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第6話:秘策

 俺はジーナスさんら五人とともに、交易都市ドルフィーネに向かって歩いていた。

 ドワーフの村からは大人の足で数日だが、三歳児の足だと、ドワーフの体力を踏まえても倍はかかるということだった。

 ……実は、俺には時間を短縮する秘策があるのだが、どこで言い出そうか……。


「さて、道すがらドコウさんに話しておきたい話題が三つあります。一つは私自身のことを少し、一つはドルフィーネのこと、そして最後の一つは学校のことです。どれから聞きたいですか?」

「では……今の順番でお願いします」


 どれも聞いておく必要がある話だ。

 まず、ジーナスさんがどんな人物なのかを知っておいた方が、その他の話を客観的に理解しやすいだろう。


「分かりました。……私ジーナスは、交易が盛んなドルフィーネで武具の売買を管理しています。その大事な仕入先が、ドワーフ村、ということです。私はドコウさんのお父さんと昔から縁がありましたし、そういったことを考えるのも得意な方だったので、この任に選ばれました」

「なるほど……」

「その仕事のお陰で、比較的、良い家を頂いています。ドコウさんが学校に通う間は、私の家の一室を使ってもらおうと思います」

「それは……ありがとうございます」

「ははは、本当に丁寧ですね。ドコウさんのお父さんとお母さんから、それはもうよろしくと言われていますので」


 ジーナスさんはかなり理知的な人のようだ。

 三歳児にはもっと雑な対応をしてもおかしくないと思うが、丁寧に応えてくれる。


「私にも妻と息子がいます。息子は成人し、他の国に出ていますので、ドコウさんは私と、私の妻と三人で暮らすことになります」

「分かりました。……国、というのはなんですか?」


 もちろん国のことは知っている。ただ、ドコウは村しか知らない子どもだ。

 少々面倒だが、基本的な教養を身につけるまでは、こういう演技も必要だろう。

 ジーナスさんは端的に分かりやすく、国がどんなものかを教えてくれた。


「ちょうど国の話になりましたし、次にドルフィーネのことを説明しましょう。……ドルフィーネは、どの国にも属していない、独立した都市です。ドルフィーネ自体がほとんど国のような状態ですが、国としては名乗っていません」

「……? どういうことですか?」

「先ほども説明したように、国には王のような、その国を代表し、統治する人がいるものなんですが、ドルフィーネにはそのような人がいません。その代わり、様々な役割ごとに管理する者がおり、都市を大きくするという共通の目的のもとで協力し合って、運営が成り立っています」


 大規模な集団生活ということか……なんか随分と……理想論なような?

 たくさんの人間がいれば必ず、利益を独占しようとする人が現れそうなもんだが……。


「誰かが王になろうとはしないのですか?」

「そういう気持ちを持つ者はいるでしょうね。しかし、これまでドルフィーネに王が生まれたことはありません」


 その後、ジーナスさんが語った内容をまとめるとこうだ。


 現状、ドルフィーネの独立性は、複数の国にとって価値のある都市であり続けることで、保たれているらしい。

 例えば、どこかの国がドルフィーネを支配しようと動き出せば、他国は不利益を被ることになるので、それに抵抗する。

 もし、全面衝突に発展してしまえば、ドルフィーネそのものを失ってどちらも損をすることになる。

 皆がドルフィーネを失うのを避けた結果、ドルフィーネは守られてきたのだそうだ。


 そして、このドルフィーネの絶対的な価値は、絶妙なバランスの都市運営によって維持されている。

 都市の南にあるドワーフ村からの優れた武具の仕入れ、北と東に広がる『恵みの森』で取れる豊富な食物、それらを複数の国に運びやすい立地、そしてこれらを活かす交易のノウハウ、この全てが欠かせない。

 一つも失わず、全てを一人で管理できるような超人は、これまで現れなかったそうだ。


「この人を王にしよう! という動きになったこともないのですか?」

「はい、それもありませんでした。富や権力を集中させるより、全員で全員の生活を豊かにする方が良い、というドルフィーネの考え方から、王を求めるメリットを感じる人が少ないのです」


 ……おそらく、前の世界に比べると、この世界の文明は発展していないのだろう。

 ジーナスさんが説明してくれた理屈は、どの国も他国を、それも特定の国を頼らなければならない状況、というのが前提になっている。

 いざとなったら自国だけ、もしくはドルフィーネ以外の国と協力してなんとかできるという国が出てくれば、ドルフィーネを一時的に失ってでも、この地を支配しようとするはずだ。

 その方が長期的に自国を発展させることができる。

 それとたぶん、この理屈にはもう一つ必要なことがあると思う。


「なるほど……ありがとうございます。しかし、そう上手くいくためには、多くの人がジーナスさんのように、状況や仕組みを理解している必要があるのではないですか?」

「……これは驚きましたね……。その通りです。そこで、ドコウさんがこれから通う学校が建てられました。では、このまま学校の説明をしましょうか。……この学校の名は——」

