第59話:疑似柔軟制御
魔機研の裏手にある広い屋外スペース。
俺、レティ、オズさん、ギルさんが二体の機人を観察していた。
二体の機人はどちらもアーム型で、肘を高く上げた姿勢を保っている。
どちらも同じように見えるが、今、片方は肘を押して動かすことが出来るのに対し、もう片方は微動だにしない。
レティは、一緒に過ごすなら柔らかく動いてくれる機人の方が安心出来る、と感じているようだ。
当然の感想だろう。
俺は意味深に微笑むと、先程書き込んだ機人ではない方、つまり、硬くてビクともしない方の機人に近寄った。
こちらにも魔力プログラミングを行うためだ。
「……よし、じゃあ、皆こっちの機人のことも同じように押してもらえるかな?」
「え? そっちはさっきギルさんが押しても動かなかったんじゃ……」
「いいからいいから。ちょうどいいから、まずはレティからやってみる?」
先程まで硬かった機人の肘をレティが押すと、機人は素直に動いた。
予想外の挙動にレティは驚き、押していた手を引っ込める。
「え!?」
「な!? レティ様、凄い力ですね! 私では少し動いただけだったんですが」
「いえ! 簡単に動くんです!!」
「「ええ!?」」
レティに続いてギルさんとオズさんが押すと、やはり機人は簡単に動いた。
……ふっふっふ。
こんなにも驚いてもらえると、俺としてはなんだか嬉しくなってしまう。
「驚いてもらえたようだね。……これもやっぱり、さっき書き込んだ制御則に工夫を凝らした結果なんだ」
「どうして硬くて動かなかった機人さんが……。……あ! これも昨日と同じ、力のセンサを使うんですね!?」
「おお……ご名答。ざっと説明すると、この機人はセンサで力を感じ取って、『あたかもその力で押されてるかのような動き』を再現してるんだ」
流石にこんな説明だけでは、誰も理解出来ないようだ。
大丈夫大丈夫。
もう少し詳しく説明するから。
いくら魔力プログラミングで制御則を書き込んだところで、機人そのものの物理的な特性は変わらない。
つまり機人は、実際には硬いままなのだ。
そこでさっきも言ったように、あたかも押されたかのように振る舞わせている。
例えるなら、演技だ。
殴られて本当に吹っ飛ぶのではなく、時には殴られた側が自ら後ろに跳躍して、あたかも吹っ飛んだかのように見せる。
この機人も同じ。
俺が書き込んだ制御則の中には、押されたら動く物体のイメージ……運動の参考になる『モデル』が定義してある。
センサで読み取った力で『モデル』の物体が押された場合、どんな動きになるのかをシミュレートしているのだ。
動きをシミュレートさえ出来れば、あとはいつも通り。
関節角度を狙い通りに制御して、その動きを真似ればいい。
「えっと……じゃあこの機人さんは、さっきの押して動いた機人さんの動きを真似してる……ような感じですか?」
「そういうことだね。まさに今回は、二つの機人の柔らかさが同じになるように書き込んだ」
厳密なことを言うと、硬い機人の方はもう少し工夫を凝らしてある。
これは擬似的に柔らかく動かすことの弊害として、危険な挙動になりやすい特性を抑えるためのものだ。
ただ、これはややこしすぎるので、レティが基本を理解しきった後で、個別に教えよう。
「同じ柔らかさが実現できるなら、どっちが良いのか? って気になってこない?」
「気になります!」
「よし。こっちの元々硬かった機人は、力を入れなくても姿勢を保っていたことを思い出して欲しい。……つまり、こっちは動いてない時に魔力を使う必要がないんだ」
「なるほど……。それは、溜めた魔力で動く機人さんにとって、大事な特徴ですよね……」
「そういうこと。本当は他にもたくさん違いがあって、その一部はこっそり対処済みなんだけど。……ま、今は一番分かりやすい違いだけ分かってもらえれば良いかな」
三人とも今回の技術には興味を持ってくれたようで、その後も何度も押したり引いたりして機人を観察している。
しばらくして、レティが俺の方を向き、恐ろしい言葉を発した。
「この凄い技術、名前は何て言うんですか?」
「……え?」
「名前です! これからこの技術の使い方を話し合う時に、ないと困ると思います!」
……おおお、また名前問題……!
