
ローブは魔力を通わせればすぐに乾くので問題ないが、寒いし前が見えにくい。
なるべく最短距離で、雲を抜けた。
「……こりゃ、すぐに見つかる訳だ」
それは雲を抜けた俺の目に、一番に飛び込んできた。
白く鈍い輝きを放つ山が、のそりのそりと歩いている。
岩肌が多いこの辺りにおいて、そのモンスターはあまりに目立っていた。
かなり遠いが、トニトルモンテも見える。
そのさらに先に見える海には、たくさんの船が浮かんでいた。
対してモンスターの周りに、人の気配はない。
抵抗ではなく、避難を選択したようだ。
賢い選択だと思う。
正確には分からないが、かなりの数の船が出ているように見える。
……もうトニトルモンテは、ほとんど無人なんじゃないかな?
それでも亀形のモンスターは、真っ直ぐトニトルモンテを目指している。
……それって何か変じゃないか……?
モンスターは本能的に人間を襲う存在だったはず。
じゃあ、あのモンスターはなぜ、ほぼ無人のトニトルモンテを目指してるんだろう?
到着したら、何をするつもりなんだ?
……考えて分かるような問いではなさそうだ。
そういうことは、考えすぎない方が良い。
「どっちにしろ、倒さないといけないんだし」
余計なことを考えてないで、素早く倒すためにモンスターを観察しよう。
相変わらずのそりのそりと動いているモンスターは、やはりヒルタートルによく似ている。
山のような大きさの、亀のようなモンスターだ。
……そして報告の通り、体表面が白く輝いている。
自分の目で見て確信した。
あれは間違いなく、魔岩に近い材質だ。
魔岩は物理的な耐久性が低いので、純粋な魔岩製だったら良かった。
たぶん倒しやすい。
しかしやはり、少し違う材質のように見える。
たぶん硬いんだろう。
……ヒルタートル並に硬かったりしないよね……?
もしそうだったら、バルドと俺には一大事だ。
また悔しさを噛み締めなければならない。
モンスターの体表面は、見たところ隙間なく魔岩に覆われているようだ。
関節部などの隙間を狙って……という常套手段は、通用しそうにない。
……さて、ここまでは見た目から分かる情報。
残念ながらここまでに得た情報だけでは、モンスターが魔岩をどう戦闘に活かしてくるのか分からない。
もっと情報が必要だ。
そのためには、実験あるのみ。
シンプルな仮説はある。
まずはこれを検証してみよう。
考えているうちに、俺はモンスターの前に到着していた。
まだ攻撃はしてこないが、向こうもこちらに気づいているようだ。
戦闘は始まった、と言えるだろう。
対面して分かる。
一撃で倒そうとするような相手じゃない。
リザードマンの跳躍のように、隠し玉がありそうだ。
……やっぱり確実に、しかし素早く分析すべきだろう。
俺はまず、四本の剣を生成する。
先日、三体のリザードマンを倒した技。
……ただ、正直今回は期待していない。
相性が悪いのだ。
この技は複数の鍛えた剣を操り続けることで、手数に威力を乗せたような技だ。
剣自体の威力は、ニナさんの斬撃よりも劣る。
ま、確認というやつだ。
亀との距離もだいぶ近くなった。
もう俺の視界は、モンスターの身体でほぼ埋まっている。
……仕掛けよう。
俺は二本の剣を亀に向けて飛ばす。
あまり違いがあるようには見えないが、一応、関節を狙おう。
……左足の膝だ。
……ガッ!!……ガガッッ!!
まず一本だけで、続けて二本連続で攻撃を仕掛けた。
結果は予想通り。
傷はついているが、これを繰り返して倒せそうなものではない。
……やっぱり今回は、剣を補助に使い、攻撃は拳術主体で行くのが良さそうだな……。
となると、次は殴ってみる訳だが、全力は出さない。
最大の隙は大技の後に生じる……剣を教えてくれたジンロウさんも、前世で応援していたゲーム実況者も言っていた。
かなり信憑性は高い。
亀の攻撃はというと、意外と油断できない。
図体の割に、かなり動きが早いのだ。
ニナさんと稽古していた俺にとっては脅威ではないが、無視できる程でもない。
繰り返される踏みつけ、蹴りを躱しつつ、俺は右足の脛に掌打を叩き込んだ!