「ジーナスさん! モンスターです!!」


 同行している護衛の声でジーナスさんの話は中断された。

 見ると、進行方向のやや遠いところにビッグラビットの群れがいた。五匹だ。

 ビッグラビットの特徴は、後ろ足を使った跳躍と、前歯や爪による攻撃だと母から教わった。

 跳ね回る動きに慣れれば、戦闘経験が少なくても何とか倒せる相手らしい。

 護衛はジーナスさんに視線を送り、ジーナスさんはそれに頷いた。


「ビッグラビットですね……。ドコウさん、あれを全て倒してみてください」

「全て……ですか?」

「はい。お父さんの手紙には、ドワーフ族に伝わる一通りの技術をマスターしている、とありました。その実力を把握しておくことは、今後のために必要なことなのです」

「なるほど……分かりました」


 おいおい三歳児だぞ、と思わないでもないが、ジーナスさんは一貫して俺を三歳児扱いしていない。

 はじめからモンスターと戦わせる気だったのだろう。


 さて……初めての戦闘だ。

 訓練のときからイメトレはしていたし、母から話を聞いて覚悟もした。

 それでも緊張するし、怖い。

 前世の俺の動物耐性は、動物園でビビることはないけど、犬猫とじゃれ合うほどでもない、という程度だった。

 今も見ている分にはさほど抵抗がない。


 しかし、相手は俺に殺意を向けている。

 俺に殺意への耐性はない。今は……まだ。

 この世界で生きていくには、いつか超えなければならない壁だ。

 幸いにも今は、ジーナスさんたちがいつでもフォローできるように控えてくれている。


 ここまで話してきて、ジーナスさんのことは信用できると思った。

 こんなにお膳立てしてもらって何もできなかったら、次はもっと難しいだろう。

 トラウマになってしまうかもしれない。

 ……よし! 勇気を出せ! 俺はドワーフのドコウだ!! 豪快にいけ!!!


 ……まず初手は、土魔法で遠隔攻撃。震える足で近接戦闘なんて無理はしない。

 俺は魔力を地面に送り——


 ドォンッ!

「ギャッ!」


 隆起させた岩の柱で、一匹のビッグラビットの腹を突いた。

 起き上がっては……こない!

 仲間がやられたのを見て、隣にいた一匹がこちらに駆け出した!

 あっという間に距離を詰められそうだ。が、アニメなんかでよく見るパターンだ!

 俺はサッと両手を前に突き出し、魔岩生成、鍛冶魔法で岩に変質——発射ッ!


 ゴッ!!

「ギャビッ!?」


 勢いよく放たれた拳骨サイズの岩がビッグラビットの頭部に直撃した。

 こっちもやったようだ。

 俺は、土魔法が変形させるだけの魔法ではないことに気づいていた。

 少し難しい魔力のコントロールが必要だが、岩を操作できる。

 宙に浮かせることもできるし、今のように勢いよく放つことも可能だ。

 かなり自由度が高い。


 この岩操作と相性がいいのが、ハンマーなしでの鍛冶魔法だ。

 鍛冶魔法で重要なのは、対象の奥深くに魔力で作用すること。

 このコツを掴んでアイアンソードを作った後、調子に乗ってハンマーなしでやってみたら、ある程度は出来てしまった。

 簡単な変質なら実用レベルでいける。

 やはり実験は大事だ。


 そして……魔岩から変質させた岩は、その辺の岩よりも断然、操作しやすいのだ!

 純度が高いためだろう。


「……!? 今のは……!」


 ジーナスさんが何か言いかけたが気にする余裕はない。

 残り三匹になったビッグラビットは、仲間が立て続けにやられたせいか、警戒するように俺を見ている。

 逃げる気はなさそうだ。

 さっきよりも怒りが表情に出ている。


 ……ここまではなんとか二匹、想像よりもスムーズに倒すことができた。

 前世では反射神経や運動神経、動体視力などがあまり良い方ではなかったが、それも問題なさそうだ。

 おそらくドワーフ族の身体能力が高いのだろう。


「……見事な土魔法です。少し緊張もほぐれてきたようですし、拳術も見せてもらえますか?」


 おお、なんという無茶振り!

 拳術も土魔法と同様に訓練してきたので、技術自体、つまり威力には自信がある。

 しかし、もうほんとーーーっに! 手足が短いのである!

 三歳児がトテトテ走ったところでスピードには限度があるし、リーチも短い。

 まず打撃を当てることが難しいのだ。

 ……と、普通なら諦めるところだが、俺には秘策がある!

 こんなこともあろうかと! というやつだ!


 俺は自身の足にフィットするように魔岩を生成し、岩に変質させる。

 よし、いくぞッ!


 ビュッ…! ガッ!! ズンッ!!

「ッ!?」

「ギェッ!?」

 シュッ…! ドンッ!!

「ギッ!?」


 三匹のビッグラビットは三歳児の掌打を受けて吹っ飛んだ。

 そう、足に生成した岩を操って高速移動し、間合いを詰めて軽く突いたのだ。

 もちろん魔力を込めて。

 体幹は急激な加減速による慣性に耐えるので精一杯なので、力強くパンチしようとするとバランスを崩しやすい。

 そこで小さな動きでも重い打撃を与えられる拳術だ。

 これこそが土魔法、鍛冶魔法を組み合わせて機動性を補い、拳術の一撃をドカンと食らわす俺の秘策!

 名付けてロックダッシュ拳法!!……我ながらダサい。

 ネーミングセンスは転生しても改善されなかった。


 ……ともかく! こうして俺は、生まれて初めてのモンスター討伐に、見事成功したのだった。

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