当然、前世では名前が付けられていた。
元々動かしやすいロボットを使い、計算した抵抗力を発揮することで柔らかく制御する手法を『インピーダンス制御』。
一方、硬くて動かせないロボットを使い、柔らかい動きを真似るように動かす手法を『アドミッタンス制御』と呼ぶことが多い。
人によって多少のブレはあったが、概ね受け入れられた呼び名だった。
しかし、この世界でこの名前は全く使えない。
なぜなら、『インピーダンス』と『アドミッタンス』という謎めいたカタカナ用語は、電子回路分野の専門用語だからだ。
まず、この世界に電子回路がないので、この時点で名前の流用はアウトである。
一応説明しておこう。
まず、電気が通る……つまり電圧がかかって電流が流れる現象と、力がかかって物体が動く現象の間には、類似点が多く存在することに注目する。
このような、一見全く違う現象の間に類似点を見出し、それを利用して議論を進める研究アプローチは割と一般的だ。
そのため、この考え方にも『アナロジー』という名前が付いている。
そして、電気の流れにくさを表す『インピーダンス』を、物体の動きにくさ……つまり硬さの表現に利用するのだ。
元々の電気的な『インピーダンス』と区別するために、『機械インピーダンス』などと呼ばれることもある。
これが、『インピーダンス制御』の『インピーダンス』の意味だ。
……とてもこの世界で受け入れられるとは思えないだろう?
……さて、そうなるとこの世界にも通じるような……表面的な特徴から思いつきそうな名前が良いんだけど……。
「うーん……『疑似柔軟制御』……とか……?」
「わ! とっても分かりやすいですね!」
「おお! 疑似柔軟制御……」
「……ド、ドコウ様。疑似柔軟制御について早速、よろしいですか?」
名前を受け入れてもらえた様子にホッとする暇もなく。
しばらく考え事をしていたギルさんが、意を決した様子で口を開いた。
実は、内容には予想が付いている。
「この疑似柔軟制御を、義肢に利用したいのです。先程までの説明を聞いていると、やはりこの機人は人間に近い特性を持っているように思います。……さらに、元々硬かった機人を動かす手法は、魔力の消費も少ない……ということは理解できました。これらの特徴は、義肢にとって非常に魅力的です!」
「うん、いいよ」
「……え? ……そんなあっさり?」
「うん。実はね、今日ギルさんを呼んだのは、まさにその話をするためだったんだ」
俺の言葉にギルさんはホッと胸を撫で下ろしたようだが、まだ油断するには早いぞギルさん!
話は続くのだ。
「さらに、この疑似柔軟制御は、これまでみたいに機人を動かすことも出来るんだよね。……今は肘を上げた姿勢で止まってる状態を基準にして、ここから動かされた時に反発するようにしてる。この基準を、例えばレティがやったように石材を運ぶ動作にしても良いんだ」
「す、凄いです! これって昨日教えてもらったように、地面に手を付けたりする時にも役立ちますよね!?」
「もうレティはちょっと教えるだけで色々分かっちゃうね。その通り。……そしてこのことは……ギルさん」
俺が声をかけると、どこか油断していたギルさんはビクッとした。
……今日中に緊張しなくなるというのは、無理かもしれない。
「は、はい!」
「前に言っていた、人間の魔力信号を読み取る技術が完成すれば、それを使って疑似柔軟制御を用いた義肢を動かすことも出来ると思う」
「お……おお!!」
「そしてさらに、それは健常者にも有用な装置の開発に繋がる。例えば、重いものを持ち上げる時に一緒に力を出してくれるような……着る機人とかね」
前世で言うところの、パワードスーツだ。
疑似柔軟制御を使えば、人間が動いたときにも柔らかく対応しやすい。
「な、なんとそこまで……!!」
「ギル、ドコウ様の案は、ギルが目指す未来に近づけるのでは?」
「はいオズさん! まさにそうです!! ……ああ、そうか……これがオズさんが以前言っていた、耐えられないほどの衝撃……!」
「どうやら意識はあるようですね、ギル」
笑い合うオズさんとギルさん。
……さて、あと少し補足すれば、ギルさんへの説明は十分だろう。
ちょうどそろそろ昼時。
オズさんとギルさんが最初から参加してくれたお陰で、繰り返し説明する手間が省けた。
午後は自由だ。
午後のことを考えるのは、昼ご飯を食べながらでも良いだろう。
俺は三人に、家に向かうことを提案した。
オズさんとギルさんは住居が別だが、せっかくなので一緒に食べよう。
家に向かおうとした俺の視界に、ニナさんが映った。
同じく昼ご飯のために果樹園から戻ってきたのだと思うが、真っ直ぐ家に向かわず、こちらに向かってきている。
何となく自分に用があるような雰囲気を感じた俺は、三人に先に行くように伝え、ニナさんの方へ歩いた。
「ニナさん、どうかした?」
「はい。ドコウさんを訪ねてきた方がいます。正門まで行きましょう。」
「俺を……?」
俺は、この突如来訪した客によって、穏やかな時間に終止符が打たれることを、まだ知らなかった。