ドンッ!!
……おっと!
俺は、亀が繰り出してきた右足の蹴りを躱した。
たった今、掌打を当てた右足は、健在なのだ。
「やっぱりね……」
つい独り言が漏れてしまう。
この結果は、予想していた通りだった。
……外れて欲しかったけど。
亀の体表面が魔岩のような材質である理由。
魔法……いや、魔力を用いた攻撃への耐性向上で間違いなさそうだ。
……俺がボレアリスで、炎魔法を無効化したように。
俺が拳術で放った魔力は、見事に亀に吸収された。
そして反撃に放ってきた蹴りは、さっきまでとは段違いに速かった。
……色々考えたくなるが、間違いないだろう。
この亀は、吸収した魔力を利用して、足を動かしたのだ。
それはまるで、ゴーレムじゃないか。
「鉄壁の防御にカウンターか……」
全く、厄介。
敵として単純に脅威だし、何より俺達の専売特許だと思っていた魔岩の技術に関連がありすぎる。
……研究者として、気が逸れそうになる!
しかし今は我慢しなければならない。
ニナさん達が向かった先にも、この亀がいる。
皆には有効な攻撃手段があるだろうか……。
思い浮かぶのは、ニナさんの奥の手。
次で決めよう。
亀の防御は、確かに堅い。
鉄壁だ。
俺がただの拳術家だったら、手も足も出なかっただろう。
しかし俺は魔工学の研究者。
魔岩の性質、チョット分かる。
俺は覚悟を決め、亀との距離を詰める。
足を使った激しい攻撃を躱しながら目指すのは、胴体だ。
一番大きくて硬そうだが、その中には急所となる臓器がたくさん詰まっている。
自分の足に生成した岩を操作し、所々で剣を足場にしながら、素早く懐に潜り込んだ。
目の前に、キラキラと輝く壁が見える。
……さあ行くぞッ!
久々のフルパワーだ!!
俺は利き腕である右の拳に、ありったけの魔力を込め……渾身のストレートを放つ!
その衝撃に、右腕に付けていたブレスレットが二つとも砕け散るのが見えた。
膨大な魔力を叩き込まれた亀の体表は、一瞬でその色を変える。
拳が当たった場所から伝搬するように白、黄、茶、黒へと移り変わり、そして……
ピシッ!!
——ヒビ割れた。
亀はそのまま動きを止め、力なく崩れていく。
魔力を吸収しきれなかった魔岩。
それが崩壊する際に溢れた衝撃が、亀を体内から破壊したのだ。
キラキラと魔力に還っていくモンスターを見ながら、しかし俺は、別のことを考えていた。
……白、黄、茶、黒……。
色が変わったのは、魔力が込められたからだ。
レティと一緒に、魔力を保存する技術を作った時から確認している現象。
込められた魔力が多くなるほど、色は濃くなる。
当然のことだ。
俺はなぜか、ニナさんの義祖母さん……ジゼルさんを思い出していた。
正確な年齢は不明なままだが、確実に長く生きている俺の母。
その外見は若く、ニナさんやスゥと並んでも友達のように見える。
対して、ひと目で高齢であることが分かるジゼルさん。
ジゼルさんの他に、老いたエルフは見たことがない。
その真っ白な髪も。
「……そうかッッ!!」
俺は大急ぎで岩バイクを生成し、飛び乗る。
「なんでこれまで気付かなかったんだ!!」
一気に最高速まで加速させた岩バイクにしがみつきながら、俺は自分の考えの浅さに腹を立てた。
高高度の冷たい空気が肌を切るが、そんなことはどうでもいい。
……間に合ってくれ……!!
雲を引きながら、仲間の元へ急いだ。




